Chapter37 「人質さやか」 【地球】
Chapter37 「人質さやか」 【地球】
私は江東区のMZ会の施設で射撃練習をしていた。45口径のSTI2011もだいぶ馴染んで来た。ランダムに突然現れる人型のターゲットを次々に撃った。
「水元さん、射撃の腕を上げましたね。殆ど真ん中に命中してます」
ミサキが嬉しそうに言った。
「いや、ミサキさんにはかなわないよ。デザートイーグルで50AE弾を撃つなんて凄いよ」
デザートイーグルは44マグナム弾や50AE弾を撃つことができる大型自動拳銃だ。50AE弾は口径12.7mmの拳銃弾で2200ジュールの威力を持っている。9mmパラベラム弾の4倍の威力で拳銃弾最高クラスの威力を誇る銃弾だ。私には反動が大きすぎて扱う自信がない。
「それは身体能力の違いです。もう射撃では水元さんに教えることは殆どありません」
「へえ、教官がそう言ってくれるのは嬉しいよ。じゃあさ、射撃はいいから格闘術の寝技をレックチャーしてよ、寝技だよ、寝技、頼むよ、じっくり教えてよ」
私はミサキの体を舐めまわすように見た。素晴らしいプロポーションだ。皮のつなぎが体に密着している。
「寝技ですか? ベッドの中じゃなければいいですよ。でも、水元さんの目がやらしいです。それに水元さんの寝技はネチっこそうですね、まあそういうの嫌いじゃないですけど」
ミサキは下ネタの冗談も通用する大人の女性だった。音楽が響いた。『新造人間キャシャーンのテーマ曲』だった。スマートフォンの呼び出し音だ。ミサキが胸のポケットからスマートフォンを抜いた。私はスマートフォンになってミサキの胸のポケットに潜り込みたかった。
「はい、今ちょうど一緒にいます。はい、行きます」
「水元さん、たいへんな事になりました。教官室に行きましょう」
ミサキはスマートフォンを胸ポケットに仕舞いながら言った。
教官室には何故かヨーロッパに行っているはずの花形がいた。
「峰岸さんと佐山さんが誘拐されました。鬼神島に連れていかれたようです。誘拐したのは八神です」
私は花形の言葉に耳を疑った。
「誘拐!? どういう事なんだ!? 八神・・・・・・」
「八神は地球征服派でした。私はヨーロッパに行ったことにして八神の証拠を集めてました。
確保する直前でした。観音崎の襲撃も、この前この施設を襲撃したのも八神が裏で絡んでました」
「なんで佐山さんが誘拐されたんだ!?」
「この施設で峰岸さんと打ち合わせをしていたようです。MM378の七海さんの事でも聞いていたのでしょう。そこを八神達に襲われたのです」
「どうするんだ、警察には頼れないだろ?」
私は花形達の対応が気になった。公的機関に連絡するとは思えない。
「水元さんは会社に佐山さんが病気になったと連絡をして下さい。幸い今日と明日は休日ですが佐山さんはしばらく会社を休むことになるでしょう」
「誘拐って、何か要求があるのか?」
「国外への脱出が八神の要求です。おそらくヨーロッパに逃げるのでしょう。安全な脱出を保証するよう求めています」
「そんなもん逃がしてやりゃいいだろ」
私は八神の逃亡など大したこと無いように思えた。
「そうはいきません。我々は八神を捕まえます。拷問にかけて秘密を聞き出します。日本支部に他にも地球征服派がいるかもしれません。人質の峰岸さんと佐山さんは奪還します」
「俺も、行くよ。佐山さんを巻き込んだのは俺の責任だ」
私は責任を感じていた。佐山さやかを巻き込んだのは間違いなく私の責任だ。それに射撃訓練と格闘訓練を行っているので少しは役に立つと思った。
「水元さん、これは実戦です。八神は何名か部下を連れています。もちろん武装をしてます。危険です。一般人を巻き込む訳にはいきません。それに、言いにくいのですが足手まといになります。水元さんを守るゆとりはありません」
花形がきっぱり言った。
「危険なのは承知のうえだ。少しでも人数が多い方がいいだろ。俺を守らなくてもいい。好きに使ってくれ! それに俺がいる事を知れば佐山さんはきっと安心する。長い付き合いなんだ」
「花形さん、たしかに人数は多い方がいいです。今手配できるのは私達を含めて6人です。少なすぎます」
ミサキは私の意見に賛成してくれた。
「もし水元さんが死ぬような事があったら遺体は重りを着けて海に投棄します。行方不明扱いになるでしょう。それでもいいのですか?」
恐ろしい話だった。しかしMZ会としては表沙汰に出来る事ではないのだ。ケガをしても保証はないだろう。
「いいよ、かまわない。そのかわり銃の弾は沢山もらうぞ357マグナムと45ACPだ」
弾丸の値段は意外に安い。アメリカでの弾丸の実売価格は拳銃弾なら1発30~50円くらいだ。100発でも5000円に収まる。グアムなどの観光地だと10倍になる。
「水元さんカッコイイですね」
ミサキが私を見た。その流し目にドキッとした。和風美人も悪くない。なんかやる気が出て来た。男は愚かな生き物だ。
八神は部下5名と峰岸と佐山さやかを拉致してヘリコプターで鬼神島に逃げたようだ。花形が作戦の概要を説明した。まずは八丈島までは旅客機で飛び、そこから高速クルーザーで鬼神島まで行くようだ。鬼神島はMZ会の国家建設の準備中でMZ会の人間と工事業者がいる。鬼神島には小さな港が3か所あり、そこから上陸して八神達を探し、確保するようだ。もし八神達が攻撃してきた場合は反撃して射殺もやむなしとの事だ。
「今から車で羽田空港に移動します。15時55分出発のANAの飛行機で八丈島に向かいます。飛行時間は55分です。今回の八神確保の作戦コードネームは『コヨーテの狩』です。参加者は花形、藤原、唐沢、水元、荒木、新藤、北川の7名です。唐沢、荒木、新藤、北川は羽田空港で合流します。何か質問はありますか」
花形が説明した。
「敵の情報は?」
私は敵の事をまったく知らない。
「敵は八神、佐川、有村、川田、松島、野沢です。拳銃を所持していると思います。ヘリコプターの操縦は川田です」
「俺たちは銃を持ち込めないだろ?」
私は質問した。銃を持って飛行機には乗れないはずだ。
「大丈夫です。特別通路から飛行機に搭乗します。MZ会の力を舐めないで下さい」
MZ会は銃を航空機の機内に持ち込める力があるようだ。さすがに国家を建設するだけの組織だ。日本の司法組織は弱い。
私達は八丈島行のANAの旅客機に搭乗した。手荷物検査を受けることなく搭乗できた。旅客機の機種はエアバスA320で180人まで搭乗できるが10月はシーズンオフの為か乗客は疎らだった。私たちは中央の右側の席にまとまって座ることになった。唐沢は相変わらず七海の姿だった。初めて会うMM星人の荒木、新藤、北上は30代くらいに見える男達だったが、服を着ていても鍛えているのがわかるくらいの筋肉質だった。荒木はスポーツ刈りで眉毛が太く、大きく澄んだ目が特徴的だった。服装は薄手の青いブルゾンにベージュのチノパンだ。新藤は頭を七三に分け、銀縁メガネをかけており、鋭い目とシャープな輪郭は銀行員かコンサルタントのようなやり手のビジネスマンを思わせる風貌であった。グレーのジャケットにホワイトジーンズを履いていた。北上は短いパンチパーマで紫色のサングラスをかけていた。昭和のヤクザのような風貌だった。服装もワインレッドのビロードのジャケットに紫色のスケスケのシャツに黒いスラックスでヤクザにしか見えない。どうやらみんな急な呼び出しで、ラフな普段着のようだった。花形は薄手の革ジャンにカーキ色のチノパン、ミサキは黒い革のツナギ、私はフランス軍のフィールドジャケットにシーンズだった。靴はミリタリーショップで買った、ネイビーシールズの隊員が作戦行動で履いている丈夫なスニーカーだった。服装があまりにもバラバラで人質奪還のチームには見えない。
飛行機は定刻通りに離陸した。私は窓側の席だった。飛行機はグングン上昇していく。秋の空は青く、高かった。隣の席は北上だった。
「水元さん、わしは北上竜二いいますねん。MZ会に入る前は極道してましたんや。よろしゅう頼みます」
北上が話しかけて来た。
「極道って何やってたんですか?」
私は興味無かったがコミュニケーションをとるために敢えて話しかけた。鬼神島では命を守り合う仲間だ。
「わしのシノギですか? ミカジメ料と野球賭博の元締めやってたんですわ。ホンマはスケコマシしたかったんやけど、無理やったわ」
「何でMZ会に入ったんですか?」
北上がヤクザを辞めた理由が気になった。
「極道がイヤになったんですわ。派閥争いや上納金や細かいしきたりばっかりや。上に行くにはエグいことせんといかん。仲間を裏切るなんて当たり前の世界や。割に合わん商売や。それに元々上下関係とか規律とかは嫌いなんや。極道はその辺が普通の企業より厳しいんや」
MM星人も地球で育つと色んな性格になるようだ。地球人と変わらない。
「抗争とか殴り込みとかはあったんですか?」
「そらあったわ。そやけど映画みたいにカッコイイもん違うで。親分がヒットマンに撃たれた時は盾になったんや。腹に弾喰らって痛かったわ。地球人やったら即死やったと思うわ。そこまでしてもなかなか上に行けんのや。暴対法でクレジットカードも作れんのや。難儀な話やで」
「ヤクザもたいへんなんですね」
「そやで。サラリーマンの方がよっぽど楽やわ。まあ、今は堅気で宗教団体の職員や。工作員やけどな」
北上の話はリアルだったがあまり共感できなかった。住んでた世界が違うのだ。
飛行機は1時間足らずで八丈島の空港に着陸した。
空港を出ると一台のバンに乗り込んだ。運転手はMZ会の職員のようだ。八丈島にもMZ会の支部があるようだ。バンは15分で港に到着した。急いでクルーザーに乗船した。キャビンルームのあるクルーザーだった。操縦席にはニセ七海の唐沢が座った。
「七海、操縦できるのか?」
「任せて下さい。船舶免許を持ってます。乗り物なら何でも動かせます」
ニセ七海の唐沢はゼロ戦の腕利きパイロットだったのだ。頼もしい限りだ。
「時速80キロで進みますので揺れますよ。鬼神島まで4時間くらいです」
時刻は16時40分。だいぶ日が傾いていた。夕方の海は穏やかで、海の色はグレーがかったブルーだった。西の方角の海面は銀色に太陽を反射して眩しかった。
クルーザーは沖に出るとスピードを上げた。後方を見ると白い航跡が長く続いていた。私はキャビンルームに入った。キャビンルームには革張りのソファーがあり快適だった。クルーザーは揺れた。揺れるというよう小刻みにジャンプしている感じだ。
「いまからボディアーマーと特殊ゴーグルと無線ヘッドセットと地図を渡します。使い方を説明しますので良く聞いてい下さい。それと鬼神島にはMZ会の職員が5名常駐しています。我々の味方です。島に近づけば無線連絡が入ります。詳しい敵情がわかるかもしれません」
花形が大きな声で言った。
私はボディアーマー(防弾ジャケット)とゴーグルを支給された。ゴーグルには敵と味方を見分ける機能があり、八神達を発見するとゴーグルで捕らえた人物の上に赤い文字で『敵』と表示される。味方なら青い文字で『味方』、敵でも味方でもない者の場合は黄色い字で『不明』と表示されるようだ。ゴーグルは望遠機能と赤外線探知モードと暗視モードに切り替えができるようだ。かなりの優れモノだ。ボディアーマーは特殊繊維で出来ており、セラミックプレートを挿入することが可能だ。拳銃弾の胴体への侵入を防ぐことはできるが衝撃は防げないという。ライフル弾には効果薄いようだ。プレートを挿入すると重さが12キロもある。無線のヘッドセットはマイクとヘッドフォンの一体型で、デジタル無線機だった。周波数は6人共有でトークスイッチは小さなマイクの横に付いていた。交信距離は30Km、デジタル暗号化されているので傍受される心配は無い。地図は防水紙でA3用紙程の大きさだった。地図の座標はゴーグルに常に表示されている為、現在地確認は楽そうだ。花形の説明を聞いた後は各自銃の手入れを始めた。花形はMEUピストル、コルトガバメントの海兵隊バージョンだ。ミサキはデザートイーグルとボルトアクション式狙撃ライフルのレミントンM-24を磨いていた。スコープの調整もしている。荒木と新藤はSIG-P226、北上はコルトパイソンだった。MZ会の工作員はそれぞれ好きな銃を所持できるようで統一性が無い。組織としてはどうなのだろうか。これだけ種類が違うと弾丸の融通もできない。私はSTI2011とM19コンバットマグナムに弾を装填した。STI2011は肩から脇の下に吊るしたショルダーホルスターに、M19コンバットマグナムは腰に着けたヒップホルスターに収納した。M19コンバットマグナムはMZ会の射撃場から借りてきた。唐沢から預かったM19コンバットマグナムは自宅のクローゼットの奥に突っ込んだまんまだ。STI2011の予備の弾倉は2つとM19コンバットマグナムの357マグナム弾のスピードローダー2つを肩掛けカバンに入れてあった。銃に装填した弾も含めると45ACP弾36発、357マグナム弾18発だ。銃撃戦になれば全弾撃ち尽くす覚悟だ。しかし良く考えたら私はただのサラリーマンだ。銃撃戦を覚悟している自分が不思議だった。私はキャビンルームを出て操縦席に上がった。濃紺の海の色がかろうじて確認できるほどで、外はすっかり暗くなっていた。周りに明かりは一つもなく、曇っているのか空には星も月も見えなかった。耳に聞こえるのは風の音とクルーザーのエンジン音だけだった。
「七海、荒事は苦手じゃなかったのか? なんで参加したんだ?」
「私は工作員じゃありません。一般の職員です。クルーザーは花形さんも藤原さんも免許を持ってます。しかしヘリコプターの操縦技術が必要になるかもしれません。パイロットの手配には時間がかかります。だから来たのです」
「ヘリコプターも飛ばせるのか?」
「MZ会がライセンスを取る費用を援助してくれました。空を飛びたいのです。小型飛行機のライセンスも持ってます。それに峰岸さんは私の上司です。お世話になってますので助けたいです」
「七海は銃を持ってないんだよな?」
「いえ、南部十四年式拳銃を持ってます。射撃訓練はあまりしないので自信はありませんが」
「南部十四年式? よくそんな古い銃を持ってるな」
「手に入れるのに苦労しましたが零戦の搭乗員の時に使っていました。弾丸は特注品です」
南武十四年式は旧日本軍の自動拳銃だ。威力はあまり無いが、命中率が良い。現代では存在が希少な為、マニアの間では高値で取引されている。
「タケルさん、あと1時間で鬼神島です」
私は操縦席の隣に立って前方を見ていた。水平線に光る物が見えた。
「七海、遠くで何か光ったぞ」
「鬼神島の灯台です。旧日本軍の物ですが航海の安全の為に今でもメンテナンスされて使われているのです」
灯台の光が時々輝いた。その輝きがどんどん近くなってきた。私はキャビンルームに降りた。
花形が無線機で交信をしていた。
「八神達は島の北東部にいるようです。標高230mの『北見山』の付近です。地図で確認してください、座標G-3の位置です。山の麓は海に面していて旧日本海軍の潜水艦基地があります。クルーザーは島の東南東、G-8地点の港に着けます」
花形が説明した。私は地図を確認した。確かに島の北東に小さな山があるようだ。鬼神島は伊豆大島の5倍の大きさだ。思ったより広いかもしれない。クルーザーが港に接岸した。街灯が2つあるだけの小さな港だった。
船を降りると一人の男が立っていた。「お疲れ様です。建築開発チームの柏木です。今回は後方支援をさせてもらいます。他の4名は宿泊施設にいます。これから我々の事務所に案内しますので使って下さい」
「花形です。建設業者はどこにいますか」
「業者は島の西側です。ここから14Kmです。今のところはこっちに来ることはありません」
私達は大型バンに乗った。5分位で事務所に到着した。港から少し登った場所だった。事務所はプレハブだったが思ったより大きかった。事務所の中は事務机が5つと、キャビネットと小さな応接セットがあった。空きスペースは広かった。
柏木が島の地形と特徴を簡単にレクチャーした。
「夜明けまで待つしかなさそうですね」
荒木が言った。
私腕時計を見た。時刻は23:30。
「皆さん寝ましょう。明日はたいへんな一日になると思います。体を休めておく必要があります。睡眠不足はお肌にも良くありません」
ミサキが言った。
「そやな。わしも急な招集で疲れたわ。昨日はあんまり寝てないんや」
北上はミサキの意見に賛成のようだ。
「わかりました、戦いに備えて寝ましょう。日の出は5:50です」
花形が指示を出した。花形は今回の作戦のリーダーだ。
「外の物置に毛布があります。カビ臭いかもしれませんが使って下さい」
私達は毛布に包まってプレハブ小屋の木の床で寝る事にした。室内灯を消したので真っ暗だった。私は寝ようと努力したがなかなか眠りに落ちなかった。佐山さやかの事が心配だった。また、明日の事を考えると不安でもあった。八神達と戦うのだ。背中に何かが当たった。柔らかい。私は右横を向いて寝ていた。
「水元さん、もっと体を着けてもいいですか? 少し寒いです。それに人と触れていると落ち着くんです」
ミサキが囁くように言った。その息が私の左耳にかかった。
「いいけど、眠れないのか? 」
ミサキは私の背中に体を密着させてきた。ミサキの胸の弾力を感じた。なんだかドキドキした。
ミサキは微かに寝息をたてていた。格闘と射撃の教官のミサキでも戦いを前にして緊張していたのかもしれない。私もいつの間にか眠りに落ちた。
目を覚ますと部屋の中は明るくなっていた。花形とミサキとニセ七海の唐沢と荒木と新藤が地図を囲んで車座になって打ち合わせをしていた。北上は鼾をかいて寝ている。
「水元さん、起きましたか、作戦を説明します。北上さん、起きて下さい!」
花形が大きな声で言った。時刻は6:10だった。
「なんや、もう時間かいな」
私と北上は打ち合わせに加わった。柏木が紙コップに入ったインスタントコーヒーを皆に配った。いよいよ人質奪還作戦が始まるのだ。しかし現実感が乏しかった。




