Chapter34 「ミサキとユモさん」 【地球】
Chapter34 「ミサキとユモさん」 【地球】
新しい訓練教官が挨拶をしてきた。女性だった。
「私が今日から訓練教官を担当させて頂く『藤原ミサキ』です。年齢は25歳ですが本当は285歳です。射撃、格闘術、諜報が得意です。特にライフルでの狙撃に自信があります。お二人のことは花形さんから引き継いでます。よろしくお願いします」
藤原ミサキきは黒髪の前髪をパッツンと一直線に切っていた。肩までの長さの髪の毛先も真っ直ぐに揃えている。目は切れ長で、唇は薄いが整った形だ。女忍者『くノ一』を連想させる和風美人だった。身長は165Cm位ですらっとしいているが、黒い革のつなぎの胸は形が良かった。腰もくびれている。なんかいいんじゃないの! いいんじゃないの! ありだよ、ありありだ! 私は胸が高鳴った。女性の姿のMM星人は七海しか知らなかったので新鮮だった。それに七海とは違うタイプの美人だ。
私はミサキと軽くスパーリングをした。私は右ストレートを放った。同時にハイキックが飛んできて私の『こめかみ』にヒットした。脳が左右に揺れた。ムチがしなるようなキックだった。直後にミサキの膝蹴りが胸にヒットした。エグるような打撃だ。いつの間にか首を抑え込まれていた。私はたまらずダウンした。
「水元さん、ガードが低いです。構えを拳二つ分上げて下さい」
ミサキが私に指導した。的確な指示だった。私はミサキに抱き付いた。そのまま押し倒すつもりだったが、後ろに投げられた。フロントスープレックスだった。ミサキは体も柔らかいようだ。私は立ち上がり、ミサキと向かい合った。弱ったフリをしてフラフラしながら左ジャブでフェイントをかけた。ミサキが避けようとして左足に重心をかけた。私は右ローキックを放った。得意技だ。ローキックは見事にミサキの左太ももにヒットした。
「イタッ!」
ミサキはその場にしゃがみこんだ。
「いいの持ってますね。今のローキック、タイミングが絶妙でした。脛も硬い。随分鍛えてますね。空手ですか?」
「ユモコンバットです」
「何ですかそれ?」
「会社のユモさんに教えてもらいました」
「その技痛いんですよ。体のパーツを鍛えるって格闘術なんですかね? まあユモさんの事はよく分からないですけど、とにかく痛いんですよ」
佐山さやかも話に割り込んできた。佐山さやかは何回か私のローキックとカーフキックを受けていた。その都度痛いと抗議してきた。
「ユモさん? パーツを鍛える? ちょっと待って! 詳しく聞かせて下さい」
何故かミサキの表情が変わった。私はユモさんに教わったトレーニング方法やユモコンバットの技について話した。
「ほかに何か言ってませんでしたか? 世界平和とか宇宙の話とか」
「そう言うえば、セイファート銀河がどうのこうのって言ってたな。宇宙に詳しかった。大マゼラン星雲までの距離の事も知ってたよ」
「その人の写真ある!? お願い、あったら見せて!!」
ミサキは焦ったような声を出した。
「社内報に載せる為に撮った写真があります。もしかしたらユモさんも写ってるかも」
佐山さやかがスマートフォンを操作した。
「ユモさん、写真とかイヤみたいで、いつも集合写真とかもにも入らないんです。あっ、ありました、ユモさんが経営方針発表会で質問した時の写真です。レアですよ」
ミサキがスマートフォンを覗き込んだ。
「やっぱり。B7(セブン)・・・・・・生きてたのね」
ミサキが呟いた。
「えっ、ユモさんの事知ってるの?」
私は驚いた。ミサキはユモさんを知ってるようだ。
「あなた達には話してもいいかしれない。その代わり、ユモさんの情報をもっと教えて下さい。探って欲しいんです。まずは住所が知りたいです。佐山さん、ユモさんの住所わかりませんか? 同じ会社の管理部門ですよね?」
「調べれば分かりますけど、個人情報なので教えることはできません。すみません」
佐山さやかはミサキの頼みを断った。今のご時世、当然といえば当然だ。私は少し怖くなった。ユモさんの事を探るのはいけない事のように思えた。ミサキは鞄からタブレット端末を取り出すと画像を表示した。
「これは秘密なんです。でも知っておいた方がいいと思うから見せます。これは私がCIAのファイルを盗撮したものを日本語に翻訳したメモです。ユモさんは『B7(セブン)』と呼ばれている要注意人物です。彼に関わる人物も載ってます」
私と佐山さやかは画像に見入った。何やら複数の人物のプロフィールのようだった。そこにはユモさんの写真もあった。『コードネーム:B7(セブン)』。いったいユモさんは何者なんだ? ユモさんは危険な人物のようだ。しかしこの画像のコードネームの人物達の相関関係が分からない。皆一癖も二癖もありそうな人物だ。書かれている内容も穏やかではない。ユモさんはどんな世界に生きているのだろう。『ミサキ』! 『ブルーローズ』! 藤原ミサキの事か?
【CIAファイル】 [写しメモ]
『要注意人物コードネーム一覧(厳秘)』
『コードネーム:B7(通称:ユモさん)』
国籍:JAPAN
・やつに接近するときは注意しろ! 極めて危険な男だ
・やつを怒らせてはならない。その時は死を覚悟せよ
・やつには誰も勝てない
・やつは一匹狼だ、手懐けようとするな
・やつは金では転ばない
『コードネーム:アイスマン』
国籍:Russian
・彼は非常に冷酷ある
・彼は常に冷静でその判断は正しい
・彼は合理的な男であり取引も可能である
『コードネーム:ポイズンドラゴン』
国籍:China
・彼は非常に執念深く狡猾である
・彼の暗殺は最高レベルにある
・彼の左目はB7に潰された
・彼はB7を激しく恨んでいる
・彼は金の為なら何でもする
コードネーム:ファイアーウルフ
国籍:Brazil
・彼は勝つためは手段を選ばない
・彼の残虐性は非常に高い
・彼はB7を蛇蝎のごとく嫌っている
・彼は金には無頓着で殺戮と破壊の虜である
コードネーム:ブルーローズ(通称:ミサキ)
国籍:不明
・彼女は情報戦に長けており、その頭脳も明晰である
・彼女は常に公平である
・彼女は・・・・・・B7に惚れている
コードネーム:チキンキング
国籍:England
・彼は利に聡く、行動も速い
・彼に調達できないものは無い
・彼はB7を気に入っている
コードネーム:ドクターバッカス
国籍:India
・彼は酒に目がなく酒豪である
・彼の外科手術は世界最高のレベルにある
・彼はB7の命を3度救った
秘密結社:ブラックキリング
本部:מדינת ישראל(イスラエル)
・彼らはあらゆる面において世界を支配し始めている
・彼らは〇〇至上主義である
・彼らはあらゆるテロ組織、情報機関と接触を持つ
・彼らの力は強大である
私と佐山さやかはMZ会の施設で訓練を終えた後、ミリタリーショップに行った。佐山さやかはSIG-P228とP229のエアガンを買い、その後喫茶店に入った。今時珍しい純喫茶だった。
「いやーミサキさん強かったよ。基本はムエタイかな? しなやかな打撃だった」
「綺麗な人ですよね」
「うん、典型的な和風美人だ。レズビアン的にはどうなの?」
「好みは人それぞれですけど、ミサキさんみたいなタイプもきっとレズビアンにモテますよ。私は七海ちゃんがタイプですけど。それよりユモさんの事が気になりました。CIAのファイルって・・・・・・」
「ああ、コードネーム『B7』ってユモさんなのかな?」
ユモさんがCIAのファイルに載っていた。何かの工作員のようだった。藤原ミサキとの関係も気になった。
「やっぱりユモさんって不思議な人ですね。何か雰囲気が独特で近づきにくいです。会社の女性陣も少し怖がってます」
「ユモさんの事を探るのは気が引けるな。怖いというより危ない感じかな。むこうからは何もしてこないけど、下手にこっちから近づくのは危険な感じだよ」
「そういえば西野さんって覚えてますか?」
「ああ、たしか中途入社で営業部にいた人だな。入社して3カ月くらいで辞めた人だよね。一度西野さんの受注活動に同行して支援したことがあるから覚えてるよ」
「その西野さんがやたらとユモさんの事を訊いていきたんですよ。怖いくらいでした。それに辞め方も不自然だったんですよ」
「確か体を壊したんだよな?」
「実は行方不明になったんですよ。無断欠勤が続いたんで営業の田上課長が西野さんの家に行ったんですけど、不在で、後日私も一緒に行ったんですけど別の人が住んでました。管理人さんに訊いたら西野さんが住んでた事実はなかったんです」
「でも入社する時には現住所の確認をするんだろ?」
私は佐山さやかの話を不思議に思った。
「住民票を預かります。当然西野さんの住民票も預かってたはずなんですけど見つかりませんでした。それだけじゃなくて履歴書や職務経歴書など西野さんに関する資料が無くなってたんです。電子データも紙文書もです。結局退職扱いにしましたけど離職票も渡せなくて困りました。西野さんも困ってると思うんですけど」
「なんか不思議な話だな」
「やたらとユモさんの事を訊いてきたんで思い出したんです」
「ユモさんも中途入社だよな?」
「はい、ユモさんは7年前に入社しました。西野さんはその直ぐ後に入社したと思うんです」
「妙な話ばかりだな。感覚なんだけど、ユモさんの事を探るのはやっぱり危険な気がするよ。ミサキさんには悪いけど、あまり協力できないな」
「もう危険なのは勘弁です。ここのところ色々ありすぎて、夢を見てるみたいです。そもそも水元さんが『七海ちゃんの写真集』を休憩室に置いてくれなんて頼まなければ私はこんな事には無関係だったんです」
「いや、頼んだのは溝口さんだ。橋爪さんの別荘に誘ったのも溝口さんだろ。それに勝手に惚れて猛アプローチしたのは佐山さんだろ。七海との出会いに後悔してるのか? 俺を追い出して一ヵ月も一緒に住んだくせに」
「そんな事言ってません。七海ちゃんとは出会ってよかったです。唐沢さんや花形さんや峰岸さんとも。だってみんな宇宙人ですよ! よく考えたら凄い事です。宇宙人って怖いイメージでしたけど、みんないい人達です。今では宇宙人の人達との交流の方が多いくらいです」
言われてみれば、元々友達がいないこともあるが、私も地球人よりMM星人との交流の方が多くなっている。七海やニセ七海の唐沢とは一緒に住んだのだ。MM星人の方が付き合いやすいのも事実だ。あまり嫌なところが無いのだ。感情の起伏も少ないし、機嫌も安定している。人間の持つ妬みや嫉みみたいなものも感じた事がない。ひねくれた所が無く、純粋で真っ直ぐな連中だ。
「花形さんはヨーロッパに行くけどいいのか? 佐山さんの事、本気で好きみたいだぞ?」
「はい。花形さんの気持ちは嬉しいですけど、私は七海ちゃんが好きなんです。この前、花形さんにプレゼントを貰いました」
「何を貰ったんだ?」
私は『ブルーマウンテン』の入ったカップを口に運んだ。エアガンショップに付き合ったお礼に佐山さやかが奢ってくれたのだ。普段は『ブレンド』しか飲まないが、奢りなのでブルーマウンテンを頼んだ。私はセコい男だ。自分で嫌になる。
「これです」
佐山さやかはショルダーバックから、SIG-P229を取り出してテーブルの上に置いた。『ゴトッ』という音がした。私はコーヒーを吹き出しそうになった。佐山さやかは感覚が麻痺しているようだ、ここは射撃場じゃない。そもそもMZ会の射撃場だって非合法だ。
「おい! まずいだろ、銃刀法違反で捕まるそ! 仕舞えよ!」
私は焦った。銃の所持は明らかな犯罪だ。それも携帯している。
「誰も本物なんて思いませんよ。日本は平和です。しばらくはバックに入れようと思います。これはP-229の9mm弾バージョンみたいです。弾丸40発と予備のマガジンも2つ貰いました。357SIG弾のバージョンは射撃場にありますし、護身用なら9mmで十分です。水元さんだってコンバットマグナム持ってるじゃないですか」
「護身用ってどこで使うんだよ!」
「痴漢とかですけど、だめですかね? 電車にいるんですよ」
「過剰防衛だろ! 電車の中で撃つつもりか!? 」
私は電車の中でSIG-P229を連射する佐山さやかを想像した。この前のMZ会の施設での発砲シーンがオーバーラップした。過剰防衛どころではない。下手をすれば機動隊が出動する案件だ。まあ女性が皆SIG-P229を持って痴漢に発砲すれば痴漢は根絶されるだろう。痴漢が命懸けの犯罪になる。佐山さやかは嬉しそうには微笑んでいる。実銃を所持することの重大さがわかっているのだろうか? 花形も花形だ、なにもプレゼントで実銃を渡すことはないだろーがよ! 佐山さやかはもう元には戻れないだろう。
「俺は持ち歩いたりしないぞ! もし職務質問とかされたら終わりだぞ!」
「職務質問なんてされません。水元みたいに怪しくないですから」
確かに私は何度も職務質問された事がある。最初の頃は理屈を盾に『ごねて』た事もあるが応援の警官が増えるだけだった。最高記録は8人だ。最近では免許証、社員カードをすぐ出すようにしている。カバンも自分から開け、ポケットの中身も全て出す。これで3分と掛からず解放されるが、手慣れすぎていて怪しまれる事もあった。エアガンを持ち歩くなどもっての他だ。小さな十徳ナイフやドライバーでも捕まることがある。実銃など有り得ない。まあ、佐山さやかなら職務質問されることは無いだろうが、銃など持っていたら警官から不自然に目をそらすなどの不審な態度を取りかねない。新人警官の訓練として理由なく手当たり次第に職務質問をする時もある。春先や初夏の頃が危ない。
佐山さやかはどんどん変な度胸がついている。銃撃戦をした影響かもしれない。休日は母親とクッキーを焼いて家族でティータイムを楽しむ、そんな女の子らしい生活を送っていた佐山さやかがバッグの中に本物の拳銃を忍ばせている。七海の為だとはいえ佐山さやかは大きく変わった。私は佐山さやかの両親に申し訳ない気持ちになった。最初に佐山さやかに銃をすすめたのは私だ。それにしても佐山さやかをここまで変えた七海の魅力にも驚かざるを得ない。七海はそれほど綺麗でカワイく、無邪気で性格もいいのだ。そんな七海を作り出した私にも責任があるのかも知れない。




