Chapter32 「ギャンゴ襲来」 【地球】
Chapter32 「ギャンゴ襲来」 【地球】
季節は夏になっていた。私は会社のデスクで会議の議事録を読んでいた。顧客との定例報告会の議事録で、特に気にするべきものは無いようだ。さっきから社内がざわざわしている。
「おい、電話が混んでて繋がらないぞ」
「なんだろうな、通信障害かな」
「山手線が止まってるみたいだ、困ったなあ、3時から客先で会議なんだよ」
「日比谷通りと、晴海通りが通行止めだってよ」
「ネットには何も載ってないですね」
「カミさんからメール来たよ。銀座で事件が起きてるらしいぞ。テロかもしれないって。誰かテレビ観てこいよ」
電話が繋がらないようだ。電車も止まっているらしく営業の社員が騒いでいる。
「えっ、何だこれ!」 「本物なの? 特撮じゃないの?」 「うそっ、銀座?」
執務室の外から大きな声が聞こえた。応接室からだった。何人かが執務室を出て行った。私も釣られるようにして執務室を出た。応接室のドアは空いたままだ。私は入り口から応接室の中を覗いた。テレビがついていた。えっ・・・・・・どこ? なにこれ? 画面には遠くから銀座の街を映していた。
//『先ほどからお伝えしているように謎の生物が銀座の晴海通りで暴れている模様です。危険ですので付近の方は外へ出なようにお願いいたします。繰り返します、先ほど、午後1時半頃より大きな生物が数頭、銀座で暴れているとの事です』//
画像がズームになった。大きな何かが、街中で長い首を振り回して暴れている。赤い色をしている。何かは複数いるようでカメラが3つの何かを映している。
//『現場の山中さん、そちらから見えますか?』
『はい、こちら中央区築地にあるビルの屋上です。画面でご覧いただけるでしょうか、謎の巨大生物が銀座の晴海通りで暴れています。3頭いるようです。大きな生物は日比谷方面から走って来たとの事です。また、昭和通りでも2頭が暴れてるようです。大きな鳥、ダチョウのような動物です。大きさは20m位あるでしょうか。謎の生物は晴海通りで車を踏み潰して、ゆっくりとした速度で日比谷方面に向かっています。警察の車両が沢山集まってきています。警官隊を乗せたバスが集結している模様です』
『こちらスタジオです。先ほどからお伝えしていますように大きな生物が銀座の晴海通りと中央通りに出現して暴れているようです。今は日比谷方面に向かっているとの事です。付近の皆さんはお気をつけください。また、別の情報では戦闘服を着て銃を持った集団が銀座で銃を乱射しているようです』//
画面では女性アナウンサーが現場の中継画像が映ったスクーンをバックにして大きな声で喋っている。かなり早口になっている。
「なんだこれ」、「怪獣か? 恐竜みたいだな」「本当なのかよ?」「銃の乱射ってなんだよ」
応接室にいる社員達も騒ぎ始めた。他の社員もどんどん集まってきている。
「銀座だってよ」「何なんだよこれ?」「電車は動いてるのか?」「うそ、怖い」
スマートフォンにメールが着信した。
『タケルさん、唐沢です。テレビ観てますか? ギャンゴです。それと武装したMM星人もいるようです。おそらく第1政府の襲撃です。私は江東区の施設にいます。電話は繋がりにくいようです。状況が分かったらまたメールします』
私はしばらくテレビのニュース速報を観ていた。
//『えー銀座で謎の巨大生物が暴れ、今は日比谷方面に移動しているようです。尚、武装した集団が銃を乱射しているとの情報もあります。大きな生物と銃の乱射により多くの死傷者が出てるいる模様です。巨大生物と武装集団の銃の乱射の関係はわかっていません。現場の山中さん』
『はい現場の山中です。謎の生物は晴海通りと昭和通りで暴れたあと、日比谷方向に戻るように移動しています。晴海通りで3頭、昭和通りで2頭の合計5頭です。大きさは20m近くあるでしょう。大きな生物は非常に凶暴です。銃撃事件に関してですが、銃を乱射していた集団と警官隊、機動隊の間で銃撃戦が発生しています。警官隊に死者が出ているようです』
『スタジオです、政府がコメントを発表しました。政府としてしては巨大生物と武装集団に対して速やかな対応を行ってる。国民の皆さんは冷静に行動してして欲しいとのことです。また、警視庁によりますと本日は都内のJR各線は運行取り止め、首都高速道路及び幹線道路も通行止めとなるとの事です。屋内で情報を収集して極力外出はしないよう注意報が出ています。指定区域では今晩は極力、自宅、学校、職場で過ごし、政府の対応を待って行動して欲しいとの事です//
間違いない、MM378の第1政府の攻撃である。テレビでは銀座で謎の巨大生物が暴れていることと武装集団が銃を乱射していることを報道しているもののその正体については触れていない。見当がつかないのであろう。
夕方になるとギャンゴは皇居前広場で座り込んだ。MM星人の武装集団は日比谷公園に立てこもり、警官隊と睨み合っており、散発的な銃撃戦は発生しているが小康状態が続いている。日比谷公園は警官隊と機動隊により、何重にも包囲されている。武装集団の数は300人程度で黒い戦闘服のような物を着ているということだ。被害について、確認されている死者は4000人以上、負傷者は2万人以上である。死者はギャンゴの超濃硫酸の攻撃によるものが一番多く、超濃硫酸の影響で遺体の回収もままならないようだ。体当たりや踏み潰された者も多かった。首から上の無い遺体も多数発見されているようだ。ギャンゴに捕食されたのだろう。
武装集団による銃撃は有楽町や新橋駅構内、百貨店や商業施設で発生したようである。交通機関はJRが運休、地下鉄も殆どが運休で一部が間引き運転となった。JR山の手線は有楽町駅近くの晴海通りに架かる高架の線路がギャンゴにより破壊されたため、復旧に時間がかかりそうだ。通りの信号機もギャンゴの突進で多くが倒され、破壊された車と乗り捨てられた車が通りを埋めていた。バスやタクシーは主要道路の封鎖で動いていない。局地的な停電はあったが、水や電気などのライフラインは止まっていないようだ。電話は相変わらず繋がりにくくなっていた。私の会社では社員の60%が会社に泊まる事となった。歩いて帰れる社員は帰るようだ。私は五反田から文京区まで歩いて帰る事にした。4時間もあれば帰れるだろう。しかし日比谷及び皇居方面への侵入は禁止されていた。テレビでは各局臨時ニュースを報じているが、事件の真相と原因が分からない為、被害状況の確認に終始していた。テレビ局はどの分野の専門家を出演させれば良いかわからないようで軍事アナリストや動物学者を出演させてお茶を濁していた。まさか宇宙人の襲来だとは誰も思てっていない。自衛隊の出動については与党と野党の議論が紛糾していて目途が立っていない。
//女性アナ『先程、政府では今回出現した大型の生き物を『危険生物A』と命名しました。また、武装集団の正体は不明のままです』
男性アナ『いやあ、まったく真相がわかりませんね。とにかく都内の皆さんは情報に耳を傾けて冷静に行動して下さい。また、各自治体の指示に従って下さい。進入禁止区域、避難所、被害者情報につきましては各自治体、各省庁のホームページで確認してください』//
私は自宅まで5時間以上歩いて帰宅した。皇居沿いの道路など通行止めの区間もあり、渋谷方面に迂回したためだ。千代田区、中央区、港区方面から避難する市民も多く、消防隊員や機動隊員も出て道路はごった返していた。店舗やコンビニエンスストアはどこもシャッターを閉めていた。部屋に着くとニセ七海の唐沢がテレビを見ていた。なぜか心強かった。
「タケルさん、たいへんな事になりましたね。MZ会も幹部を除いては帰れる者に帰宅命令が出ました。明日は自宅待機です」
「よく帰ってこれたな?」
「はい、オフロードバイクで走ってきました。MZ会の所有するバイクを借りました」
「へえ、バイクに乗れるんだ」
「こう見えても昔は零戦の搭乗員です。乗り物は得意です。オートバイは限定解除です」
ニセ七海の唐沢は得意そうに言う。テレビでは専門家が発言していた。
//動物学者A『見たところダチョウに似てますね。しかし大きさが規格外です。濃硫酸を口から噴射したようですので、地球で今までに確認された生物からは想像しにくいですね。どこから来たのかまったく謎です』
軍事ジャーナリストA『対処は警察では難しいですね。この生物に対して自衛隊の兵器なら有効かと思われます。戦車による砲撃、対戦車ヘリによる攻撃、航空自衛隊の攻撃機によるミサイル攻撃が急がれます。武装集団もアサルトライフルを装備しているようなので陸上自衛隊による対処が必要です。無差別な銃撃を行ったのですから対話の余地はありません。自衛隊による殲滅が必要です。政府は自衛隊に早く防衛出動を要請するべきです』
自然学者A『この生物は突然変異です。これは人類の自然破壊への警鐘です。人間は今一度自然との関係を見直さなければなりません』
男性アナウンサーA『今、入ったニュースです。アメリカのニューヨークと中国の北京でも大型生物が出現、街で暴れています。武装集団による銃撃も発生しているとの事です』
男性アナウンサーB『アメリカと中国でもですか! とにかく政府の対応を待ちたいですね』//
アメリカや中国も第1政府の襲撃を受けたようだ。しかし私が思っていたより攻撃は小規模だった。ギャンゴは5頭、武装集団300人のようだ。時刻は3:00になった。私とニセ七海の唐沢は寝ることにした。
テレビの音で目が覚めた。ニセ七海の唐沢は起きてテレビを見ていた。時刻は7:00だった。テレビでの新しい情報はあまりなかった。ギャンゴは皇居前広場で眠っているらしい。武装集団と警察は睨み合ったままだった。アメリカと中国の続報は無いようだ。テレビでは朝の晴海通りの映像が映し出された。レポーターが興奮した声でレポートしていた。報道陣のみが進入を許されたらしい。映像では晴海通りで車が潰れたりひっくり返っていた。崩れかけた雑居ビルや店舗も映し出された。倒れた信号機や外灯などが映し出され大災害の後のようだ。ギャンゴの暴れた様子が見て取れた。一部通りが焼けこげ、煙を上げていた。濃硫酸の影響だろう。映像には映らないが、まだ多くの遺体が放置されてるとのことだった。救急隊員が大勢活動している。都内の大学病院や総合病院は負傷者がぞくぞくと運び込まれているようだ。
「酷いなあ。でも思ったより攻撃の規模が小さかったなあ。もっと大規模に攻めてくるかと思ってたよ」
「これは偵察レベルです。敵の数が少なすぎます。本気の侵攻ならこの100倍以上でくるはずです。ガンビロンのような兵器も使うでしょう」
「MZ会は予測できなかったのか?」
「はい、先ほどMZ会からメールがありました。レーダーをすり抜けたようです。今は天の川銀河と太陽系を監視しています。大規模な侵攻は確認できないようです」
中継映像では大きな箱型の飛行物体が日比谷公園の上空に現れた。
//『大きな飛行物体が皇居上空に現れました。飛行物体の底には空洞が見えます。武装集団が飛んでその空洞に入って行きます。現実とは思えない光景です』//
レポーターの声が響いた。日比谷公園の上空に停止した大きな灰色の箱型の飛行物体の底に空いた空間に、武装集団が吸い込まれるようにして入っていく。画面がズームになった。武装集団は黒い戦闘服を着ており、各自背中に装着したボンベから煙を吹き出して上昇し、飛行物体に入っている。まるでSF映画だ。15分もすると、全ての個体が吸い込まれ、飛行物体は消えた。
「見事に訓練されてますねえ。宇宙船は光学迷彩で消えたように見えてます」
ニセ七海の唐沢は感心したように言う。
「あいつら帰るのか? ギャンゴはどうするんだ?」
私はギャンゴの事が気になった。動物園で引き取るには危険すぎる。殺処分しか無いだろうがその方法はどうするのだろうか。
「ギャンゴは置き去りでしょう。地球を混乱させるのが目的です。おそらく今回の目的は自分達の力のデモンストレーションです。アメリカ大統領や日本の内閣、中国の共産党幹部への警告です。第1政府は思った以上に地球の情報を手に入れているのかもれません」
ニセ七海の唐沢の言うことには説得力があった。テレビでは、状況の説明と専門家による解説が続いた。一部の専門家が宇宙人の攻撃であることを発言し始めた。アナウンサーも進行に戸惑っているようだった。テレビでは遠写しにした映像が映っていた。小さくヘリコプターの編隊が映っていた。
//『自衛隊のヘリコプターが皇居広場の上空でホバリングしています。10機です。機体には陸上自衛隊の白い文字が見えます』//
レポーターは自衛隊のヘリコプターであることを明言した。しかし防衛出動が発令されたとは思えない。MM星人の攻撃が他国による侵略行為であるのか、国内の武装集団によるものか明確になっていないのだ。おそらくギャンゴに対する『害獣駆除』としての出動であろう。もし第1政府が本気で侵略してきた場合、国会の承認による防衛出動にどれほど時間がかかるのか不安である。初動が大事なのだが、今の法律と体制では即時の対応は難しいだろう。
自衛隊は戦闘ヘリコプターでギャンゴを攻撃するようだ。機種はAHー64Dアパッチだ。なんとも頼もしい姿だ。AHー64Dアパッチは日本全国で12機しか配備されていない。すべて佐賀県の『目達原駐屯地』に配備されているはずだ。ギャンゴを攻撃するために各地で燃料補給をしながら九州から10機が急いで飛んできたのだ。無人機のドローンが出現した今日、予算の関係もあって対戦車ヘリコプターや攻撃型ヘリコプターは全廃する方針が決定している。まさかこのような活躍の機会があるとは誰も考えていなかったであろう。
ギャンゴは起き上がって警戒するように上空を見ている。遠いのでシルエットしか見えない。
『ドッドッドッドッドッ』
機関砲の音がテレビから聞こえた。たしかAH-64Dアパッチが搭載している機関砲はM230―30mmチェーンガンだ。画面がズームした。どうやら機関砲は真下を撃っているようだ。映像が引いた。ギャンゴの背中に30mm機関砲弾は当たっているようだがギャンゴは暴れている。上空に攻撃ヘリコプターがホバリングするように浮いている。高度は100m無いだろう。テレビからは『ギイーーー』という悲鳴のような声が聞こえる。ギャンゴの体の色はシルバーグレーになっている。機関砲の音は継続している。戦闘ヘリコプターが入れ替わり立ち代わりしてギャンゴの頭上から撃っている。戦闘ヘリコプターの2機が白い煙を噴いた。ギャンゴの超濃硫酸をまともに浴びたようだ。一機が高度を急激に下げ、画面の右に降下して墜落した。
炎と黒い煙が上がった。皇居に墜落したのだ。もう1機の攻撃用ヘリは白い煙を噴きながら離脱するように編隊を離れて行った。
//『今、自衛隊のヘリコプターが1機墜落しました! 『危険生物A』の吐き出す液体を浴びた様です』//
テレビのレポーターが叫ぶように実況した。
「ヘリがやられたぞ!」
私はびっくりして叫んだ。特撮映画を観ているようだった。
「頭頂部に弾を当てないと効き目が無いようですね」
「30mm機関砲だぞ! ギャンゴはどんだけ防御力あるんだよ! マジで『どんだけ~』だよ!」
私はミリタリーマニアなので30mm機関砲の威力を知っている。それだけに驚いている。その後も攻撃用ヘリコプターによる攻撃は続いた。頭上から30mm機関砲を真下に撃つ攻撃方法は変わらなかった。20分以上も攻撃が続いた。頭頂部に弾丸を受けたのか、倒れているギャンゴも確認できた。やがて立っているギャンゴの数が2頭になった。AH-64Dアパッチは執拗にギャンゴの真上から銃撃している。そろそろ弾丸が尽きるのではないかと心配になってきた。
「タケルさん、真上からギャンゴの頭頂部を狙って撃っているようです。ヘリコプターの機関砲は俯角90度で真下に撃てるように改造してあります。レーザー照準器でピンポイントに頭頂部を狙ってるようです。今、峰岸からメールが来ました。対ギャンゴの戦闘をMZ会とペンタゴンで研究していたようです。MM378の対ギャンゴマニュアルを参考にした戦法のようです。自衛隊にも共有されているのでしょう」
「自衛隊は知ってたのか?」
「米軍は第1政府の攻撃を予想していたようです。MZ会からの情報です。自衛隊には対処法のみ伝えられていたようです」
ついに立っているギャンゴがいなくなった。全頭が頭頂部に被弾したのであろう。戦闘ヘリコプターは去って行った。見事な活躍だった。これを機に、戦闘ヘリコプター全廃を見直しして欲しい。映像の倒れたギャンゴは白く変色している。ギャンゴの防御力は凄まじかった。30mm機関砲を何十発も受けたはずだ。装甲車を撃ち抜く弾丸だが、ギャンゴは頭頂部に被弾しなければ倒れなかった。地球上の生物で30mm機関砲の射撃に耐えられるものはいないであろう。象でも1発、クジラでも数発で絶命するはずだ。15トンのティラノサウルでも数発でバラバラになる威力だ。
その日の夜、ギャンゴの死亡と武装集団の退去が報道された。アメリカと中国でも武装集団は日本と同じ方法で去ったようだ。軍隊が到着する前に退去したとのことだ。遺体が回収されたり捕虜になることを恐れたのだろう。それでも被害者は1万人近いようだ。ニューヨークに出現したギャンゴは日本と同様に真上から攻撃ヘリに機関砲で撃たれ、セントラルパークで3頭が殺されたが、2頭がニューヨーク港に飛び込み、大西洋を泳いでいるという。泳ぐ速度は時速20ノットで、アメリカ海軍のミサイル巡洋艦が2隻、追跡しているとのことである。中国の天安門広場に現れたギャンゴは人民解放軍の戦車中隊の一斉砲撃を受けても倒れることなく、最終的には攻撃機の超極音速対艦ミサイルを20発以上撃ち込んで倒したとのことだ。ギャンゴの頭頂部が弱点であるという情報は中国政府には伝えられていなかったようだ。
それから1週間はテレビニュースやワイドショーもギャンゴと武装集団による攻撃を大きく取りあげていたが、被害状況や被害者に関するものが殆どで核心に触れるものはなかった。最終的な死者は9,000人を超えた。ギャンゴによる死者が5,000人。武装集団の銃撃による死者は4,000人。負傷者は30,000人以上。ギャンゴと武装集団に関する情報は乏しかった。報道が規制されているのかもしれない。私はJR山手線が復旧工事で止まっているため、しばらくは五反田まで地下鉄を乗り継いでの通勤となった。
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