Chapter28 「花形の恋」 【地球】
Chapter28 「花形の恋」 【地球】
私は西麻布のバーのカウンターにいた。花形に誘われたのだ。どうやら話したい事があるようだ。店は花形の趣味らしくアイリッシュスタイルのショットバーだった。花形はピンストライプのオシャレなスーツを着ていた。花形はオシャレな男だった。イケメンの部類に入るだろう。見た目は30代後半で背も高い。私の服装はCWU―36Pフライジャケット(結構レア)にチノパンだった。
「水元さん、私は夏からヨーロッパに行きます。工作活動です。今は準備をしています。3ヵ月後にはヨーロッパです」
「たいへんだな。危険な任務なんだろ。でも俺に話していいのか? 外で話すのも危険だろ」
私はこの頃、MZ会の秘密を知りすぎてしまったように思う。少し恐ろしかった。
「大丈夫です。ここはMM星人が経営してるバーです。マスターもバーテンもMZ会の信者です。活動は1年くらいになります。帰ってくるのは来年の秋ですね。地球征服派の本拠地に潜入して情報を収集します。破壊活動も行います。失敗したら命はありません」
「無事を祈るよ。でもなんで俺にそんな話をするんだ?」
花形はレッドブレスト12年のロックを一気に飲んだ。私は断酒しているのでウーロン茶を口に運んだ。
「言いにくいのですが、私がいない間、佐山さんを守って欲しいのです」
意外だった。
「佐山さん?」
「はい。水元さんに佐山さんを守って欲しいのです。この前みたいな事もありましたし・・・・・・」
花形が下を向いてる。頬が赤くなっている。赤くなっているのは酒のせいだけではなさそうだ。もしかして? えっ、まさか! おほっ、私は顔がニヤけた。花形は佐山さやかに惚れたのか? なんか面白そう!
「もしかして佐山さんの事が好きなのか?」
花形は黙っている。
「ねえ、好きなの? 好きなんじゃないの? 佐山さやかのこと好きなんでしょ!?」
私は嬉しかった。強い花形の弱みを握った気分だ。中学生の頃を思い出した。友達の好きな女子を知った時の気分だ。めちゃくちゃ懐かしい高揚感だ。昂る!
「好きっていうか・・・・・・水元さん! 誰にも言わないで下さいよ。言ったらまじで怒りますよ!」
花形の反応がカワイイ。
「うんうん言わないよ。それでどうしたいの? 好きなんでしょ?」
「どうしたいとか特にそういうのは・・・・・・」
「そうなの? 恋でしょ? 好きなんでしょ? 気持ちを伝えたら?」
「そんなの無理ですよ!!」
「そうかなぁ。意外とうまくいちゃうかもよ。出発まで3ヵ月あるんでしょ? 格闘術や射撃を教えてるじゃん。佐山さんも花形さんのこと気になってるかもよ。もしうまくいったらデートとか出来るんだよ。遊園地行ったり、映画行ったり。帰りは公園のベンチで話すんだよ。お互い大人なんだからもっといろんな事ができるぞ、いろんな事だよ」
「でも私は宇宙人ですよ」
「そんなの関係ないよ。好きになっちゃたんでしょ? ねえ、いつから好きなの? いつからなの?」
「初めて射撃を指導した時に、いいなあと思ったんです。それから佐山さんの事が気になって。佐山さんが訓練に来ると嬉しくて。佐山さんの一所懸命な姿が可愛くて。この前銃撃戦の後、車で家に送ったんですけど、あの時の佐山さんの少し怯えたような表情と、強がる姿がいとおしくて」
やっぱり恋じゃねえか! 恋じゃねえかよ!! MM星人も恋をするんだ。何か希望が出て来た。七海も俺に恋をするかも!
「そうか。でも会えなくなっちゃうんだよな。1年だっけ? 佐山さんは魅力的だから他の男が放っておかないんじゃないかな。佐山さんも年齢的に焦ってるから次に付き合う男とは結婚するんだろうな。いい女だもんな。俺も七海がいなかったら付き合いたいよ。小柄だけど結構胸もあるんだよな。お尻の形がキュート! 旦那になる男は幸せだな。早くしないとさ、今晩あたり誰かに口説かれてるかもしれないよ」
「それは困ります! でも何でお尻の形知ってるんですか!?」
「困るって何が困るの? 何で困るの? じゃあどうするの? ねえねえ、どうしたいの? ねえねえ?」
コクらせてえ! 花形にコクらせてえ! 私の中の悪魔が楽しそうに叫ぶ。
「そんなこと言われても・・・・・・」
「好きなんだろ。協力してあげてもいいよ。ヨーロッパに行くまでまだ時間はあるだろ」
「本当ですか!?」
「ああ、他ならぬ花形さんの為だ。俺も昔は恋多き男だったんだよ」
恋は多かったが全部片想いだった。
「ありがとうございます、水元さんはいい人だ!」
「ちょっと河岸を変えようよ。相談に乗るからさ」
「お願いします。助かります。どうしたらいいか分からないんです。初めてなもんで」
「初めてなの? だって長く生きてるじゃん。新選組にいたんでしょ?」
「ずっと戦いの中にいたんで、恋愛とかは考えた事なかったんです。それにMM星人は基本的に恋愛しません。性別もありませんし、感情も薄いです。地球にいると変わるのでしょうね」
「ふーん、じゃあ初恋だ。いいねえ。胸がキュンキュンするじゃない?」
「どうでしょうか?」
「佐山さんと手を繋いで歩くのを想像してみなよ。佐山さんは笑顔で嬉しそうだよ」
「ああーーーーキュンキュンします!」
「佐山さんがイケメンと楽しそうに歩いてるところを想像してみなよ。偶然見かけちゃった感じで。どこに行くのかな? 食事かな?」
「えっ、そんなのイヤですよ」
「佐山さんがイケメンとマンションから一緒に出てくるところを想像してごらんよ、お泊りだったのかな」
「胸がキューーーーーンって痛くなりました、何なんですかこれは! って言うか、人の心で遊ばないで下さい!」
「しょうがないなあ、恋のレクチャーしてあげるよ」
「お願いします! 水元さんに出会えて良かった!!!」
私は大事な事を忘れていた。佐山さやかは『レズビアン』だった。花形はそのことを知らない。
私と花形はタクシーを使って上野の大衆居酒屋に移動した。タクシー代は花形持ちだ。どうもショットバーでは調子が出ない。大衆居酒屋は私のホームグラウンドだ。私も今夜は飲む事にした。『花形の恋』という最高の肴がある。私はレモンサワー大ジョッキを注文した。花形はハイボール大ジョッキだ。つまみはモツ煮込み、レバ串、ギンナン塩焼き、厚揚げ、しめ鯖、ブリ大根、イカ納豆、私の好物ばかりだ。シメは焼きそばにしよう。金は花形に払わせればいい。花形はかなり酔っぱらっていた。誰にも言えない恋の話を他人に話して解放されたのだろう。周りはガヤガヤとかなりうるさい。これぞ大衆居酒屋。イイ感じだ。
「花形さん、そのスーツカッコイイね」
「そうですか? ヒューゴボスです」
ヒューゴボス! いつかは私も着たいと思っていたスーツだ。なんか悔やしい。私はタケオキクチかブラックレーベルでいっぱいいっぱいだ。いいスーツだけど。
「花形さん、もし佐山さんと付き合うことになったらどうする? 想像してごらんよ」
「ええっ? そうですねえ。やっぱり最初はディズニーランドとかですかね?」
「もぅーー、花形さんウブなんだから。高校生のデートじゃないんだからさ、昼間は海の見える場所でデートして、夜は夜景の見えるレストランで食事して、その後オシャレなバーで愛を語って、そしてホテルだよ! ホテル!!」
「うおーーー、それイイッス、凄くイイッス! さすが水元さん、それ頂きですよ!」
花形は私の肩をバンバン叩いた。めちゃくちゃ痛い。肩が外れそうだ。
「横浜あたりがお勧めだな」
「まじっすか! 横浜ですか? わかりました、明日有給取って下見に行きますよ! 明日予定してた暗殺は延期だな。水元さんは恋の師匠っすよ!」
花形は気が早い。行動力もある。さすが腕利きの工作員だ。格闘も射撃もMZ会日本支部ナンバー1だけのことはある。でも恋の師匠も何も超ベタなデートコースだ。大学生のカップルなら一度は行くコースだ。それに暗殺の延期って・・・・・・
「じゃあさ、佐山さんと結婚したとするじゃん、佐山さんのことなんて呼ぶの?」
「そうですね、『佐山さん』ですかね」
「何言ってるんだよ! 結婚してるんだぞ、苗字は花形になってるかもしれないぞ。『花形さやか』だよ。呼ぶなら『さやか』とか『さやちゃん』だろーがよ!」
私もだいぶ酔ってきた。
「イイッスね、それイイッスね! 『さやか』なんつってーーーあはは」
「『さやちゃん』なんつってーーーぎゃはは」
花形のこんな姿は見たくなかった。でも楽しい。恋は人を、時には宇宙人さえ詩人に変えると同時にピエロにする。
「『あなた、お風呂にする、ご飯にする』って聞かれたらどうするんだ?」
「そうですね、低い声で『風呂にするか』ですかね」
「違うよ、『風呂だ、一緒に入るぞ』だろーがよ!」
「イイッスね、イイッスね、それ最高ッスね! 一緒にお風呂ですか、もうーー水元さん、スケベっすね!」
「あっはっはっ、そりゃそーだよ、俺は生まれながらのスケベだよ」
「ぎゃはは、イイッスね」
「花形さんだって、スケベなくせに」
「『さやか、先に入ってろ』なんつってーー、なんつってーーーー」
「あっはっはっ、それでいいんだよ」
「ぎゃははは、そうっすよね」
二人で大笑いした。久しぶりに楽しい酒だった。
私と花形は店を出た。もう終電が無くなる時間だった。
「水元さん、占い師がいますよ。恋の行方を占ってもらいます」
花形は嬉しそうに言った。たしかにガード下に小さな机を前にして座る占い師がいた。小さな行灯に『占い』と書いてあった。占い師は70代くらい男性だった。白いYシャツの上にチャコールグレーのジャケット着て緑色のループタイを着けて黒いベレー帽を被っている。怪しい感じはしないが眼光が鋭く、少し強面だ。
「あの、占って欲しいんですけど、どんな占いなんですか?」
花形が占い師に声を掛ける。
「透視術です。あなたの未来を透視します。30分で5000円になります」
占い師が言った。
「じゃあ、恋愛を占って下さい!」
酔っているせいもあるが花形は勢いよく言った。手には5000円札を持っている。私は横で見守る事にした。私は占いを信じない方だが、朝のTV番組で自分の星座の運勢が悪いとブルーな気分になってしまう。気にはなるのだ。
「あなたご職業は?」
占い師が花形に訊いた。花形の顔を真っすぐ見ている。やはり眼光が鋭い。
「えーと、宗教法人の職員です」
「あなた、恋愛もいいですけど生き方を変えた方がいい。危険な仕事をされてますね。このままでは近い将来命を落とします」
占い師ははっきりと言った。
「えっ、命を落とす? どういう事ですか? 近い将来って? いつですか? 場所はどこかわかりますか?」
花形が不安そうな声で訊いた。占い師が目を瞑った。
「水に囲まれてた場所ですね。白い霧が見えます。心当たりはないですか?」
占い師が目を閉じたまま言った。
「水に囲まれた場所・・・・・・わからないですね。霧も心当たりないです」
「とにかく半年間、水に囲まれた場所には気をつけなさい。霧が出る所にも気を付けた方がいい。半年たったらまた来なさい。その時は恋愛を占ってあげます。今日は『お金は結構』です。とにかくこの半年間、自分の生き方を見直すのです。生きてたらまた来なさい」
私と花形それぞれタクシーを拾うために中央通りの路肩に立っていた。
「さっきの占い師の言うことが気になります。不思議な感じがしました。私が危険な仕事をしている事をわかったようです。お金を受け取らなかったのも気になります。生きてたらって」
「水に囲まれた場所ってなんだろうな。でも気にしない方がいいよ。それより佐山さんに気持ちを伝える事を考えた方がいいよ。夏にはヨーロッパに行くんだろ? もしよかったらそれとなく聞いておいてあげようか?」
私は軽い気持ち言った。
「まじですか! お願いします。私の事をどう思ってるのか聞き出して下さい。やっぱ水元さんは恋の師匠ですよ。恋愛コンサルタントだ!」
「まあ、可能だったら花形さんの想いを伝えてみるよ」
「いいんですか、そんなことまでしてもらって? ありがとうございます。私からはとても言えません。お願いします!」
花形は私に頭下げた。その後、空車の表示のタクシーが来たので私はタクシーを止めて乗り込んだ。タクシーが発車する時花形はまた頭を下げた。私は少し気が重かったがやるだけやってみようと思った。それにしても占い師の言うことが気になった。水に囲まれた場所。白い霧。水は川か? 運河か? そもそも日本という国自体が島国なので水に囲まれている。
翌日の朝、かなり早めに出社すると佐山さやかが受付の電話機を拭いていた。佐山さやかはいつも一番に出社する。
「おはよう」
「おはようございます。えっ、どうしたんですか? 水元さん、今日は早いですね」
「昨日花形さんと飲んだんだよ」
「めずらしいですね」
「格闘技の話で盛り上がったよ。花形さんっていいヤツだよな。強いし、カッコイイし」
「そうですね。優しいところもあるんですよね」
「どう? どうよ、花形さん?」
私は単刀直入に聞いた。周りには誰もいない。始業まで1時間以上ある。あと20分位は誰も出社して来ないだろう。
「どうって、いい人ですけどちょっと怖いですよね。戦闘のプロですし、MM星人です」
「七海だってMM星人だろ。それに軍人だぞ。花形さんより強いんだ」
「七海ちゃんは七海ちゃんなんですよ。パソコンの壁紙も七海ちゃんです。唐沢さんに貰った画像です。人事部や総務部の皆に聞かれました。『この綺麗な娘、誰?』、『この娘カワイイね、誰?』、『これって何かのキャラクター? カッコイイよね、誰?』って。もう嬉しくて、私の彼女ですって言っちゃいました」
「でも花形さんもカッコイイよな。この前車で送ってもらっただろ」
「そうですね。でもやっぱり怖い感じです。カッコイイのかも知れないですけど、七海ちゃんはカッコよくてカワイイんですよ。それなのにコチョコチョすると『キャハハッ、キャハハ』って無邪気なんですよ『キャハハッ、キャハハ』ですよ。もう早く会いたいです」
花形は格闘術でも恋でも七海に負けていた。困った。花形に本当の事を話したほうが良さそうだ。でも花形の気持ちを伝えるだけ伝えるのもありだ。もしかしたら佐山さやかの気が変わるかもしれない。
「実は花形さんが佐山さんの事、好きみたいなんだ。付き合いたいらしいんだよ」
「えっ、困ります」
「困ることは無いだろ。人に好かれるのはいいことだ」
「人じゃないです。宇宙人です。気持ちは嬉しいですけど花形さんの気持ちに応えることはできません」
やっぱりだった。中学生の時も友達に頼まれて、友達の好きな気持ちを女子に伝えてた事が何度かあったが、芳しい返事をもらったことはなかった。だいたいモテない男子がそうした手段をとるのだ。自信があれば自分でアプローチする。モテる男子は女子の方から告白されたりするものだ。友達の気持ちを伝えた女子に泣かれた事もあった。友達の男子は不潔なので女子の間で嫌われていたのだ。悪い結果を友達に伝えるのは苦痛だった。場所は体育館の裏や駄菓子屋の横のベンチだったりした。駄菓子屋の時は大抵友達が『チェリオ』と『ハートチップルやベビースターラーメン』を奢ってくれた。女子に気持ちを伝えた報酬のような感じだ。期待に胸を膨らませる友達の顔を見るのは辛かった。答えは決まっていた。たとえ女子が「〇〇君の事嫌いだし迷惑」と言っていたとしても、「お前の事は嫌いじゃないけど他に好きな人がいるって言ってたよ。残念だな」と言うのだった。でも花形はそこそこいい男だ。佐山さやかがレズビアンなのと、七海への想いが強い事が問題なのだ。
「友達から始めたどうだ?」
「だって私はレズビアンですよ。七海ちゃんが好きなんです。だいたい花形さんは宇宙人じゃないですか」
「人種差別はだめだろ」
「人種じゃありません。生物としての種類が違うんです」
「七海だって宇宙人だぞ」
「七海ちゃんは特別です」
「どうしてもだめか。花形さんはいいヤツなんだけどな」
「それはわかります。でも恋愛は別です」
「花形さんに佐山さんがレズビアンだって言ってもいいか?」
「イヤだけど本当のことだから仕方ありません。それで諦めてくれるならかまいません」
「なあ、将来の事を考えて花形さんでいいんじゃないのか」
「もうその話は『いいです!』」
「でもいつかは家庭を」
「だから『もういい!』です。その話は『もういい』です」
「七海の事は諦めた方がいいんじゃないのか。花形さんと幸せになれよ」
「諦められるわけ無いじゃないですか! 一ヵ月間一緒に住んだのは何だったんですか! 忘れられないんです!! ずっと一緒にいたいです」
「朝から見せつけてくれるねえ~。一ヵ月じゃなくて一生一緒に住んじゃえばいいだろ」
岸田部長が立っていた。このパターン、お約束?
「私だってそうしたいんですよ! 水元さんが分かってくれないんです。それにお金まで取ろうとするんです! 一カ月40万円です! 納得できません」
佐山さやかは岸田部長を突き飛ばすと執務室に入っていった。
「水元、お前最低だな。金を取るのはさすがに許せないぞ。ジゴロにでもなったつもりか?」
「いやっ、お金取るのは止めたんですよ。ワガママで困っちゃいますよ」
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