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Chapter27 「ブレイク」 【地球】

Chapter27 「ブレイク」 【地球】


 私は昼休みに会社の給湯室で自分のマグカップを洗っていた。葛飾北斎の『赤富士』の版画の絵柄の中をゼロ戦が飛んでいる絵のお気に入りのマグカップだ(ネット通販で本当に売っている)。

「水元さん、昨日の事が頭の中で無限ループしてます。あれからずっとドキドキしてます」

佐山さやかが話しかけてきた。昨日の日曜日、私と佐山さやかはMZ会の施設で護身術と射撃の訓練をしていて地球征服派のMM星人の襲撃を受け、銃撃戦に巻き込まれたのだ。

「ああ、俺もだよ。まだ手にコンバットマグナムの反動が残ってる気がするんだよ」

「自分が銃撃戦をしたなんて今でも信じられません」

「結構いい感じだったぞ。SIG-P226を連射してた。3発も命中させたんだぞ」

「必死だったんです。でも誰にも話せないですよね」

「佐山さん、黙ってるんだぞ! 誰にも言うなよ」

「はいっ、誰にも言いません。でも今回の件も、七海ちゃんの事も黙ってるのは辛いですね。せめて両親には話したいです」

佐山さやかは両親と同居している。両親との仲はいいようだ。気持ちはわかるが黙っていてもらわなければ困る。もし話したとしても両親は、娘の頭がおかしくなったとしか思わないだろう。『宇宙人に恋をして銃撃戦で宇宙人を撃った』。間違いなく病院に連れていかれる。部屋でエアガンを撃ちまくる奇行だけでも両親は心配しているはずだ。

「ダメだ! 両親には言うな! 絶対だぞ」

「はい、でも私の両親は理解があります! お父さんもお母さんも分かってくれます、話しても大丈夫です」

「そういう問題じゃない。秘密にするんだ! お父さんとお母さんは知らない方がいい」

「ほお~、お盛んですな。ご両親に挨拶くらいした方がいいんじゃないの? お互いにいい歳なんだし、みんなに祝福された方がいいよ。もう結婚しちゃえよ!」

岸田営業部長がニヤニヤして立っていた。やはり給湯室での会話は危険だ。

「そんなんじゃありません、私、必死なんです。だけど怖いんです!」

佐山さやかは叫ぶと岸田営業部長を突き飛ばして走っていった。

「女の子を不安にさせたらダメだよ。遊びじゃないんだろ? ここは一発ご両親に挨拶だよ。このモテ男が。羨ましいねえ」

岸田営業部長は完全に誤解している。それに楽しそうだ。私と佐山さやかはまた営業部の飲み会の肴にされてしまう。

「いやっ、いろいろ難しくて、困っちゃいます」

私は苦笑いした。


 七海の写真集は発売と同時に20万部が売れた。今回は優秀堂の子会社である『夢四季社』の出版する『週刊 夢Now』の巻頭グラビアにも天野七海の写真が写真集から掲載されたのだ。効果は抜群だった。発売から2ヵ月たった今、写真集は30万部の発行だ。天野七海を知らなかったサラリーマンや学生の男性に一気に存在が知れ渡ったのだ。他の週刊誌やテレビ局からの取材依頼も殺到している。しかし取材依頼は断っている。こちら側のマネジメントが対応できていないのだ。大手芸能プロダクションからの問い合わせもひっきりなしだ。七海を獲得したいのだ。そりゃそうだろう。育てる為の投資が必要ないフリーのモデルがプチブレイク中なのだ。金の卵どころか獲得すれば明日にでも金を生み出す。橋爪さんは対応に追われて疲れているようだ。


 「七海、凄い人気だな」

「嬉しいです! でも、この部屋に住めないのは寂しいです」

写真集の売上に比例してファンや写真週刊誌の記者が近所をうろつくようになったのでニセ七海の唐沢はなぜか峰岸と千代田区のホテルに住んでいた。今日は久しぶりに私の部屋に来たのだ。佐山さやかも一緒だ。

「本当に凄い人気ですね。七海ちゃんが帰ってきたらびっくりしますよ」

「こんなに簡単にブレイクするなんて、なんか、ご都合主義の『安っぽい三流小説』みたいです。私、人気モデルなんですよね! 夢みたいです」

【まあ、安っぽい三流小説なのだが・・・・・・】

「でもテレビとかは止めておきたいな。もともと七海は『俺だけのアイドル』の予定だったんだ」

「ですよねえ。あんまり売れすぎると私も七海ちゃんと仲良くできなくなっちゃいます」

「大丈夫です。私は16歳のアイドルデビューが本命です。七海さんではここまでのブレイクにしておきます。ホテル生活も大変ですし、ファンに追っかけられたりもするんです。峰岸さんがガードしてくれてます。買い物や食事に行くと店員さんがサービスしてくれるんです。サイン書くだけで手が疲れちゃいます。今日だって変装して来たんですよ。通勤の時も変装してるんです。あーあ、もう忙しいです。時間が欲しいですね」

ニセ七海の唐沢はすっかり売れっ子気分のようだ。なんかムカつく。しかし本物の七海はいつ帰ってくるか分からない。これ以上人気が出ても困るのも事実だ。印税だけでもしばらく七海が生活できる分は稼いだのだから活動は控える方がいだろう。

「七海、写真集も出した事だし、いったん活動はストップだ。佐山さん、ブログの更新もしないつもりだ」

「少しもったいない気もしますけど、そのほうがいいですね。七海ちゃんに内緒で活動するのも変ですもんね。また幻のモデルになるんですね」

佐山さやかは理解が早かった。

「ああ、本物の七海が帰ってきたらまた考えよう」

「どーせ私はニセモノです。だから早く16歳のアイドルの顔を作って下さいよ~、準備がしたいんです」

「わかった、アイドルの顔作りは考えるよ。MZ会の方は大丈夫なのか? それに峰岸さんもいい迷惑だろ」

「はい、それより施設での銃撃戦、大変でしたね。MZ会内部でも話題になっています」

「ああ、まさか銃撃戦に巻き込まれるなんて思わなかったよ」

「私もです。休日は母とクッキーを焼くのが趣味だったのに格闘術や銃撃戦なんて人生が120度変わってしまいました」

微妙な角度だ。


 「でも無事で良かったですね。襲撃してきたMM星人は全員捕まえて拷問してます。サーバーの破壊とデータを盗むのが目的だったようです。地球征服派でした」

「拷問してるのか? 平和を祈る宗教団体だろ」

「MZ会は国家を作る程の組織です。綺麗事だけではやってられません。拷問では強力な自白剤を使い、痛みを感じる神経に、直接作用する装置を使って行います。特殊なパルスです。人間なら痛みで命を失う事もあります]

「凄まじいなあ」

「MZ会を裏切ったらその装置で死ぬまで痛みを味わう事になります。拷問して,弱ったら治療して元気にさせて、また拷問します。これを何年も繰り返すのです。殆どの者が精神を破壊されます。それでも続けます」

「やめてくれ! 気分が悪くなる。MZ会と関わるのが怖くなるだろ」

「その痛さは爪と皮膚の間に針金を何本もグリグリと」

「七海! やめろ! 痛い話は苦手なんだ!」

私は恐ろしくなった。MZ会には逆らいたくない。なぜか八神の顔が頭に浮かんだ。

「来週、『国家建設』について『総理大臣』から発表があります」

「いよいよか。野党は反対するだろうな」

「それは無いと思います。野党幹部は抱き込んであります。金を渡したり、弱みを握ったり方法は様々です。あえて暗殺を失敗して恐怖を植え付けたりもしています」

「やめろ、知りたくない! 俺は秘密を漏らしたりしない。裏切らないから拷問は勘弁してくれ。知るのが怖い!」

「そうですか。軍事構想なんかもほぼ決まったんですけどね。私は本部の資料の翻訳なんかをしてるのでいろいろ情報が入ってくるんですよ。日本の防衛も大きく変わりますよ。タケルさんが一番興味のある話題ですよね。でも知りたくないんですよね? 残念です」

「聞かせてくれ! 怖いけど知りたい。 七海! 楽しんでるだろ!? まさか原子力空母とか持つのか」

「タケルさんにはお世話になってるんで情報提供してるんですよ。空母どころか日本は核武装します」

「えっ、まじかよ!」

「はい。新しい国『マゼラニア自由民主主義国』は核兵器を作ります。正確には『ユモトン411』を使った超エネルギー兵器です。核融合の原理を使いますが、小さなブラックホールを発生させる兵器です」

「ブラックホール? やばすぎだろ! もう兵器の枠を超えてるぞ!」

「ブラックホールは危ないです! 地球は大丈夫なんですか? 大きなブラックホールだと太陽の400億倍の質量があるっていいます。地球が吸い込まれちゃいます」

佐山さやかも大きな声を出した。宇宙の事を勉強しているので事のやばさがわかるようだ。

「大丈夫です。敵国にマイクロブラックホールを発生させる装置をICBMで打ち込みます。マイクロブラックホールはホーキング放射ですぐ消滅していまいますが、我々の技術で消滅までの時間をコントロールできるのです。防衛にも使えます。敵国の発射した弾道ミサイルやICBMをブラックホール発生装置を搭載した迎撃ミサイルで迎えうつのです。敵の弾道ミサイルやICBMをブラックホールに吸い込むのです。ブラックホールの発生時間や強さは事前に調整できます。敵の航空機や艦隊なんかにも有効ですね」

「もう何も言わないよ。でもMM378の戦争では使わないのか? MM378の戦争は脳波戦以外は原始的だよな」

「MM378では武器そのものを否定してきました。MM星人の哲学なのです。物理兵器は地球人の方が進んでるくらいです。しかし地球のMM星人にタブーはありません。特にMZ会は様々な兵器を設計しています。原子爆弾や水素爆弾は1000年以上前に設計していました。オッペンハイマーの計画にも一部のMM星人が参加しています。むしろ妨害して開発を遅らせたのです。ナチスの原爆開発にもMM星人の科学者が参加して妨害しました。最終的にアメリカの製造は見逃したのです。私は日本人ですから悔しいですけどね」


 私は部屋でテレビを観ていた。総理大臣からの重要な発表があるとの事だった。時刻は20:00。東郷総理大臣が記者会見場に姿を現した。マスコミや報道記者達は総理の発表が終わってから会場に入って質問をするようだ。総理が壇上に上がり、マイクの前に立った。


「これより重大な発表をします。4年後に日本の領土内に新しい国家が誕生します。場所は伊豆諸島の南東にある『鬼神島』です。誕生する国家の名前は『マゼラニア自由民主主義国』。マゼラニア自由民主主義国は宗教法人MZ会を主体とした国家です。マゼラニア自由民主主義国の建国は我が国に多くの恩恵をもたらします。我が国の経済、産業、防衛に良い影響を与えます。具体的な話は各大臣から発表しますが、経済だけで言えば日本のGDPが20%アップする確実な試算があります。国民の皆様はこの事実を冷静に受け止めて頂きたい。この件に関して国連決議が行われますがほぼ間違いなく承認される見通しです。我が国としてはマゼラニア自由民主主義国の建国を大いに支援いたします。その見返りは計り知れないでしょう。間違いなく国益、すなわち日本国民の利益に繋がります。経済力の大きな増進による『大幅減税』、防衛力強化、など成果は直ちに現れるでしょう。豊かな日本を取り戻すのです』」


 東郷総理大臣の発表は簡潔だった。記者達の質問は多かったが各大臣が発表と合わせて的確に返答していた。もしかしたら事前に取り決めがあったのかもしれない。翌日は会社でもマゼラニア自由民主主義国の話題で持ち切りだった。『大幅減税』についての総理大臣の発言に対して好意的に捉えているようだった。私は興味の無いふりをした。佐山さやかもいつも通りに勤務していた。



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