Chapter26 「役割と信念」 【MM378】
Chapter26 「役割と信念」
ナナミ大尉は長官室に戻っていた。
「コーナン大尉、アサルトライフルはどうだったかね?」
ガキデカント中将が訊いた。
「はっ、とても有効な兵器でした。脳波戦が必要なくなるかも知れないほど強力な兵器でした。取り扱いも楽でした。あの銃を20万丁も供与してもらえるなら北方方面軍は強くなります。すでに第1政府もアサルトライフルを大量に生産中とのことです。もし我々が持たなければ、その時点で第1政府にも南方方面軍にも勝ち目はありません」
「なるほど。そんなに凄いのか」
「今から別の兵器の映像を映します。この兵器も供与が可能ですが第1政府はまだ存在を知りませんので内密にお願します」
ナナミ大尉は標準口調に戻っていた。
ナナミ大尉は超小型プロジェクターのスイッチを入れ、所長室の壁に動画を投影した。動画はレジスタンスキャンプで行われた迫撃砲と榴弾砲と戦闘用ホバーのデモンストレーションの映像だった。各砲の発射シーンと、ターゲット陣地に与えた被害を収めたものだ。
「おおっ!」
「凄い威力だ。射程30Km? 物理兵器だからシールドでは防げんな」
「南方方面軍はこんな兵器も所有しているのか! これではパワーバランス崩れてしまう」
ガキデカント中将とコーナン大尉は代わる代わるに声をあげた。
「いかがでしたか? 我々は北方方面軍と兵器の格差を作りたいと思っていません。同じ連合政府軍です。協力して第1政府を倒すのです。この資源地帯を守ってもらっている事には感謝します。しかし第1政府に負けるわけにいきません。次の作戦では力を貸していただきたい。物理攻撃兵器は提供いたします」
「コーンナン大尉、どう思うかね」
「はい、南方方面軍に協力すべきだと思います。戦後の事を視野に入れても協力すべきです。政府間の過去の遺恨は清算すべきです。それがこの星の未来のためです」
「合理的に考えればそうなるな。師団長を招集して会議を開こう。しかし師団長達は頭が固い。南方方面軍を毛嫌いしている者も多い。特に第1軍のパッパラー軍団長は南方方面軍を嫌っている。過去に第2政府との戦いで左腕を失ったのだ。各師団の予算を再作成して好条件を提示して餌にする必要があるな」
「第3軍第2師団の師団長は旧第7政府に強い恨みを持っています。説得には時間が必要です」
「もういいの! 私達は今朝、ジョイフル大佐に毒殺されそうになったの。さっきは兵士達8個体に絡まれて暴行を受けたの。協力なんてこっちから願い下げなの! 貴方達に協力してもらっても足手まといにしかならないの。時間が無いの! もう帰るの!」
「ナナミ大尉、どうしたのですか? 毒殺の件は申し訳ありませんでした。どうか話し合いに応じて下さい!」
コーナン大尉が焦っている。
「第1政府が勝てば資源地帯は占領されるの。連合政府が勝てば南方方面軍が連合政府の中で主導権を握るの。北方方面軍は戦ってないから立場が弱いの。南方方面軍に吸収されるかもしれないの。もし抵抗すれば内戦になるかもしれないの。そしたらまた戦争なの。きりが無いの。もう戦争はイヤなの! 戦えば南方方面軍が有利なの。アサルトライフルと大砲の威力見たでしょ?」
「はい。戦争になればとても勝てるとは思えません」
コーナン大尉は正直だ。
「だから協力して戦うの。そうすれば武器も供与されるの。戦力差も縮まるから内戦にならないの。共に発展できるの。一つの政府になれるの。私が必死に考えたの」
「ナナミ大尉、戦後の事まで考えて今回の案を持ってきたのですか?」
「南方方面軍の軍令部には伝えてないの。第1政府に勝つためには北方方面軍の協力が不可欠だと提案したの。そのためには交換条件で武器の供与が必要だと私が捻じ込んだの。南方方面軍団長は納得したの。だから私は来たの」
「閣下、素晴らしい提案です。ナナミ大尉は第1政府に勝つことと、戦後の平和を維持する事の両方を考えてます。北方方面軍にとってもこれ以上の好条件はありません!」
「それならファントム閣下へのメッセージをすぐに作成するの!」
「ナナミ大尉、あなたの言っていることが本当なら素晴らしい話だ。しかし南方方面軍にとっては損ではないのかね? 今の南方方面軍なら第1政府を倒して、その後我々を倒すことも可能かもしれんのだ。武器を供与するのは良い策とは思えん。にわかには信じられんな」
ガキデカント中将は冷静だった。
「だから私も急いでるの。第1政府との決戦前で南方方面軍も不安なの。兵員の個体数では第1政府の方が多いから軍の上層部は不安になってるの。今なら私の案が通しやすいの。私を信じて欲しいの! もし決戦が有利に進めば武器供与の話はなくなるの。今がチャンスなの。私は戦争を終らせたいの。第1政府はここまで暴走したから倒すしかないの。地球侵攻も目論んでるから仕方ないの。でもそれで終わりにしたいの。私は連合政府軍の正規兵じゃないの。レジスタンスなの。中立なの」
「ナナミ大尉、あなたを信じよう。非常に合理的で理性的な話だ。私は南方方面軍を疑っていた。ジョイフル大佐もそうだったのだろう。だが、ナナミ大尉を信じたくなった。話し方に説得力と力強さがあった。ナナミ大尉は不思議な個体だ」
「私には感情があるの。感情はうまく働けば信念を作るの。今はこの星を平和にしたいという信念があるの。地球で習得したの。もし協力してくれたら地球の使者を紹介してもいいの」
「地球の使者だと? それは凄い! ナナミ大尉、ファントム中将宛てのメッセージを作ろう。嫌いな相手だが背に腹は代えられん。コーナン大尉、メッセージ作成装置を持ってくるのだ」
メッセージは作成された。ヒロミゴー平原の決戦で北方方面軍は15師団を投入するという内容だった。
「ありがとうございます。なるべく早く武器供与ができるように手配するの。可能であれば物理攻撃兵器を使った戦闘の教官を派遣するの。地球の食料と音楽も届けるの」
「ナナミ大尉、エナーシュは十分ありますので食料の心配はいりません。音楽とは何でしょうか?」
コーナン大尉が質問した。
「最初は口に合わないと思うけど、地球の食事は素晴らしいの。食事に対する概念が根本から変わるの。音楽はウルーンを震わせる地球の文化なの。南方方面軍が纏まったのは地球の食事と音楽があったからなの。武器の力だけじゃないの」
「ナナミ大尉、出来ればもうしばらく滞在して欲しいです。いろいろ打ち合わせをしたいです。武器の話や南方方面軍や地球の事をもっと知りたいです」
「すぐに帰らなければならないの。次の任務があるの。あっ、いい事を思いついたの! コーナン大尉が南方方面軍に来ればいいの。実際に見るのが一番早いの。私達と一緒に行くの!」
中型高速ホバーは帰路にあった。高度400mを時速300kmで飛行していた。
「ナナミ大尉、大尉の案は一歩間違えれば軍規違反です。南方方面軍に対する反逆罪になるかもしれません」
シャーク軍曹が言った。
「かまわないの。戦争をこれ以上広げないためなの。南方方面軍も北方方面軍も同じ連合政府軍なの。つまらない主導権争いは悪でしかないの。私は運がいいの。ライトニングウォホーク少佐との戦いでは死にそうになったの。今日も毒殺されるかもしれなかったの。でも生きてるの。第1政府にいた時はS級極刑でクサメシューに収監されそうになって地球に逃亡したの。地球では素晴らしい出会いがあったの。きっと私には大事な役割があるの。政府が決めた役割じゃなくて自分で決める役割なの。そのために戦うの」
シャーク軍曹は驚いた。そしてウルーンがジリジリと強く震えた。ナナミ大尉は自分というものを持っている。大きく広い視野を持っている。ジョーシン中尉の射殺でも部下を慮って自らの手を汚してくれた。こんな上官は、こんなMM星人は初めて見た。ナナミ大尉は強いだけではないと思った。ナナミ大尉からは学べる事が多いと思った
「ナナミ大尉!! 地球に連れていって下さい!! 興味深いです!!」
シャーク軍曹は気が付いたら叫んでいた。
「いいの。戦争が終わったら一緒に地球に行くの。そして美味しいものを食べるの。私の友達も紹介してあげるの。温泉にも連れて行ってあげるの、気持ちいいの」
「はい。お願いします!」
美味しい食べ物、友達、温泉。シャーク軍曹にはどの言葉も新鮮で魅力的に思えた。
「あの、私も地球に行ってみたいです。ナナミ大尉も地球も非常に興味深いです。今回のナナミ大尉の提案に驚いています。ムスファは戦術眼だけではなくて『戦略眼』も持っているのですか?」
コーナン大尉が尋ねた。コーナン大尉は南方方面軍との具体的な打ち合わせと視察を行うためにホバーに乗ったのだ。ホバーにはコーナン大尉と護衛の兵士が5個体乗っていた。5個体は偶然にもナナミ大尉に絡んで倒された兵士達だった。カルビ軍曹もいた。精鋭部隊なのだろう。
「戦略眼なんて無いの。今回は私が真剣に考えた最適解なの。正しいと信じるしかないの」
ホバーの窓から見えるのは灰色の岩だらけの大地だった。
<タケルと宇宙船を取りに行った時と似た景色なの。あの時も灰色の景色だったの。穂高連峰だったの。懐かしいの。タケルを背負ったの。嬉しかったの>
「ナナミ大尉、敵のレーダーを避ける為に高度を100mに下げます。あと3時間で到着します」
中型ホバーは灰色の大地を舐めるように飛行した。ナナミ大尉は窓から灰色の大地を見つめていた。その顔はどこか悲しそうだった。
ナナミ大尉は南方方面軍の前線本部に戻りファントム中将に報告した。
「ガキデカント中将のメッセージは読んだ。こちらの依頼より5個師団多い15師団を投入してくれるとの事だ。ナナミ大尉ご苦労だった」
「北方方面軍の装備はかなり遅れています。武器の供与及び教官の派遣を急ぐ必要があります。また、北方方面軍の士官を定期的に南方方面軍に受け入れて訓練を実施することが望ましいと思われます」
こうして連合政府が発足して3年、独自の運営を行って来た南方方面軍と北方方面軍は初めて交流を持つこととなった。コーナン大尉は武器供与の詳細な手続きと視察を兼ねて南方方面軍に暫く滞在することになった。
ナナミ大尉は、研究施設にホバーバイクで移動した。
「マッド主任研究員、3000個体の兵士を3ヵ月でガンビロン用脳波を発射できるように訓練して欲しいの」
「所長から聞いています。現在その為に仮設の宿泊施設を研究所の近くに建設中です。訓練プログラムは簡単な手術と投薬とシミュレーション装置による発射訓練になります」
「安全性は大丈夫なの?」
「発射する個体へのダメージを和らげる装置も実用段階に到達しました」
「それはありがたいの。早速私が実験台になるの」
「潜入員の情報では第1政府のガンビロンを発射する兵士は特殊な薬物を使用してるようです」
マッド主任研究員が言った。
「特殊な薬物?」
「はい。短期間の訓練でガンビロン用脳波を発射できるようになりますが、発射時に脳は耐えられず、破壊されるようです。ヘルキャ中将はそれを承知でガンビロン用脳波を発射できる個体を増やして実戦に投入してるようです」
ナナミ大尉はダメージ緩衝装置の実験の為、連日ガンビロン用脳波を発射した。その効果はまずまずで、意識を失うことは無くなった。
研究所には南方方面軍の各部隊よりガンビロン用脳波習得を目的とした兵士の第一陣500個体が大型ホバー2機で輸送されてきた。宿泊施設は簡易的な兵舎で、食事はエナーシュだった。食堂でマッド主任研究員と食事をしていた。研究所の職員達も訓練兵と同じエナーシュを食べるようになっていた。3000個体の訓練兵に毎日地球の食事を出すのは難しいのである。
「研究所に来れば毎日地球の食事を食べられると思っていたから残念なの。地球の食事になれるとエナーシュは食べられなくなるの。エナーシュしかないのなら食事は20日に一回で良くなるの。美味しくないの」
「そうですね。以前は我々も20日に一回エナーシュを食べれば十分でした。栄誉補給のみが目的だったからです。実に合理的です。MM星人は何億年もずっとそうして来ました。そもそもこの星にはエナーシュ以外に食べるものがありません。しかし味わう事を知ってしまった今はエナーシュでは満足できません。地球の食事は我々の食事の概念を変えました。喜びという感情も生み出しています」
「北方地域ではまだ地球の食事は誰も食べたことが無いの。もし地球の食事が広がれば地球からの輸入だけでは足りなくなるの。だから農業プラントが必要なの」
「農業プラントの研究に着手しました。『米』の研究から始めます。ナナミ大尉から預かった『種籾』が発芽して順調に育ってます。補助金が出るようです」
「軍も兵士の士気を上げる為に地球の食事の有効だと気が付いたの」
「いずれは輸入に頼らなくても美味しい食料がこの星でも生産できるようにしたいです」
ガンビロン習得の訓練は順調に進んだ。ナナミ大尉は1ヵ月ほど研究所に滞在して習得プログラムの見直しや効果測定に立ち会い、レジスタンスキャンプに戻った。
北方方面軍への武器供与はアサルトライフルが20万丁、迫撃砲が400門、榴弾砲100門に決定した。教官の派遣と士官の受け入れについても決定し、一部は実施されていた。3ヵ月後の決戦に向け全てが急ピッチで進み、今年度最後の資源を投入して武器を製造する工場もフル稼働していた。
ナナミ大尉は研究所での成果をトージョー大佐に報告した。
「ナナミ大尉、正式に連邦政府軍に入らないかね。ファントム軍団長が軍令部に打診している。今のナナミ大尉の正式な身分はレジスタンスだ。連合政府の南方方面軍に協力してもらってはいるが臨時雇いみたいなものだ」
「ありがたいお話ですが私は今のままがいいのです」
「これまでの活躍に今回の北方方面軍との共同作戦の提案など、レジスタンスの大尉にしておくには勿体ない。軍令部からは間違いなく良い返事が来るだろう。佐官として迎え入れる準備をしたい。おそらく『中佐』になるだろう。ファントム軍団長の強い願いだ。私も君が連合政府軍に入ってくれる事を望むよ。何しろ強くて頭がいい」
「私は、この戦争が終わったら地球に帰ろうと思っています。第1政府を倒し、地球の文化が広まれば『私の考える革命』の成功です。軍人は好きではありません。地球で平和な日々を送りたいのです」
「そうか。私はこのキャンプの所長として連合政府軍から派遣されてきた当初はつまらなかったが、今は楽しいと感じてる。楽しいと感じる感情もこのキャンプでナナミ大尉と出会って手に入れた」
「はい。私も兵士達を訓練することに喜びを感じました。大きな組織は苦手です。何よりも自分の信念に従って生きたいのです」
「わかった。ナナミ大尉には好きに生きて欲しい。ファントム軍団長に上手く言っておこう。地球に帰るまではこのキャンプで兵士達の訓練に当たってくれ。私も自分の信念に従って生きたくなった」
トージョー大佐は何故か微笑んでいた。
「それでは失礼します」
ナナミ大尉は一礼して所長室を去ろうとした。
「ナナミ大尉、地球はよほど楽しい所なんだろうな」
トージョー大佐が訊いた。
「はい。素晴らしいところです」
「そうか。興味深いな」
ナナミ大尉はコーナン大尉と士官食堂で話していた。
「南方方面軍はどう?」
「はい、武器も凄いのですが練度が違います。脳波戦、格闘術、どれも我々のより上です」
「実戦から学んだの。進化し続けないと実戦では勝てないの。敵も進化するの」
「北方方面軍は実戦から遠ざかっていますので焦りが無いのです」
「食事や音楽はどう?」
「驚きました! 勝利食を何度か提供してもらいました。最初は抵抗があったのですが、今ではすっかり虜です。素晴らしいです。白米、味噌汁、肉、カップ麺。どれも美味しいです。そもそも以前は美味しいという概念がありませんでした。今は食べる事が待ち遠しいです。ナナミ大尉の言ってた意味がわかりました。南方方面軍の兵士達は勝利食の為に必死に戦っています」
「北方方面軍に戻ればもう食べられないの。可哀想なの」
「本当にそれが辛いです。南方方面軍はズルいです! 勝利食の夢を見そうです。温かい白米に味噌汁。ハンバーグ。カレーライス。それに音楽も素晴らしいです」
「音楽はコピーして持って帰ればいいの」
「音楽ボックスに毎日行っていろんな音楽を聴いています。自分の好みの音楽とも出会いました。ウルーンがジリジリします」
「それは良かったの。きっとコーナン大尉にも感情が芽生えるの」
「楽しみです。地球の書籍や映像も観ました。興味深いです」
「戦争が終われば地球との交易も盛んになると思うの。MM378は変わるの」
「そうでしょうね。私も地球に行ってみたいです」




