Chapter21 「ユモ式トレーニング」 【地球】
Chapter21 「ユモ式トレーニング」 【地球】
私は江東区のMZ会の施設にいた。今日は休日だ。地下の射撃場で佐山さやかと一緒だった。佐山さやかに誘われたのだ。私はこの場所に来るのは初めてだった。佐山さやかはもう8回もここに通っているという話だ。ニセ七海の唐沢と橋爪さんと溝口先輩は写真集の撮影でグアムとスペインに出かけている。佐山さやかは花形の指導でショットガンを撃っていた。午前10:00から射撃を始めてすでに3時間になる。佐山さやかはコルトガバメントを2時間射撃し、今はセミオートショットガンを連射していた。射撃場は射撃レーンが六つあったが全レーン埋まっていた。観音崎の施設が襲撃された後、射撃訓練をする工作員が増えたと言うことだ。
私はSIGーP226とM19コンバットマグナムを30発ずつ撃って射撃場の隣の休憩コーナーでペットボトルのコーラを飲んでいた。佐山さやかが入ってきて自動販売機でミネラルウォーターを買って飲み始めた。
「水元さん、次は私も357マグナムを撃ってみます」
「随分ショットガンを撃ってたな、反動が大きいだろ」
「はい、肩が痛いです。でもだいぶ慣れてきました。的にも当たるようになりました。今撃ってるショットガンは七海ちゃんが使ってるのと同じだそうです」
「佐山さんは射撃にハマってるな」
「はい、練習すれば成果が出ます。硝煙の匂いが心を刺激します。反動もキターって感じです。それに自分が強くなった気がするんです。銃さえあれば誰にも負けません」
佐山さやかの目がギラギラしていて怖い。最近会社でも佐山さやかは休憩時間に『銃』やミリタリー系やサバゲー関連の月間雑誌を読んで周りを驚かせている。私と付き合っているとの噂も流れているのが厄介だ。私がミリタリーマニアであることは社内で知られている。佐山さやかが私と付き合い、そのせいで趣味も変わったと思われているのだ。少し前まで佐山さやかはファッションや料理やインテリアの雑誌を読んでいたのだ。
「銃の発砲は違法だぞ。重い犯罪だ」
「知ってます、でもMM378の第1政府が攻めて来るかも知れないんです。訓練しておいて損はありません。水元さん、帰りにエアガンを買いたいから付き合って下さい。常に銃を触って慣れておきたいんです。エアガンのお店詳しいですよね?」
「ああ、上野と秋葉原にでも行くか。銃の操作に慣れるならガスブローバックのハンドガンがいいな。操作は実銃と殆ど変わらない」
「お願いします。連れてって下さい」
私と佐山さやかは射撃場に戻った。
「水元さん、格闘術やりませんか? 銃が使えない場合は格闘術が必要になります。そもそも銃は違法です」
花形が話しかけてきた。
「格闘術か。興味はあるけどもう歳だからな」
「大丈夫です。まずは護身術レベルからどうですか? 我々の護身術教室に入会すればここに通いやすくなります。この施設は界隈の住民に対していろいろな教室を開いています。ヨガ教室やダンス教室などいろいろあります。護身術教室もその一つです。月謝は1万円ですが、水元さんは特別会員で実弾射撃し放題です。佐山さんはすでに会員です」
花形は結構しつこいが、よく考えたらタダで実弾を撃ちまくるのは申し訳ないし、形だけでも護身術教室のメンバーになっておいた方が良さそうだ。カモフラージュになる。それに1万円の月謝は決して高くない。日本国内では100万円払っても拳銃の実弾射撃は不可能である。
「わかった、入会するよ」
「ありがとうございます。こちらも指導しやすくなります。手続きは簡単ですので後でお願いします。さっそく今日、護身術の訓練を始めましょう」
「ああ、やってみるよ。これでも喧嘩には自信があるんだ。若い頃は結構ヤンチャしてたんだ。中学生の時は裏番だったんだ。高校生の頃はタイマンばっかりしてたよ」
私はハッタリをかました。男はついつい自分を強く見せようとして嘘をつく。本当はまったく自信がなかった。土下座してでも喧嘩は避けたい。
「何か格闘技は経験があるのですか?」
「あえてあげれば空手だな。まあ、空手、ボクシング、柔道なんかのいいとこ取りをしたオリジナルの格闘技だ。軍隊格闘技に近いな」
妄想だった。中学生の頃、不良に絡まれた可愛い女の子を助ける妄想をよくした。妄想の中の私は強かった。殴りかかってきた5、6人の不良をあっという間に倒し、可愛い女の子に惚れられて交際が始まる、そんな妄想をバリエーションを変えて何回もした。
「この施設には道場もありますので射撃の後に行きましょう」
私と佐山さやかは道場着に着替えた。少し緩い戦闘服のような服で色は青だった。格闘場の床は硬めのマットで柔道場の畳と同じ位の堅さだった。。
「水元さん、顔面以外を好きに攻撃して下さい、私は攻撃しませんので安心して下さい」
花形はファイティングポーズをとった。
私は花形に突きと蹴りを打ちまくったが花形は体にそれを受けながら笑っている。花形の体の筋肉は堅く、突きも蹴りも弾き返される感じだ。
「水元さん、全然ダメです。それじゃ小学生に負けますよ。まずは筋力をつけて下さい」
私は悔しかった。しかし花形の言う事はもっともだ。基礎体力と筋力が無いのは分かっていた。
佐山さやかはサンドバックを殴り続けていた。『バシッ、バシッ』といい音がしている。
「佐山さん、なかなか筋がいいです」
花形が声を掛ける。
「ありがとうございます。なんか体を動かすのっていいですね」
「お二人でスパーリングしたらどうですか? なんでもありのルールで」
花形が提案した。
「俺は構わないけど佐山さんは女性だし体も小さいから無理だろ」
小柄な女性に負けるとは思えなかった。佐山さやかの身長は155cm位で私との身長差は10cm位だ。
「大丈夫です。私はここに来て8回も訓練してます」
佐山さやか明るい声で言った。
佐山さやかの右ストレートが飛んで来た。速い、と思った瞬間鼻に痛みが走った。クリーンヒットだ。鼻の奥がジンジン痺れ、自然と涙と鼻水が出てきた。直後に右の脇腹に衝撃を感じた。的確なレバー打ちだった。衝撃がみぞおちまで伝わり、息が詰まった。私はカッとなって思いきり力を込めた右ミドルキックを放ったが佐山さやかがカウンターで出した左足刀蹴りが私の股間に入った。
「ウゲッ」
痛みが脳天を突き抜けた。私は倒れてダンゴ虫のように丸くなった。股間と下腹部が痛くて息ができない。さっきのパンチで鼻血も出てるようだ。
「水元さん弱いですね」
佐山さやかがあっさりと言い捨てる。
「股間への攻撃は卑怯だ、もう一回だ、でも10分休ませてくれ」
私と佐山さやかはもう一度向かい合った。私は佐山さやかを抑え込もうと抱きついて覆いかぶさった。佐山さやかの胸と私の胸が密着した。『おっ、意外と胸大きいし、弾力もあるじゃん、揉んでみてえ』と思った瞬間、体をひっくり返されマウントポジションを取られ、左頬に強烈な打撃を受けた。強烈な肘打ちだった。首がグキッとなって意識が朦朧とした。スパーリングは佐山さやかの圧勝だった。私は悔しくてしょうがなかった。
「水元さん、佐山さんは8回格闘訓練を受けてます、その差です。でも弱すぎます、まずは筋トレでもして体を鍛えて下さい」
花形の言葉にさらに悔しさが込み上げた。
「水元さん、私と体が重なった時、変な事考えてませんでしたか? なんか『やらしい』波動がドバドバ出てましたよ」
「何言ってるんだよ、『揉みたい』なんてこれっぽっちも思わなかったよ」
「やっぱり考えてたじゃないですか! 最低です!」
惨めな気分になった。鼻と首も痛かった。私はロッカールームの中にあるシャワー室でシャワーを浴びようと思った。普段はこの施設では浴びないが、今日は佐山さやかに肘打ちを喰らって頬が腫れているようなので鏡を見たかったのだ。鼻の中にこびりついた鼻血も洗い流したかった。私は道着と下着を脱いでシャワー室のドアを開けた。
「えっ!」
裸!!! シャワーを浴びていた。後ろ姿だった。ショートカットだ。小さな体だがお尻がキュッ突き出し、腰がくびれていた。お尻は横幅は無いが厚みと丸みがあり、小さいながらもプリンといたお尻。肌は見た目にも滑らかで小さな背中が輝いていた。後ろから見た太ももは適度に細く、そのせいでお尻の形が強調されている・・・・・・そして顔が振り向いた。私は慌てて両手で前を隠した。
「キャア!! キャーーーーーーーーーーーー! イヤーーーーーーーーーーーー!」
えっ? 佐山さやかが叫んでいる。向こうをむいてしゃがみ込んだ。余計に『やらしい』格好だ。しゃがんだ姿になぜか征服感を感じた。背中の『少し大きい目のホクロ』が事のリアルさを際立たせていた。
リアルだ、スッ、スゲエ!
「いや、違うんだ! 違うんだよ! 裸を見ようとしただけなんだ! いやっ、シャワーを浴びようとしただけなんだ!!」
私も混乱していた。慌ててシャワー室の扉を閉めた。扉のマークは『㊚』。
「佐山さん、間違ってるのはそっちの方だ、ここは男性のロッカールームだぞ!!」
「ごめんなさい、バスタオルを下さい!」
私はシャワー室のドアを少し開けてバスタオルを投げ込んだ。1分ほどするとバスタオルを体に巻いた佐山さやかがシャワー室から飛び出して脱いだ服を入れたカゴを棚からひったくるように取るとロッカールームを出て行った。バスタオルで隠した胸は意外と大きかった。佐山さやかの背中とお尻は36歳とは思えない肌艶だった。夢に出てきそうだ。
私と佐山さやかは秋葉原のエアガン専門のミリタリーショップに立ち寄った。エアガンやサバイバルゲームのグッズを沢山取り扱ってる店だ。店にはむさくるしい男性客しかいなかった。まさか女性とこの店に来る事があるなんて思ってもみなかった。ミリタリーショップは男の楽園で聖地だ。しかし今日は少し優越感があってなんか嬉しい。女性を連れている。佐山さやかのミニグラマーの裸体が頭の中に浮かんでいる。後ろ姿だったがセクシーな体だった。
「これがいいと思うよ。コルトガバメントのガスブローバックだ。安全装置やスライド操作は実銃と一緒だ。ブローバックもするから本物の感覚がつかめるよ。あと、9mm拳銃のベレッタ92とSIGとグロックを操作できるようになれば大抵の自動拳銃は操作できるようになるよ」
「リボルバーにも慣れたいです」
「じゃあスミス&ウェソンM19とコルトパイソンだな。スミス&ウェッソンとコルトはリボルバーの2大メーカーだ。でも微妙な違いがあるんだ。シリンダーの回転方向、シリンダーを取り出す際のラッチも引くか押すかの違いがある」
佐山さやかは店員に頼んでショウケースの中のM19コンバットマグナムとコルトパイソンを出してもらい手に取った。店員は少し困惑した顔をしている。
「リボルバーもいいですね」
佐山さやかがうっとりした顔をしている。
「ああ、リボルバーは操作が簡単で頑丈だ。オートマチックは薬室に弾を送り込む為にスライドを引く必要がある。砂や土がつくと動作不良を起こしてジャムったりするけどリボルバーは引き金を引くだけでいいし動作不良が起きにくい。護身用だったらリボルバーだ。マグナム弾なんかの威力のある弾も撃てる」
「はい、銃撃戦なら連射が楽で弾数の多いオートマチックですけど、護身用なら確実性のリボルバーです」
佐山さやかは銃に詳しくなっていた。結局佐山さやかはコルトガバメント、ベレッタ92、SIG-P226、グロック18、M19コンバットマグナム、コルトパイソンの6丁とガスボンベ2本と1000発入りBB弾を一袋、捕弾網付きペーパーターゲットを買った。10万円以上の買い物だ。店員も驚いている。
「俺もエアガンを何丁か持ってるけど、一度に6丁買うなんて凄いな」
「使うあてのない貯金があります。お金は問題ありません。寝る時も、トイレに入る時も銃を握って体の一部にします」
佐山さやかは大きな手提げの紙袋を3つ持って嬉しそうにしている。
私と佐山さやかはラーメン屋に入った。秋葉原はラーメン激戦区だ。
「お好みは?」
店員が聞いてきた。
「麺かためであとは普通で」
と私。
「麺かためでアブラ多め」
と佐山さやか。
「このお店、家系ですね。七海ちゃんが好きなんですよ」
「ああ、七海はコッテリ系が好きだったな」
「水元さん、恥ずかしいですけど、私の体どうでした?」
「えっ? どうしたんだよ急に? まあ、綺麗だったよ」
そう答えるしかなかった。
「興奮しましたか?」
「いやそれは・・・・・・」
もちろん興奮した。特にあのシチュエーションに遭遇した事に興奮した。あんなことめったに無い。
「それはって、なんなんですか? 興奮しなかったんんですか?」
「いや、したよ、したした!」
私は咄嗟に答えた。
「具体的に言って下さい!」
「ああ、なんていうか、お尻とか、良かったよ」
尻の印象が強かったのだ。
「もっと具体的に何にどう興奮したのか言って下さい。そうしないとセクハラで訴えますよ!」
佐山さやかの理屈は滅茶苦茶だった。
「横幅が小さくて、それでいて丸みがあって、プリンとした理想的なお尻だったよ」
「もう、しっかり見てるじゃないですか! でも七海ちゃんはどう思いますかね、私のお尻」
「そりゃいいと思うんじゃないの」
「嬉しいです! お尻に自信が湧きました。次に温泉行ったら七海ちゃん見せつけます」
何なんだこの会話?
私はその夜、なかなか眠りにつけなかった。そりゃそうだろ!
私は会社の先輩のユモさんに筋トレについて相談した。ユモさんは50代のPMOだ。1年で体脂肪率を24%から8%にして、ボヨボヨだったお腹をシックスパックにした体験記事を社内報に書いていた。掲載された写真も50代とは思えない体で見事に腹筋が割れていた。いわゆる細マッチョだ。いろいろ試行錯誤して『ユモ式トレーニング』なるものを作り出したようだ。
「最初に言っておく。ユモ式トレーニングは自重トレーニングがメインだ。筋肉をつけてマッチョになりたいならウェイトトレーニングの方がいいぞ」
「マッチョになるつもりはありません。ユモさんみたいに腹筋を割って、絞った体になりたいんです」
「じゃあまずは腕立て伏せとスクワットの回数を増やすんだ。懸垂もいいぞ。今は何回できるだ?」
「昨日、ユモさんに言われてやってみましたが、腕立て伏せは12回、スクワットは8回、懸垂は1回でした」
「私も最初はそんなもんだった。とにかく回数を増やすんだ、反動をつけてもいい、回数を増やすことを目標にするんだ」
「でも、回数より効かせる方が大事だってネットの筋トレ関連のサイトに書いてありました」
「最初から効かせたら筋肉痛でイヤになって続かない。回数を増やすことを楽しむだよ。回数が増えると楽しくなる。とにかく回数をこなすんだ。当面の目標は腕立て伏せとスクワットを120回×3セットできるようになることだ。セット間のインターバルは3分だ」
「えっ、そんなの出来ませんよ」
「毎日やればできるようになる。人間の体は不思議だ。マニュアルに書いてあるフォームで続けるんだ。効かせるのは120回×3セットが出来るようになってからだ。そこまで出来たら筋力も自信もついてるから効かせるやり方も楽勝だ。いろんな効かせ方を余裕で楽しめるようになる。最初から効かせようなんて思ったら続かないよ。とにかく回数だ。続ければ回数は増える」
「毎日ですか?」
「毎日だ。飲み会で酔っぱらって帰っても、風邪で熱があってもやるんだ! まずは腕立て伏せとスクワット20回を目指すんだ。反動はつけていいからなるべく速くやるんだ。その方が筋肉は疲れない。20回できるようなったら40回、その次は60回だ」
「それで強くなれますかね?」
「もしムキムキマッチョになりたいんだったらユモ式は合わない。さっきも言ったようにボディビルダーみたいに筋肉を増やしたいだけだったらジムに通ってウェイトトレーニングをしてプロテインを飲むんだな。ユモ式は筋肉をつけるんじゃない。筋肉を使えるようにすることが目的だ。レンジャー隊員やレスキュー隊員みたいな絞った動ける体を作るんだ」
「それです、私もレスキュー隊員みたいな体になりたいんです。強くなりたいんです」
「どうして強くなりたいんだ?」
「地球を守りたいんです。それと大切な人を守りたいんです」
「大切な人か。いいなあ」
「はい、凄く遠くにいるんです」
「遠くって海外か?」
「いえ、大マゼラン星雲です」
私はなぜかユモさんに嘘がつけなかった。頭がおかしいと思われたかもしれない。
「そうか。でも16万光年だ、そんなに遠くないだろ」
「えっ?」
ユモさんの言葉に驚いた。大マゼラン星雲までの距離を知っていた。ユモさんは宇宙に詳しいのか?
「私の大切な人はセイファート銀河にいる。1億9千万光年だよ」
「ええっ?」
やっぱりユモさんは宇宙に詳しそうだ。でも大切な人って? セイファート銀河?
「ユモさんはなんでトレーニングを始めたんですか?」
私は当たり障りのない質問をした。
「知らないほうが身のためだ。知ったら命を狙われることになるぞ」
「ええっ?」
冗談なのか本気なのわからなかった。やっぱりユモさんは不思議な人だ。私はユモさんからトレーニングメニュー表を貰った。最初の1ヵ月は腕立て伏せとスクワット、3ヵ月以降は坂道ダッシュと懸垂。6ヵ月以降はボルダリングや負荷ウォーキングが追加されている。10ヵ月以降は片手腕立て伏せや片足スクワットが入っている。ダイエットメニューもあった。とにかくユモさんを信じてやるしかない。その日の夜から近所の『教育の森公園』で自重トレーニングを開始した。特別に、強くなるための裏メニュー『ユモコンバット』マニュアルも貰った。
マニュアルといっても手作り感いっぱいのA4用紙の冊子だ。




