表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/61

Chapter19 「バックドロップ」 【MM378】

Chapter19 「バックドロップ」 【MM378】


 ナナミ大尉はレジスタンスキャンプの所長室にいた。トージョー大佐に呼び出されたのだ。

「ナナミ大尉、南方方面軍で技能競技大会が開催される。1ヵ月後だ。基礎体力、射撃、格闘の技術を競い合うのだ。我が第1軍の他に第2軍、第3軍からも兵士や士官が参加する。是非ナナミ大尉には格闘大会個体戦に出場してもらいたい。チーム対抗白兵戦には各師団から1個小隊を出場させる。12個の師団によるトーナメントだ。第8師団からはジーク少尉の小隊に出てもらう予定だ。軍団長のファントム中将が期待している」

「はっ、承知いたしました」

南方方面軍は第1軍~第8軍8個の軍から成り立っている。それぞれの軍の下には4つの師団、師団の下には4つの連隊、連隊の下には4つの大隊、大隊の下には4つの中隊、中隊の下には4つの小隊、小隊は4つの分隊から成り立っている。最小単位の分隊の個体数は16個体が基本となっている。したがって一個師団は16個体×4×4×4×4×4で16,384個体が存在する事になる。一つの軍は4個師団で65,536個体、南方方面軍は8個軍で524,288個体である。今は戦時下で臨時兵もいるので実数は55万個体を超えるはずだ。前線に投入されているのは第1軍、第2軍、第3軍の3つの軍で残り5つの軍は後方待機となっている。

「しかし競技大会を実施するとは連合政府軍も余裕が出てきたのですね。私はかつて第1政府に所属しており、競技大会にも参加しましたが、他の政府では無かったと記憶してます」

「その通りだ。連合政府軍は各政府の軍の寄せ集めなので最初は統率が酷かった。だが今、攻勢に出て余裕が出て来た。今回の大会は軍を一本に纏める意味もあるのだ。第1政府の真似ではあるがな」


 戦時下ではあるが競技大会の準備は着々と進んだ。ナナミ大尉は自身の鍛錬と参加する兵士や部隊にレクチャーを行った。ナナミ大尉は営庭でジーク少尉の小隊の訓練を行っていた。白兵戦競技は100m離れた敵の陣地に互いに突撃して、敵の陣地にある3本の旗を自陣に早く持ち帰った方が勝利となる。事故防止の為にプロテクターを着けるが、実戦さながらの激しいものである。目への急所攻撃以外は全てが認められてり、KOが続出する。武器使用はNGで四足走行も禁止だった。

「小隊をA班とB班に分けるの。A班は敵にタックルしてそのまま抑えて動きを止めるの。B班は抑えられた敵に打撃を加えてノックアウトさせるの。相手の頭が低い位置だったら踵か脛で蹴るの。高い位置だったら拳で突くか肘打ちなの。その次はB班がタックルしてA班が打撃なの。交互に行うの。それの繰り返しなの。もし周りに味方がいない状況で敵と単独で対峙したら迷わず打撃なの。下段蹴りか突きなの。下段蹴りは腿じゃなくて一歩踏み込んでふくらはぎを狙うの。この時顔面は両腕で必ずブロックするの。突きは縦突きなの、拳は捻らないの、その方が速いの。旗を持って帰る時は前に1個体、後ろに2個体が援護に付くの。質問ある?」

ナナミ大尉は兵士達に格闘戦の戦術を説明した。

「はい、タックルは何処にしたらよいのでしょうか?」

「腰より下なの。腰へのタックルは相手に受けとめられて持ち上げられる可能性があるから危険なの。私はそれで死にそうになったの。もし敵にタックルされたら膝蹴りか、持ち上げて落とすの」

「はっ、気をつけます」

「ラリアットはどうでしょうか? 以前大尉に教わりました」

「あれは実戦で相手の喉を潰す技なの。競技では首にプロテクターを着けるから効かないの、腕を相手の首に巻き付けて頭を地面に叩きつけるのは有効なの」

「ありがとうございました」

「この後1時間クビ相撲の練習なの。打撃戦でも距離が近くなったらクビ相撲なの。相手を上手くコントロールして膝蹴りを入れるの」

兵士達は組み合ってクビ相撲の練習を始めた。


 「ナナミ大尉、相変わらず具体的な指示ですね、助かります。この小隊は白兵戦が得意です。先日の敵前哨陣地攻撃の際も、無敵でした。『ブラックシャドウ』との戦いも互角でした。第1政府に所属してる時にナナミ大尉に教え込まれた技を直伝しています」

ジーク少尉がナナミ大尉に頭を下げた。

「ジーク少尉、久しぶりにどう? 私も地球生活でだいぶ腕が鈍ったの」

「はっ、しかし、私は強くなりましたよ」

ジーク小尉は自信があった。格闘教官徽章がシルバーになったばかりだった。

「じゃあ来るの。遠慮はいらないの。もし私に勝ったらチョコレートをあげるの。好きなんでしょ? もし私が勝ったらジーク少尉が隠してるペユングを貰うの」

「いえ、隠してません。あのペユングは勝利食の時に食べずにとっておいたものです」

「知ってるの。しかも超大盛なの。普通のサイズの4倍なの。こっちは『いちごジャムチョコ』なの。いちごジャムを挟んだチョコなの。甘酸っぱいいちごジャムがチョコレートの甘さを引き立てるの。ジャムとチョコのハーモニーが舌と脳をウットリさせるの。その味わいはまるで舌の上で貴族が優雅にダンスを踊るようなの、ジーク少尉の口の中がダンスホールになるの。甘い音色に誘われてジーク少尉も踊るの、とろける甘さなの」

ジーク少尉は甘党だった。初めてチョコレートを食べてからすかっりハマってしまったのだ。他のMMM星人と同様、エナーシュしか食べてこなかったので食べ物に興味が無かったが、地球の食べ物を知って味覚が覚醒したのだ。

「いちごジャムチョコ! ナナミ大尉の説明はよくわかりませんが美味しそうです! 大尉、やりましょう! 手加減しませんよ」

ナナミ大尉は左前半身に構えた。格闘訓練の時はオレンジブラウンの短パンだった。さすがにスカートが捲れて下着が丸見えになるのは恥ずかしかった。ジーク大尉はいきなり右前蹴りを放ったが、ナナミ大尉は半歩回り込んでその蹴り足に左膝蹴りを入れた。攻撃に対する攻撃である。ジーク少尉は顔を歪める。ジーク少尉は連続攻撃に出た。突きとミドルキックの連続だ。遠慮のない猛烈なラッシュだった。ジーク少尉の頭の中はいちごジャムチョコでいっぱいだった。ナナミ大尉は右に回りながら全てブロックした。兵士達が練習を中断して見入っている。ナナミ大尉の下段蹴りがジーク少尉のふくらはぎに炸裂して音を立てる。ジーク少尉が両手でナナミ大尉に掴みにかかったが、足元がふらついている。ナナミ大尉はジーク少尉の後ろに回り込むと左脇の下に頭を入れ、腰に抱きついて持ち上げ、後ろに投げた。ジーク少尉は受け身をとれずに後頭部から地面に落ちた。

「おおーー」

「凄い、何だ今の技は?」

兵士達から歓声があがった。

「ナナミ大尉、今の技はなんですか? 受け身がとれませんでした」

ジーク小尉は地面に仰向けに横になり驚いている。

「バックドロップなの。地球のプロレスの技なの。テレビで観たの。図書室にプロレスのDVDがあるから見るといいの。あと、下段蹴りはカーフキックなの。ふくらはぎを蹴られるとしばらく膝から下が動かなくなるの。遠慮なくペユングは貰うの」

「ナナミ大尉、ぜんぜん鈍ってないじゃないですか? むしろ強くなってます。あっ、もしかしてペユング狙いですね? しかしカーフキックは効きました。バックドロップは強烈です」

「今頃気づいても遅いの、ペユングをさっさと持ってくるの。そこの上等兵、悪いけどポットと小皿を持ってくるの、少し食べさせてあげるの」

「はっ」

上等兵は兵舎に走っていった。


 「他に私と戦いたい兵士はいる? 遠慮はいらないの」

ナナミ大尉が兵士達に向かって大きな声で言った。

「お願いします。本気で行きます」

一人の兵士が手を上げた。体格のいい兵士だった。肩の階級章は下士官の軍曹だ。

「自信があるんだね。遠慮はいらないの」

「はい。私は第1政府から転軍してきました。特殊部隊にいたので格闘術は自信があります。勝ってもいいですか?」

「かまわないの。私に勝ってさらに自信をつけるといいの」

「もし大尉に勝ったら今後敬礼はしません。上官に、すれ違う度に敬礼するのは面倒くさいです。まして勝った相手に敬礼するのはイヤです」

「私は構わなの。もし貴方が勝てば私には敬礼しなくていいの。でも他の上官にはしないとダメなの。失礼なの」

「わかりました。まあ、敬礼する相手が減るのはありがたいです。さっさとやりましょう。申し訳ないですけど勝ちますんで。連合政府軍の教官は大したことありません」

軍曹は自信満々だ。

「ナナミ大尉、彼は強いです。組技と投げ技が得意です。教官が何個体も彼に負けました。私はドローがやっとでした。気を付けた方がいいです」

ジーク少尉が小声で忠告した。

「大丈夫なの。それより早くペユングを持ってくるの」


 ナナミ大尉と軍曹は向かい合った。体格は軍曹の方が良かった。軍曹の下段蹴りがナナミ大尉の太ももに炸裂した。かなりの威力だった。ナナミ大尉は軍曹の腰にタックルをした。軍曹は受け止めるとナナミ大尉を逆さに持ち上げた。ナナミ大尉は持ち上げられたまま上半身を起こし、軍曹の首を両足で挟み、足首を交差させて締めた。軍曹は上半身を振って解こうとしている。ナナミ大尉は右に体を捻って反動をつけてから体を大きく左に捻った。軍曹が右肩から地面に崩れ落ちた。ナナミ大尉は足を抜くと四つん這いになって軍曹の脇腹に強烈な右エルボーを2発入れた。

「グヘッ!」

軍曹は脇腹を押さえてのたうち回った。ナナミ大尉は立ち上がり、踵を大きく振り上げてトドメを刺そうとした。得意の踵落としだ。

「大尉、私の負けです」

軍曹は絞り出すように言った。ナナミ大尉は足をゆっくり降ろした。

「軍曹、さっきの投げ技はどこで習ったたの?」

「はい、私は一時期、第1政府の暗殺部隊にいました。そこでライトニングウォホーク少佐に格闘術を習いました。暗殺部隊では投げ技や締め技を重視してました。それにしても大尉の返し技は見事でした」

「ライトニングウォホーク少佐は強かったの。もう少しで負けるところだったの」

「少佐に勝ったのですか!? 少佐の戦死の噂は聞きました、まさか相手はナナミ大尉だったのですか!?」

「格闘戦は勝てなかったの。さっきと同じように逆さに持ち上げられて叩きつけられたの。最後は脳波で倒したの」

「失礼しました! 少佐を倒せる個体がいたことにびっくりしました。少佐は脳波戦も無敵でした」

軍曹は慌ててナナミ大尉の前に正座した。

「おかげでいい練習になったの。タックルは得意だったの。でもさっきの技で反撃されて負けたの。あの後、対応策を考えてたの。貴方が投げ技が得意だと聞いたから試してみたの。上手くいったの。でもあの技は有効なの。他の兵士にもあの投げ技を教えて欲しいの、タックル対策になるの」

「はっ、投げ技でしたら沢山知ってます。連合政府軍を舐めてました。寄せ集めの集団だからたいしたこと無いと思っていました。まさかこんなに強い教官がいたなんて。失礼な発言をして申し訳ありませんでした」

軍曹は地面に頭を着けた。土下座だ。

「軍曹、頭を上げるの。私はレジスタンスで正式な連合政府軍の軍人ではないの。それに元は第1政府の軍人なの。その頃はジョージ大尉だったの」

「まさかガンビロンを一番最初に使ったジョージ大尉ですか!?」

「そうなの、でもそのせいで裁判に掛けられたの。そして地球に逃亡したの」

「ナナミ大尉、凄いです。ナナミ大尉の下で戦いたいです!」

軍曹はまた地面に頭を着けた。

「軍曹、名前を教えるの」

「はっ、シャークです。正式名は『ムスク・ニコラシス・シャークタイガーマリーン』です」

「ムスクなのね、強いはずなの。シャーク軍曹、貴方は強いの。特殊作戦の時は私のチームに入って欲しいの。私を護衛して欲しの」

ムスクは軍人全体の0.1%に与えられるロールネーム(称号)である。10万個体に100個体しか存在しない。ロールネームは階級に関係なく戦闘能力のポテンシャルによって訓練期間に命名される。極端な話をすれば二等兵のムスファもいれば大将のムサコもいるのだ。軍人のロールネームの順位と構成比はムスファ(0.001%)>ムスク(0.1%)>ムスカ(1%)>ムシト(8%)>ムシカ(10%)>ムサコ(80%)となっている。ちなみにナナミ大尉のムスファは軍人の0.001%。10個師団(約10万個体)に1個体の貴重な存在だ。

「はっ、光栄です、ナナミ大尉をお守りいたします」

兵士達が集まって来た。

「ナナミ大尉が格闘術で負けたのですか?」

「その話を聞かせて下さい!」

ナナミ大尉は営庭に座ってペユングを食べながらライトニングウォホーク少佐との戦いの様子を兵士達に語った。兵士達は熱心に聞き入り、時々「おおーー」と驚きの声を上げた。横では上等兵が小皿に盛ったペユングを美味しそうに食べている。

「投げ技は怖いの。はふはふ。一瞬で形勢が逆転するの。もぐもぐ。投げ技に対するカウンター攻撃を考えるの。それにしてもペユングは美味しいの」

「たしかに『ブラックシャドウ』の兵士達は投げ技を使っていました。あとアサルトライフルを格闘戦で打撃武器として使ってました。しかし大尉はペユングを美味しそうに食べますね」

ジーク少尉が補足した。

「ライフルの銃床による打撃は地球でもよく使うの。有効なの。だから今後格闘訓練に入れるの。ただ、競技大会はさっき言った通り、2班に分かれたタックルと打撃の連続攻撃なの」

「大尉、さっきの話の拳銃というのがそれですね」

ジーク少尉がナナミ大尉の腰を指さした。

「そうなの。これが無かったら危なかったの。次の地球からの輸送でこの拳銃が沢山届くから

皆も携帯するといいの。44マグナム弾は威力があるの」

ナナミ大尉はホルスターからスミス&ウェッソンM629ステンレス4インチを抜き出し、兵士達に見せた。銀色の銃身が赤い夕日を映して輝いていた。


 競技大会は第1軍の第8師団が総合優勝に輝いた。白兵戦トーナメントではジーク少尉の小隊は見事優勝を収めた。第2試合では、第1試合のジーク小隊のあまりの強さに相手小隊が怯え、不戦勝となった。ナナミ大尉は格闘術個体戦で『余裕の優勝』をした。あまりの強さに次の大会には出場出来ない事になった。殿堂入りである。第1軍軍団長ファントム中将と第8師団師団長のホーネット少将は喜んだ。しかし困った事も発生した。南方方面第2軍、第3軍配下の部隊の腕に覚えのある兵士達がレジスタスキャンプを訪れ、度々ナナミ大尉に格闘術の試合を申し込んだのである。ナナミ大尉は挑戦を受け入れる条件を付けた。それはペユングを持ってくる事だった。ペユングを持った挑戦者がキャンプを訪れ、ナナミ大尉は兵士達の前で試合を行った。軍規違反であるが、トージョー大佐は見逃した。トージョー大佐は試合をいつも最前列で観戦した。ナナミ大尉の部屋の机の上にはペユングがどんどん積まれていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ