Chapter16 「七海と美波」【地球】
Chapter16 「七海と美波」【地球】
私は橋爪さんの事務所にいた。メンバーは私と佐山さやかと橋爪さん、溝口先輩、そしてニセ七海の唐沢だ。七海の写真集の第2弾について橋爪さんに出版社から問い合わせが何度もあり、困ってるとの事だった。
「おおーー、そっくりだね。七海ちゃんかと思ったよ。カワイイなあ」
溝口先輩が驚いてる。
「本当に瓜二つだ。双子なのか」
橋爪さんはニセ七海の唐沢の顔をじっくりと見ている。
「天野美波です。妹の七海がお世話になっております」
ニセ七海の唐沢はニコニコしている。
「美波にはブログ用のポートレートを撮らせてもらってます。結構評判いいんです。七海のプライベートを公開してる感じです」
「うんうん、評判いいよね。湯島天神の梅や播磨坂の桜、小石川植物園や後楽園の新緑、東京ドームシティのジェットコースターとか、コメント欄の反応は上々だよ。ネットのアイドル掲示板でも、ロケが文京区ばっかりだから、天野七海は文京区に住んでるんじゃないかって盛り上がってるよ。お店の紹介もいいよね。七海ちゃん、いや美波ちゃんの食べてる写真。有名店じゃなくて地元の人しか行かない普通の店なのがいいんだよな。まあ、俺がプロデュースしたんだけどさ。あっはっは」
溝口先輩は上機嫌だ。たしかに食べる企画は溝口先輩のアイデアだ。鍋焼きうどん、ラーメン、定食屋、インド料理、和菓子店など文京区の地元の店がメインだ。
「はい、家の近所で撮りました。次は九十九里浜で水着のプライべート写真を撮ろうと思ってます。浴衣もいいかもしれません。文章は佐山さんが書いてますけど、七海のプライベート感が出てていい感じですよね。それに橋爪さんがお試しでスタジオで撮った写真も一緒にアップしてるんで反応がいいんですよ」
「ははっ、懐かしいなあ、どんどん使ってくれ」
橋爪さんは太っ腹だ。
「私も皆さんのお役に立てて嬉しいです。妹のことではご迷惑をおかけしています。妹が復帰するまで頑張りますのでよろしくお願いします」
ニセ七海の唐沢はMZ会の渉外担当なので対応や会話は如才ない。
「海で水着かあ。いいな~。そのロケ、俺も手伝うよ。車出すからさ。九十九里の美味しい店も調べておくよ、ハマグリとか美味そうだなあ」
溝口先輩は生き生きとしている。会社でも営業部門で社長賞を取ったのでノッてるのだ。
「ブログのアクセス数も増えてます。私がランダムにコメントに返信書くようになってからコメントも増えてます」
佐山さやかは読者のコメントに対して実に絶妙な返信を書いている。
「私も頑張ります。タケルさん、水着買いに行きましょうよ! 梅雨が明けました、早くしない夏が終わっちゃいます。世の男たちを悩殺したいんです!」
なんか唐沢はどんどん激しくなっている。
「それはそうと、写真集第2弾をどうするかだな。『秀優堂』は凄く乗り気なんだ。印税率を15%にしてもいいから出版したいらしんだ。第一弾が20万部だ。無名新人のデビュー作としてはかなりのヒットといえる。でも、七海ちゃん、撮影はまだ無理だよな?」
橋爪さんは写真集の出版元『秀優堂』との間に入ってくれている。写真家として著名で評価も高いため、わりと条件良く交渉ができるのだ。
「はい、七海は動ける状態じゃありません・・・・・・」
「あの、もし良かったら私がモデルになります。ポーズとか練習してるんです」
ニセ七海の唐沢はノリノリだ。たしかに部屋でポーズの練習をしている。『女豹』のポーズに自信があるらしく、やたらと私に見せてくる。まれに水着姿の時もあり、素晴らしいプロポーションだ。そんなニセ七海の唐沢のポーズにドキドキしてしまう自分が情けない。今朝もニセ七海の唐沢は女豹のポーズでニュース番組を観ていた。
「うーん、でもそれはさすがにまずいだろ。双子とはいえ別人だ。出版社もOKしないよ」
「いっそ美波ちゃんをデビューさせちゃいますか? 七海ちゃんのお姉さんってことで。双子のモデルって斬新ですよ」
溝口先輩はいつも攻めの姿勢だ。
「うーん、でも時期尚早だな。七海ちゃんもやっと認知されてきたんだ」
「入れ替わっても黙ってれば分からないですよ。撮影は橋爪さんがするんですよね? だったら誰も気づきません。これだけそっくりなら大丈夫です」
私には自信があった。MM星人の変身能力は凄いのだ。元の画像も同じだ。正直に言うとさっさと写真集の第2弾を出して落ち着きたかったのだ。
「たしかに面白いかもしれないな。商業倫理的には多少問題だが、誰も損しないよな。秀優堂も待ちきれないみたいだし。Win-Winの関係だな。そもそもモデルやアイドルなんて虚業だ。出来ては消えていく泡みたいなもんだ。本物を超える偽物か。うん、私の腕を試す良い機会かもしれない」
橋爪さんはやる気になってきた。
「こうなったらやっちゃいますか。七海ちゃんの為にもガツンとやりましょう、私もロケに同行しますよ、気合入れ行きます」
溝口先輩は超ノリノリだ。またカーボウイの姿をするのだろうか。
「ブログで露出も増えたし、今出せば確実に第1弾の売り上げはキープできる。機材やセットも前回よりもいい物を使えるはずだ。出版社は海外ロケもOKの勢いだ。宣伝にも力を入れるだろう。スタッフは3人確保できる。それに企業広告のオファーも来てるんだ。とにかく話を進めてみるよ」
橋爪さんの事務所を出た後、私と佐山さやかとニセ七海の唐沢は私の部屋にいた。
「ああーー懐かしいです。この部屋で七海ちゃんと一緒に過ごしたんですよ。思い出しちゃいます。なんか胸がキュンキュンしちゃいます、楽しかったです。七海ちゃんと布団を並べて寝たんです。」
佐山さやかのテンションが上がった。
「あの、佐山さんと七海さんの関係はどんな関係なんですか?」
ニセ七海の唐沢が質問した。
「あの、それは友達っていうか、何ていうか」
私は言葉チョイスに困った。
「唐沢さん、私と七海ちゃんは姉妹みたいな関係です。私は七海ちゃんに惚れてるんです。レズビアンなんです。七海ちゃんは私の事をお姉さんにみたいに思ってくれてます。七海ちゃんは・・・・・・性別ないんでしたよね?」
「そうなんだよ、MM星人は性別が無いんだ。まあ俺は七海を女性として見てるけどな」
「私も女性として見てます」
「なんか複雑ですね。七海さんは見かけは女性だけど性別が無い。タケルさんは男性で七海さんを女性として見て惚れている。佐山さんは女性だけどレズビアンで七海さんを女性として見惚れているということですよね?」
「そうだな」
「そうです」
私と佐山さやかは頷いた。
「でも性別があるっていいですね。羨ましいです。MM星人は性別がありませんから恋愛とかしないんです。でも最近、女の子の気持ちがわかるような気がします。初めて女性に変身しました。なんかいいんですよ。うふっ、ちょっと恥ずかしいです。コーヒー淹れてきますね」
唐沢がどんどん女っぽくなっていく。
「七海、本当に写真集やるのか?」
「はい、やらせて下さい」
「MZ会の方はいいのか?」
「そっちも頑張ります。鬼神島の本格的な国家建設は2年後から始まります。今は準備の資料作りなのでそんなに難しくありません。そもそもアメリカの本部が主体です。渉外の仕事も峰岸さんが帰ってきたんで大丈夫です」
MZ会の観音崎の施設が襲撃されたあと、しばらく唐沢は七海に変装して私の部屋に隠れていたが。襲撃犯を捕まえたあとは私の部屋から七海の姿でMZ会の江東区の施設に通勤している。
「この前峰岸さんと会ったんだけど何か様子が変だったんだよな。八神さんの話しをたらニューギニアの話ばっかりして、死んだ奥さんがいたとか」
「峰岸さんはニューギニアで酷い経験をしたんです。その時の作戦参謀が八神さんだったんです。私は海軍の航空機搭乗員でよかったです。特攻で死んだ仲間もいましたが、餓死するよりはいいと思います。それと峰岸さんは結婚してたんです。相手は地球人の女性です。恋愛感情もあったみたいです」
「そうなんだ。峰岸さんは男寄りなのか」
「どうでしょう、性別とかは関係ないのかもしれません。単純に相手を愛してたんだと思います」
「奥さんはどうしたの?」
「東京大空襲で亡くなったみたいです。峰岸さんは死ぬような思いをして帰ってきたのに」
「そうか」
私は峰岸の酔った後ろ姿を思い出した。八神のことでニューギニアの過去と亡くなった奥さんのことを思い出したのだろう。七海のことを待っていてあげて欲しいとも言っていた。
「戦争って残酷ですね。私も今、宇宙の事と太平洋戦争の事を勉強しています。どっちも難しいですけど、知れば知るほど興味が湧きます。大学の時は英文科だったんでどっちも全然知りませんでした」
「唐沢さんはゼロ戦のパイロットだったんだぞ。米軍機を48機も撃墜したんだ」
「ええっ、そうなんですか? 真珠湾攻撃とかミッドウェイ海戦とか経験したんですか?」
「母艦搭乗員じゃなかったんでその二つは参加してません。でも基地航空隊で頑張りました。タケルさん、私はイギリス軍機も墜としてます。有名なスピットファイアです。オーストラリアのポートダーウィン上空です。一式陸攻の護衛でした。スピットファイアは対ドイツ戦では活躍したようですが零戦の敵ではなかったです。零戦に格闘戦を挑むなんて無謀ですよ。開戦当初日本海軍航空隊は無敵です」
「七海、今夜その話をしてくれ! スピットファイアとの空中戦か、聞きたいよ!」
私は興奮した。ゼロ戦パイロットの生の話が聞けるのだ。
「なんか凄いです。オーストラリアで戦ったんですね。南半球ですよ、当時の日本軍はそこまで手を広げてたんですね。海軍航空隊の事も調べてみます」
佐山さやかは勉強好きだ。私も唐沢のゼロ戦パイロット時代の話を聞くのが好きだった。とにかくリアルなのだ。暇な時はついつい質問して聞いてしまう。
「それより、今日会った橋爪さんと溝口さん、いい人達でしたね、二人とも七海さんの事を心配してました。地球人のいいところですよね、利害関係だけじゃない繋がり」
ニセ七海の唐沢は嬉しそうでだ。
「ああ、七海を売り出す仲間だったんだ。それに七海の純粋なファンだな。まさか20万部も売れるなんて思ってなかったんだ。だから第2弾の話が出てるんだよ」
「なんか責任重大ですね。でも、嬉しいんです。私の写真で喜んでくれる人がいるなんて。やっぱり七海さんの美しさは凄いですよ。でも、タケルさんが作ったんですよね、七海さんの顔」
「ああ、画像生成AIで作ったんだ」
「もし、七海さんが戻ってきたら、私の顔も作って下さいよ。16歳位のアイドルがいいです。カワイくなりたいんです。アイドルデビューしたいんです!」
「MZ会はどうすんだ?」
「建国が済んだら、新しい国からアイドルデビューするんです。そのために今勉強してるんです」
最近私の部屋は、ニセ七海の唐沢が買って来たファッション雑誌やアイドル雑誌がいっぱいだ。私の買うミリタリー雑誌と混ざってカオスになっている。
「じゃあ、写真集第2弾は本気でいくか」
「水元さん、唐沢さん、なんか楽しいですね、七海ちゃんが帰ってくるまで頑張りましょう。七海ちゃんの帰る場所を作ってあげるんです」
佐山さやかもその気になっている。
「佐山さん、また服を買いに付き合って下さい。モデルとして、センスを磨きたいんです。お金ならいっぱいあります。この前持ち出した1千万円、火事で焼けたことになってるんです」
「それは横領ですよ」
佐山さやか突っ込む。
「いえ、私は返そうとしたんです。でも、今出てくると経理的にまずいお金らしんです。警察には被害届を出してますし、施設にガソリンや火薬がっぱいあった件で警察からはいろいろ調べられてて、面倒らしいです。警察の方は裏から手を回すようです。MZ会でも処理に困ってて、危険手当と潜伏費用というか工作費用みたいな感じで貰えるみたいなんですよ」
「MZ会は太っ腹なんだな」
「はい。国を作るくらいの組織です。それに私を飼いならす意味もあると思います。今回の襲撃の件があったんで」
「太っ腹だけど、MZ会を裏切ったら怖そうだな」
「はい、MZ会を裏切って生きてる者はいません」
唐沢の一言は恐ろしかった。
「早く七海が帰ってこないかな」
私は話を変えた。
「タケルさん、MM378の連合政府もMZ会も七海さんを手に入れたらを絶対に手放しませんよ」
「どういうことだ?」
「ここだけの話です。連合政府から七海さんを迎え入れたいって打診がきているそうです。『ユモトン411』の交易の条件にもなるようです。連合政府は七海さんをMZ会の一員だと思っているようです」
「七海の引き渡しが交易の為の条件になってるってことか!」
私は驚いた。八神の申し入れの目的も分かったような気がした。七海を交易の道具として使いたいのだ。
「連合政府は七海さんを新しいMM378のシンボルにしようと思ってるのでしょう。長い間第1政府がMM378で大きな力を持ってきました。新しい最有力政府になるためにはシンボルがいるのです。もしかしたら七海さんは新しい政府の要職につかされるのかもしれません」
「何言ってるんだ、七海はMM378と地球の平和の為に戦いに行ったんだぞ! 政治や交易の為に戦ってるんじゃないんだぞ! どんな思いで七海が旅立ったと思ってるんだ!!!」
私は叫んでいた。別れの時、七海は崩れ落ちるようにして泣いていた。皆と別れたくないといって泣き崩れたのだ。自分を冤罪に陥れ、地球に逃亡せざる得ない状況を作った星の為に、楽しかったとはいえ、たった1年しか住んでない地球の為に命を懸けているのだ。
「私も納得できません! 七海ちゃんは駆け引きの道具じゃありません! 純粋に平和の為にMM378に行ったんです! 命を懸けて戦ってるんです。酷すぎます! 七海ちゃんの気持ちを尊重するべきです!!!」
佐山さやかは涙を流している。
「タケルさん、佐山さん、分かります。七海さんの純粋な気持ちは私にもわかります。あまりにも活躍しすぎたのでしょうね。劣勢だった戦局を盛り返し、新しい文化を広めたのです。なんか私も悔しいです。でも、まだ決まった訳じゃありません。あくまでも連合政府とMZ会の目論見です」
21時頃、佐山さやかは帰っていった。私は寝床に入ったがまだ眠る気になれなれなかった。ニセ七海の唐沢からゼロ戦とイギリス空軍の戦い話を聞いてようやく眠りについた。そして私は夢を見た。
//私と七海は湘南の七里ヶ浜の海を眺めながら歩いて江の島の岩場に着いた。海は青く、風が気持ち良かった。私が岩場に腰を下ろすと七海が隣に座って私の肩に寄り掛かった。
「七海、やっぱり海はいいなあ」
久しぶりに七海と海に来た。いい気分だ。
「タケル、海は素敵なの、久しぶりなの。前にもこの場所に来たの。楽しかったの」
「うん、ずいぶん前だな」
あれは七海と出会って1か月くらいたった頃だった。七海が海を見たいと言ったので湘南の海に来たのだ。随分昔のような気がした。
「あの時、タケルはずっと私の顔を見てたの」
「気がついてたのか? 海面に反射した太陽の光が七海の横顔をゆらゆらと照らして、七海の横顔が凄く綺麗だったんだ」
七海の指摘にドキッとした。あの時私は七海の横顔を見つめていた。いつまでも見つめていたいと思ったのだ。七海が気付いてたとは思わなかった。
「嬉しかったの。ずっと見てて欲しかったから気付かないふりをしてたの。ウルーンがジンジンしたの」
「あの頃は幸せだったな」
七海が喜んでいた事を知れて嬉しい。本当に幸せだった。
「タケル、私は今も幸せなの! ずっとこういていたいの」
七海が私の肩に頬を擦り付けた。ドキドキした。七海が私に好意を寄せているのが嬉しくたまらない・・・・・・夢だ。これは夢だ。夢の中で夢だと気が付いた。いい夢だった。しかし目が覚めない。目覚時計が鳴っている。起きなければならない。夢から覚めなければいけない。
「七海、俺はそろそろ行くよ」
私は夢から覚める為に夢の中の七海に別れを告げた。
「タケル、どこに行くの? 私も一緒に行くの」
起きなければ、目覚ましを止めなければ。七海、俺は起きる、一緒に来てくれ//
私は夢から覚め、手を伸ばして目覚まし時計を止めた。七海の夢は久しぶりだった。なぜか本当に七海と会ってるような気がした不思議な夢だった。七海は今、MM378で何をしているのだろう? 胸騒ぎがした。もしかして七海は苦しんでいるのか? イヤな予感がしてそれを打ち消した。七海、とにかく無事でいてくれ。また海を見に行こう。七海の美しい横顔が見たいんだ。




