Chapter11 「生きる」 【MM378】
Chapter11 「生きる」 【MM378】
白い大型宇宙船が緑色の空を背景にゆっくりと下降してくる。MM378は周期の違う恒星が3つ昇るため、可視光線の混ざり具合によって空の色が時間帯で変わるのだ。大型宇宙船は反重力装置を使用しているため、エンジン音は無く、静かである。大型宇宙船は正面が正方形に近い形だ。奥行きは200m、高さと幅は40m、艦橋のような突起物はなく、箱のような形だ。8隻の大型宇宙船が降下してくる姿は壮大な光景だ。大型宇宙船はMZ会が管理している。シベリアのツンドラ地帯やゴビ砂漠に隠してあった。人が来ない場所に光学迷彩を施して隠しているのだ。大型宇宙船の底から着陸用アームが16本出て静かに着陸した。宇宙船の前面部分が大きく前に開き始める。貨物の搬入口だ。側面からは幾つものタラップが現れ、地球のMM星人が降りて来た。連合政府軍の高官と兵士達の大勢が見守っている。
【前線本部応接室】
「初めまして、私は前線責任者のファントムです」
「初めまして、MZ会の峰岸です」
峰岸は日本支部の渉外課長であるが、ナナミ大尉と知り合いという事もあり、今回、MM378連合政府に武器や食料を送り、関係を構築しようと目論んでいる。
「峰岸さん、流暢なMM語ですね。見た目は地球人ですが」
「はい、地球のMM星人はMM語を学習しています。物心ついた時から地球人の姿に変身を繰り返して来ましたので、地球人の姿でいることをお許し下さい」
「大丈夫です。最近は地球人に変身するMM星人も多いのです。それより大量の物資、ありがとうございます」
「いえ、我々地球のMM星人も危機に直面しています。第1政府は恐ろしいです。地球に侵攻する前に食い止めたいのです」
「なるほど。今回はどのような物を供給していただけるのですか?」
「武器は新型のアサルトライフル、重機関銃、対ギャンゴ兵器、迫撃砲と榴弾砲です。戦車の砲塔部分も持って来ましたので参考にして下さい、コピーすればホバーに搭載できると思います。小型宇宙船に装備できる機関砲や小型ミサイルも持って来ました。しかしそこまでが我々の限界です。それ以上の兵器は一宗教団体では難しいのです」
「あなた方の地球での立場は理解してるつもりです。むしろ良くここまでしていただきました」
「食料や娯楽は制限がありませんので可能な限りお役に立てると思います」
「私は地球の文化に興味を持ちました。素晴らしいです。MM378に無いものばかりです。早速連合政府の議会に『地球との交易』について提言しますよ。今回我々が攻勢に出て形勢が有利になったのも地球の武器のおかげだ。ナナミ大尉の活躍も素晴らしいです」
「はい、今回は初めてという事もあり、取り急ぎでしたが、次回は閣下のご感想を伺った上でもっと厳選した物をお持ちできると思います」「それは楽しみだ、次回は議会に貴方方を招けるよう手を打つつもりです。それと今回のレトルト食品というものに興味がある。早く試してみたい」
「次回は本部の者を連れて参ります。レトルト食品は隣の会議室をお借りして用意しております」
「おおーー、これは美味しい!」
「閣下、ハンバーグとビーフシチューです。お口に合いましたでしょうか?」
「うん、肉の食感が素晴らしい、缶詰のせいで、私は肉が大好きになったのだ。地球の食事は興味深い。ハルゼー副官も食べてみろ」
ファントム中将はハルゼー少将にも味見を勧めた。しかしハルゼー少将は保守的な感覚を持っているため、少し困った顔をしている。
「変わった味ですね。慣れれば美味しいのでしょうが」
MM星人はお世辞やおべっかは使わない。感情が希薄なせいもあるが正直なのだ。
「なんだねこれは? こんなの味わった事がない。しょっぱくて口の中がピリピリする」
「閣下、それはカレーライスです。ピリピリするのは辛いという味です。茶色い方がビーフカレーで牛肉が入っています、黄色い方がバターチキンカレーです。白米と絡めてお召し上がり下さい」
「おおっ、マイルドになった。白米が美味しくなったぞ。興味深い、実に興味深い味だ。茶色い方と黄色い方では味が違うな、どっちも美味い、こりゃスプーンが止まらんぞ。旨い、辛い、旨い、辛いの連続だ、ハフハフ」
ファントム中将は黙々とカレーライスを食べた。
「これは甘いなぁ、エナーシュの何十倍も甘い」
「そればデザートの『プリン』です。地球人は食事の後にデザートを楽しみます」
「実に興味深い、食べ物がここまで甘くなるのか! 甘い味も素晴らしい。地球の食事はいろんな味がする。エナーシュしか食べて来なかった我々には新鮮すぎる」
「甘い物がお口にお合いの様でしたら、チョコレート、アメ、クッキーなどの菓子と呼ばれるものを用意しましたので、良かったらお持ち帰り下さい」
「うんうん。それと、私も地球人に変身したいのだがお勧めはあるかね。最初は地球人の顔は気味悪かった。特に目が二つあるのがな。だが、目が二つあるせいで表情が豊かだ。各個体の違いも分かりやすい。貫禄のある将軍にふさわしい顔はないか?」
「閣下でしたら、パットン将軍、ロンメル将軍、あとはアメリカの俳優が似合うと思います」
峰岸は携帯端末で検索した。宇宙船の中のデータベースサーバーに接続して画像を検索したのだ。サーバーには様々な情報が格納されている。検索キーワードは『将軍 俳優 貫禄 かっこいい 画像』だった。いくつか候補の画像が表示された。
「ふむ、どれも貫禄があるな。おっ、これはいいなあ。いい顔だ」
「閣下、それはジョンウェインというアメリカの俳優です。凄く人気がありました」
「よし、これに変身しよう」
「後ほどジョンウェインの出演した映画のDVDとプレイヤーをお届けします」
【前線本部応接室】
「七海さん、お久しぶりです。お元気そうですね」
「久しぶりなの。峰岸さん、会えて嬉しいの。待ってたの。それにさっきレトルトのカレーを食べたの。地球が懐かしいの」
「それは良かったです。まさか七海さんがこんなにご活躍されているとは思いませんでした。少し雰囲気が変わりましたね」
「髪を短くしたの。戦うにはショートカットの方がいいの。活躍は地球の物理攻撃兵器のおかげなの。MM378ではずっと禁止されていたから、この分野は遅れていたの。第1政府はかなり焦っているみたいなの」
「はい、攻めるなら今です。武器をコピーされる前にやるしかありません。地球のMM星人も3000名連れてきました。各国で工作員をしていた者を集めました」
「それは心強いの。とにかく第1政府を倒してこの星の平和を取り戻すの。地球侵攻はさせないの」
「頼もしいかぎりです。地球で初めて会った頃が懐かしい。自己紹介は『ただの女の子』でしたね。花形を倒したのに。ははは」
峰岸が笑った。
「峰岸さん、タケルは元気なの?」
「はい、特に変わりはないようです、七海さんが元気な事をお伝えします。きっと水元さんは喜びますよ」
「それは待って欲しいの。私はいつ帰れるかわからないの。生きて帰れるかも分からないの。戦いはこれからが本番なの」
「しかし水元さんは待っています」
「峰岸さん、私と会ったことは黙ってて欲しいの。タケルにはタケルの人生があるの。地球人の寿命は短いの。MM星人の10分の1くらいなの。だからタケルには充実した人生を過ごして欲しいの。時間を無駄にしてほしくないの」
「七海さん、本当にそれでいいのですか? 公表はされていませんが、地球に住むMM星人と地球人が愛し合い、結婚した事例は幾つもあるのです。もちろんMM星人とういう事を隠してですが・・・・・・。しかしお二人の場合はすでにその問題を乗り越えている」
「いいの・・・・・・帰れるとは思えないの。バグルン(脳波自爆)してでも第1政府を倒すの。地球には指一本触れさせないの。タケルが生きてる星なの」
「七海さん、これを御守り替わりにして下さい」
峰岸はホルスターに入ったスミス&ウェッソンM629ステンレス4インチをナナミ大尉に渡した。銃の右側面に『鰻重』という文字が掘られた七海仕様だった。峰岸はやり切れない気持ちになった。地球で七海とタケルの事をずっと監視していた。監視するうちに二人には幸せになって欲しいと思っていた。そこには生命体の枠を超えた愛があった。生命体としての種類は違っても心があれば愛し合えることを証明していた。
峰岸は地球人と結婚したことがあった。峰岸は、室町時代に東北地方で生まれた。現在の岩手県の山間の村だった。親の顔は知らない。東北地区のMM星人のコミュニティの中で成長して、農民として生きて来た。年齢に合わせて何度か男性に変身した。時には足軽として合戦にも参加した。明治維新で戸籍制度が制定された後も何回も戸籍を変へ、住む場所も変えた。日本におけるMM星人の殆どが農民だった。峰岸は戦国時代も江戸時代も明治維新の時も農民として生きて来た。土にしがみついて生きて来た。MM星人の身体能力を持っていたので村では重宝された。力仕事はもちろんのこと、田んぼの水利権を争う隣村との争いでは大いに活躍した。
1930年代の後半、峰岸は栃木県の農村にいた。米農家の豪農の下で働いていた。20代の男性に変身していた。頭が良く、桁外れの体力があった峰岸は村長の勧めで隣村の商家の娘と結婚したのだ。もちろんMM星人であることは隠していた。男の姿はしているが、性別の無いMM星人の峰岸は結婚など考えた事もなかったが周りの勢いに押されたのだ。娘の名は『糸』といった。19歳だった。糸は器量良しで気立ても良い女性だった。村一番の美人で男達の憧れであった。峰岸は糸の為にがむしゃらに働いた。米を作り、糸の実家の商売も手伝った。そして甲斐甲斐しく峰岸に尽くす『糸』に惹かれていった。糸の作った料理を食べ、お茶を飲みながら日々会話をし、そして愛し合った。たまの贅沢として二人は時々宇都宮の街に出かけ、映画を観たり、『上野百貨店』を冷やかし、洋食屋で食事をした。糸は洋食屋のオムライスとアイスクリームが大好物だった。オムライスもアイスクリームも当時はまだ珍しいものだった。糸は少女のように無邪気に輝く笑顔を見せてアイスクリームをスプーンで食べた。峰岸はその笑顔を見るのが好きだった。峰岸にとって過去に経験したことのない幸せな時間だった。MM星人は性別が無いのでMM378に住んでる限りは恋愛をすることは無い。峰岸は初めて恋愛を経験したのだ。しかしそんな幸せな生活に戦争の影が忍び寄る。峰岸に召集令状、いわゆる『赤紙』が届き、宇都宮の連隊に入営することとなった。日本中が戦争ムード一色だった。糸は街角に立って道行く女性に千人針をお願いし、村民は日の丸の小旗を振って万歳三唱で峰岸を見送った。
「あなた、皆はお国の為って言ってるけど、そんなのどうでもいいのよ。帰って来て、お願いだから帰って来て欲しいの。どんな事をしてでも帰ってきてね。私にはあなたが全てなの。あなたさえ帰って来てくれれば日本が戦争に負けてもかまわないの。私は非国民ね」
糸の言葉が今でも耳に残っている。
峰岸が入営した連隊は中国戦線に進出し、やがてニューギニア戦線に転戦した。峰岸はニューギニアで想像を絶する地獄を経験した。
「おい、ミネ、肉だ、食え」
「伍長殿、これは何の肉でありますか? どこで手に入れたのですか?」
「聞かない方がいいぞ、とにかく食べるんだ。次はいつ食料が手に入るかわからん。塩もこれが最後だ」
「塩ですか? 久しぶりであります」
伍長は飯盒の蓋に盛った、塩を振った焼いた肉を箸で摘まむと口に運んだ。もう何週間もまともに食事をとっていなかった。水さえもまともに飲んでいない。ネズミ、ヘビ、ミミズ、虫、食べられる物はなんでも食べた。ニューギニアでの日本軍の食料は枯渇し、輸送船も殆どがアメリカ軍の潜水艦に沈められたため、兵士達は飢えていた。部隊では骨と皮だけになって餓死する者も大勢いた。マラリア、デング熱、アメーバ赤痢、敵はアメリカ兵だけではなかった。精強な皇軍兵士の姿はそこに無かった。仲の良かった戦友が次々と倒れていった。峰岸は飯盒の蓋に盛られた焼けた肉を指で摘まんで口に入れた。美味かった。肉は沢山あった。
「ミネ、美味いだろ? お前が食べたのはアメ公の肉だ。昨日お前がアメ公の斥侯を5人殺したろ、あいつらだ。あいつらいい物食ってやがるな。沢山肉が取れた。ミネ、良くやった」
峰岸は口を押さえた。吐き気がこみ上げてきた。
「ミネ、生きたければ食べるんだ、生きて帰りたければ食べるんだよ!」
「伍長殿、それは人間として許されない事ではないのですか? 皇軍兵士として潔く自決するべきです。手榴弾が3発あります。これで自決するか、突撃して玉砕しましょう」
峰岸は死を覚悟していた。心身共に疲弊して楽になりたかった。何よりもこの地獄のような場所から消え去りたかった。
「うるせえ! こんな所で飢え死にしてたまるかよ。敵の肉だ、戦友を殺したやつらだ、何が悪い! 他の部隊では味方の死体の肉まで食ってるって噂だ。ミネ、可愛いカミさんに会いたくないのか!? お前のカミさんの写真見たぞ、スゲエべっぴんじゃねえか。俺は女房にも子供にも会いたいんだよ。あいつらを食わせていかなきゃならないんだよ。何が皇軍だ! 天皇陛下なんて会ったこともねえよ! 大事なのは家族だ、こんな所で死ねないんだよ!」
峰岸は黙った。『どんな事をしてでも帰ってきてね』糸の声と悲しそうな瞳が頭に蘇った。峰岸は飯盒の蓋の肉を一握り掴み取ると口に押し込んで咀嚼した。何度も噛んで飲み込んだ。
「ミネ、それでいいんだ。こんな所で死ぬ必要はない。弾薬や食料の補給も無い。輜重部隊は全滅だ、どうやって戦えっていうんだよ! 弾がねえ! こんな赤道を超えた島に送り込みやがって、どうやって帰れっていうんだよ! 制空権も制海権もねえ。周りは敵ばっかりじゃねえかよ。しかも装備も俺達より遥かに優秀だ。それでも俺達は敵兵を倒した。お前は沢山倒した。もう十分だ、とにかく生きるんだ、ミネ、生きる事だけを考えろ!」
伍長は38式歩兵銃、峰岸は38式歩兵銃と敵から鹵獲したトンプソンサブマシンガンを持っていたが弾薬は尽きていた。敵と遭遇した際は30年式銃剣を着剣した38式歩兵銃で戦うしかなかった。敵のセミオートライフルや機関銃の猛烈な射撃に対して槍で戦うような状況だった。30年式銃剣は刀身が夜戦時の反射を防ぐ為に黒染めした後期型の『ゴボウ剣』であった。
「伍長殿は強いですね」
MM星人の峰岸は地球人の心の強さに感動した。
「俺の名前は虎次郎って言うんだ。息子の名前は虎勝だ、強そうだろ、まだ4歳だ。虎は千里を行って千里を帰るんだ。日本まで5000Kmだ。少し遠いけど、帰ってやるさ」
やがて部隊は全滅した。殆どが餓死と病死だった。峰岸は伍長が倒れてから一ヵ月看病を続けたが、伍長も力尽き戦病死した。峰岸は木の根元に伍長の亡骸を埋めて、銃剣で木に文字を刻んだ。『第23×連隊 溝口伍長ここに眠る』。峰岸は伍長の事を今でも命の恩人だと思っている。峰岸はジャングルの中を逃げ回った。時には敵兵と鉢合わせとなり、着剣した38式歩兵銃で白兵戦をした。夢中で戦い、敵兵を刺突して倒し、そして食べた。糸に会いたい一心で生き続けた。4000mの山脈を超えるルートの転進命令が出ていたが無謀な命令だと判断し、無視して生きる為にジャングルを彷徨った。糸から貰った『千人針』だけは手放さなかった。やがて動けなくなり、倒れ、捕虜となった。MM星人の強靭な身体でも行動不能になるほど過酷な戦場だった。約20万人が投入され、2割も生きて帰れなかった戦場である。死因の80%以上が餓死と病死であった。峰岸は終戦をアメリカ本土の捕虜収容所で迎えた。1年後、日本に復員し、喜び勇んで栃木県の家に帰ったが、妻の糸は位牌になっていた。糸は1945年の年明けから東京の下町にある親戚の町工場で働いていた。根こそぎ動員で10代や40代の工員が招集され、工場の働き手が足りなくなったためだった。糸の実家も戦争の影響で商売ができる状況ではなかった。峰岸が帰って来た時の為に少しでも貯えを作っておきたかったのだ。しかしその願いも空しく3月10日の東京大空襲で命を失った。遺骨すら残らなかった。峰岸は失意のドン底に突き落とされた。愛する者を失った悲しみに途方に暮れた。その後は関東地方を転々とし、荒れた生活を続けた。東京で愚連隊に入り、敵対する組織に対して暴力の限りを尽くした。日本人女性に乱暴する進駐軍のアメリカ兵を見つけては死ぬ寸前まで叩きのめした。進駐軍のアメリカ兵はやりたい放題だった。その様に、日本は戦争に負けたのだと誰もが実感した。素手での喧嘩の強さから『ステゴロの峰』とういう通り名で呼ばれ、新宿に小さな組を作ったが、警察の摘発を受け、懲役2年の刑となった。峰岸は1950年(昭和25年)に刑務所を出所後、MZ会に出会い、入信した。今でも糸のことを忘れた日は無い。
「七海さん、あなたはもう十分戦った。生きて地球に帰るんだ!」
峰岸は大きな声で叫んでいた。ナナミ大尉は何も言わずに俯いていた。




