8話
待ち合わせ場所は、舞浜駅の改札を出たイクスピアリ前だ。
真夏の蒸し暑さを忘れさせてくれるような、カラッと晴れ渡った青空の下で、冬子は奇抜な蛍光色のパーカーを着た金髪の梓馬を、すぐに見つける事が出来た。
いざ歌舞伎町以外の場所で梓馬と会うことに、今さらながら緊張してくる。
「久しぶり〜」と、ぎこちない様子で声をかけると、梓馬がこちらに気付いてくれた。
梓馬は「よっ」と手をふり、スマホを仕舞うと
「いつでもその格好なんやね、すぐに冬子だって分かったぞ」
なんて言い、冬子の地雷系ファッションを茶化した。
「梓馬さんこそ、そのパーカー派手すぎてすぐ分かったよ!」
冬子も負けじと応戦する。
「…しかし、制服で来てってゆうの忘れちょったけん、、そこだけは後悔やなぁ…。せっかくのJKとのデートなのにぃ。。」
梓馬は残念そうに冬子を見つめた。
じぇ…JKか。普通本人の前で言う?最低な人…。
「梓馬さん、、悲しみに暮れている所残念だけどね、お願いされても制服なんか着ませんから…!」
「いやいや、オレのトーク力で絶対に冬子を口説き落としてやな…。」
「さぁー、早く行きましょー!」
冬子は、この変態おじさんは付き人とみなし、今日はディズニーの世界に没頭するぞと心に決め、さっさと入口へ向かって歩いて行った。
そんな冬子の気持ちはお構いなしの梓馬は、意気揚々とインパークすると、すかさずお揃いのカチューシャを購入し、冬子とツーショット写真とピンの自撮り込みで10枚ほど撮影した。
「このオレ、めっちゃイケメンじゃね?盛れとるわぁ…。」
梓馬はうっとりと自撮り画面を見つめため息をついた。
梓馬の自己中心的なはしゃぎっぷりにドン引きする冬子は、このまま彼のペースに乗せられていては、せっかくのディズニーが台無しになると、本能で感じた。
「梓馬さん、あれ乗りたい、あれーー!」
冬子が指さしたのは、ヴェネツィアン·ゴンドラ。
冬子は、ゴンドラから広がるディズニーシーの景色が大好きだった。
「船かぁ、、だる…。まぁ、JK冬子の望みなら、叶えちゃるかぁ!」
二言ほど余計な梓馬の言葉は、もはやスルーに限ると気付いてきた冬子は何も言い返さなかった。
40分ほどで冬子達の順番が回ってきた。何だかんだ梓馬との会話は息が合い、40分があっという間に感じたのには、自分でも驚いた。
「梓馬さん、これ乗ったことある?このゴンドラから見渡す風景、めっっちゃ綺麗なんだよ!!あとね、キャストさんが歌を歌ってくれる所で、願いが叶うスポットがあるの。願い事、ちゃんと決めといてね!」
「え、何それ?ディズニーってそんなスピ寄りやったん?へぇ〜、わかったわ。考えとこー」
「願いが叶う」のキーワードでキラリと目を光らせた梓馬は、先ほどの後ろ向きな発言はどこ吹く風で、冬子と一緒に行儀よく船に乗り込んだ。
「ほーら、めっっちゃ綺麗でしょ?梓馬さん、私だけの写真撮ってー!」
カメラに向かって決めのポーズを取る冬子に対し梓馬は、
「え、一緒に撮ろうや〜」と駄々をこね、スマホをサッとインカメにし、冬子の頬に寄り添った。
見かねた隣のカップルが、「撮りましょうか?」と声をかけてきた。
「えー、じゃあお願いします!」とスマホを渡すと「ラブラブでいいですね♡」と冷やかされた。
結果、嫌そうに苦笑いする冬子の表情が印象的な一枚となった。
「あ、そろそろお祈りスポットだ!梓馬さん、忘れないようにね!」
「分かった!もう話しかけんといてなー」
「〜♪Sul mare luccica〜」
ゴンドラが橋の下へ向かうあたりで、キャストの美しい歌声が響いた。
瞬く間にお客達は目をつむり、それぞれの思いに胸を馳せる。
(出来ることならば、、陽炎の咲夜たんとお付き合いできて、お金持ちになって、そのまま結婚なんかしちゃって、大きなお家に住んで、あとはトイプーとか小型犬も2匹くらい飼えますように。。)
冬子は、キャストの歌声が響く間めいっぱいお願い事をした。
欲張りだったかしらなんて思い目をあけると、一生懸命目をつぶり続ける梓馬の表情に、冬子は吹き出した。
「ちょっと梓馬さん、顔!!あははははは!!」
梓馬は神妙な面持ちで瞳を開けると
「将来のオレの野望がかなった日には、ここで笑った事後悔させちゃるけん。楽しみに待っとけよ。」
と決めゼリフをはなった。
やがて陽は落ち、パークの景色が一転して幻想的な雰囲気に包まれるころ、冷たい海風が半袖の冬子の身体を冷やした。
「さむっ」
両腕を組んで猫背になる冬子に、梓馬は自分の着ていたパーカーをばさっと被せた。
「着とけば?」
思いの外優しい梓馬に驚き、冬子はうつむきながら「ありがと」と礼を言った。
早朝から動き回り疲労が溜まってきたのか、ふたりとも口数が減ったが、沈黙は気にならなかった。
喋ることもなくなり足が疲れたのか、よたよたと歩く冬子のスピードに合わせて歩いていた梓馬が、「もーちょい早く歩いてくれる?」と、冬子の手をとった。
その後はなぜかお互い、その手を離さずに歩き続けた。
「もう夜やなー、ショーは見てくやろ?」
「うん、もちろん!……何かあっという間だったな。梓馬さん、ありがとね。すごく楽しかった!」
夜のショーはリニューアルされたのか、小学生の頃に見たものとは全然違っていて、冬子は涙が込み上げてきた。
「夢」とか「希望」という言葉が頻出し、その瞬間、繋いだままの梓馬の手に少しだけ力が込められ、この人には何か強い野望があるんだろうなと分かった。
「プロジェクションマッピング、凄いね!感動してまた泣きそうになっちゃったよ。
ねぇ、梓馬さん、夢とか希望ってさ、、嫌な事も我慢して続けていかないと実現しないものなのかな?」
冬子のストレートな質問に対し、梓馬は彼女がトー横キッズになった経緯を思い出した。
少し考え、梓馬は答えた。
「んーなことないっちゃろ。
夢とか希望って、笑顔があってこそのもんやろ?嫌なことばっかやって叶うわけないやろうに?
そもそも、笑えなくなったら夢でも希望でもないけんね。…まぁオレの持論やけどな」
「…嫌なことも頑張ってやるんじゃないの??」
「え?嫌なことばっかやって頑張れるモチベーションがオレには分からん。楽しんで没頭しまくった先に、夢や希望がついてまわってくると思っとるし、理想やな。」
「し、将来のためでしょ?嫌なことでも努力して、将来は社会で活躍できる立派な大人に…」
「冬子、オマエ、突然どうした?ここは夢の国やぞ…。何故今このタイミングで現実に戻るんや。。さすがお受験キッズ…」
梓馬が呆れ気味に冬子の顔を覗き込むと、困惑と絶望が入り交ざった表情で、今にも泣きそうになっている少女が、こちらを見つめていた。
冬子のまっすぐな瞳に胸が締め付けられた梓馬は、思わず冬子を抱きしめた。
冬子の細い身体を、自分のパーカーで包み込み、彼女がこれ以上傷つかないように、優しく守りたいという衝動に駆られた。
夜のショーが終了し、人々が笑顔で撤収する中、梓馬はその場を動かずに、冬子を抱きしめた腕を離さなかった。
冬子は梓馬の鼓動を感じ、梓馬の大きいパーカーと優しい腕に包まれながら、感じたことの無い安堵感に、幸せな気持ちでいっぱいになった。
「はぁ…梓馬さん、、好きだなぁ。」
自然と心の声が溢れてしまい、我に返る。
「おぉっと…、わたし、何言ってるんだろ!!ごめんね、気にしないで!あっはっは…」
冬子のおどけた対応に負けじと、梓馬は冬子の肩から少し離れると、彼女の唇をキスで塞いだ。
「オレも冬子のこと、大好きだ。」
2人は微笑み合うと、メディテレーニアンハーバーの水面に映るイルミネーションが反射する中、お互いの気持ちを確かめ合うように、もう一度キスをした。
冷たく心地良い風が2人を優しく包み込み、まるで祝福してくれているようだった。