64話自制する梓馬
冬子との最後のデート以来、梓馬の魂は抜け、まるで抜け殻のようになっていた。
「梓馬、これ、今日智子さんと撮影したやつ。編集お願い」
「智子」の声を聞きビクッと反応し、身をすくませながら「うぃーーっす」とデータを受取る梓馬に、大地は何やらただ事ではない雰囲気を察した。
平静を装い、データをPCに取り込む梓馬を、大地は覗き込む。
「梓馬さ、オマエ、冬子ちゃんとケンカでもしたん?最近あんま話題に出んし、ちょっと話題避けとるやろー?」
梓馬は頬杖を付き画面を見ながら応える。
「うーーーん、いゃあ、ケンカとかはしとらんけどね、、冬子って、今は智子さんの事とか将来の事とか、オレより考えなアカンこといっぱいあるよな?と思ってね、距離取ることにしたんよなー。」
「マジで?冬子ちゃん大丈夫なん?今日も撮影中智子さん倒れてさ、救急車で運ばれとるけんね?心細かったと思うわー。」
「……ふーん。」
梓馬の眉がピクリと動いた。
その晩、梓馬は頭の整理が付かないでいた。
冬子と距離を置くのが、果たして本当に今が正解だったのか?
辛い時は側に居るべきだったんじゃないのか?
梓馬は冬子が1人ぼっちで泣いている姿を想像すると、居ても立っても居られなくなり、スマホを手に取った。
冬子のアイコンをタップし、指が発信ボタンまで届きそうになるのを、ぐっと堪えた。
多分、今やない。
今は冬子が、自分の力で乗り越えなあかん時。
冬子はきっと、自分自身の力で乗り越えることが出来る。
梓馬はそう自分自身に言い聞かせると、最近主催する事が決まった格闘技イベントの構想に頭を練った。
梓馬は自分自身の仕事においても、転機を迎えている所だったのだ。




