63話(搬送先にて)
気が付くとそこは見慣れた部屋の天井だった。
かかりつけの病院で空きがあったため、いつもと同じ病院のベッドで目が覚めたのだ。
智子はまるで時間が逆戻りしたような感覚に混乱している所、冬子と美月が部屋に入ってきた。
「ママ、目が覚めた?」
「うん…、ママ、今日入院してたっけ…?」
智子は天井を見ながら、うわ言のように呟いた。
さっきまではスタジオで撮影して活き活きとしていたのに、今はパジャマを着て病室のベッドに横たわっている。
またたく間に「病人らしく」なった母の姿を見て冬子は、改めて母が末期癌であるという現実を突きつけられた。
その晩、大地から撮影したデータが冬子の元に送られてきた。
色鮮やかな洋館スタジオにて、様々なカットでポーズを決める母親の姿はどれも美しく、活き活きとしていた。
「ママ…。」
スマホの画面にぽたぽたと涙がこぼれ落ち、画面の中の画像が湾曲する。
冬子は部屋でうずくまり、1人肩を震わせた。
このまま梓馬に連絡して、今すぐ会って、彼の腕の中で安堵に包まれながら眠ってしまいたい。
梓馬の笑顔が恋しくてたまらない。
梓馬の少しかすれた声で、好きだよって囁いてほしい。
冬子はラインで梓馬のアイコンをタップすると、発信ボタンに指が伸びた。
駄目、駄目だ、冬子。
私はもう、自分の道を進むって決めたんだ。
冬子は、そのまま机に座り、深呼吸をする。
「よし、大丈夫。」
参考書を開くと、一心不乱に勉強に取り掛かった。