60話(ディズニーデート)
その時ちょうど、キャストよりアトラクションの順番だと促され、2人は我に返った。
乗り込んだ子供向けのアトラクションは優しすぎて、冬子の渾身のプロポーズを払拭させてはくれない。
梓馬はひたすら前を向きながら、穏やかな揺れに身を任せた。
「冬子、さっきの話やけど…」
「あ、だ、大丈夫だよ??どうせ私まだ高校生だしさ、今すぐってわけじゃなくて、気長に待ってるからっていう意味で、、梓馬さんもお仕事頑張り時だしさ、それから、もしよかったらって話でね…私ってば、何言ってるんだろ!」
衝動的にプロポーズしてしまった事を酷く後悔し、冬子は焦りながら早口で訂正した。
「そっか…、でもオレ、結婚願望とか全く無いけんね。結婚だけは絶対にしとぅなくて。どうしても嫌やけん。マジで無理、ごめんね。」
「そんな、そこまで全否定しなくても…。
私が高校を卒業したらでいいからさ、梓馬さんと結婚して、一緒に住む家を見つけて、それから間もなく子どもができて…」
またもや冬子の妄想が炸裂する。
「冬子、、残念ながらオレは、そういうの全く考えられん。そんなよく分からん先の未来見る前に、冬子は自分の未来と、智子さんの事考えてやりぃ?」
梓馬の歯に衣着せぬ言い方に、冬子は口をつぐんだ。
外へ出ると雨は上がり、雲の隙間から光が差し込んでいた。
「梓馬さん、太陽が見えてる!」
「ほんまに綺麗やね…。あの隙間から神様とか降りてくるんかな?」
「神様って…!」
冬子は思わず吹き出した。
2人は笑いながら見つめ合うと、自然と手を繋ぎ歩き出した。
先ほどの結婚話は一旦忘れて、この幸運にしばし没頭する事に決めた。
日が落ちてきた辺り、始めてのデートで乗ったゴンドラに乗ろうと、冬子は梓馬の手を引いた。
運良く2人は、夕陽が落ちる前に乗ることが出来た。
雨上がりの夕焼けは、水彩画を零したようなピンクと青色に染まり、その隙間から照らすオレンジ色の太陽が、水面にキラキラと反射していた。
「わあ…!凄く綺麗…。」
冬子は目の前に広がる絶景に感動し、しばし言葉を失った。
2人は自然と肩をよせあい、以前のようにツーショット写真を撮った。
以前のように、キャストの美しい歌声がこだまする。
(この先、ママの病院が回復して、皆で幸せに暮らせて、高校を卒業したら梓馬さんと結婚して、子どもが2人生まれて、ティーカッププードルも飼って幸せに暮らせますように、、)
冬子は毎度のように、短時間の間に数多くの願い事を祈った。
多少欲張りだけど、、ま、いいよね?
目をあけるとちょうど梓馬と目が合った。
2人はにっこり微笑み合い手を繋ぐと、ゴンドラから見える景色をゆっくり堪能した。
辺りは暗くなり、おなじみのファンファーレと共に、ナイトショーが始まった。
ダイナミックなプロジェクションマッピングの演出と、それとともに流れる音楽が、観客の心を魅了していく。
冬子は「信じれば願いが叶う」なんて言われ、一年前とは同じ気持ちでその言葉を受け取れなかった。
(ママは、いくら私が願っても長くは生きられないのに…)
冬子は梓馬に寄り添い、少し冷めた目でショーを鑑賞した。
そんな冬子の様子に気付いた梓馬は、何も言わずに冬子の肩を抱き寄せた。
「…何かさ、今日見たショーで『信じれば願いが叶う』って言葉にね『じゃあママの寿命をあと10年伸ばしてください』って思ってさ、、私、何か卑屈な気持ちになっちゃってた。梓馬さんごめんね、最後の方私、元気なかったよね。」
閉園のアナウンスが流れ出口に向かう途中、冬子が口を開いた。
「そっか。うん、何か元気ないなと思っとったら、そんな事考えとったんか。
…冬子自身の夢はないんか?結婚以外で…。」
「結婚はダメ?」
「うん、オレという人間は結婚というカテゴリーから除外してくれる?」
冬子は、梓馬が何でここまで結婚を嫌うのか、逆に気になってしまう。
「…そうだね、、ちょっと最近はママの事もあってね、医学部系にも興味あるから、浪人してでも入ろうかなとは思ってるよ?」
さっきまで高卒で専業主婦になりたいと訴えていたにもかかわらず、数時間後には医大へ入りたいと言いだす冬子に、梓馬は意表を突かれ、思わず吹き出した。
「ぶっ。……は?え、ふゆこ、医者目指すん?」
「いやだって、梓馬さんがお嫁さんにしてくれないって言うから。。」
冬子は口を尖らせた。
「いやいや、それは流石におもろ過ぎるやろ。
専業主婦駄目なら次は医者とか!(笑)
…まぁ冬子なら医者とか向いてそうやな。常に冷静沈着やけど、熱いところもあるし。めっちゃ応援するよ?頑張れ。」
「ありがとう。まだ、学校にも誰にも言ってないし、梓馬さんにしか言ってないの。
でも最近、ママみたいな病気の人を治療したり、少しでも元気にさせる仕事がしたいなって思うんだ。」
「でも冬子、医学部受験生って高2夏位は皆勉強ばっかしとるイメージやぞ?」
「……確かにそうかも。でもやっぱり梓馬さんと会ってエネルギーチャージ出来るっていうか。でも、時間空いたら勉強頑張ってるから!」
「そっか。。
冬子、決めたよ。俺たち、一旦終了しよ。」
「え……?」
梓馬からの突然の別れの言葉に、冬子は言葉を失った。
「実は、最近思っとったんよ。
冬子の今の大切な時間、オレと過ごすんは違うんじゃないかなと。
智子さんとの時間とか、将来の為に費やすべきやと思うっちゃね。」
「待って、ちょっとよく分からない。私、今の辛い状況でも頑張って居られるのって、梓馬さんが居てくれてるお陰なの。梓馬さんが居ないと、何も出来ないよ…」
冬子は声を震わせた。
「うん、やけんね、そういう依存的な状況がマズいんやないかなと思う。
冬子には、オレに依存しないでちゃんと自立して、智子さんとの最後の時間を過ごしたり、将来の為に努力したりしてほしい。」
梓馬は冬子の瞳をまっすぐ見つめ、ずっと内に秘めていた思いを、訴えた。
もちろん冬子は、そんな事すぐには納得出来ない。
ものすごく辛かった時期にトー横界隈にたどり着き、梓馬と出逢ってから、第一印象こそ最悪だったが、気が付けばいつも側には梓馬が居てくれた。
梓馬と一緒にいる時間が、冬子にとってはかけがえのない時間だった。
それでも、時折見せる、智子の寂し気な表情が頭をよぎった。
確かに、癌告知後、厨二企画の動画へ出演を決めてからの智子は、父や親戚との付き合いを拒み、一人ぼっちで戦っているように見えた。
そんな母に親身になって寄り添えるのは、娘である私しか居ないのは、明白だ…。
冬子は梓馬の胸元に、コツンとおでこをぶつけた。
「梓馬さん、確かにママ、最近少し寂しそうな時がよくあったの。厨二企画の動画に出始めて、吹っ切れた感じはしたんだけど、その分孤独なのかも…。」
「そっか、冬子最近智子さんと腹割って話せるようになったゆーとったしな?智子さんだって残りの時間、もっともっと、冬子と過ごしたいはずや思うよ?」
「冬子、こっち向いて。」
冬子は梓馬の瞳をじっと見つめた。
「冬子の目って、綺麗やな。まっすぐで、ほんまはずっとオレだけを見てて欲しいけど。
冬子は今は智子さんや、自分の将来に目を向ける時やけん、頑張り。」
梓馬はそのまま冬子の唇にキスをした。
冬子の涙が頬を伝った。
冬子は唐突に梓馬から「距離を置いたほうがいい」なんて言われ困惑はしたが、正直、心のどこかで気付いてはいた。
梓馬さんは、どこかで私の元を離れて行ってしまうんだろうなって。
でもまさか今日、そうなるなんて。
冬子は涙を拭い、梓馬の方を見つめた。
「梓馬さん、ありがとう。私、今こうやってママと向き合えたり、人生の目標を持てたのも、梓馬さんのお陰だよ。梓馬さんと一緒に居た時間、人生で1番楽しかった!ありがとう。梓馬さんも、お仕事頑張って。動画見てる。応援してる。梓馬推しになるから、、絶対に頑張ってよね。」
梓馬は、涙が次から次へと溢れてくる冬子の頬に手を当て、涙を拭うと、もう一度、力強くキスをした。
「冬子……。オレも、今までで冬子ほど人を好きになったのは無かったけん、ありがとう。
智子さんとの時間は動画でも応援していくけん、あとは勉強も頑張りぃよ?冬子なら絶対に出来る思うよ。
道は違えど、目標見据えて、一緒に頑張っていこうな?」
気が付けば、2人はちょうど出口まで来ていた。
「梓馬さん……、お別れ、、悲しいよぉ〜。やだよ~。」
子どもみたいに突然泣き出す冬子に、皆が振り返った。
焦った梓馬は、咄嗟に鞄に手を突っ込み、昔冬子からプレゼントされたクロミちゃんのぬいぐるみを取り出した。
どうやら梓馬は鞄の底に入れっぱなしにしていたらしい。
「冬子、、ホラ、じゃーん。コレ見て、コレ!
オレたち、コイツで繋がってるしさ、また寂しくなったらコイツを見てよ。
ふゆこー可愛いー、食べていいー?食べちゃうわよー!」
梓馬は裏声になると、クロミちゃんを冬子の身体中に這わせた。
「キャーーー、くすぐったい!梓馬さん、やめてーー!」
子どもをあやすような方法で簡単に笑顔になる冬子を見て、梓馬も胸が締め付けられた。
「じゃ、、、ここでな。また、智子さんの件では関わるとは思うけど。冬子はそっちに集中して。」
「うん、、頑張る!!
私、ママが幸せに過ごせるようにママのこと見守って、受験成功させて、立派な医者になるから!!!」
「オレも、動画もっと大きくして成功させてやるけん!
梓馬推しでよろしくな!」
冬子は梓馬に駆け寄ると、抱きつき、腕を首にまわし、唇を押し付けた。
苦しい位長いキスに、息が止まりそうになった。
唇を離し、息継ぎをすると、2人は目を合わせ、
次は、梓馬が優しく唇を重ねた。
「冬子、大好きだよ。」
「梓馬さん、私も大好き。今までありがとう。」