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溶けた恋  作者: ピンクムーン
三章
6/75

6話

せつなの働く店「liberta」。気が利き、歌舞伎町の知識が豊富なトー横出身のせつなは、店では内勤のようなポジションだった。

お客の相手はするが、主にヘルプ担当。営業方針も「友営」で、不要な恨みや争い事にはあまり縁のない平和なスタイル。

トー横で数々の「ホスト×姫」の修羅場を目の当たりにしてきたせつなは、病んで感情的になった姫をなだめるのに才能を発揮し、店では重宝されていた。


「リンネ、ありがとー!トーコちゃんもありがとう!こんな感じでガラガラだからさ、この前のお礼も兼ねてゆっくりしてってよ。」


ホストクラブは、もちろん初めての冬子。大音量のBGMとスタイリッシュで綺羅びやかな内装、そして沢山のイケメン達の嬉しそうなお出迎えに、まさしく自分が「姫」である事を自覚した。


「っらっしゃいませぇ!!!!!」


冬子の推しグループ「陽炎」の朔夜似のイケメンと一瞬目が合った。(え?さ、朔夜??)


冬子は一瞬困惑した。細身で黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳が冬子に向かって微笑んだ瞬間、既に缶チューハイを一本あけている冬子の脳内に彼は、「陽炎の朔夜」として侵入してきた。


席へ通されると、朔夜とはまた異なる雰囲気のイケメン達が、あたかも冬子に興味津々の様子で距離を縮めようと働きかけてきた。

冬子の通っていた進学校ではこんな男子は居ない。皆自分の成績を上げる事に必死で、社交辞令のコミュニケーションばかりだった。

結局は、みんな敵なのだ。


さらに、成績が右肩下がりになってからは、どこか馬鹿にされたような扱いばかり受けてきた。


男子も女子も家庭も、近所のコンビニさえも、冬子には安堵できる場所が1つもなかった。

皆、条件付きのコミュニケーションでしか向き合ってくれず、冬子の本心に対し真摯に向き合い、受け止めてくれる人なんて誰も居なかった。


もちろん冬子もそれを理解していたので、周囲の空気を読むことに注力し、かつ迎合しながら、空虚な道をひたすら歩き続けていた。


もはや、それが「人生」として積み重なっているのかも良くわからないまま。



「トーコちゃん、その青い髪可愛いね!」「何それ、めっちゃおもろい!」「オレこの前職質くらってさぁ!」


無条件で冬子の全てを肯定してくれ、かつ自分の短所を包み隠さずさらけ出してくれるホスト達の寛容さに、冬子はたちまち舞い上がり、虜になった。


酒がまわり、会話も上々になってきた頃、朔夜似のホストが席についた。

「初めまして!リュウキで…」

「さ、朔夜たん!!」


酩酊状態とも重なり、もはや推しにしか見えないホストを目の前に、冬子の気分は最高潮に達した。

「確かに似てる〜!トーコ、良かったね!」

「リンネどーしよ!顔見てはなせないっっ…!」

リンネの左腕に顔を埋める冬子に対し、朔夜改めリュウキは、「照れてる?可愛いー!」

と、冬子の顔を覗き込む。


それだけで鼻血が出そうになったが、追い打ちをかけるように左頬を細い指でつつかれ、

「名刺、貰ってください!リュウキです。よろしくね

」と屈託の無い笑顔を向けるリュウキからの要求に応えるしかない冬子は、おそるおそる顔を上げ、リュウキの瞳を見つめる。


憂いを帯び、少しだけ腹黒そうなタレ目が、冬子の「好きにして」という感情に訴えた。

心臓が止まりかけた瞬間、席を外していたせつなが戻ってきた。

「おまたせー、今から梓馬さん達来てくるれるらしい!少し賑わってきたわー!リンネとトーコちゃんも、そろそろ終わりにしよっか。ごめんね!」


あの失礼な下ネタユーチューバーか…。てか、男なのになんでホストなんか来るの?ここって姫の場所だよね…?

自分が未成年な上、無料で飲食させてもらっている立場である事実に蓋をし、梓馬への難癖が冬子の脳内に侵入した。


ものの数分で、厨二企画のメンバー数名と中心には、まるでAIで描いたような艶やかな美女が梓馬の腕に絡みつき、店内に現れた。


「っらっしゃいませぇ!!!!!!!!!」


先ほどの倍ほどの威勢の良さで、ホスト達が出迎える。

「うわー、生の那倉さんにお逢いできるなんて、光栄すぎます!何回も何回も何回も、お世話になりました!!」


店長が美女に頭を下げると隣に居た梓馬も

「オレもオレも!!今日の撮影はオレの中で夢の企画やって、ほんま…!レイラさん、めっっちゃ良かったですよ!飲みましょー!」

美女を絶賛した。


美女は「那倉レイラ」というAV女優で、割りかし有名な上に、何度も整形したことも公表し、それによって女性ファンも獲得したインフルエンサーでもあった。


確かに、レイラには冬子やリンネには無い洗練された色気があり、「雲の上の存在」と呼ぶに相応しい。


店内のシートから首をぴょこっと出しながら、こちらを何度もチラ見するキッズ達に大地が気付いた。


「あーー!おまえら!!」と一瞬喉から出かかったが、何となく空気を察した大地はすぐに平静を保ち、で店長の案内に従った。



大地の視線に気付いた2人は、咄嗟に前を向き、シートに隠れるよう深く腰掛けた。


「大地さん、私らに気付いたね。何も言わないでくれてマジありがたい。…そろそろ出よっか」

「ほんと!その前に、ごめんちょっとトイレ行ってくるね」


冬子はよろけながらトイレへ向かう途中、ばったりと梓馬と遭遇した。


「…おまえ、あん時のトー横キッズよな?未成年じゃけん、あかんよな?言わんといてやるし、はよ帰れよ。自分大切に!」


子ども扱いされた事に、酒が回っている冬子は無性に腹が立った。

「どーせ私は子どもですよ!梓馬さんは、綺麗な女の人にデレデレしてるおじさんですよね!

いつか偉くなって、下品なおじさんを罰する法律を作りますから!!」

キッと梓馬を睨みつけると、精一杯の反論をした。


梓馬は驚いた様子で目を見開くと、馬鹿にしたような笑みでこちらを見つめた。

「オレの名前知っててくれたん?サンキュー。。

てかさ、法律作るような偉い人になるんやったら、一刻も早く帰ってはよ勉強せなあかんよなー?」


梓馬の「帰れ」の言葉に、色々と思い詰めていた緊張の糸が切れたのか、冬子はぼろぼろと涙が止まらなくなり、その場で泣き崩れてしまった。


突然泣き崩れた少女の姿に、さすがの梓馬も狼狽える。

「え、えーと、オレ、ゴメンな。何か気に障ること言ったんやな、あーーもう、、ホントにごめんって!」


冬子が泣き崩れる声を聞きつけ、店長が駆けつけた。

「大丈夫ですか?あー、リンネちゃんのお友達っすね。だいぶ飲んでますねー。意識は?」


「あ、何か意識はあるみたいなんすけど、吐いて気持ち悪いみたいで…、あと何か色々不安定らしいです。外の空気吸わせてきます!」


梓馬は咄嗟に冬子の手を引っ張り店を出ると、自販機でレモンティーを購入し、冬子に差し出した。


深夜の冷たい風が、酔った心と身体を少しだけ冷ましてくれる。


「ちょっと冷たいもんでも飲んで落ち着けば?」

涙でメイクが崩れ、ぐちゃぐちゃになった顔を見られたくない冬子は、うつむきながらレモンティーを受け取った。

「レモンティーか…。あんま好きじゃない。。」


文句を言いながら面倒くさそうに蓋をあけ、レモンティーを勢いよく飲む冬子に呆れた梓馬は、この情緒不安定な未成年に平謝りする気が失せた。


「落ち着いた?店戻って、お友達んとこ行ってきなよ。」


「はぃ…」


梓馬が冬子の手を引っ張り、立ち上がった瞬間、冬子の胃の中から先ほど大量に飲んだ安い酒が一気に込み上げてきた。


「うぇ……、、、」


道路に盛大にまき散らす冬子に対し、梓馬は放置するわけにもいかず、一応背中をさすって介抱だけはしてあげた。大人の優しさだ。


一通り酒を吐き尽くし、冬子の容態も落ち着いてきたあたりで、それとなく梓馬が口を開いた。


「言っとくけどな、オレまだ21やけん、おじさんではないから。まぁ、きみと違って堂々と酒は飲める年だけどね」


「ふゆこ。私、ふゆこって言うの。『きみ』とか上から目線、やめてください。」


「……トー横のトーコじゃなかったっけ?」


「みんな何かそう呼ぶようになったけど、トー横だからじゃなくて、季節の冬に子どもの子だからトーコって呼ばれてるの。勝手に勘違いしないでください。」


「てか、梓馬さん、21歳に見えませんよね。30くらいかと思ってました。」

「おまえこそ勝手に勘違いすんなよ!失礼なガキやな。」


梓馬という人は、デリカシーがなく失礼でズケズケと物を言いがちだが、それゆえに何でも話せるような雰囲気の持ち主だった。


梓馬はこの失礼だけど何となく不器用そうな未成年の事が少しだけ心配になり、それとなく現状を伺った。


「…家には帰れないんか?」

「そうだね、なんかもう、親と関わりたくなくてさ。。」


冬子は、母親のこと、勉強のこと、身の回りで辛いと思っていることをぼそぼそと、梓馬に話した。



「冬子…、やっぱおまえは、何かプライド高そうな奴やなと思っとったけん、やっぱいいトコのお嬢様やったのか。しかも、お受験キッズか。俺には無縁の話やな。」


また何か色々と癇に障る事を言われた気がしたが、間髪入れずに梓馬が続けた。


「オレはずっと貧乏育ちでさ、父親も母親も酒ばっか飲んで、全然構ってもらえんと育てられたけん。でも、何か強要されたりとかは特になかったな。オレら正反対やな!」



「さっきは、ゴメンな。冬子も色々事情あるのに家に帰れなんて言って。」


「別にいいですよ。私こそ、下品とか…失礼なこと言ってすみませんでした。」


ついさっきまでいがみ合っていた2人の間に、急に和やかな空気が流れた。


突然、梓馬のスマホがなりだした。

「あ、大地からや。心配しちょるわ。そろそろ行くね。」


梓馬は立ち上がると、思いついたように口を開いた。


「…ちょっとさ、今度オレらデート行かん?そうやな…、ディズニーとか?てか、行こう!」


え、えーーー。

なんでディズニーなんですか?と頭を抱える隙も与えられず、勝手に合意した事にされている。


「冬子、どうせいつもヒマしちょるんやろ!!楽しみにしてて!」



梓馬は冬子と流れるようにラインの交換を行い「また!」と手をふると、さっさと店内に戻って行った。


気がつけば冬子の携帯にもリンネから沢山の着信が来ていた。


初めてのディズニーデートは好きなタイプとは真逆の梓馬が相手になるのか…。

でも、、ディズニーデートなんて…、楽しみ!


既に店を出ていたリンネには心配ない旨を伝え、またトー横で落ち合う事になった。


リンネには何から話そうか、冬子は胸の高鳴りを感じたが、初めて家族以外とディズニーへ行けるからなのだと思っていた。

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