56話(梓馬宅2)
「おじゃましまーす」
玄関をあけるなり、ヨーロッパ騎士の鎧が冬子を出迎えてくれた。
「ぅわ!」
「驚いたやろー!その昔、撮影で使ったやつやけんね、誰しもがコイツには驚かされとる。コイツはこの家の守り神やけん、祈っといて」
梓馬は悪戯な笑みを浮かべた。
鎧のせいで狭くなりすぎた玄関をくぐり抜けると、案外普通の殺風景な部屋が冬子を迎え入れてくれた。
「わー、何か梓馬さんの部屋、玄関の鎧以外ふつう過ぎて意外…。変なオブジェとかいっぱいあるかと思ってたから」
小さなソファーにちょこんと座り、冬子は部屋をキョロキョロと見渡した。
「いや、そういうのは事務所に置いてるけん、ココはただゆっくり眠る為だけの部屋なんよね。」
梓馬は隣に座り、帰り道に買ってきた飲み物と一緒に冬子の参考書をテーブルに広げた。
「さて冬子さん、今日はどの辺が分からんと?」
ソファーが思いの外小さく、梓馬との距離の狭さにに思わず冬子は緊張してしまう。
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「やっぱ梓馬さんは教えるの上手♡よく分かった!これからもお願いします!」
「いやいや、もうこれ以上は無理やけん…。冬子、どんどん賢なーて驚いとるよ。冬子なら進路も色々選べると思うし、これからも頑張りぃよ?」
トー横キッズだった冬子がここまで更生できて、梓馬は感無量といった所だった。こんなふうに思うのは梓馬の親心みたいなものだろうか?
今まで1人の女性と正面から向き合うという経験が無かった梓馬にとって、冬子との付き合いは新鮮だった。
ある日突然、冬子が梓馬の懐にぽんと飛び込んできて、それがすごく愛おしいと思った。
今まで梓馬のしてきた、いわゆる「その場限りの付き合い」とは違い、冬子の事をもっと、もっと知りたいと思った。
それから自然と連絡を取るようになっていて、気付いたら冬子が居ない事が考えられなくなるほど、梓馬も冬子を好きになっていた。
それでも、冬子の未来に自分自身が居るとは、考えられなかった。
冬子の成長が眩しいからか、梓馬がもっと仕事へ舵切りしたいからなのか、理由は分からない。けれども、どこかで冬子を手放さないとなとは、思っていた。
「梓馬さん、、急に黙り込んで、どうしたの?」
梓馬の胸にコロンとなだれ込んだ冬子が、梓馬を見上げた。
「冬子…、大好きだよ。」
梓馬は、冬子の横髪をかき分け、そっとキスをした。
「私も、梓馬さんが大好き。これからもずっと一緒にいようね?」
冬子は梓馬の首にしがみつき、強くキスを返した。