48話(信玄餅を食べに行こう)
店に到着すると、開店前だというのに既に行列が出来ている。
青々とした空の下、まだ午前9時だというのに太陽は容赦なく照りつけ、蝉の鳴き声が延々と耳にこだました。
空気は既に生ぬるくて、車外に出ただけで冬子は身体中熱気に包まれ、汗がにじみ出てきた。
「わぁ凄い、水晶玉みたい!これをずっと食べてみたかったの♡」
智子が嬉しそうに水信玄餅を頬張る姿を、本日カメラマンを担当する大地が撮影する。
最近の智子はカメラ慣れしているようで、上手に食レポ風のコメントなんかもしていた。
「梓馬さん!撮影は大地さんに任せて、私達も食べよう!!」
久々の梓馬との遠出に喜びを隠せない冬子は、梓馬に水信玄餅を差し出した。
「なんやコレ、、めっっちゃ綺麗やん。こんなん、食べれる?綺麗すぎて、勿体なくて食べられんわ。」
梓馬は水信玄餅を愛しそうに眺めた後、一呼吸おいて一気に平らげた。
そんな梓馬を、冬子は愛しそうにうっとり眺める。
はぁ…、梓馬さん、可愛くて見てて飽きないなぁ。
「なんや冬子…、ちょっと気持ち悪いぞ。はよ食べんと、消費期限30分や」
冬子は梓馬に急かされ我に帰り、水信玄餅を口に運ぶ。ひんやりとした食感が喉を通るが、冬子の熱い気持ちは冷めなかった。
「梓馬さん、今日撮影終わったら時間ある?」
「今日はこの後友達と飯かな…」
「そっか…、じゃ、待ってよーかな。場所…どこかな?」
「え?」
「ご飯終わるの待ってるから、その後また会いたいの。」
「……OK分かった!場所は歌舞伎町やけん、ちょっと遅くなるけど大丈夫?」
「うん、何時まででも待ってるから!!」
今日の冬子は、いつも以上に暴走気味だ。
「2人とも、食べれた?水信玄餅、冷たくて美味しかったね!まぁ、、思った以上に水そのものって感じだったけど。梓馬さん、わざわざご同行ありがとうございました。」
「結構いい感じで撮影出来たよ。智子さん、カメラの前で喋るの上手っすね。冬子ちゃん、同行ありがとね」
一通り撮影を終えた智子と大地がこちらに声をかけてきた。
「大地、撮影サンキュー!水信玄餅は冬子みたいに美しかったわ〜。ま、すぐ食べたけど!そろそろ行きますかー?」
母親の手前、梓馬の軽薄な言葉により微かに空気が凍ったが、智子はそんなものお構いなしだ。
「そうですか梓馬さん、これからも末永く冬子をよろしくお願いいたします」
梓馬を見つめにっこりと微笑んだ。
年の功…だろうか。
梓馬も大地もただ笑うことしか出来なかった。
帰りの車内では、今日の感想や次回叶えたい夢などについて撮影した後、久々に早起きした智子はそのまま眠りおちた。
智子の幸せそうな寝顔を見て、冬子も嬉しくなった。
車内では梓馬と大地がずっと仕事の話をしていたので、とても冬子が入り込む余地は無い。
冬子はイヤホンをしながら夏休みの宿題に没頭した。