36話
「ただいま」
玄関を開けると、美味しそうないい香りが冬子の空腹を刺激する。
智子は上機嫌で台所から顔を出した。
「冬子、お帰り〜。今日はね、パパとママの結婚記念日なの!今日はパパ、早く帰って来れるみたいだから、ちょっと頑張っちゃった!
キッチンのカウンターの上には、何やら手の込んだ料理が数多く並べられていた。
カフェでの件以降、仁志は疑われている事を警戒してか、まっすぐ家に帰る頻度が増えていた。
「パパに伝えたら、『史恵』は単なるホステスで、仕事の付き合いで店に通ってるだけだった。何か怪しいけど…」
と母に話したら、
「ほら、やっぱりそうでしょ?もうママ知らないや。パパってほんと上手だよね~」
と、諦めている様子が伝わってきた。
ただ、それ以降父親は家に居ることが多くなり、「家族団欒」の時間も増えたためか、最近は仲良し家族のような空気感が漂っていたのだ。
「ただいま」
「あー!いい匂い〜!何〜?」
仁志と美月が同時に帰宅した。
「わぁ〜!!凄い!ママのご馳走、久しぶり♡手洗ってきまーす!」
「ママ、ただいま。……、ハイ、コレ」
仁志はそう言うと、花束と、小さな紙袋を智子に渡した。
「いつも家族の為に頑張ってくれてありがとう!」
智子が泣きそうな瞳でプレゼントを受け取る。
「パパ、ありがとう…!」
プレゼントは、智子に似合いそうな小さな貝殻のイヤリングだった。
少しチープなのが気になったが、智子は感激して涙を浮かべている。
「オマエ達にも、ハイ。パパいつも忙しくて、なかなか家族サービスできないからな。いつもごめんな。」
そう言うと、娘達にも紙袋を渡した。
「わ!コレ、欲しかったの…!」
美月は『ニコラ』のモデルがインスタで宣伝していたネックレスを受取り、紙袋を抱きしめて喜んでいる。
冬子の紙袋にも、美月と色違いのネックレスが入っていた。
「パパ、嬉しい!私達にまで、ありがとう!!」
「はぁ〜、疲れた。…お?今日は凄いご馳走だなぁ!こんなに料理上手なママと結婚出来て、パパは幸せだなぁ〜!20年目もよろしく!」
冬子は内心、父親の歯の浮くような発言に嫌悪感を感じた。
まだ、心の中では父を疑っていたからだ。
ママの差し出した証拠が何だったのかの、明確な答えも貰っていない。
あの話をしてから、やけに家族に愛想が良いのも気になる。今日のプレゼント、、、何?
こんなの初めて貰ったけど??
「冬子、お皿運ぶの手伝って」
とりあえず、家族の茶番に付き合うとするか…。
冬子は心の中でつぶやき、母親の手伝いに手を貸した。
「20年目もよろしく〜!」
4人でカチンとグラスを鳴らす。
4人皆笑顔で
4人皆楽しく
4人で同じ話題に共感した。
主に冬子と美月の学校の事、健康の事、パパがどんな凄い仕事をしているのかを話した辺りで、上機嫌な美月はスマホを父親に見せつけた。
「そういえば、パパ、知ってる?この人、学校で有名なユーチューバーなんだけど、なんと、お姉ちゃんの彼氏なんだよーー!凄いよねーー!」
「……?か、彼氏?冬子、彼氏なんていたの?ていうか何この人。金髪でだらしなくて、、大丈夫なの?」
仁志はあまりの衝撃に、さっきまでの作り笑いが消えた。
「え……?」
仁志の第一声が失礼すぎたので、思わず冬子は聞き返した。
「だって、ユーチューバーってさ、路上で人様に迷惑かけたり、警察のお世話になってる人達でしょ?
この子、まさしくそんな感じだけど、、今は若いからいいかもしれないけど、大人になったらどうするの?こんな奴社会のはぐれ物…」
仁志は言葉を飲んだあと、冬子の方を見て、さらに呟いた。
「あぁ、、冬子はこんなのと付き合ったから、色々変な事言うようになっちゃったのか。はぁー…今まで一生懸命育ててきたのに。」