12話(家に帰る)
翌日の学校帰り冬子は久々に自宅へ戻り玄関を開くと、想定外な事に、そこには父の靴があった。
平日の夕方父親が家に居る事なんて、まず無い。
冬子はとうとう捜索願いでも出されたのかもと考え、身構えながらリビングの扉を開いた。
「あ、ふゆ、お帰り〜。何か最近友達の家にばっかり行ってるって、ママが心配してたぞ。」
先日の誤爆ラインは知らんぷりだった。
また、冬子の捜索願いが出されたわけでもないようだ。
白々しい父の対応には適当に合わせとく。
「…ママ心配し過ぎなんだよ。てか、ママどこ?」
「体調悪いみたいで、病院行ってるよ…」
!?
(何それ、聞いてない。ていうかまぁ…、話を拒否してたのは私か…)
冬子は自分自身の日頃の言動を思い起こし、途端に後ろめたさが募った。
「…どこが悪いの?」
「まだ分からないけど、胃が痛くて、吐き気が止まらないって。」
心なしか、父も後ろめたさを感じてるように見える。
心当たりはありそうだ。
「…学校ではうまくやれてるのか?」
「うん、たまに休んじゃうけど、日数は足りてる」
「……秋人君(従兄弟)が冬子の学校に入りたいって羨ましがってたぞ。今度電話でもしてあげたら?」
「え、秋人君、もうそんな年になるの?」
︙
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久々の父と娘の再会だったが、お互いに負い目があるためか、表面的な会話だけが繰り返され、双方共に踏み込んだ話はしないよう細心の注意を払う。
重たい空気が流れる中、玄関から話し声が聞こえ、ガチャリと扉が開いた。
母と妹が帰ってきたようだ。
「お、おねぇちゃん!?」
妹の美月が驚いた様子で声をあげた。
「ただいま〜」
冬子は軽く応えた。
美月は久々の姉との再会を喜ぶ気持ちと、母親に心配ばかりかけている事に対する怒りが交わり、プイッと目をそらした。
「あ、冬子…。帰ってたのね。お帰り。」
智子は怯えたような目で冬子を見つめた。
母には一昨日会ったばかりなので「久々」とは言われなかった。
「ママ、体調悪いの?」
「うんちょっと、、胃痛が続いてて、吐いてばかりでね。
検査したら異常なしだって。ストレスかも?お薬だけ貰ってきたよ。パパがアメリカから帰ってきたタイミングで良かった〜」
冬子は、智子の検査結果が「異常なし」だったことにほっと胸を撫で下ろした。
それと同時に、「ストレス」に心当たりのある2人の息が一瞬止まったが、敢えて誰もそこに触れようとはしなかった。
この重苦しい空気の中、時間だけが過ぎていった。
風呂上がりに仁志の書斎を覗くと、ネットゲームに夢中になっており、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。
美月は相変わらず素っ気無いし、智子も動画を流される事を警戒してか、または体調が悪いのかは分からないが、冬子の日頃の言動について触れてくる事はなかった。
両親から厳しく叱責される事を覚悟していた冬子は、彼らは私に対して、全く興味が無いのだと痛感した。
そして、困惑し、落胆した。
私って本当に、この家に居ても居なくても変わらないのかもな…。
トー横に帰りたい。
梓馬さんと手を繋いでお喋りしたい。
リンネの優しさに包まれたい。
梓馬さんの軽快なトークが恋しい。。
明日はトー横いこう…。と心に決めた。
「てな感じで、結局何も話せなかったの。。」
冬子は肩を落としながら、リンネにこぼした。
「お父さん知らんぷりなのヤバいね。誤爆スクショ撮ればよかったのに!
うちの父親は殴ってばっかりで血の気多いからさぁ。。殴られないのは羨ましいかも。」
「でも、全然こっちなんて見てくれないよ。一生ネトゲしてるし…」
「そっか…」
2人で大きなため息をつきながら、チューハイを飲み干す。
結局は、居心地が良い場所に戻っちゃうんだよな。
リンネは「仕事」と言って、最近始めたメイド系のコンカフェへ向かった。
私も何か仕事しようかなぁ…。コンカフェ、、私も雇ってもらえるかな。。
梓馬も最近は撮影や他の仕事が忙しいようで、あまり会えていなかった。
何やってるのか良くわからない、掴めない人だなぁといつも思う。
「会いたい」
ふと、梓馬にラインしてしまった。
あ、急にこんな事言ったら重たいよね?父と同様に「送信取消」をしようとしたら、すかさず
「今どこ?」
と返事が届いた。
「私はいつもトー横。梓馬さん、今何してるの?」
「一週間ホスト企画。本日ラストイベント!来るなよ!」
ぶっと吹き出すと、スーツを着てキメ顔の自撮りが送られてきた。
いつものカジュアルな格好とは違い、スーツ姿の梓馬に、不覚にも格好いいと思ってしまう。
スタイルはいいよなぁ。
久々の梓馬の顔を画面ごしに眺める。
このまま、登録者数も増えて、有名人になって、女の子にもモテて、、梓馬さんは遠くに行っちゃうのかなぁ。。
冬子は涙の溜まってきた瞳を上に向けて乾かすと、鬱々した気持ちを吹っ切るため他の仲間の元へ向かい、酒を飲んで騒ぎ立てる事に精力を注いだ。