森林帯
あのワリアワナイ軍の参謀が、
「今まで立案された作戦の中で、最も完成された、最早、芸術である。」とか、意味の解らん事を言っていた。作戦名、
「破城槌」
またの名を「雄牛」作戦。
またの名?
またの名って何だ?暗号か?
とにかく、そんなで「破城槌」作戦は開始された。
これから小さな集落を攻撃する主力とは別に編成された別動部隊。
ツムヂマガリ軍1個師旗、コストワル軍3個従隊、それと俺達、第1特殊遊撃戦隊。
第1特殊遊撃戦隊は隊長の俺とリィリィの二人だけだが、合わせて結構な大所帯が南方森林帯の深部を目指している。
作戦では森林帯の最深部で方向を変え、ベイダ村の背後に進出することになっている。
通常の軍隊の移動というものは道なりに行われる。迅速に目的地へ戦力を送り込むためだ。
だが、森林内部では道らしい道なんて無い。歩けそうな所を探しながら進むので、列を成してぞろぞろ進むことは出来ない。況してやこんな大所帯だ。
初めは、各々道を切り拓きながら、バラバラと散開して進んでいた。
だが、前に人が通った場所は通ることが出来るので先に進む人間が居るとその後に続く、いつの間にか短くない列が何列も出来上がっていた。
が、列の先頭は相変わらず、切り拓きながら進むので行軍速度はノロノロもいいところだ。
この速度で、これだけの大兵力の全部を移動させ終わるのにどれだけ時間がかかる?
間に合うのか?
あの参謀、ちゃんと計算したんだろうな?参謀の仕事だぞこれ。
砲声が微かに聴こえる。ベイダへの攻撃も始まった様だ。
生い茂る草むらを掻き分け、木々の隙間を抜け、薄暗い森の中を進む。
俺だって訓練はしている。しかし、それでもこれはかなり難があるぞ。
リィリィは栗色の二つの尻尾をゆらゆらとちょっとそこまでハイキングです。なんて軽い足取りで先を進んでいる。俺より重い背囊を背負っているはずなのだが、
流石、戦神姫
だなんて言えば、「むぅ」とリィリィは口を尖らせ小突いてくる。本気なら捥げるだろうから、加減はしてくれているようだ、だが地味に痛い。
もうオッサンなんだ、もう少し労ってくれ
「何言ってるの、まだ20代じゃない」リィリィは呆れ半分で笑って言う。
秒読みだよ、気付けば、『あっ』、ていう間だ
「それでも3、4年先でしょ。なのに、もうおっさんだなんて。やっと、あと半年なのにそれじゃあ困るわ。」
あと、半年....もう、半年なんだな....
しみじみとしていると。
「やだ、おじさんっぽい。」リィリィの眉間に2本の縦線。
どうすれば良いってんだ。
そろそろ最深部だろうか。目印があるわけで無い。漠然とした、感覚的なものだ。そう云や細かく取決めた訳じゃ無かったな。どれ位進めば良いとか、話にも昇らなかった。要注意だぞこれは。なんて考えていたところ。
リィリィが立ち止まる。
一拍後、
「居る。」
リィリィの呟きに銃を構える。
右手側、然程離れていない辺りから、数発の発砲音。
「せってー....」味方の警告が爆発音に搔き消される。
あちこちで、怒号と悲鳴、呻き声。発砲音、爆発音と剣戟音。
戦場の音が、普段は閑静かな森に溢れ反る。
森はいきなり最前線になった。なってしまった。
帝国の哨戒線に引っ掛かった!?
いきなりの攻撃を受け、我軍は絶賛大混乱状態である。
俺も無我夢中になって、飛んでくる弾の方向へ撃ち返す。リィリィは冷静に狙っている様だ。偶に向こうから「うっ」とか、くぐもった声が聴こえる。
何の感情も浮かば無い。慣れたんだな、最早。いや、そんなことを考える余裕が無いんだ。きっと。
誰に言い訳してるんだ?
しかし妙だな?
帝国はなんだってまた、こんな所まで哨戒線を張って来たんだ?
俺達がこんな所に来るなんて、予想してたってのか?
のわりには向こうの様子も違和感がある。組織的じゃ無い。大分慌てているような。
「そんな変?」リィリィ。
俺達が来ることを予想していたのなら、もう少し、何かこう準備とかして、いつでも『来い』なことじゃないのか?
「これから準備するところだったんじゃない?」
まだ弾が飛んで来る。
帝国が準備中に俺達が押し掛けたと。それも何か違う気がする。
リィリィが下手から手を振り抜く。
黒い点が放物線を描いて飛んでいく。
とにかく、何か変だ
向こうで人影が動くのが見えた。引き金を引く。
外れたらしい。
「外れたね」
判ってるって
黒い点が消えた辺りで爆発が起きる。向こうから弾が飛んで来なくなった。
こんなこと考えながら銃を撃っているとは、やはり、慣れたってことか。
「どうするの?」
帝国と遭遇したってことは、あのナンタラって云う作戦は躓いたって云うことだ。
でも、なぁ....
作戦構想の主眼はリィリィと帝国の銀鬼との一騎討ちだ。
実現を目指すなら、
このまま、敵がウヨウヨしてるかも知れない森を2人で突っ切って、ベイダまで行って、さらに銀鬼が出張るまで帝国の攻撃を凌いで、来るかも判らん味方を待ちつつ....
無茶だ無理だ。生きて帰れる気がしない。成功する絵が想い浮かばない。
どうせ、あの参謀のことだ、失敗が先に在るって判っていても、
中断すれば、『続けていれば勝利していた』、『戦意が無い』だの『やる気が無い』だの
続行すれば、したで『判断力に乏しい』だ『蛮勇だった』『引き返す勇気は必要だ』だろう位言いそうな気がする。
どの道、責任は取らないんだよな、アイツ。
あの参謀のドヤ顔が頭に浮かび少しイラつく。
作戦中止を進言しよう
集団監督官はどこだ?
「後ろじゃない?」言葉は疑問形だが、口調は断定だ。
リィリィと2人で集団監督官を捜して周囲を見遣る。
幾つかの人影が走って行くのを見かける。
なんだあれ?
「味方ね」リィリィの答え。
「鬼だ、鬼が出た!」
「銀鬼が出た!」
何処からかする、悲鳴とも似つかぬ叫び声。
どういうことだ、何が起きた!?
「戦神姫は何処だ!」
「兵器女は何をやっている!」
聞こえて来る苛立ち混じりの味方の声。
リィリィにはこのまま計画の続行を伝える。
行くぞ
合図でリィリィと共に駆け出す。
取り敢えず目指すのは、逃げ出した味方が元いたであろう方向。
途中、更に、逃げ出す味方の姿。仲間を支えて歩いている姿も見る。戦場を離脱する様だ。
同じ様に駆け出したのに、今はリィリィの背を追いかけている。
木に身を預けたり、低木の陰に隠す様に、味方の負傷者が増えている。
着いた先では、味方の一群が木々を盾に激しく銃弾を浴びせている。
その向こうから、
「退がれ!退がれ!退がれ!」の怒号と伴に、味方の兵士が慌ただしく飛び出して来る。
その後を追い掛ける様に、太い木が2、3本倒れて来た。周りも慌てて距離を取る。
鎮まる中、倒れた木を渡って、のっそりと男が姿を現す。
固まって身動きが取れない周囲が見守る中、男は振り向き様に短銃を構え、
「くそっ!」の声と共に1発。
「銀鬼めっ!」と同時に2発目を撃った。
合図になったのか味方が銃撃を再開した。
様子を伺えば、
そこには木々が切り倒され、拓けた空間が拡がっていた。
薄暗い森にぽっかりと空いた空間に陽が塊のように降り注ぐ中。
そこにそれは居た。