9・犯人との対決を決意する俺
小太郎、と明美姉さんに呼ばれた狐が俺のなかのジャンガと話をしているのが見える。
ジャンガは何やら小太郎から、俺を見守る手段を教わっているらしい。細い手足をゆったりくんで、悪い目つきで笑っている。
小太郎は俺の後ろに目をやると、とんぼ返りを一つ打って消えた。
途端に気持ちが軽くなり、明美姉さんの熱い唇と舌の感触が意識にのぼって来て顔が赤くなる。
ゆっくりと明美姉さんは顔を離した。
「もう大丈夫みたいね」
そして立ち上がるとこう言った。
「犯人とたたかって」
「え?」
「おい、場所がわかった。倒産した工場らしい。管理者も捕まらないくらい、放置されてるところだ」
俺と明美さんは刑事と一緒にパトカーで現場へ向かう。
サイレンを鳴らし、猛スピードで走るパトカーの中で、俺はさっきの明美姉さんの言葉を考える。
「くそ、もう時間がねえ。あと30分持てばいいが。着くのにそれくらいかかりやがる」
そう、辿りついても映像で見た倉庫の扉が開かなければ、被害者を助けることはできない。
あの頑丈な扉。破壊しようと思ってもきっと相当時間がかかる。
俺がやるしかない。
明美姉さんが言っていたのはそういう意味だったんだ。俺にいろいろな魂を入れたのも、小太郎とジャンガに話をさせたのも。
最後に小太郎が見ていたのはきっと、俺の影に隠れる『犯人』のすがた。
この短期間で、明美姉さんは俺がイタコ、依代として相手の魂を制御し、その力に負けぬような修行をしていた。
俺が人を助けたいと望んだから。
俺がやるしかない。
俺は隣に座る明美姉さんの手を握った。驚いて明美姉さんがこちらを見る。俺はこれから戦うことを目で告げた。
明美姉さんはうなづき返し、俺の手を強く握って来た。
こんなに心強い師匠はいない。きっと、俺が負けても彼女がなんとかしてくれる。
俺は目を瞑り心を集中する。
ここは俺の中だ。犯人にだけこちらをコントロールする力があるはずはない。犯人が俺の顔、声、自分の記憶の見せ方を操れるなら、俺も相手の心に踏み込み、見せたくない映像でも見させることができるはずだ。
こい、こい、こい、こい!
サイレンの音がワタを耳に詰めたように脆い、薄っぺらい響きに変わる。
閉じたまぶたの上を通り過ぎる対向車のライトの明滅が、のっぺりとした紙芝居のように実体をうしなう。
握り締めた明美姉さんの手の感触だけが、暗く落ちゆく意識のなかで最後まで蜘蛛の糸のように現実と俺をつなぎとめていたが、やがてそれもプッツリと途切れた。
自分なのか、犯人なのか、どちらの中かもわからぬねとつく闇の空間で、俺は犯人と対峙していた。