8・発見、でも疲れた憑かれた
「本気かよ」
東京中の警察官が、警視庁命令で駆り出された。
彼らは夜のコンビニやスーパーにいって、そこにあるだけの虫取り網を買い、切り餅をレンジで温めさせる。そしてもちを網にくっつけると、それをおのおの手に持って走り出した。
店員も道ゆく人も、異常な警官たちの姿を唖然として見送っている。
彼らは交差点や歩道、見通しのわるい裏道や街道脇でそれを空中に向けてぶんぶん振っている。まるでそこに目に見えない昆虫でもいるように。
ロータリーには虫網を持った警官を乗せたパトカーが続々と集まってくる。
「これでいいのか」
刑事が明美姉さんに疲れたようにいう。この短時間でこの意味のわからない命令を通すとは、この人もなかなかただものじゃない。
「いいわ」
明美姉さんがやって来た警官から虫網を差し出され、そのうちの一本を手にとって、そしてそれを俺に向けた。
「いい、いくわよ。集中して。この魂が見ていたら、必ずわかるはず」
そう、明美姉さんの考えは、最近東京であった交通事故の被害者の魂をここに集めてくることだった。そして俺にそれを入れることで、もし魂があのトラックを見ていたらわかる、という仮説に基づいたものだ。
被害にあって亡くなった方を利用するようで本当に申し訳ない思いだが、これも被害者を救うためだ。
東京の交通事故死者数は年間150人。それだけでは全然目撃者としてたりないので、猫や野生動物の被害も数に入れている。
つまり俺はこれから猫の記憶も見ることにもなるのだ。
一人目の方の魂が入る。
魂を入れるのが2回目のせいか、割合簡単に意識とつなぐことができた。俺は彼にお礼をいい、別れを告げる。
「ダメでした」
「よし。つぎ!」
30回以上の試みの末、一匹の野良猫がそのトラックを見ていたのを俺は発見した。
この子もこの後事故で亡くなってしまうのか。
なんとか終わったが、俺はとんでもなく疲れ果てていた。
人は五人だったけれど、それでもその度にあまりに大きい無念にうちのめされて、自分が生きていることが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「見つかりました、今の、今のとり餅の猫」
刑事がすぐにその周辺所轄に連絡をだし、手に入れられるだけの監視カメラを集めるよう指令を出している。
俺はしゃがみ込み、頭をおさえる。
罪悪感と後悔とやるせなさ。生きていることを羨む思いが、彼らが出て行った今でもつよく残っている。それに俺の中にはまだ、犯人がいる。気分が悪くてどうにかなりそうだった。
「ちょっといい」
明美姉さんが俺の隣に座る。
「私のなかの、小太郎の力を分けたいの。そうじゃないと君、今にも魂が引っ張られていきそうよ」
ちょっとごめんね、と言って明美姉さんは急に俺に顔を寄せると、口を俺の口に合わせて来た。
「な」
声にならない声で驚きを告げる。
これはキスではない。一種の呪いか?
何か、よくわからない力を持ったものが、俺のなかに散歩にでもくるかのように入り込んでくる。そうして俺の中に残った死者たちの残滓を集め、彼らと語り合い、踊り、暖かい気持ちに包んでゆく。
ねっとりと重くまとわりついていた彼らは、いつの間にかフワフワとかるくすきとおるように透明になり、やがて軽やかな笑いを残して消えた。