4・緊急事態でぶっ飛ばす
「すぐに行く」
いつもの救急現場周りの途中。無線を受けた明美姉さんがバイクを路肩に寄せてしばらく聞いていたが、いつになく真剣な顔でそう言った。
「緊急要件、ちょっと飛ばすから」
バイクに跨り直した明美姉さんの後ろに慌てて座り、しっかりとしがみつく。何しろこの人がこう言ったときは、なるべく体を小さくしていないと危ない。
滅多に使わないサイレンをつけてブガッティはいきなりフルスロットルでぶっ飛んだ。
あまりにスピードが早く緊急車両に対応する暇のない車の間を縫うようにして、明美姉さんはバイクを飛ばす。目の前の信号をわたる歩行者と自動車を、彼らがよける動作もできないうちに減速するどころか加速してすり抜ける。
見ていたらこっちの心臓が止まりかねないので今は目をつむるのが吉だ。
高くてぶっといエンジン音を体で感じなから、俺は必死にしがみついていた。
「おお。ご苦労さん」
現場は駅のロータリーだった。警察によって封鎖され野次馬に囲まれた現場にバイクで近づきやや距離を置いて止める。
バイクを降りてメットを脱ぎ、長い髪を後ろに束ねる明美姉さんに、ヨレヨレのスーツを来た男が話かける。
以前一度消防署であったことのある刑事だ。明美姉さんがこの仕事をするきっかけになった人らしい。
「現場はどこ?」
男が顎をしゃくる。ドラマでみるような青いビニールシートに囲まれた一角があった。
中に案内されると白いシーツをかぶせられた盛り上がりがある。
俺はなれていないので遠慮したが、明美姉さんはその下をのぞき首を振って男にいう。
「無理よ。頭が潰れてるじゃない。救急医も無理と言ったんでしょ?私だって肉体が生きていればなんとかできる可能性があるだけで、死んだ人間を生き返らせたりできない」
そういって立ち去ろうとする明美姉さんの腕を刑事が掴んだ。
「そんなこたわかってる。こいつは駅ビルに逃げてそこの8階から飛び降りた。見なくてもわかる、即死だ。そんなこと聞くために呼んだんじゃねえ」
「痛いわ。離してよ」
「こいつはなんでここに来たかってえと、身代金受け取りのためだ。お前も知ってるだろ?連続誘拐犯」
「え!?」
思わず俺が驚いていた。
「じゃあ、この人が犯人なんですか!?あのミスター・アイス!」
明美姉さんと刑事がうるさそうに俺を見た。しまった、さすがに馬鹿みたいな反応をしてしまった。
「そうさ、今まで三人の女の子を誘拐して、親に切り刻んだ体を冷凍で送りつけた異常者だ。誘拐のたびにタイムリミットをつけて、女の子が凍るまでの様子を動画送りつけてくるサディスト。最初2回は受け取りに現れず、次は親が金を用意できなかった。四人目の今回は警察も万全の態勢で出迎えたんだが、このざまよ」
悔しそうにつぶやく刑事。
「尻拭いがしたいってわけ?どっちみち無理なの。死人は口を聞けないわ」
「ほんのちょっとでいいんだよ。あいつに、被害者の居場所だけきければそれだけでいいんだ。リミットはあと三時間。温度次第じゃあと二時間もないだろう。早くみつけないと殺しちまう!」
「だから!」
「いや、お前はできると思っているはずだ。一度俺に言ってたろ?器さえあればって。それが見つかったんじゃねえのか?ここに連れて来てるってことはよ!」
明美姉さんの表情が揺らぐ。そしてちらりと俺を見た。
え?え?一体なに!?