3・魂とお餅とスイカ割り
「ほら、もう少し左!違うって!私からみて左!もっと上!」
住宅街の事故現場で、遠巻きに見守る見物人に囲まれながら、俺は棒を振り回している。先にお餅のついたとり餅棒だ。
「魂ってのはね、米に弱いの」
「はあ、コメって、あのお米ですか」
「そう。仏様や神棚に、ご飯の御膳やお酒を備えるでしょ?それはお米でできたものだったら、彼らが食べることができるからなの。古来から白米は聖なる力を持っていて、特に日本人の魂とは切っても切れない関係にあるの。わかるでしょ?」
そこまではいいのだが、どうして餅で魂がくっつけられるのかよくわからない。
ドラえもんに影をとり餅で捕まえる話があったが、そんな理屈?いや無理がある。
ともかく明美姉さんにしか見えない魂を、俺は必死に追いかける。
なんだろうと不審がる見物人は気にしない。いや、本当はめちゃくちゃ恥ずかしいけど、これも人助けだ。
自転車と歩行者の事故で、自転車に乗っていた中学生は泣きじゃくっていた。それはそうだ。人を殺してしまったのだから。
歩行者はもう高齢のお婆さんでつまづいて転んだだけだったが、きっと頭の方が死んだ、と思ってしまったんだろう、フラフラと魂が抜けてしまったらしい。
それでもまだ死にたてで、しかも生命力も残っている魂というのは意外に重く、しばらくはその場を漂うものなのだ。
無線で事情を聞いた明美姉さんはいつものように自慢のブガッティに乗って俺を後ろに跨がらせ、一目散に現場に駆けつけた。
裏救急は基本的にこのバイクで駆けつける。
事故現場にはすでに救急が来ているから、何かあれば彼らに指示を出し、なければ別の現場へと梯子するのだ。魂に異常がないときは、3時間でも4時間でもこうして東京中の現場を回り続ける。
その間俺はずっと明美姉さんの後ろにしがみついている。実に変な仕事である。
「よし!そこ!もう一歩右!いいよ!今!」
とまるでスイカ割りの掛け声でもかけられるようにしながら、俺はなんとか魂を捕まえた。
そうしてとり餅の先を、見えないけれど体に押し込めるようにして持ってゆく。
明美姉さんがとり餅の先をちぎって、指先でお腹の辺りへぐいぐいと押し付ける。
「けはっけほっ」
お婆さんが息を吹き返した。見物人も救急隊員も、何より事故を起こした中学生があっと驚いた後に喜びの声を上げた。
よかった。今日も一人助けることができた。
帰り際、俺はいつも不思議に思っていることを明美姉さんにきいた。
「どうしてとり餅で、切れそうな魂も押し込めないんですか?そうすれば簡単なのに」
「ちっちっち」
と古臭い仕草をして明美姉さんがいう。
「とり餅は使わないですむなら使わないほうがいいの。魂にお米が直接触れるってことは、あの世に一歩近づくことなのよ。それに一度ついたお米は取れないから体と魂が前みたいに完全に結合することもない。だから、とり餅を使うのは最終手段」
そうだったのか。と感心していると彼女が言った。
「それにお餅って嫌いなのよ、私。ベタベタして」
と、さっき指についたとり餅をうえーといいながら落としている。
あれ、もしかしたらただ苦手なだけ?
今の話が本当かどうか急に疑わしくなってきたけれど、それを俺に確かめる術はない。