これも従者の務めッ!?
(な、何故だッ……何故だ何故だ何故だ何故だ何故だッ……!? どうしてこうなったんだッ……!? これも従者の務めなのかッッ……!!?)
浴場へと繋がる扉の前で、タオル以外に身体を隠すものはない進七郎は生唾を飲み込む。それも何度も何度も。
無理もない話であった。何せ今から進七郎が臨むのは自らの主人である円佳との、まさかの混浴なのだから。
円佳が言うには「今日は記念すべきことが盛り沢山なのですから」らしいが、それがどうして混浴に繋がるのかは未だに理解も納得も出来ていない進七郎なのだった。
「進七郎さん、一体いつまで怖気づいているのですわ? あなたは主人を待たせるようなダメダメ従者でいらして?」
「め、滅相もございません! お嬢様、そのような事があろうはずがございません! 俺はお嬢様の意に添い期待に応えるあなた様に相応しい従者ですッ!!」
「でしょう? ならば一刻も早く入って来るのですわ」
(……覚悟を……決めろ俺ッッッ……!!)
何度目になるのかという生唾を飲み込み、扉に手をかける進七郎。
最早中に入れば、自分と円佳の二人きり。どちらもタオルがあるとは言えそれがなければ生まれたままの姿である。この屋敷に来た時に不可抗力で見てしまった円佳の無垢で美しき身体を、再び目にすることになる。
ドクンドクンと鼓動がかつてないほど速くなる。頭にも既に血が上りそうで気を抜けば意識を失いそうなほど顔に熱がこもっていた。
(俺は従者……主人であるお嬢様のご期待に応えることこそが……使命ッッッ!!)
深呼吸を行い、なるべく気持ちを落ち着かせる進七郎。そして──
「失礼致しますッお嬢様ッ!! 武蔵進七郎ッッ、ただいま参りましたッッッ!!」
勢い良く扉を開けると、大浴場全体に響くほどの声を進七郎は叫んでいた。
まるで武士が名乗り上げるような叫びを発した進七郎。しかし、目に飛び込んできた円佳の姿に叫んだ時の口のまま固まってしまっていた。
「ふふっ、全くうるさいですわよ進七郎さん」
湯船に浸かりながら優しく微笑みを見せてくれた円佳。
そんな彼女は、純白のスクール水着を着込んでいた。タオル一枚だけに包まれた肌色多すぎ刺激強すぎな姿を覚悟していた進七郎だったが、それは杞憂に終わった。
(いやッ、いやいやいやッ! だとしても刺激が強すぎるッッ……! 呼吸も忘れて見入ってしまったッ……!)
とは言え絶世の美少女である円佳のスク水姿は女性経験皆無の進七郎にはタオル一枚とさほど変わらなかった。出そうになった鼻血を気合で堪え、進七郎は何とか浴室への一歩を踏み出す。
「何をそんなおっかなびっくりに歩いてますの。滑るのが怖いのですの?」
「い、いえ……。正直に申し上げますと、ド緊張してましてッ……!」
「あら、進七郎さんは女性にあまり慣れていらっしゃらないのですわね。ふふっ、わたくしをこうも待たせてしまっていることは許して差し上げますわ」
「お、お心遣い痛み入りますッ……!」
ギギギと壊れかけのロボットのようにぎこちなく歩き続け、ようやく円佳の遣っている浴槽に辿り着いた進七郎。映画に出てくるような彫像のライオンの口からは源泉垂れ流しのお湯が出ており、そもそも浴室自体も旅館の大浴場すらも優に上回る程の広さ。
義経院家が規格外の財力を有していることを改めて自覚しつつ、歩いていた時と変わらないギギギとした動きで湯船に入る進七郎。
(入ッ……た! 円佳様と同じお湯に……!)
進七郎は身体が瞬時に熱くなった。確実にお湯に浸かったからという理由だけではない熱に、猛烈に汗をかき始めてしまう。
しかしこれ以上円佳を待たせるのは流石に申し訳なさ過ぎたので、片足から入ると少しして、進七郎は急いで肩までお湯に浸からせた。流石に良い源泉を引いて来てるからか、お湯の浸かり心地事態は極楽のものだった。
「かなり時間がかかってしまったですわね。まぁ、それはさておき今は存分にくつろいでくださいまし」
「は、はい……)
(平常心……平常心……平常心……平常心ッ……!)
なるべく円佳の方を見ないようにしながら、進七郎は精神を鎮めようと努めた。
円佳の方をもしも直視などしようものなら気合で堪えている鼻血が溢れ出し、綺麗なエメラルドグリーンの温泉がたちまちに血の池地獄に変貌してしまうに違いなかったからだ。
(せっかく円佳様が準備してくださった粋な計らいを、俺の未熟な精神力のせいで台無しになど出来るはずがないッ……絶対に心を乱すな俺ッ……円佳様のお心遣いに応えるんだッ……! ご主人様に誘われたら混浴をする、これもたぶんきっと従者の務めなんだッ……!)
進七郎は稽古の時間を思い出し、集中力を高めて精神が波立たないようにしていた。集中は徐々に高まっていき、お湯の熱さを感じなくなり温泉が注がれる音も聞こえなくなるほどのレベルに達する──が。
「……逞しいですわね」
(えっ──)
後ろで艶やかな溜息と共に、円佳の色っぽい声が聞こえて来る。それにより、良い感じで仕上がって来ていた集中力はいとも簡単に吹き飛んでしまっていた。
「男の人の背中……こうして近くで見たのは生まれて初めてですが……こんなにも筋肉が張ってて、なんて固そうで逞しそうで……はぁ……♡」
(円佳様ッ……それッ……はッ……!)
甘い吐息が漏れるのと共に、なんと円佳は背中に自らの手で触り始めていた。
円佳の柔らかな手の触感、耳に染み入る甘美な声、それらは既に限界ギリギリを迎えていた進七郎の精神にとってはオーバーキルと呼ぶに相応しいもので。
「──円佳様ッッッ……‼」
「ひゃっ!?」
その後、進七郎はかつてなく”やってしまった”と思わざるを得なかった。
円佳の強烈すぎる行動に理性が崩壊し、鼻血を噴き出してしまう。それならば……まだマシだった。
「進七郎……さん……」
しかしここで進七郎がやってしまったのは──円佳の両手を掴み、彼女を押し倒すという蛮行の中の蛮行だった。