む? 俺は何かやってしまったのか?
「さて、武藏進七郎君……だったか。まずは入学おめでとう」
「はい。ありがとうございます」
進七郎は表情にこそ出さないが、怪訝に思っていた。
何故自分は入学式当日の放課後に誰もいない体育館に呼び出され──大勢の男子生徒に囲まれているのかと。
「僕はMBK学園運動部総代の橘清千代だ。新しく入学してきた仲間として君を歓迎する」
「光栄です。ところで、”総代”というのは?」
「通常、各部活にはリーダーである部長がいるのは当然のことだな。総代はそのリーダー達をさらに取りまとめる、リーダーのリーダーだ。僕は運動部の総代、つまり全ての運動部のリーダーな訳だ」
「なるほど、理解致しました。では後ろのバラエティに富んだ服装の皆さんは……」
「各運動部の部長達だ。野球部、サッカー部、テニス部、バドミントン部、バスケットボール部、バレーボール部、ハンドボール部、ラグビー部、アメフト部、ホッケー部、ラクロス部、ゴルフ部、弓道部、アーチェリー部、射撃部、柔道部、空手部、ボクシング部、レスリング部、相撲部、陸上部、ウェイトリフティング部、新体操部、フェンシング部、ダンス部、そしてカバディ部……全部ではないが26もの部活の部長達がここにいる」
「ふむふむ、それで俺がここに呼び出された理由というのは何なのでしょうか?」
「それは当然っお前が義経院様と親しそうにしているからだっっっ‼」
橘が突如怒声を張り上げると、その場に集った部長達は全員殺気とも呼べる敵意を向けて睨みつけて来ていた。
「入学初日っ! 男子生徒ならば誰しもが高嶺の花にしてこの学園のアイドルである義経院様とお近づきになりたいと思っているっ! しかし彼女は神聖にして不可侵の女神……誰もが彼女と話す機会を伺いながらも節度を弁えて遠目からそのお姿を拝むだけに留めていた……だがお前は何なんだ武藏進七郎っ⁉ 彼女と話すのみならず制服の埃まで取って頂けるなんて……なんという羨まし、いや身の程知らずな不逞の輩っ‼ 決して許されざる存在だお前はっ‼」
涙を流して熱弁するほど怒りに震えている橘達。その様は尋常ならざるものであった。
(む? 俺は何かをやってしまったのか?)
しかし、当の進七郎本人は何がいけなかったのかを分かっていなかった。
さらにそれだけに留まらず、進七郎は……禁句を口にしてしまう。
「そもそも仲良くなりたいのでしたら遠目から見るなんてことは止めて、話しかけたりすればよろしいのではないでしょうか?
そ れ が 出 来 れ ば 苦 労 は し ね ェ ‼
橘を初めとして、誰もが同時にそう思った時。
期せずして開戦の火蓋が落とされていたのだった。
「死に晒せェェえええええええっっっ武藏進七郎ォォォオオオオオオっっっ‼」
怒り狂った橘の叫びと共に、各部長達が動き出す。
私立MBK学園の運動部は毎年全国大会に出場する強豪中の強豪。さらにこの学園は実力至上主義であり部活を束ねる部長は”その部において最も強い者”とされている。
つまり今回進七郎をシメる為に集ったのは、この学園でも選りすぐりの強者達だ。1人でもその戦闘能力は抜きん出ている。まさしくオーバーキルな状況なのだった。
(むぅ、困ったな。先輩からお話があるからと申し上げてお嬢様をお待たせしてしまっているし……)
しかし、橘達は知らなかった。
今この場にいるのは……あの義経院円佳の従者。
心身を尽くし、万難を排して主人である彼女を守り抜くことを使命とする者。
「仕方ない──1分で終わらせます」
そんな進七郎が──常識を度外視した戦闘能力を有していることを。
「むがっ!」「ほげっ!」「ぼぎゅ!」「びひゃ!」
まず進七郎は一番槍となり距離を詰めてきたラグビー部、柔道部、新体操部、フェンシング部の4人に対し、目にも止まらぬ速さの手刀を的確に顎に打ち込んだ。顎を掠めるようにして打ち込まれた打撃は脳震盪を起こし、4人の意識を遥か彼方へと誘った。
すれ違い様に4人が倒れるのを見送ると、進七郎は一瞬で状況を把握。野球部、バレーボール部、射撃部、テニス部、弓道部、による遠距離掃射が為されようとしていたのを見逃さなかった。
「死ねェい!」
最初に攻撃を放ってきたのはテニス部。男子テニスのサーブは瞬間的に時速200kmにも及ぶ。
だが、顔面目掛けて飛んできたそれを難なく進七郎はキャッチすると、一回転をして遠心力を乗せてそれを投げ返した。
「ありょっ!?」
「ぶぎょっ!」
「へあっ!」
「びほぅ!」
「んほぉ~!」
まずテニス部にボールが当たると次に野球部へ。野球部が打ち方を誤り打球は隣の射撃部に……という具合に連鎖的にあちらの攻撃によって自滅していく形を生んでいた。
「ぐっ、怯むなっ‼ 一斉に畳みかけろォ‼」
怯んだものの、橘の号令によって残りの全部活は一斉攻撃を仕掛けてきた。
しかしそれを見ても圧倒されることなく、進七郎は冷静に状況を見極めていた。
「どすこぉぉぉぉぉいっ‼」
突撃してきたのは2m26cm260kgという規格外の巨漢である相撲部部長。一般人からすればまるでトラックのような迫力のぶちかましが進七郎に襲い掛かり、強烈な衝撃音が体育館に響き渡った。
「……っっっ!?」
しかしその時、相撲部部長の脳裏に浮かんだのはある感触とイメージ。
全力のぶちかましを嘲笑うかのように受け止める、まるで自分の何十倍もある巨岩にぶち当たったかのような手応えだった。
「すみません、お借りします」
「どすっ……こいっ!?」
しかし、更なる衝撃が待ち受けていた。
進七郎は受け止めただけでなく、廻しを掴むと260kgもの重量を軽々と持ち上げて。相撲部部長をぶん回し始めたのである。
「ぎょあああああああっ‼」
「うばぁああぁああぁっ‼」
「こ、こんなの滅茶苦茶でゃーーーっ‼」
まさしく人力台風と化した進七郎のジャイアントスイングには最早為すすべなし。残った部活の部長達は紙切れのように吹っ飛ばされKО、残るは橘1人になった。
しかしその橘も既に戦意喪失し呆然と突っ立っていて。敵意がなくなったと見ると目を回した相撲部部長をそっとその場に置いて進七郎は出口へと向かった。
「お、お前は……一体……何なんだ……?」
出て行く刹那、愕然とした様子の橘の質問にピタっと立ち止まる進七郎。
ほんの少しだけ答えを考えた後、表情を一切崩さずに答えた。
「俺は武藏進七郎、円佳様の……”同級生”です」
答えたその時は、ちょうど進七郎が戦闘を始めてから1分が経過した時であった。
影のМVPは相撲部部長の大石君です。