私立MBK学園
私立MBK学園──都内某所にあり、小中高一貫の名門マンモス学校。
生徒数は6200名に及び、それに見合うだけの充実した教育や設備、和洋折衷の多彩な個性を持つ校舎に広大な敷地面積を誇っている。名門大学や各大企業とのパイプも強く、入学することが出来れば将来の勝ち組を約束されるとも言われている。
そんな場所であれば、必然的に全国から文武両道の才能溢れる生徒達が集う。学内はまさに群雄割拠の戦国時代、誰もが学校の頂点に立たんとしていた。
「おぉ、あの御方は……!」
しかし、その争いにも終止符が打たれようとしていた。ある一人の生徒の入学によって。
巨大な校門をくぐり抜け、校舎まで続く道を行く生徒達。その全員の目を容易に釘付けにするほどの圧倒的美貌を持つ美少女。
小学生の頃から既にその美貌は高等部にも知れ渡るほどで。同時に全国模試でも常に一桁台の順位をキープし、スポーツにおいてもどの部活からも熱烈勧誘を受けてしまう凄まじい運動神経と身体能力。
まさに完全無欠の完璧超人とも言うべき彼女に対し、それまでまばらに道を歩いていた生徒達は一斉に道を空けると。
「「「「「──おはようございます! 義経院円佳様ッ!!」」」」」
同時に彼女の名を讃えるように叫び、男女を問わず頭を下げていた。
これぞMBK学園名物の1つ”義経院ロード”である。ちなみに円佳はこれまで無遅刻無欠席の皆勤賞なので、毎日見ることが出来るものでもあった。
「えぇ皆様ご機嫌よう」
生徒達が作った花道を、円佳は当然といった具合に進んで行く。
その姿はまさしく威風堂々、とても高校一年生の女子とは思えないほどである。
(ふむ、凄まじいな。義経院グループは日本どころか世界有数の大企業、さらにはこの学園にも多大なる出資をしていることもあるが、それ以上にお嬢様ご自身の気品や威厳が為せる業か……)
そして、円佳のちょうど三歩後ろを歩いてついて来ている進七郎はその光景に感嘆していた。これほどいとも容易く人々に頭を下げさせる彼女なのだから、家ではあんな振る舞いをしているのも納得だと。
しかし、この時進七郎は気づいていなかったのである。
”義経院ロード”を作る生徒の中に加わらず、三歩後ろとは言え遠慮なく彼女の後ろをついていくという行動。それ自体が他の生徒からすれば厚顔無恥にして失礼極まり蛮行だと見なされ、親の仇でも見るような恨めしい視線をぶつけられていることを。
「お嬢さ──」
「あら失礼致しますわこんな所に埃がついてますわ」
「ッ……!」
話しかけようとした所を食い気味に早口で遮られ、さらに急接近した彼女に度肝を抜かれる進七郎。
しかしそれには理由があることなど露知らず、少し背伸びをして耳元に近寄った円佳に進七郎は疑問符を浮かべたまま固まっていた。
「進七郎さん、あなた馬鹿ですの?」
「えっ、ど、どういうことでしょうか?」
「家で話した”契約内容”の話、覚えていますわね?」
「……あっ」
「気づいたようですわね。そうですわ、ここでは……外の世界では、わたくしとあなたが主従関係にあるということはバレてはいけないんですわよ」
(そ、そうだった……。つまり、俺は家にいる時以外にお嬢様のことをお嬢様と呼んではならない……という訳だ)
己の迂闊さを悔いる進七郎。
如何に天下の義経院グループとは言え、借金の担保に男子高校生を人身売買したというのはあまりにもスキャンダル過ぎる。それがバレる可能性は0.000000001%でも排さなければならない。
「で、では俺はお嬢様のことを何とお呼びすれば……?」
「他の方々と同じように義経院様でも円佳様でもどちらでも構いませんわ。まぁわたくしの希望としては円佳様の方が好みですわ」
「かしこまりました。では、円佳様と呼ばせて頂きます」
「結構……はい、取れましたわよ。あなたもこの学園の生徒ならば、身だしなみには十二分に配慮なさることですわ」
埃を取るフリをしての秘密の会議は終わり、円佳は皆が知る”義経院円佳”としての笑顔を見せると再び歩き始めていた。
家では円佳の従者として、学校ではただの同級生として。
どちらも両立させなくてはならない大変さを身に染みて感じつつも、進七郎は改めてこれから始まる学校生活に気合を入れたのだった。
「ふむ……彼女が義経院円佳……か」
「ザッツライトっす生徒会長。で、彼女はどーすんすか?」
「ふん、そんなの答えはただ一つに決まっている。王の伴侶に相応しいのは絶世の美貌を持つ見目麗しき女、それだけだ! さぁ働きたまえ、我が奴隷よ!」
「へいへーいりょっすりょっすー」
しかし、まだ進七郎は知らなかった。
”義経院円佳”という1人の少女に向けられし、無数の悪意と。
それが、身近にあることを。