登校前にひと悶着!?
ちなみにMBK学園は 源弁慶学園の略称です。
「失礼致します、お嬢様」
念入りにノックをした後、「どうぞですわ」という円佳の返事を聞いてから進七郎は襖を開ける。
円佳の姿を見るや否や、次に掛けるべき言葉を忘れて進七郎は魅入っていた。
白の長髪に白の学生服、存在の全てが白一色のまさに純白と呼ぶべき風貌の円佳。その姿は彼女のことを知らない人が見れば女神と見紛うほどの神々しさと美しさを纏っていた。
女性経験が皆無な進七郎、見入るのも無理もなかった。それはそうとして己の使命を全うするべく忘れかけていた言葉を進七郎は伝えた。
「そろそろ、登校時間でございます」
「当然分かっていますわ。あなたの準備も整っていまして?」
「もちろんでございます」
「結構、ではこちらに来なさい」
「はい」
(これから登校なのにわざわざ部屋に上げる……? お嬢様は何をお考えなんだ?)
少し不思議に思うもそれを口にも顔にも出さず、言葉通り進七郎は彼女の部屋に上がる。もちろん、何かを試されているかもしれないので最大限の注意を払いつつ。
「そんなに気を張り詰めなくとも大丈夫ですわ。あなたの着こなしを見るだけですわよ」
「そうでいらっしゃいましたか。お嬢様に直々に見て頂けて光栄です」
「ふふっ。この2日間で随分とわたくしの”扱い方”を心得ましたわね。その調子で励むことですわよ。では、動かないでくださいまし」
「はい」
彼女の命令通り、そこからは石像のように固まって進七郎は不動を貫く。
ただ、自分でも身なりのチェックはした。円佳と同じ高校、”私立MBK学園”の男子生徒用制服のチェックを。純白の女子生徒用制服とは真反対とも言える純黒の制服を。
(いやしかし、お嬢様はMBK学園に小学生の頃から通われている大ベテランだ。ここの制服のことに関しても当然俺よりも詳しいはず。であればお嬢様に確認して頂く方がより確実か)
主人である円佳に手を焼かせることを申し訳なく思いつつも、義経院家の従者として相応しい身なりを保つ為に彼女の温情に甘えることにした進七郎。
だが、程なくしてあることに気がつく。
(……少し近すぎないか?)
制服のシワや埃などがついていないかどうかを確認するにしても、円佳の距離が近すぎる。何せ、彼女の綺麗な顔を堪能するだけでなくその息遣いまでもが聞こえるほどだ。
とは言えそのことに不満がある訳ではない進七郎は指摘することもなく、ただ黙ってただ不動のまま彼女のチェックが終わるのを待ち続けていた……が。
「はぁ……はぁ……」
(お嬢様ッ……!?)
ここでのっぴきならない事態が二つ発生する。
まず一つ目は、円佳が進七郎の身体に触りだしたことだった。
腕回りや足回り、さらには胸や腹の辺り、挙句の果てには際どい所まで。しかもその触り方も、単にシワのチェックをするといった具合ではなく、妙に艶めかしさを覚えるようなものであった。
「はぁ……はぁ……はぁっ……」
そして二つ目は、身体を触りだしたのとほぼ同時に円佳の息が荒くなったことだった。
触り方も呼吸も時間の経過に比例するかのように艶めかしさを増していき、流石の進七郎も不動を貫けずに動かざるを得なかった。
「お嬢様! 一体どうなさったんですかお嬢様!」
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
「お嬢様! お身体の具合でも悪いのですかお嬢様っ!」
「は──へあっ!? な、何をしてますの急に肩を抱いて!?」
「いえお言葉ですがそれはこちらの台詞にございます! 俺がきちんと制服を着こなせているのかをご確認頂けるのは恐悦至極なのですが、お嬢様がそんなに顔を真っ赤にされて息苦しくされては気にならない方が無理だというものです!」
「なっ……わ、わわわたくしそんなことになってましたのっ?」
「はい! それはもう確実に、この記憶に刻み込んでおります!」
「わっ、わわわわっ忘れなさい今すぐにっ! そして、いつまでわたくしの肩を抱いてますのこの無礼者っ! はれんちすけべえっち!」
「ハッ! も、申し訳ございません!」
言われた通り手を離し、謝罪の土下座をする進七郎。
しかし記憶から消し去る前に、先ほどの円佳の”異変”を今一度振り返る。間違いなく顔が紅潮し息遣いも荒くなり、自分の身体をまさぐってきた彼女のことを。
(……こう思うのは誠に失礼極まりないのだが……エロかったな……)
進七郎も健全な男子高校生、ましてや円佳は絶世の美貌の持ち主である。そんな彼女の艶やかな姿を目にしてしまえば、忘れることなど雷に打たれて記憶喪失にならない限りは不可能だった。
「いつまで土下座をしてますの!? 早く登校しますわよっ!」
「は、はいッ! 申し訳ございませんただいま参りますッ!」
結果、全力を尽くしても妖艶な円佳のことは一向に忘れられず。
主人の命令に背いてしまった背徳に罪悪感を覚えながらも、進七郎は気持ちを切り替えて円佳と共に登校を始めたのだった。
「ちょっと、わたくしの隣ではなく三歩下がった所からついて来なさい」
「……えっ?」
まだまだ苦労がありそうな進七郎。学校生活ではどんな困難が待っていることだろうか──。