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父親に売られてしまった!


「すまん我が息子の進七郎しんしちろうよ! 突然だが借金返済の為にお前を売ってしまった!」


 4月1日、朝6時ちょうど。自宅の隣にある道場にて。

 いつものように朝稽古に励もうと中に入った進七郎を待っていたのは、実の父親である進六郎しんろくろうからの衝撃的な言葉だった。


「親父殿! それは一体どういうことでしょうか⁉ 詳細をきぼんぬです!」


「ああ! お父さんが経営している道場”武藏むさしボーン流格闘術道場”の経営がヤバいのは知っているな⁉」


「はい! 平安時代末期に源義経に仕えたかの有名な僧兵である武蔵坊弁慶が考案したとされる伝説の格闘術ながらもその胡散臭すぎるネーミング故に一切入門志願者が来ず何とか家宝とかを売り捌きまくって現在までやりくりしていた程の圧倒的クソ赤字だったと記憶しています!」


「その通りだ息子よ! 早口で噛まずに言い切ったのは凄いがそれ以上に”圧倒的クソ赤字”なんて言われようにお父さん凄い傷ついたぞ! でだ、今回はもう売る家宝とかがなくなっちゃったから遂に息子であるお前を売らざるを得なくなったという訳だ!」


「なるほどです! 父親と呼ぶにはあまりにも無責任な便所のネズミのクソにも劣る下劣な選択だと思います!」


「すっ、すまんっっっ……‼」


 進七郎の指摘はもっともで、今回ばかりは言葉の選び方に傷ついている場合ではなく素直に土下座する進六郎。このまま進七郎に踵落としで脳天をカチ割られる覚悟すらも決めていた……が。


「ですが分かりました! 親の尻拭いをするのは子の務め! 俺は喜んで売られましょう!」


「⁉」


 進六郎の予想の範疇を盛大に超えて、進七郎は非常に肝が据わっていた。

 これまでの感謝を込めた土下座を行った進七郎。バァン! という衝撃音と共に額を打ち付けた箇所は叩き割られていた。

 借金返済の当てに売られたことにも動じない鋼のメンタル、出血など皆無で逆に床の方が砕け散る程の鋼の石頭、進七郎の常軌を逸した心身に進六郎はただ目を見開いて驚愕するしかなかった。


「なっ、なんというっ……親孝行な息子だ! ここまで手塩に掛けて育てて来て本当に良かった! よく頑張ってきたなぁ俺……!」


「泣くのは結構ですが、とりあえず俺を買った人の住所を教えてください圧倒的クソ親父!」


「あぁ! もちろんだとも! お前の気が変わらない内に教えよう! このメモの住所へ向かってくれ! 今日からそこでお前は従者としてこき使われる予定だ! というか予定というより絶対に(マスト)だ! 頼んだぞ進七郎! 俺の為にも身を粉にして働いてくれっ!」


「もちろんです! あと最後に申し上げます! なんで変な所でカッコつけて英語使ったんですか圧倒的にダサいです! では失礼致します! 今までお世話になりました! どうかご達者で!」


 再び土下座をして頭を打ち付けた進七郎は道場の床をさらに粉砕してから出て行ったのだった。


 進六郎の「ちょっ、ちょ待てーい息子ーっ‼ 今ので床の修理代もかさむんだけどーーーっ!?」という言葉を背に受けつつ、進七郎は新たな人生の一歩を踏み出したのだった……。









「……ここが俺の新しい家か」


 徒歩と電車を乗り継いで目的地に辿り着いた進七郎。

 呆然とする進七郎の目の前に広がるのは都心のド真ん中に位置するには不釣り合いなほどの大豪邸だった。皇居以外にもこんなに立派な建物が都内にあったのかと舌を巻きつつ、少し自分の常識不足に進七郎はショックを受けていた。


「やはり男は心技体、文武両道こそがモットー。まだまだ精進しなければ!」


 ショックを受けるも気持ちを切り替え、進七郎は更なる向上心を胸に門へと歩み寄る。

 堅牢そうな木製の巨大扉の前には黒服を着込んだ男が両端に立っていた。”如何にも”なその雰囲気や装いの男達に、進七郎は臆することなく話しかける。


「突然のご無礼、どうかご容赦願いたい」


「何だお前は?」


「本日よりクソ親父の借金苦のせいで此方こちらの家に仕えることになりました、従者の武藏むさし進七郎と申します!」


 道行く人が聞けば、ここが法治国家日本なのかと思えるような言葉を吐く進七郎。しかし彼は至って真面目だった。

 黒服の男達、黒服ーズも首を傾げて「頭おかしいのかこいつ」という顔をする……かと思いきや。


「何っ……!?」


「武藏……進七郎……だと!?」


 黒服ーズは明らかに狼狽し、血色が変わる程の動揺ぶりを見せると。


「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました!」


「どうぞ中にお入りくださいませ進七郎殿!」


 頭を深々と下げた後に、まるで大事な客人を迎える時のように黒服ーズは接していた。

 進七郎は「ありがとうございます!」と勢い良く返事をすると、何の疑いも持たずに黒服ーズの後についていく。


(おぉ、これは凄いな……!)


 門の内側は、予想通りの造りであり予想以上に素晴らしいものだった。

 まさにTHE日本庭園と言うべき景色に進七郎は圧倒されていた。精緻に構成された枯山水、静かに水が注ぎこまれる鹿威ししおどし、立派な松の木や枝垂桜、世界遺産として登録されてもおかしくないと進七郎は驚嘆する。


(って、俺は何を客気分になってるんだ。ここでは従者として働くんだ。こういう所の整備もやらなきゃいけないはず。今の内にどこに何があるのかを覚えておかなければ)


 うっかり客人気分となった自分を自戒しつつ、進七郎はすぐに豪邸の構造を頭にインプットしていく。頭脳明晰でもある進七郎は一目見ただけでしっかりと記憶に叩き込んでいたのだった。

 

「お待たせ致しました進七郎殿!」


「此方が我らが主人、義経ぎきょういん円佳まるか様のお部屋でございます!」


 黒服ーズによって通された部屋は、大きなふすまによって閉じられた部屋。襖にはこれまた水墨画のような白黒のみで構成された見事な松の絵が描かれており、これまた広範な知識を持つ進七郎は”まるで狩野かのう松栄しょうえい狩野かのう永徳えいとく親子によって描かれた大徳寺だいとくじ方丈ほうじょう襖絵ふすまえのようだ”と圧倒されていたのだった。

 やや遅れて「ありがとうございます!」と進七郎は返事をすると、黒服ーズは一礼してその場を後にした。どうやらここからは”主人”と1対1での謁見になるらしいと進七郎は気持ちを引き締める。


(世界でも類を見ない圧倒的クソ親父の為にも、俺はここでヘマは出来ない……。ご主人様の機嫌をなるべく損ねないようにしなければ)


 扉の前で決意をしっかりと固めながら、まるで稽古に臨む時のように目つきを鋭くする進七郎。

 そして勢い良く襖を開けると、日本で最も誠意を示す姿勢である土下座をかましながら叫んだ。


「失礼致します! 本日よりご主人様にお仕えすることになりました武藏むさし進七郎しんしちろうと申しま──」

  

 流石に名前を名乗る時はおもてを上げねば、そう思って顔を見せた進七郎。

 しかしここで進七郎は己が致命的なミスをしてしまったことを思い知る。


「……えっ?」


 何せ、今しがた自分が挨拶を申し上げていたご主人様が……


 

 ──”女の子”で


 ──着替え中だったのだから。

 


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