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【短編集】

冒険と男

作者: 朝日あつ




 礎の亡国。

 そこには数々の財宝が眠るという。


 その存在は、山脈に守られた広大な大地にある。


 正確な国名はおろか、いつの時代に興されたのかすら記録に無い。

 ただ、我々の暦が作られるより以前に、栄華と繁栄を極めた強国があったことを数々の廃墟が示した。


 長き時を経て成長した木々や植物に埋もれず、今なお、かつての繁栄を思わせる。


 峰から見下ろした景色。

 大自然より浮かび上がる線は石造りの水道橋だ。古く清らかなる源泉があり、在りし日には湧水を大地の各所に届けた。

 かしこで見かける建物跡は、肥沃な大地の元で人々が一時の安寧を得た証であり、そしてそこに息づいていた文化の華は、遺物という形で度々持ち帰られる品が教えてくれた。


 立ち入った旅人の言葉に頼らずとも、形を失わずにいた数々の証拠がある。


 数々の宝飾、技巧を尽くした絵巻物や石板。

 不壊とされた鉱石とそれを加工して作られた出土品により、今をもって解明しきれぬ技術があるのは明白である。


 誰もが大望を抱き、彼の地を目指した。

 勇ましき剣闘士、叡智を求めた魔術師、あるいは国を追われた罪人まで。

 だが、彼らの征く先には過酷な道程がある。


 彼の地は既に人の手を離れ、長らく魔物どもが跋扈する地域なのだ。


 とある国の王が国策に悩んだ末に開拓を迫った。

 おお、素晴らしきは深謀なる王か、一年二年と順調に国土を書き足し、手付かずの大地はその恵みにより数多の豊作をもたらす。


 さらに数年の後、村が二十も越えようかというその時、突如として溢れかえった魔物に、開拓民は退去を余儀なくされた。


 当然、村にも防衛の備えはあった。魔物退治の専門を雇い、当時の最新鋭の防衛設備を贅沢にも取り入れた姿は要塞に等しかったはずだ。


 魔物の勢いに全てをなぎ倒され、もって、注ぎ込んだ資金と人手、開拓した土地を失い、糾弾された王は失意の内に世を去った。

 周辺国まで手出しを諦め、誰もが忌み場所として忘れ去ろうとした。



 そんな時に、ある旅人が奇妙な光景を目にしてきたと語った。


 廃墟となった都市にて、形を保った屋敷を見つけた。


 外面では分からぬその屋敷。使用人の一人も見えぬまでも、管理が続けられていたような有様だったという。

 貴き血族もかくやという並べられた装飾の数々。たどり着くまでの荒廃した景色との違いに最初は幻とも疑ったが魔除けの類は効果を示さない。


 警戒しつつ建物を見回ると、最奥の間にて奇妙な女と出会った。


 豊満な肢体とそれを包む精巧なる衣装。

 着飾る何物にも見劣りしない、類まれな美貌を持つ麗しき女。


 言葉ひとつからも隠し切れぬ魅惑をもって、願いを告げてきたという。



『勇敢なる者よ。この地に眠る六つの試練を破りし時、この身と心を其方に捧げよう』



 吟遊詩人が歌い、酒場の力自慢たちが沸く。

 広まった噂に、国の王子まで騎士団を従え、彼の地に向かった。


 多くの夢追い人は還らない。

 それでも、数少ない帰還者が、国宝にも見紛う財宝を持ち帰る。


 そして語る。



 古に滅びたその国には、危険を冒してでも得るべき何かが眠っていると。








 女だ。


 女がいた。



 応接間と思わしき場の最奥、壇により飾られた寝座にて身を横たえていた。


 黒染めの衣装。濡れ羽の長い揺れ髪。

 対して、混ざり気のない雪白の肌。


 筒型の枕に片脇を預け、部屋に侵入した自分を見つめる。その首元や腕、素足のどこにも、遠目からでは家事労働の痕跡が探せない。

 女性特有の体付きを寝座に浅く沈めただけの姿でいる。


 夜着とも見て違わぬ服装も、通常、来訪者に見せる姿ではない。

 貴き身の上であろうと、その姿で貧窟に赴けば、一時を待たず凡愚の凌辱を浴びることとなる。恵まれ過ぎた肢体の艶は、もはや外套の類では隠し切れないだろう。


「ようこそ、旅のお方。」

「許可を得ず立ち入ったこと、まず謝りたい。」

「お気になさらず。私も声かけ一つ送らずにいましたので。……こんな辺鄙に起居しておきながら、怪しみを向けられない等とは思いません」


 呼吸のわずかな動きに衣服を揺らす。

 あからさまな仕草は無くとも、その魅惑は十分に足る。


 屋敷の女主人は、高座にありながら見下すわけでもなく視線を合わせる。

 それでも最低限の礼儀として、こちらは膝を屈めた。


「むしろ、久方ぶりの客人に心躍らせたくらいです。」


 女主人は絶えない温和な表情に笑みを足した。


 この屋敷は、あまりに奇妙なのだ。

 ここへたどり着くまでの道程との違いに、最初は困惑した。


 室内のあまりの整いように絨毯への一歩も踏み出せなかった。かと言って、鉄の靴底で床板を踏みぬくのも屋敷の用途にそぐわない行為である。踏む物と分かっていながら、玄関の入りぎわで汚れた靴を拭きなおした。


 服装でも違いは判る。

 女主人は安住でもしているのような薄着姿だが、こちらは甲冑姿である。屋敷の中において自分は一方的に場違いになっているが、当人が告げたように異常は女主人の方にある。


 屋敷に入ってすぐ。当たり前にある生活臭を嗅いだ。

 香や料理、わずかに溜まる埃や薪木の脂の臭い。長年放置されたわけではなく、数日前まで確かな日常が存在したことを疑わない。それでも、見当たらない住人に警戒を強めた。

 聞きかじる幻惑との違いに、途中に探った絨毯の編み目や木製の手すりの確かな感触に。あるいは、個人の認識まで利用する幻だとするなら、すでに取返しの付かない状況にあるだろう。


 まさか本当にいようとは。


 今さら人外などとは問うまい。噂を知り得た経緯を考えても、人並の寿命を超えていることは確定している。これほどの美貌を持つ者なら人外でも構わないのだろう。

 魔に親しい者らが美貌を持つ悪魔との契約に命を賭したように、自分も同じ境遇に落ちたらしい。


 酒と金と女。

 語り継がれた噂に、どれかが欠けては成り立たない。語り部が偽りに文言を付け足したものだとしても、人々の中で変わらぬ羨望がある事実は疑わない。

 流民の一人である自分が足を止めたのも、皆が知りつつも確かな真相を誰も語らなかったためだ。そこに未開の探索が付いてくるとなれば身の抗いようも無かった。


「こんな人目の付かない地に住まえば、不届き者も訪れるのではないか?」

「ええ。そういった紳士でない方には、お引き取りをお願いしております。」

「そうか。」

「旅のお方は、どうして、この地へ参られたのですか?」

「財宝漁りだ。宝と強敵。古き説話のような名誉は叶わずとも、英雄遊びに身をやつしていたい。……この地には、古より強大な魔が棲みつくという。図らずも耳にした噂を頼りに踏み込んだわけだ。この屋敷を訪れるまでにも、道中では緊張が続くような場面はいくらか経験した。」

「お強いのですね。」

「そう思ってもらえるなら、苦労した甲斐があるというものだ。」


 単に機嫌を取りたいだけなら、ここで戦語りでも欲しがって見せる。


 同時に知る。やはり眼前の女は屋敷の外を理解している。

 肥沃な大地と表されるのもあくまで外側の話だ。この屋敷も位置する人が大勢暮らしたであろう都市部は、今なお建物の残骸に囲まれ、足元は砂か瓦礫かという有様だった。


 もちろん廃墟の集まりなど、各地に住まう支配者級生物の気分次第で存続を許されているだけ。一帯に魔物除けの魔術が使われていようと本来ならば安心できるものではない。

 女主人は異常だ。だからこそ、この屋敷の崩壊はありえない。同時に自分も客人として扱われる間は安全が保証されることに等しい。


「この地はかつて、現代と比べても劣らない文明が拓けておりました。高度な治金設備があり、建築技術に至るまで知識は幅広く生活に活かされ、そこで住まう人々は富みを感じていた。……残骸と成り果てた今、滅びた痕跡から当時を探るしかない状態にある。遺物を集め、古文書を読み解く。荒廃してもなお多く建物は残され、情景を描いた壁画も数々見受けられた」


 弁舌は続く。


「技術の継承もなく人が絶えたのは、どうしてなのか。これほど領土を持った国が、まるで大地を断絶されていたとでもいうように沈黙を保って消えた。いかにして遺失してしまったのか。……こういった事柄に興味はおありでしょうか?」

「知への探求も少しばかりは心得ています。無遠慮に持ち出す身でも、拾った実物は手にして眺める。その間には単に売り払う以上の楽しみを感じています。」


 これは人間相手に限らない。

 鑑識眼を鍛える。藪の枝組み、地面の堀り跡や幹の傷ひとつにも野生獣の習性が隠れている。知識という以上に自分が生き残るための行動だ。

 墓荒らしと定住民から揶揄されようと、技術の研鑽はある。


「この地の硬貨は素晴らしいものでしょう? 刻印といい、埋め込まれた宝石の一つまで、本当に見事なものです。管理する国の信頼だけでなく、通貨それ自体の価値も信仰されていた。」


 女主人は、まるで通貨を手にしたように小さく握った手を見つめていた。

 言葉を紡ぐのをやめると、その口の笑みを静かに深める。


「さらなる強者へ上り詰めたいと、そう思ったことはありませんか?」

「つわもの、か。」


 話題を切り替えた。

 こちらの興味に寄せていた分、今度は自身の話を進めるのだろう。


「わたくし、知っておりますの。この地には古く、六つの強大な封印がある。おかげで錠を下ろしたように頑なに人を拒み、未だ立ち入れない領域が存在する。今なお未解明が保たれているのは、そのせい。この国には誰も辿り着けていない深部がある。」


 封印か。

 ずいぶんと詳しい。


 この地の調査には、長らく周辺国も関わっている。

 資源の回収ついでに魔術士だって調査に派遣されたはずだ。


 自分も隠れて侵入した身であるが、この地の侵入に対する警備は雑である。魔境といえど領有を主張して守護を配置すれば、それなりに人除けになる。実際はというと辺境村に危険喚起の看板を置く程度で、噂話の方が人払いの効果があるくらいだ。


 魔術の痕跡が認められるなら他国に先だって解除を急ぐ。その際、他業者は徹底的に排除される。在野の者に対しても調査団を組ませたりと、資金を講じて本格的な介入を行うだろう。

 隠された物が無価値というなら別だが、秘された場所となれば碑文一つでも足りる。国がひとつ滅びたような秘密なら、解消されるだけでも現国の基盤を支えうるに違いない。


 女主人が、そこらの魔術士より術理に長けているのは疑わない。

 とはいえ、こうして意思を持っており知識への探求心がある。外への関心もあるならこの場に長らく留まるのも不自然だ。

 むしろ、この地に縛られている。既に寿命という概念を取り払っているなら、年月が過ぎても一つの探求に全身を注ぎ込める。目の前の異常者も行きずりの探求者でないとも限らない。


 だからこそ、不気味なのだ。


 話すほどに噂への期待が増した。

 噂が真実なら、会話のどこかで例の文言が聞ける。別に美女美姫の噂など探さずとも数多に聞こえるものだが、実際に会って話してしまえば高揚しないはずがない。

 たとえ老婆や醜い姿だろうと冒険の一味になる。それでも眼前の女が言い放つなら別格だろう。


「行って破ってくるだけとはいえ、事はそう単純に成し遂げられるものではありません。……各地にある封印には必ず守護者がいる。自らの意思で守りについた者、そこに住まう者として地の恩恵を受けるために守る者。理由は様々ですが、封印を破ろうとする者に対して、彼らは必ず立ちはだかるでしょう。」

「そして殺されたか……」

「ええ、これまでにも数多くの者が挑み、道半ばで死んでいきました。」


 そのような事実は知らない。


 強大な魔物がいれば避けて探索する。

 この地に住まう危険生物についても、ある程度の知識は民草にも広まっている。逃げた末に生還した報告者がいる以上、封印に関する何かしらの情報を得ているはずだ。


「自身で行うつもりは無いのか?」

「私だろうと容易に勝ち得る相手ではないためです。そして死ねば再起はない」


 封印の存在を確信したなら国にでも届け出ればいい。大規模な討伐隊をもって踏破してくれるだろう。

 いまどき魔獣討伐なんてものは集団が一手に握る。強大であればなおさら、綿密な準備、潤沢な資金をもって大禍を破らなければならない。

 個人の冒険など、斥候に置き換えられて久しい。


 強者へ挑むのではなく、国防や開拓のために避けられない敵を倒す。

 手に余る魔境こそあれ、未知に挑むような時代は既に去った。


「ならば、どうして、より弱者を誘う?」

「死地へ向かわせるのに十分な対価を渡せないからです。幾千の金貨を積めば、人は死んでくれますか? せめて、果たされた際に相手が持ちうる以上の価値を提示しなければならない。私自身を秤に差し出すことで初めて成り立つものだからです。」


 幾千の金貨というのは言葉の綾だが、それはそれで破綻している。

 まるで一枚の金貨があれば、何千何万の銀貨を請求できるようではないか。ただ死人を増やすための条文。果たされることのない責務を与えて、蓄えた死を利用するような真似もできる。

 同意のもと、という一点が含まれても、そんな条件を出しては国の下でいられないのも当然だ。元より契約が対等である場合は少ないものだが。


 とはいえ、約束が真に果たされるならば恵まれた雇用条件でもある。

 娼婦を一晩借り受けるために日々命を張る者もいる。死んだらそれきりというのは同じでも、こちらは達成した後に多大な報酬が待っている。


「彼らは強大にして絶大、しかして同時に、倒しえたその時には力の一端を知ることが叶う。人智の一線を超えた存在、英雄に並ぶ者へと身を昇華できる。」


 なるほど試練というのも納得できる。

 乗り越えた末に確かな実感が得られるなら試練に違いない。


 過酷な地にて自らを高める。

 そして制覇の暁には至極の女が手に入るのだ。

 今の時代の個人には得難い環境だろう。


 契約の成就が目的なら、選び抜いて困るのは当人だけ。

 その条件も既に知った。契約を守るという一点には厳しく選別される。条文を汚そうとした場合には、やはり殺されるのだろう。


「まともな者の懐に収まればいいな。」

「性格など構いません。試練を超えたその者を愛すると決めただけ。もちろん貴方が成し遂げても、同じ。」


 扱いは同じだが、同類と言われないだけ個人が尊重されている。


「どうなさいます?」

「ここまで話してもらって立ち去るのも申し訳ない。その試練、受けさせてもらおう。」

「では、こちらの元まで近づいてくださる?」

「泥汚れを気になさらければよいのだが……」


 言葉未満の笑いが返ってきた。話が順調に進んで、相手も多少は焦りが解けたのだろう。


 段差に足をかけて、女主人の至近で止まる。

 靴も見当たらないのに、寝座の上には金色の酒杯が転がっていた。


「本来、こういった術の交換には同義術という方法が使われたのだけれど、月日がかかる上に、輸血上の相性も必要になる。」


 酒杯は拾われる。


〈聖杯よ。その名に指す呼び水たれ〉


 対の手に預けられた後には、女の言葉を受け、その内に水面が湧き出でる。女は空いた手の指を歯で傷つけると、染み出す血を酒杯の内に数滴落とした。


「ただ、誘因となる異変を起こすだけなら、たった一滴の血を飲むだけで足りる。」


 どうぞと、酒杯が手渡される。

 その際に、酒杯の持ち手に付いた血に触れた。


 浅い水に落とされた血液は、混ざり切らずに付近を澱ませていた。


「ところで、女主人?」

「はい。」

「お互い、名前を交わさずにいたな。」


 これまで証拠は示されていない。

 本人の言と知ってきた情報と違わないだけ、この場の会話にしても、互いに信を置くような話はしていない。


 人間の生き血をすする化け物が、獲物を逃さないために演技を続けているものだとしても騙されてしまう。目の前の一杯が睡眠薬というなら、相手はどれだけの手間をかけても飲ませたいものだろう。


「……願いが果たされる、その時まで秘密にしておきます。」

「そうか。」


 飲み干した直後から眩暈がした。

 姿勢すら保てず、さなかに酒杯を手落とす。


「言い逃していましたね。」


 息まで届きそうな間近の声を聞く。


勇敢なる者よ。

この地に眠る六つの試練を破りし時、

私の身と心は其方に捧げられます。




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