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 時間は経って夜。

 二日目の舞踏会が始まり、楽団が壁際で演奏を開始した。

 ターラーとクラバスは入り口から見て右手に並んでいるテーブルのひとつを占領している。もちろん、周りの令嬢たちからの熱い視線は見てみぬ振りだ。女性から男性を踊りに誘うことは出来ない上に、令嬢たちは皆、互いが互いを牽制しあっているので誰も二人に声を掛けられない。

「そういや、城下町のほうはどうだった?」

 クラバスが尋ねる。ターラーが城に帰ってきたのが舞踏会開始の直前だったので、まだ昼のことについて聴けていなかったのだ。

 ちなみに、ターラーはそれほど長い時間サンドリヨンと話していたわけではない。ただ単に道に迷ったのだ。城には高い塔がそびえているのだからそれを目印に帰ってくればいいだけなのだが、それでも迷うのがターラーと言う男だ。やはり一緒に行ったほうが良かったかなと少し反省しているクラバスだったが、別にクラバスはターラーの保護者でも無いので責任を感じる必要は全く無い。

 ターラーは自分が方向音痴だという自覚は無いらしく、クラバスも今回は指摘しないことにした。

 クラバスの思案を全く知らないターラーは、テーブルの上にあるワイングラスを手に取りながら答えた。

「昨日アスクモアさんと踊っていた女性と会えましたよ」

「サンドリヨンって言う子か?」

「おや、君も知ってたんですか。彼女の名前」

 意外そうにターラーは軽く目を見開いた。

「昼にアスから聞いたんだよ。んで? 何を聞いてきたんだ?」

「いろいろ聞きましたよ。お姉さんが二人いるとか、お父さんが再婚されたとか、母親の知り合いとかいう親切な人が良くしてくれるだとか……」

「家柄はどうだったんだ?」

 クラバスもテーブルのワイングラスを手に取る。

「どう、と言われても政治的利用価値は無いでしょうね。昔はそこそこの家柄だったようですが今では没落寸前。後妻の浪費癖も拍車をかけているみたいです。上の二人のお姉さんも器量が良いとは言えないようですし、親族たちとも縁は切れているみたいですよ」

「ふうん」

 クラバスは相槌を打つと、ワインを口に含んだ。少し酸味の利いた液体が舌を刺激し、喉を通り過ぎ胃を満たす。

「そっちはどうでしたか? アスクモアさんと会ったんでしょう?」

 ターラーは、クラバスがアスクモアと出会っていたことを前提に尋ねた。

 クラバスはターラーに対して、アスクモアに会う予定があるとも、会ったともまだ言っていない。が、クラバスと旧知の仲であるターラーからすれば、クラバスの行動は想像に容易いものだった。

 あくまでも教皇の指示で来ている二人の今回の任務は、王子の結婚相手を見定めることだ。ターラーが「城下に行く」と言ったのは最有力候補のサンドリヨンに会って話を聴くため。ならばクラバスは城に残ってアスクモアに話を聞く。そういうことだ。

「やっぱり、サンドリヨンって子が狙いだってよ。まあ、あの様子じゃ落とすのに時間が掛かりそうだけどな。いざとなったら無理やりくっつけちゃうか」

「そうですね。ただ、少しだけ気になることがあるんですが」

「なんだ?」

 内密の話らしく、ターラーは素早く周りを見渡た。と、近づいてくる気配に気がついたターラーは、話すことを諦めて代わりに小さく息をついた。

「こんばんは、お二人様」

「エシィさんか」

 二人に声を掛けたのはエスタームだ。胸が大きく開いた深い紅色のドレスを着て、周りの女性たちの視線をものともせずに立っている。

「舞踏会、楽しんでいらっしゃるかしら? と言ってもお二人とも他国の方ですから気が張るでしょうけど」

 エスタームの心遣いに、クラバスは笑ってワイングラスを揺らした。

「十分楽しませてもらってるよ。ここのワインは美味いからな」

「それは良かった」

「そういや、エシィさんは医者だったよな」

「ええ」

「もし良かったら、薬草とか見せてもらえないか? この国にしか生えていないものがあるかもしれないし」

 クラバスの言葉を聞いて不思議そうな顔をしているエスタームに、ターラーが解説を加えた。

「クラバスは薬草マニアなんですよ。暇さえあればいつも葉っぱと一緒で」

「マニアとか言うなよ。オレの薬草のおかげでお前の傷だって治るんだろう」

「それには違いありませんけど、そんなに葉っぱが好きなら葉っぱと結婚したらどうですか?」

「オレはちゃんと女にも興味あるって」

「おや、女好きでしたか」

「……その言い方止めろ」

 二人の言い合いには邪気が無い。ただ単にじゃれ合って遊んでいるだけのようだが、力関係は常にターラーが上だ。

 まだまだ続きそうな二人のやり取りに、エスタームはくすりと笑ってから口を開いた。

「構いませんわよ。どうせお二人を招待しようと思っていたところですし。明日のお昼にでもどうでしょう?」

 エスタームの提案に、クラバスの目が輝く。

「本当か!」

「ええ」

「あ、申し訳ないんですが僕は用事があるので無理です」

 クラバスがターラーを驚いた表情で見つめた。信じられないとでも言いたげだ。

「来ればいいのに……」

「そうですか、残念ですわね」

「すいません。また明日の舞踏会で」

 お会いしましょう、とターラーは続けてさらに思い出したように「そう言えば」と切り出した。

「主役のアスクモア君は何処に?」

「殿下なら向こうに」

 エスタームが示した方向に、確かにアスクモアは居た。傍には恰幅のいい男性と若い娘が。きっと何某の大臣がアスクモアに自分の娘を売り込んでいるのだろう。遠目で見てもアスクモアは困惑気味だ。

「お、もう一人の主役も来たようだぜ」

 クラバスの言葉に出入り口を見ると、そこにはサンドリヨンが立っていた。所在無さげに辺りを見回すと、ターラーに気づいたらしく嬉しそうに近づいてくる。やはり蜂蜜色の髪は結い上げられているが、ドレスは昨晩のものと違い銀糸の刺繍がされている。もちろん靴にも銀の装飾だ。

「こんばんは……ターナーさん、でしたよね。お昼はどうも」

 周りの視線に気づいているのかいないのか、サンドリヨンはターナーたちの元までやってくると、ドレスの裾を摘まみかわいらしくお辞儀をした。

「こちらこそ、こんばんは」

 ターナーの返答を聞いて続いてサンドリヨンは、エスタームに向き直りもう一度お辞儀をした。

「伯母様も、いつも良くして下さってありがとうございます」

「構わないのよ」

 当たり前のように話す二人を見て、クラバスは尋ねずにはいられなかった。

「エシィさんの姪なのか?」

「ええ、姉の娘よ。言ってなかったかしら」

「言ってませんでしたね」

 エスタームの言葉に答えたのはターラーだ。

「伯母様は、いつも私のことを気にかけてくださるんです」

「姉が生きているころには全然構って上げられなかったから、せめてもの償いよ」

 会話が一度途切れたところで、サンドリヨンが口を開いた。

「ところで、失礼ですがそちらの方は?」

 サンドリヨンが言っているのはクラバスのことだ。

「そういや、直接会うのは初めてだったな。オレはクラバスだ。よろしく」

「サディ、と申します。こちらこそよろしくお願いします」

 にこりと微笑みを交わしたところでクラバスは、違和感を覚えた。

「あれ? お嬢ちゃんはサンドリヨンって名前じゃなかったっけ?」

「ええ。でも長いですのでサディとお呼び下さい。ところでクラバスさんは……?」

 どう呼んだらいいのかと言外に尋ねるサンドリヨンに、ターナーが答えた。

「クラバスも僕と同じく隣の国からやってきたものですから、愛称は無いんです」

「呼び捨てで構わないよ」

「では、お言葉に甘えて」

 不意にエスタームが広間の中心を示した。

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