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与えられた部屋のベッドの上で、ターラーは上半身だけ起き上がった状態で固まっていた。太陽は既に昇っている。朝に弱いターラーは、自分が見慣れぬ風景の中にいることに困惑しているのだった。緩慢な動きで辺りを見回しはするが、頭はまったく働いていない。
「起きたか」
ターラーが扉に目を向けると、そこにはクラバスが立っていた。クラバスは部屋の中央に置いてある机の上に、持っていた籠を置くと、水差しからグラスに水を注ぎ始めた。
「とりあえず、おはよう」
「おはようございます」
反射的に返したターラーに、クラバスは水の入ったグラスを差し出す。ターラーはなされるがままにグラスを受け取った。水を一口飲んだことを確認してから、クラバスが尋ねる。
「今は?」
「朝、ですね」
習慣になっているのだろう。クラバスとのやり取りにターラーは目が覚めたようで、しっかりとした動きでグラスを机の上に戻し、衣装棚に向かった。
「薬草を取ってきたんですか?」
ターラーの質問は、クラバスが先ほど机の上に置いた籠に向けてである。中には摘まれたばかりの何種類もの薬草が入っている。
クラバスは、ああ。とうなずきながら、薬草を並べ始めた。
「やっぱり、環境が違うと育つもんも違うんだな。めずらしいのがたくさんあったぞ」
喜々と語るクラバスは、さらに荷物の中から手帳とペンを取り出し、薬草の特徴などを記入し始める。
着替え終わったターラーが、暇を持て余して部屋の調度品を物色していると、ふいに扉がノックされた。
「ターラー様、クラバス様。お食事の用意が出来ました」
比較的近かったターラーが扉を開けると、そこには台車で料理を運んできた使用人が立っていた。
ターラーが招き入れると、使用人は慇懃な態度で準備を進める。
薬草を並べているのとは違う机を、まずは濡らしたふきんで拭いて、蓋を取った皿を並べていく。食器とグラスも作法どおりの配置において、最後に摘んで鳴らせるように取っ手のついたベルを、音を立てずに机に置いた。
「食事が済みましたらお呼び下さい」
「どーも」
クラバスが手を振ってお礼を言うと、使用人は無言で一礼して台車を押して去っていった。
「じゃあ、食べましょうか」
ターラーとクラバスは向かい合って座り、食前の祈りも何も無いまま食べ始めた。
「飯食ってるとさ、オレは思うわけだよ。食前の祈りすらしないなんて、オレたちは本当に協会に属してるのかってな」
クラバスの言葉にターラーは、口の中のものを飲み込んでから答えた。
「まあ、いいんじゃないですか?」
「お前って、意外に適当だよな」
「失礼なこと言いますね」
食事中に話してはいるものの、二人の動作は優雅なものだった。余計な音を立てずに食べるその動作は、貴族の作法にのっとった動きだ。職業柄、今回のように王城に招かれたりすることがある「狼」たちは、協会の品格を貶めないように最低限の作法を修めているのである。
「どうぜ舞踏会までは暇でしょうから、僕は城下に出るつもりです。あなたも来ますか?」
「あー……いや、オレは城で適当にぶらぶらしてるよ」
「分かりました」
「迷うなよ?」
「まさか」
ターラーは軽く笑ってあしらったが、内心少し不安なクラバスだった。
その後、あくまでも優雅に食事を済ませた二人は、ベルで使用人を読んだ後、自らの言葉通りにそれぞれ行動し始めた。
09/10/25 微追加
09/10/24 投稿