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2日目 1

 クラバス=アレクレーアの朝は早い。季節によって多少差はあるが、大抵の場合は太陽が地平線から顔を出した少し後にクラバスは起き出す。幼い頃からの習慣は体に染みるもので、ついつい毎日同じ時間に起きてしまうのだ。

 対してターラー=ヴァネッグの朝は遅い。遅い、と言っても相対的なもので実際にはそれほど遅いわけではない。

 世間一般的に言って、まず初めに起き出すのは起床の鐘を鳴らす教会の者と、農民や町民、そして屋敷の使用人たちだ。そして数刻してからある程度の地位の者達が起き出す。

 クラバスは前者でターラーは後者だ。

 隣のベッドで気持ちよさそうに寝ているターラーに、クラバスは微笑みかけると手早く服を着替えていく。

 ターラーは寝顔だと普段より少し幼く見えるので、クラバスの気分はお兄さんだ。

 着替え終わったクラバスは、空の小さな籠を手に持つと、部屋を後にした。もちろん、ターラーを起こさないように、扉の開け閉めは慎重にだ。

 クラバスには、毎朝することがある。それは昔からの習慣であり、そして今では半ば義務でもある。ただ、クラバス自身その行為に苦痛は感じていないため、どちらかというと習慣と言ったほうがしっくりと来る表現だろう。

 その習慣とは、毎朝外を散歩することだ。しかし、ただ散歩するだけではない。クラバスは使えそうな薬草を見つけるために散歩するのだ。手に持っている籠は、その摘んだ薬草を入れるためのものである。

 クラバスには幼い頃から両親が居ない。兄弟も居なかったため、幼い頃は祖母との二人暮しだった。その祖母が、幼いクラバスに薬草と毒草の見分け方や使い方などを教えたのだ。おばあちゃんっ子だったクラバスは、外で遊ぶよりも祖母と一緒に薬草などを育てたりすることの方が好きな子供だった。だからと言って、家に引きこもりと言うわけでもなかったが。

 クラバスの祖母は村で唯一薬草に詳しい人だったから、村人達が怪我や病気になった時には重宝された。クラバスが「狼」の組織に入る前にその祖母も死んでしまったが、技術だけは形を変えることなくクラバスに伝えられている。

 そう言う訳でクラバスは祖母が死んで十年近くなる今でもその習慣を続けている。毎日新しい発見が無いかと胸を弾ませながら歩くクラバスだが、今日は特に足取りが軽い。普段来ることが出来そうの無い隣国の王城にいるのだ。珍しい薬草などがあったら普段よりも少し多く貰おうと企んでいるクラバスだった。

 ちなみに朝に集めるのは、そのほうが草に元気がたくさんあるからだと祖母に教えられたからだ。さらに食用のものであれば朝食の調味料として使うことも出来る。

 ふと、外に向かう途中のクラバスが角を曲がると、そこは中庭となっていた。中心辺りにはそこそこの大きさの噴水も備え付けられていて、絶えず水が流れ落ちている。

 中庭の周りには一応石で整備された廊下がめぐらされている。あまり土などで汚れていないところを見ると、毎日掃除しているものが居るのだろう。

「んー、いまいち外に向かう道が分からないな」

 西のほうに小さな森があったから楽しみにしてたのに。

 クラバスは独りごちて頭をかいた。

 とりあえずとどまっていても仕方が無いので、クラバスは歩き続ける。と、クラバスは数人の女中の姿を見つけた。噴水の陰になって見えていなかったのだ。どうやら噴水の水で洗濯をしているらしく、道を聞くためにクラバスは噴水に向かって歩み寄り始めた。

「殿下の――あんな女――――変な能力――」

 近づくごとに、聞くつもりは無くても話が途切れ途切れクラバスの耳に届く。女の声は高いので、遠くまで響きやすいのだ。

 どうやら内容は噂話やら愚痴やら、そういった類のものらしい。

「……――確か――サンドリヨン――」

 知っている名前が聞こえた。無意識に足取りが速くなる。

「なあ、そこのお嬢さん方?」

 クラバスが声を掛けると、気楽に話していた女中達の間に緊張が走る。縁に座っていた女中なども即座に立ち上がり、クラバスに向き直った。

「おはようございますお客様。わたくしどもめに何か御用でございましょうか」

 女中の一人が代表で口を開く。

 その丁寧な口調が言いなれた様子なのに関わらず、口を開いた女中の顔が緊張で少し強張っているのを、クラバスは微笑ましく思った。洗濯物を手に手にしている女中達は若い娘ばかりで、きっとまだまだ新米なのだろう。

「さっきの話なんだけど――」

 クラバスが言いかけたところで、代表の女中が勢い良く頭を下げた。一拍遅れて他の女中達も頭を下げる。教育が行き渡っているのか、見事に誰の礼も直角だ。

「朝からぺちゃくちゃとうるさくて申し訳ありませんでした! ご気分を害してしまったようで本当に申し訳ありません!」

 女中の言葉にクラバスは一瞬唖然とし、次の瞬間声を上げて笑い出した。もちろん、朝早いので音量は控えめだ。

 一方頭を下げていた女中達は訳が分からない様子で、頭だけを上げて笑っているクラバスを見つめている。

 数拍の間笑い続けたクラバスは、笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

「違うんだ、俺が言いたかったのは『うるさい』とか『気分を悪くした』とかそういうことじゃないんだ。ただ、さっき君達が話していた話を少し聞きたいなーって思ったんだよ」

「……はぁ」

 どうやらクラバスのようなことを言われたのは始めてらしく、代表である、周りよりもしっかりしているように見える女中も思わず気の抜けた相槌を打った。

「わたくしたちは構いませんが……どうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」

 目上の者に対して理由を聞くのは場合によっては無礼に当たる。女中達も勿論それは知っているだろうが、どうしても理由が気になったのか、恐る恐ると言った様子でクラバスに尋ねた。

 対して尋ねられたクラバスはどう返事をするべきか迷っていた。自分が教皇の使いだと分かれば女中達も話す内容を制限するかも知れない。そう考えたクラバスは別の理由をでっち上げることにした。先ほどかすかに聞こえた内容から、使えそうなところを組み合わせる。

「さっきサンドリヨンがどーのこーの、って言ってただろ? 実は俺もあの女のことが気に食わなくてさ。殿下のためにもならないと思わないか?」

 そうクラバスが話のきっかけを与えると、女中達は口々にそうですよね、と相槌を打ち出した。もともとおしゃべりが好きなのだ。

 一人の女中が声を潜めて言うには。

「どうやらあのサンドリヨンとか言う女。人には出来ないことが出来るそうですよ? 町にいる人たちが噂しているのを聞きました」

「どんなことが出来るか知ってるか?」

 クラバスが聞き返すが、その女中は知らないですと首を横に振った。

 そして他の女中達も口々にサンドリヨンについて話し始めたのだった。

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