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「二人は隣国の教皇様からの使者なんだ」

 教皇様からの使者という単語が出た瞬間、女の目が揺らいだようにクラバスには見えた。

 しかし、ただのクラバスの思い違いのようだ。ターラーもアスクモアも、いぶかしんでいる様子は無い。アスクモアはクラバスの心情など知らず、今度は女性を二人に紹介し始める。

「こちらの女性は、代々王家に使えている医者の当主なんです」

「エスターム=エス=ロンデミアです。エシィとお呼び下さい」

 エスタームはドレスの端を摘まんで、お辞儀をした。漆黒の髪がさらりと零れる。

 ふと気が付いてターラーが口を開いた。

「この国は、皆さん名前が長くて、その上ミドルネームまであるんですね」

「ええ、だから通称で呼び合うんだよ」

 ターラーの質問に答えたのはアスクモアだ。

「なるほど。僕たちの国では愛称は親しい人同士でしか呼ばないものですから」

「確かにな」

 首を縦に振りながら同意を示したクラバスは、そういや、と続けた。

「敬称は付けてもいいのか?」

「ええ、どちらでも結構ですわ」

「そりゃあ良かった。出会ったばっかりの女を呼び捨て、って言うのもむずかゆいからな」

 クラバスは安心して笑った。どうやら、エスタームのことは敬称付きで呼ぶことに決めたらしい。

「ところで二人は――」

 ターラーとクラバスに何かを聞こうとしていたアスクモアが、急に言葉を切る。

 その不自然な様子に、エスタームが問いを投げかける。

「どうされました? 殿下」

 しかし、アスクモアは答えることなくただ、ある一点を見つめている。

 三人がアスクモアの視線を追うと、そこ――つまりホールの扉付近には女性が一人、立っていた。ただ一人で、さらに従者を一人も付けずに立っている。

 ホールにいる他の娘たちも、その女性の存在に気が付いたらしい。誰も見知っている者は居ないようで、ただ、遠巻きに見つめているだけだ。

 周りから注目を浴びている女性は、戸惑いながら周りを見渡していた。蜂蜜色の髪を結い上げ、金の装飾の入ったドレスに同じく金の装飾の入った靴を履いている。花も恥らう乙女――と言ったところだろうか。装飾品に嫌味は感じられず、女性自身も装飾品に負けず劣らない。整った顔からは無垢さを感じられる。

「行ってこいよ」

 アスクモアの様子を察したクラバスが、そっと背中を押す。

 押されて一歩踏み出したアスクモアは、困惑した様子でクラバスを振り返った。

 クラバスが、アスクモアにゆっくりと頷く。

 その行為に勇気をもらったのか、アスクモアはしっかりとした足取りで女性の下まで行くと、女性の手を取った。

 疑問の表情を浮かべる女性に、アスクモアは慎重に提案する。

「お嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか?」

 女性は戸惑いながらも、うれしそうに頬を赤らめる。

「喜んで」

 その言葉と同時に、宮廷楽師たちが円舞曲ワルツを奏で始めた。

 周りにいる貴族の娘たちが、アスクモアと踊ることになったその女性を妬ましく思っていることは言うまでも無い。ただ、女性から踊りに誘うことは無作法だとされているため、ただ遠巻きに見ているしか出来ないのである。

 息を呑んで見守っていたターラー、クラバス、エスタームの三人だったが、クラバスの言葉で、別行動をとることになった。

「オレは悪いけど、舞踏会には興味ないから厨房行ってくるわ」

「分かりました。迷子にならないようにしてくださいね」

「お前に言われたくねえよ。んじゃあな」

「ターラー様、私のお相手になってくださりませんこと?」

 立ち去るクラバスの視線から目を放し、エスタームが提案する。

 女性から踊りに誘うのは無作法なのだが……他国からの使者であるターラーになら大丈夫だろうと思ったのだろう。しかし、それでも一応は不安なのだろうか、エスタームが少し眉根を寄せた。

「本当は女性である私からお誘いするべきではないのでしょうけれども……せっかくいらしてくださったのですし。無作法な女とお思いにならないでくださいね」

 エスタームが手を差し出すと、ターラーは恭しく忠誠を誓う騎士のように手の甲に口付けた。

「構いませんよ――仰せのままに。ロンデミア女史」

 微笑と共に発せられたクラバスの言葉に、再びエスタームが眉根を寄せる。

「あら、お堅い方。エシィと呼んでと申しましたのに」

「無骨な田舎者ですから。お許しいただけますか? 女王陛下」

 ターラーが茶化して言えば、エスタームもそれに乗る。

「そうね、ダンスが上手かったら許してあげないこともなくてよ?」

「それはそれは……許していただけるでしょうか」

 自らのやり取りに二人はくすりと笑い合うと、腕を回しあって踊り始めた。

 三拍子のリズムに合わせて踊りながら、ターラーとエスタームは会話を続ける。

「それにしても、女性で王家付き医師の当主なんて、めずらしいですね」

「そうかしら? まあ、周りの国ではほとんど男姓が当主なんでしょうけれども、この国ではそれほど女性の権利が無いわけでもないのよ」

「みたいですね」

「驚かれました?」

「ええ、とても」

 エスタームがくすりと笑う。

「正直なお方。子供のような澄んだお心をお持ちですのね」

 ターラーも微笑を浮かべる。

「分かりませんよ? 僕は嘘つきですから」

「まあ、恐ろしい方ですこと」

 本当か嘘か分からない言葉をお互いに交えながら、クーラーとエスタームは優雅に踊る。二人があまり壁近くから動かないのに対して、中央で踊っているのはアスクモアと途中で現れた女性だ。アスクモアは緊張のあまりか、顔は強張っている。対して女性もうつむき加減で踊っていた。

「あ、あの」

 アスクモアが勇気を振り絞って声を掛ける。

「僕の名前はアスクモア=レイって言います。アス、とお呼び下さい……お名前をお聞きしても?」

 非礼にならないように先に名乗ってからアスクモアが尋ねる。

「サンドリヨンと申します」

 元々人見知りをしないのだろう。きっかけを手に入れた女性は、うれしそうに答えた。

 しかし、サンドリヨンが名乗ったのにもかかわらず、アスクモアは複雑な気持ちだった。

 「サンドリヨン」という名前が意味するのは「灰かぶり」。まさか貴族の娘にそんな名前をつける親がいるのかとアスクモアは困惑し、名乗ったのがフルネームではない上に、愛称も教えてくれないことにさらに混乱し。あわよくば名前を褒めることで話を続けようと思っていたのに、それすらかなわず落胆しているアスクモアに、今度はシンデレラが話しかける。

「アスクモアさんは――」

 アスクモアの心情はさておき、会話は交わされ始めた。

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