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 左右対称に高い塔がある城は、まさしく御伽噺に出てくる様。窓からは光と談笑する声が漏れている。

「丁度いい時に着いたみたいですね」

 城の様子を見たターラーが呟く。

 その言葉でターラーたちに気付いた給仕が、案内を始めた。

 廊下は、大人二人が手を広げて余裕ですれ違える広さだ。そして、それほど進むことなく装飾豊かな扉が現れる。

 給仕が開けたその扉の中に、ターラーとクラバスは足を踏み出した。

 何百人も入れそうなホールには、赤い絨毯がひかれ、壁付近にはいくつもの丸テーブルが置かれている。中心部分に何もおかれていないのはダンスをするために他ならず、入り口から見て左壁際には楽団員たちが、各々の楽器を持って座っている。

 まだ舞踏会は本格的に始まっていないのだろう。流れている曲はダンス用で無く、今は誰も踊っていない。

 テーブルの傍で思い思いに話をしていた貴婦人たちが、ふと話を止め、視線を会場の中心付近に向けた。

 貴婦人たちの熱い視線を受けているのは、ターラーとクラバス。役目を終えた給仕は、既に二人の下から離れている。

 ターラーを先頭として、斜め後ろにクラバス。二人は、集まる視線に怯むことなく会場の中心を進んでいく。二人の視線の先には、背もたれの高い椅子が三つ並べられている。

 三つともワイン色を基調とした装いになっており、手すりを始めとして椅子を縁取るように金で装飾がなされている。そこへ至るまでは、低いが三段の段差があり、会場と空間を切り離しているようだ。

 真ん中の椅子が一番背もたれが高く、威圧感を放っている。

 そこに座っているのは、初老の男だ。

 ターラーとクラバスは、椅子がおいてある場所付近まで来ると足を止めた。もちろん段差の下だ。

「本日は、お招きありがとうございます」

 ターラーが、そしてそれに続いてクラバスが優雅にお辞儀をすると、二人の目の前にいる男は陽気に答えた。

「こちらこそ、来て下さってありがとうございます」

 丁寧な口調だが、しかし座ったままで男は続けた。

 誰もその非礼を指摘しない。もちろんターラーたちも当然のように、挨拶を続ける。

「私は、ターラー=ヴァネッグと申します。こちらは――」

「クラバス=アレクレーアです」

 ターラーの言葉を受け継いで、クラバスがもう一度礼をする。

 二人の挨拶に対して、男はにこやかに言葉を紡ぐ。

「舞踏会は三日間の予定ですが、その間の衣食住はもちろんこちらで準備させていただいています」

「恐縮です」

「いえいえ、隣国のしかも教皇様からの使者様を粗末になんか扱えないでしょう?」

 そう言いながらも、男が名乗らずに椅子から立ち上がらないままでいるのには理由がある。

 男がターラーたちと同じ位置に立たないのは、彼がこの国の王だからだ。名乗らないのは名前が既に周知の事実だからで、立ち上がらないのはここにいる民たちに示しがつかないからだ。教皇の力が強く、実質上その管理下で国を統制しているとはいえ、それを民に形として見せるわけにはいかないのだ。男――王が丁寧な言葉遣いで話すのは、せめてもの礼儀なのだ。

 ターラーもクラバスもそれは分かっているので、何も言わない。教皇に反逆の意思を見せていないならば、強すぎる圧力は逆効果にしかならないことを知っているからだ。

 王は、自分しか知らない秘密を打ち明ける子供のように小声で続けた。

「実は、今回の舞踏会は息子の花嫁探しも兼ねているんですよ」

 確かに会場には女性のほうが多い。

「そうだ、息子を紹介しましょう」

 思い出して王は軽く手を打つと、アス、と一人の青年を呼んだ。

 隣に立った青年を王がターラーたちに示す。

「これが息子の――」

「アスクモア=レイです」

 男の言葉を継いで、青年は名乗った。

「あれ? 王子様なのに名前に国名は入ってないんですか?」

 丁寧な口調のクラバスに答えたのは、椅子に玉座に座っている王だった。

「私たちの国では、王位を継ぐまではミドルネームまでで過ごすのですよ」

 なるほど。と異文化にクラバスが頷くと、王が今度はアスクモアに向けて二人を紹介した。

「こちらは昨日言ってた使者のターラー=ヴァネッグさんとクラバス=アレクレーアさんだ」

「お会いできて光栄です、殿下」

 王の言葉を引き継いで、ターラーが微笑とともに言う。

 アスクモアは人懐っこい満面の笑みを見せて言った。

「ぜひ、アスとお呼び下さい」

 国王の教育が行き届いているのか、ただ単に似たもの親子なだけなのか、アスクモアも自分の地位におごることなく丁寧な口調で話している。

「じゃあ、私は大臣達と話があるから、お二方に失礼の無いようにな」

 王の言葉をきっかけに、ターラーとクラバスが一礼してアスクモアと共にその場を立ち去った。

 傍のテーブルに近づいた三人。始めに口を開いたのはアスクモアだ。

「父は仰々しく『大臣達と話がある』だなんて言ってましたけど、あれは僕にふさわしい令嬢について話し合うんですよ」

 くすくすと、幼子のように笑いながらアスクモアは言った。

「アスクモアさんの意思は関係無いんですか?」

 テーブルに会ったワイングラスを手に取り、軽く揺らしながらターラーが聞く。

「まあ、僕に好きな女性がいれば違うんでしょうけど、いないですからね」

 それよりも。とアスクモアは急に真面目な顔になったかと思うと切り出した。

「アスで良いって言ったでしょう? それに、敬語も必要ありませんよ。正直、僕も疲れてきたんです。一国の王子と教皇様からの使者なんて地位、気にしないでおきませんか? もし、お気を悪くされたら申し訳ありませんが」

 ターラーとクラバスに気負わせないためか、アスクモアは後半を冗談交じりに言った。しかし、そこには本音も混じっていたことだろう。たとえアスクモアが王子であるとしても、教皇の力は今、とてつもなく強い。その教皇から使わされた使者相手に、アスクモアが緊張していたとしても無理は無い。

 アスクモアの提案を一番喜んだのはクラバスで、早速敬語で話すのを止めた。

「そう言われると有難いな、オレたちのことも呼び捨てで構わないしな」

「僕は敬語が癖ですのでお気になさらず」

 ターラーが微笑と共に言った言葉を遠慮だと思ったのか、アスクモアはまだ何か言いたそうだった。

 それを見たクラバスが、苦笑する。

「こいつの敬語が癖なのはホント。何言っても無理だな」

「そうか、残念だな」

 とは言いながらも、アスクモアは一応納得したようだ。気を遣われた上での敬語ならば堅苦しいが、普段から敬語なのであれば、そう気にする必要も無いと思ったのだろう。

 では、と話題を展開しようとアスクモアが口を開こうとした時に、その声は掛けられた。

「殿下、そちらの方々は?」

 そう言いながら近寄ってきたのは、三十代の女性。豊かな胸元を強調した藍色のドレスに、艶やかな黒髪をつむじ近くに結っている。

「ああ、こちらは――」

 アスクモアの言葉を引き継いでターラーとクラバスは、今日三回目になるかの自己紹介をした。

09/11/07 一箇所推敲

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