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クラバスとアスクモアが城を出た当たりの頃。ターラーはやっとのことでサンドリヨンの家に到着していた。
噴水のある広場からサンドリヨンの家まではそう遠くない。それなのになぜこれほどまでに時間が掛かったのかと言えば、もう言うまでも無いだろう。やはり道に迷っていたのだ。
ターラーは決して認めようとしないが。
そもそも城から噴水までは、大通りを一直線だ。わき道も少ないのでよほどのことが無い限り迷うことは無い。ただ、それから先、住宅街がターラーにとって難関だった。
ターラーは決して認めようとしないが。
とにもかくにもサンドリヨンの家に辿り着いたターラーは、ノックをしようと扉のノッカーを掴んだ。
と、不意に家の裏手から声が聞こえた。どうやら歌のようだ。
この辺りの家は裏側に井戸があり、それを数家共同で使う。歌の主は洗濯物でも洗っているのだろう。ある種の確信を持って、ターラーは家の裏手に回りこんだ。
そこに居たのはターラーの予想通り、やはりサンドリヨンだった。手には洗い終わった洗濯物を持って居る。先ほどまで使っていたのだろう、井戸の水に濡れた桶がそばにある。
ターラーが来たことには気付いていないようで、相変わらず歌を歌っている。
手に持っている洗濯物を軽く絞り、張ってある縄にかける。どうやら今縄にかけたもので洗濯物は最後だったようで、地面においてあるたらいを持ってサンドリヨンは振り返った。
「おはようございます――いえ、もうこんにちはですかね」
ターラーが声をかけると、サンドリヨンは驚いてたらいを落とした。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ、大丈夫ですっ。ありがとうございます」
動揺しながらサンドリヨンはたらいを拾い上げると、乾かすために家の壁に立てかけた。
「こんにちは……あの、今日は、どうしてこちらに?」
照れくさいのか、自分のスカートの端を弄くりながらサンドリヨンは尋ねた。
口調の端々からターラーと会話できることに対する嬉しさがにじみ出ている。
「国に帰るものですからお別れの挨拶に、と思いまして」
「え……?」
急なターラーの言葉に、サンドリヨンは聞き返した。
「今日でもう仕事は終わりですから」
「嘘でしょう?」
「いいえ」
「……本当、なんですか?」
絞り出した声でサンドリヨンが確認する。
ターラーの返答は変わらない。
「ええ、本当ですよ」
余りの出来事にサンドリヨンは言葉を返せない。
数拍の沈黙の後。それでは、とターラーが立ち去ろうとしたその時、
「待ってください!」
サンドリヨンの声が掛かった。
「あの、私、ターラーさんに言い残したことがあるんです」
ターラーがサンドリヨンを見つめる。その顔は無表情だ。
「私……ターラーさんのことが」
「しっ」
サンドリヨンの言葉を遮って、ターラーが自らの唇に人差し指を当てる。
「そこから先は言わないほうがいいですよ」
「どうしてですか……!」
「あなたが本当に好きなのは、アスクモア君ですよ」
言い聞かせるようにターラーは話す。
「僕が昨日少し冗談を言ったから、あなたは誤解しているだけだ」
サンドリヨンは、催眠術にでも掛かっているようにぴくりとも動かない。
「あなたが僕を好きだなんてことは、幻想ですよ」
ターラーが言い終わると同時に、家の表で戸が叩かれた。
「あなたの王子様が来ましたよ」
その言葉に、弾かれた様にサンドリヨンは表に走っていく。
「僕にはもう、人に愛してもらう資格なんてありませんから」
ターラーの呟きは、誰にも聞かれることなく空中に霧散した。