4日目 1
クラバスは、アスクモアを探していた。
絨毯がひかれた廊下を、少し早足で進む。ターラーは今頃、城下でサンドリヨンの元へ向かっていることだろう。
サンドリヨンにかけられた暗示は、ターラーにしか解けないので、必然的にクラバスがサンドリヨンの家の場所をアスクモアたちに教えることになったのだ。
「――なったのは良いけど、アスは何処だ?」
なにせ広い城内のことである。意識して探すとなるとかなり面倒だ。
ふと、廊下の向こうから女中が歩いてくる。手には洗濯物入れを抱えており、これから乾かしに行くところのようだ。
客人である、クラバスの邪魔にならないようにと壁際に寄った侍女に、クラバスは声をかけた。
「ちょっと、良いかな?」
「何でしょう?」
「アスは――」
思い直して言い換える。
「アスクモア王子は何処にいらっしゃるか知ってるか?」
クラバスはアスクモアよりも低い地位だとは一概に言えない。むしろ、場合によっては教皇の部下であるクラバスの方が一国の王子であるアスクモアよりも地位が上の場合がある。が、クラバスの目の前の女中はクラバスが強行の部下であることを知らないだろう。そのため、アスクモアへ非礼にならないように、しかしへりくだる必要も無いので敬称は「殿下」では無く「王子」だ。
「今の時間帯ならば、陛下と共に謁見室にいらっしゃると思いますけれども」
「そっか、ありがとう」
クラバスがお礼を言うと、侍女は一礼して何事も無かったのかのように歩いていった。
とりあえず行き先が決まったクラバスは、謁見室に向かって歩みを進める。
謁見室とは、主に王族が民の意見を聞くために用いられる部屋だ。玉座との距離は遠いとはいえ、民は確実に自らの話は聞いてもらえる。
クラバスは、謁見室の前まで来たところで頭を掻いた。謁見室まで来たのはいいが、もしアスクモアがそこに居るのであれば、ある意味仕事中だ。
邪魔をするわけにはいかないし、けれどもサンドリヨンの家の住所を伝えなければクラバスは帰れないしで、なかなかの葛藤だ。
開きっぱなしの扉からこっそり中を覗いてみる。
今は商人らしき男が話しており、遠く離れた玉座では王が、その傍ではアスクモアが男の話に耳を傾けている。
いっそ自分に気が付いてくれないかなあ、などと思いながらちらちらとクラバスは覗いてみるが、王もアスクモアも男の話を聞くのに真剣で、遠くの扉の陰に居るクラバスになんか目もくれない。
扉の傍を所在無さげにうろうろと、さらには何度も部屋の中を覗くクラバスの様子は、まさに怪しい人だ。
実際の扉の両側に立っている警備兵が胡乱げにクラバスを見つめている。
あまりに怪しすぎるクラバスに、出来れば関わりたくないようだ。二人の警備兵は、視線を交えてどちらが誰何するかを押し付けあっている。
最終的に負けたのは若い方の警備兵だ。実に嫌そうな表情を隠すことなく、クラバスに問いかけた。
「貴様。先ほどからうろちょろと怪しいが、何者だ?」
「あー……」
なんと答えたものかとクラバスは目を泳がせながら考えた。権力に頼るのは嫌だが、あまりここで時間を潰してもいられない。
「教皇様の使いでやってきたクラバス=アレクレーアだ」
教皇の名前が出た瞬間に、二人の警備兵たちは直立不動の姿勢をとった。まさに「ビシッ」と言う擬態語がぴったりだ。
警備兵の態度に内心苦笑しながら、クラバスは続ける。
「アスクモア王子を呼んでもらえるかな? サディのことで話があるといえば分かるだろうから」
その言葉に礼をしてアスクモアを呼びに言ったのは、年上の警備兵のほうだ。クラバスへの誰何を後輩にやらせたから今度は自分が、という訳ではなく、ただ単に教皇の部下であるクラバスの前から離れたいからのようだ。
クラバスは、ため息をついた。残った警備兵に声をかけても変に緊張させるだけだとは知っているが、無言で待っているのも退屈だ。しかし、そのため息が警備兵に気を使わせたらしく、若い警備兵は薄く冷や汗をかいている。
クラバスはもう一度ため息を付きたいのを堪え、部屋の中に目を向けた。丁度アスクモアを呼びに言った警備兵がアスクモアに報告をしているところだ。と、アスクモアがクラバスのいるほうに視線を向ける。
クラバスの姿を認めたアスクモアは、にこりと微笑むとクラバスを手招きした。
アスクモアの許可も出たことだし、とクラバスが部屋に入る。どうやら先客の商人との話は終わったらしく、商人はクラバスとすれ違って帰っていった。
「悪いな、いきなり押しかけて。話の途中だったろ?」
クラバスが申し訳なさげに聞くと、アスクモアはいつもの人当たりの良い笑顔を浮かべて答える。
「大丈夫だよ。どうせ話も終わりだったし……それより、サディさんのことで話だって?」
「そのことなんだけど。分かったぜ、サディちゃんの家」
「本当か!」
クラバスの言葉に、アスクモアが思わず語調を強くする。
「ああ。だから使いの者が居るんだったらそいつ呼んでくれないか? オレが案内するからさ」
そう言いながらクラバスが何気なしに視線をアスクモアから話すと、いつの間にか警備兵が扉の前に戻っているのが目に入った。
「じゃあ、僕が行くよ」
「……はい?」
「いいでしょう、父上?」
呆然としているクラバスをそのままに、アスクモアは国王に尋ねる。
まさか許可を出しはしないだろうというクラバスの考えを裏切って、国王は力強く一度頷いた。
「じゃあ、クラバス行こうか」
「えっと、そんなんでいいのか?」
「いいんだよ。父上だって、母上に一目惚れして城を抜け出して求婚したんですもんね」
後半は国王への言葉だ。
国王が再び頷く。
クラバスが見たところ、アスクモアの腰には剣こそ刺さってはいるものの、護衛をつける気は無いようだ。
おいおい大丈夫かよこの親子、などと考えているクラバスだが、もちろん口に出しては言わない。
「んじゃあ、行こうか」
「……ああ」
部屋を出るときにクラバスが警備兵の剣を奪ったことは言うまでも無い。