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 クラバスが広間の扉を開けると、どうやら舞踏会は終わったようだった。貴族や楽団の人々は去り、警備兵を除けば居るのは二人。

 広間の奥の玉座には国王が、そしてその横には悲嘆に暮れた表情のアスクモアが何かを手に持って立っていた。

 国王もアスクモアも気づかないままに近づいたクラバスが声をかける。

「おいおい……どうしたんだよアス。そんな暗い顔して」

「あ、クラバスか――って、そっちこそどうしたんだよ、その格好!」

「え? ああ、大したことねえよ」

 クラバスは軽く流したが、クラバスの斜め後ろに居たターラーが真面目な表情で付け足した。

「その事なんですけれども、陛下にご報告があります」

「うわ、ターラーの服もボロボロじゃないか」

 アスクモアは驚き、国王は大仰に頷いた。

「聞かせていただきましょう」

「まず始めに、『外れ物』と言う言葉はご存知ですね?」

 なぜ唐突に聞かれたのか分からずに、それでも国王は答えた。

「……ええ。教会の教えと人間の道から離れた異質なもののことでしょう?」

「あなた方に仕えていたロンデミア女史……彼女は、その外れ物でした」

「嘘でしょう?」

「嘘ではありません」

「でした、って過去形になってるのは?」

 問うたのはアスクモアだ。

「彼女はもう、この世に居ないからです」

「……どういうことだい?」

「先ほど、僕たちは中庭でロンデミア女史に襲われました」

「馬鹿なっ」

 アスクモアの否定に、答えたのはクラバスだ。

「疑うんなら、中庭を調べてみれば良い。直ぐに彼女の死体が見つかるさ」

 その言葉を聴いた国王が警備兵に中庭を見に行くよう指示を出す。

「……どうやら僕たちの存在が疎ましかったようですね」

 ターラーがクラバスに、「この格好のままのほうが良い」と言った理由。それはこれだ。乱れた服装のままのほうが、襲われたという印象を強烈にする。

「でも……どうして二人を襲う必要があったんだ? 協会に所属しているだけの人ならば、この国にだってたくさん居るのに」

 アスクモアの鋭い言葉に、アスクモアは優雅に礼をした。

「申し遅れました。改めまして……教皇直属外れ物専門部隊、狼の一員、ターラー=ヴァネッグと言います。こちらは」

「同じく、クラバス=アレクレーア」

 ターラーの言葉を引き継いでクラバスが続けた。

「狼……?」

「僕たちの任務は唯一つ。外れ物を取り締まることです。僕の耳飾りは部隊に所属している一部の者しか貰えない物。きっとそのせいで、彼女は僕たちが自分を捕らえに来たのだと錯覚したのでしょう」

「なるほど。ただ……あなた方を疑うわけではありませんが、エシィは本当に外れ物だったのですか? 長年、良く仕えてくれていたのですが……」

 その質問にはターラーが答えた。相手が一国の王なので、口調は丁寧だ。

「それについてはオレが確認させてもらいました。この城の料理長から聞くところによると、料理の香料の一部にエシィさんが栽培したものが使われていたそうです。が、それらのどれもが料理との組み合わせによっては毒となる物ばかりでした。あまり知られていないため、料理長は知らなかったのでしょう。毒と言っても遅延性の毒なので気付き難かったでしょうが、あのままでは、遅かれ早かれそれを食べ続けていたものに死を与えていたでしょう。……そして、その調味料は陛下たちが食べられる食事にのみ使われていたとか」

 この言葉には、国王もアスクモアも黙り込むしかなかった。

 クラバスは内心そうだったのか、と驚いているのだが、表情はまるで知ってましたと言わんばかりだ。

「それで、ですね。今回のことですが……」

 ターラーの言葉に、国王は無意識のうちに体を硬くした。自国から、しかも王族と親しい者から外れ物を出したのだ。教皇に要注意国扱いされても仕方が無い。しかし、次の言葉は国王にとって拍子抜けするものだった。

 ターラーの言葉を受け継いでクラバスが口を開く。

「教皇様には内緒にしておくから、代わりにエシィさんの部屋を検閲させてもらってもいいですか?」

「ええ、勿論構いませんが……本当に内密にしてもらえるのですか?」

 国王が恐る恐る尋ねる。

 ターラーの非難げな視線が痛いが、気にしないことにしたクラバスは是と答えた。

 さらにクラバスは視線に耐えつつ、ターラーに言う。

「んじゃ、そう言うことだから、彼女の部屋調べといてくれるか?」

「……、……分かりました」

 数拍の間に恐ろしい言葉を呟かれた気がしたが、クラバスは気にしない。というか、気にしたくないのだろう。

 クラバスは無言でアスクモアを手招きすると、傍のバルコニーへ出た。

「……暗い顔してたけど、どうしたんだ?」

「ああ、そのことか」

 恐る恐るクラバスが尋ねると、アスクモアは聞いてるほうの気分も沈みこみそうなほど深いため息と付いた。

「サディさんが……」

「サディちゃんが?」

 クラバスが危惧しているのは唯一つ。サンドリヨンがどうなったかだ。もしかしたら、ターラーが殺してしまったかもしれないのだから。そのサンドリヨンの名前がアスクモアの口から出た。

 思わず聞き返すクラバス。

「サディちゃんがどうしたんだ?」

「帰っちゃったんだよ」

「帰った?」

 意外な返答にクラバスの声は思わずすっとんきょうなものになる。

「僕が求婚の言葉を言いかけたところを遮って、『もう夜遅いので帰らせてもらいますっ』て……駄目だ、僕にはやっぱり魅力が無いんだー」

 そのままアスクモアは手すりに突っ伏してしまった。

 クラバスは息をついて頭を軽くかいた。どうしてサンドリヨンのことになるとアスクモアは一気に自信を無くすのか。

「んで? その手に持ってるのは?」

「……サディさんが帰るときに脱げちゃった靴」

 そう、アスクモアの右手にはサンドリヨンが履いていたガラスの靴が握られていた。片方だけだが。

「諦めるのか?」

「諦めたくないけど……最後まで彼女の家名を聞けなかったから探しようが無いじゃないか」

「あるのだろ、アスの右手にさ」

「……この靴?」

 クラバスの意図が分からず、アスクモアは疑問の視線をクラバスに投げかける。

「だからさ。ガラスの靴なんてそうそう無いだろ? もう片方を持ってる人を探せばいいんじゃね? 名乗り出ろ、って言うのは酷かもしれないから、靴持って国中を探させてさ。……靴の大きさがぴったりで、さらにもう片方の靴を持ってる子、って言ったら一人しか居ないような気がするんだけど?」

「そうか! その手があったんだ!」

 アスクモアが、がばっと起き上がった。

 さらに感動したようにクラバスと握手する。もちろん、靴は左手に持ち替えて、非礼にならないように右手での握手だ。

「ありがとう、クラバス」

 笑顔でお礼を述べるアスクモアに後ろめたさを感じて、クラバスはアスクモアから視線を外した。

「あー……でも、オレお前に礼を言われる立場じゃねえよ。医者であるエシィさんを殺しちまって、これから大変だろ?」

「大丈夫だよ。と言うか、むしろそれもあわせて感謝してる。あのままだったら僕たちは殺されていたところだったろうし、その上教皇様に内密にしてくれるなんて」

「そうか? そうだといいんだけどな」

 心の中で、アスクモアは良い奴だと再認識したクラバスであった。

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