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 ターラーがサンドリヨンと話していた頃、クラバスはエスタームの館に居た。

「少し早いですけれども、昼食に致しましょうか」

 そう言って案内された部屋には、少し縦長いテーブルが一つとその両端に椅子が二つ並べられていた。テーブルには白く清潔な布が掛けられ、その上に料理が並べられている。

 片側の壁には大きめの窓が二つあり、その間の壁には燭台が埋めこめられている。が、窓から入る日光で部屋の中は十分明るいため、今蝋燭は灯っていない。

 館の他の部屋と同じように足元には毛の長い絨毯がひかれている。

 広いこの部屋に居るのはエスタームとクラバスと、エスタームの執事の三人だ。部屋が広い分少し寂しい気もするが、それは致し方が無いと言うものだろう。

 席に着き、祈りを捧げる。それは、今日も食べ物を得ることが出来るのだと言う感謝と、自分たちは他の生き物の命を奪って生きているんだと言う戒めの意味をはらむ。

 祈りが終われば食事の開始だ。

 エスタームもクラバスも決められた作法に従い食べていく。

「クラバス様は教会の方と言う事ですけど、実はお偉い方なのかしら」

 エスタームの質問にクラバスは食器を動かす手を止めた。クラバスの国では食事中に話すことは余り好まれないのだが、エスタームが話しかけてきたところを見るとこの国では大丈夫らしい。クラバスは食べ物を飲み込んでから答えた。

「オレなんかまだまだ下っ端だよ」

「じゃあ、ターラー様が上司なのかしら」

 独り言のようなエスタームの言葉の根拠が分からずに、クラバスは聞き返した。

「なんでそう思うんだ?」

「だって、ターラー様がつけてらっしゃる耳飾りって、特別なものなんでしょう?」

「まあ……な」

 相槌を打ちながらクラバスはここ数日のことを思い返してみた。どう考えても自分はエスタームに耳飾りのことは話していないはずだ。ターラーが話したのかもしれないとも思うが、その反面話したはずか無いとも思う。あの耳飾りには、ターラーは余りいい思い出が無いのだ。

「クラバス様はなせ、教会に?」

「物心付いたときからオレには両親が居なくてね。たった一人の身内だった祖母さんも死んじゃったって時に、教会に引き取られたんだ」

「それは……申し訳ありませんでしたわ。そんなことをお聞きしてしまって」

 悲しげに目を伏せるエスタームに、クラバスは軽く笑って答えた。

「構わないって、言ったのはオレだし。それに、今が結構楽しく生きられてるからそれでいいかな、ってな」

「そう言っていただけると、心が休まりますわ。でもまあ、お詫びにワインでもいかがです? 結構なものを用意させましたのよ」

「それは楽しみだな」

 エスタームの言葉に察していた執事は、既に使用人にワインを持ってくるように指示していた。おかげでそう待つことも無くワインが用意される。

「国の西側には葡萄畑が広がっておりまして、多くのワインが作られておりますの。その中でもこのワインは、一級品ですのよ」

「へえ」

 エスタームが説明をしている間に、執事はてきぱきと用意を済ませている。

 ワインが注がれたグラスが、クラバスに渡された。エスタームはテーブルに肘を着き、組んだ手の上に顎を乗せて、クラバスの反応を眺めている。

 口に含む前に、グラスを軽く揺らしてから匂いをかぐ。

「……いい香りだ」

 そう呟いてクラバスが一口、ワインを口に含む。口の中に広がる酸味の利いた深い味わい。

 と、同時に味に違和感を感じたクラバスがワインを吐こうと机の上のナプキンに手を伸ばす。しかし、その手は執事に掴まれ、さらには顎も掴まれ無理やり上を向かされてしまう。そして、クラバスの意思とは関係無しに喉が嚥下した。

 執事はクラバスがワインを飲み込んだことを確認すると手を離し、クラバスの元から数歩離れた。

「……何を、飲ませたっ」

 無理やりワインを飲まされたクラバスが、軽くむせながら問い詰める。

 対してエスタームはにっこりと微笑むと答えた。

「大した物ではないのよ。ただ、私特製の薬をちょっと」

 朦朧としてきた意識の中で、クラバスは思い出していた。

 耳飾りの話をしていたのは、昨夜のバルコニーでだと。



「あー……だりー。あの女、薬なんか盛りやがって……って、ここどこだ?」

 クラバスが目を覚ますと、そこは全く見覚えが無い場所だった。

 壁はむき出しの石積みで、窓は無い。部屋は、大人一人が大の字でぎりぎり寝転べるほどの狭さで、四方のうちの一方には、あからさまに鉄格子がはめ込まれている。どうやら独房のようだ。

「いい趣味してんな、おい」

 独りごちてクラバスが立ち上がる。どうやら気を失った状態でそのままここに放り込まれたらしい。身体は無事で、強いて言うなら硬い床で寝ていたために節々が痛む程度だ。

 鉄格子の向こう側には木製の椅子が一つあるものの、見張りは誰も居ない。試しに鉄格子を掴んで揺すってみたが、うんともすんとも言わない。

「さてと、とりあえずこれからどうするか」

 鉄格子の向かいの壁にもたれると、クラバスは腕を組んで考え始めた。気を失ってからどれだけ時間が経ったのかが分からないのが惜しい。

 ターラーのことは元々心配していない。ターラーの実力は教皇から耳飾りを貰うほどなのだ。

 「狼」に所属している者には、それぞれ少なからず能力が備わっている。外れ物扱いされないために「狼」に所属している者も少なくない。

 しかし、クラバスの能力は「狼」の中でも下位に属すると言っても過言ではない。ターラーはただ、植物や空の動きに詳しいだけなのだ。何も知らない人から見れば、次の日の天気などを言い当てたり、傷の治癒力を高めたりするのは確かに異能の内だが、実践には全く役に立たない。そのため、クラバスは剣技を習得したのだが。

「こんなことなら、剣を持って来ときゃ良かったな……」

 今回は手ぶらで来たのだった。

 そもそも「狼」の任務で来た訳ではないから外れ物に遭遇することは無いだろうと高をくくっていたのが間違いだった。

「うん、今度からは剣を持ち歩くことにしよう」

 クラバスは自分に言い聞かせると、近づいてくる衣擦れの音に気づいて壁にもたれるのを止めた。

「あら、もう起きてましたのね。量が少なかったかしら?」

 扉の無い入り口から姿を現したのはエスタームだ。羽飾りが付いた黒い扇で優雅に風を送っている。

「美味しいワインをどうも。だが、残念ながらオレは大抵の毒には耐性を付けてるんでね」

「そう、ならばあなたはこの地にしか生えない草に屈したと言うことですわね」

 クラバスの皮肉に、エスタームは動じない。

「で、オレをどうするつもりだ?」

「さあ。殺してしまっても構わなかったのですけど……ターラー様への人質にしましょうか」

「無理だな」

 エスタームの、反応を窺うような口ぶりにクラバスは即答する。

 クラバスの言葉にエスタームの扇を煽ぐ手が止まった。

「あいつはオレが死ぬとなっても任務を遂行するさ」

「……」

 エスタームは沈黙し、クラバスは勝ったと思った。エスタームが信じるかどうかはさて置き、本当にクラバスはターラーの人質にはなり得ないのだ。

「……なら、こうしましょうか」

 数拍の沈黙の後、エスタームが口を開いた。

「先ほど剣が欲しいとおっしゃってましたわよね。お望みどおり、剣を持たせてあげましょう」

「……どういう意味だ」

 クラバスが睨み付けるが、エスタームは薄く微笑むだけだ。

「そのうち嫌でもお分かりになりますわ。楽しみにしてらして」

 そう言ってエスタームはクラバスに背を向けた。

「おいっ、待て!」

「あ、そうそう……」

 思い出したようにエスタームは言うと、もったいぶって振り返りながら続けた。

「煙を焚き染めると、とても良い操り人形が作れる薬草があるのはご存知?」

 その言葉と同時に、エスタームの執事が香炉を持って現れた。

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