3日目 1
朝。と言っても、太陽は既に顔を出し切っている。
ターラーとクラバスは、二人に当てられた部屋に居た。
「じゃあ僕は城下に行って来ますから」
朝食を食べ、出かける準備をし終えた状態のターラーが言った。
夜までに、なんとしてでもサンドリヨンの能力を把握しておかなくてはいけないのだ。
「悪いな。ホントはオレも行くべきなんだろうけど」
答えるクラバスも、もちろん着替え終わっている。もう少しすれば、エスタームの使いのものが昼食の招待に来るだろう。
「構いませんよ。これくらいなら一人で大丈夫ですし、そもそも僕は君を止めませんでしたしね」
「そうか? そう言ってくれるとありがたいよ」
クラバスがターラーの気遣いに表情を緩める。
「まあ、それでも気に病むならエスタームさんに取り入っといてくださいね。彼女はサンドリヨンさんの叔母ですから。それに、新しい薬草の知識を持ち帰れば教皇様も喜ぶでしょう」
「……だな」
「では」
そう言って扉を開いたターラーを、クラバスが「あ」と呼び止めた。
「なんですか?」
取っ手に手を乗せたまま、ターラーが振り返って尋ねた。
クラバスがにやりと笑って言う。
「迷うなよ」
「迷いませんよっ」
言葉と共に閉じられた扉から視線を外して、クラバスは部屋の最終確認をし始めた。明日にはもうこの部屋は使わないのだから、忘れ物が無いかどうかの確認だ。
エスタームからの使いの者が来たのは、クラバスが丁度確認をし終えたときだった。
ちなみに、部屋から出たターラーが「……なんで毎回毎回迷うなって忠告してくるんでしょう」。と疑問とも怒りとも取れない口調で呟いていたことをクラバスは知る由も無い。
「さてと」
城下町に降りたターラーは、噴水の傍の長椅子に座っていた。サンドリヨンが家事をやらされているならば、今日も昨日と同じように買出しに来るだろうと踏んだのだ。
そう言えばサンドリヨンの家は知らないなと思いながらターラーが市場を見ていると、女性の声が掛かった。
「ターラーさんじゃないですか」
ターラーが声のしたほうに視線を向けると、そこには買い出した荷物を持っているサンドリヨンが立っていた。
「おはようございます」
微笑と共にターラーが挨拶をすると、サンドリヨンは嬉しそうに近寄ってくる。
「どうされたんですか?」
「どう、と言うほどの用事は無いんですが、強いて言うなら貴方に会うためでしょうか」
ターラーの言葉にサンドリヨンの顔が仄かに赤くなる。
「僕は暇人なんです。もしよろしければ、今日もお話を伺ってもよろしいですか?」
「ええ」
サンドリヨンの返事に、ターラーは立ち上がり、さり気無く荷物を持つ。慌てたサンドリヨンが遠慮の言葉を言う前に、ターラーは口を開いた。余計な話をしている時間は、無い。
「そう言えば、昨日も綺麗なドレスを着ていましたね」
「ええ、叔母様が仕立ててくださったんです」
「ロンデミア女史が?」
王家付きの医師、エスタームのことだ。
「はい。私は始めの一着だけでいい、って言ったんですけど、いつの間にか仕立ててくださるんですよね」
「やはり、姪御さんはかわいいんでしょう。小さい頃から良くしてもらっていたのでは?」
なんとなしに発したターラーの問いに、サンドリヨンは予想外の内容を答えた。
「いえ、叔母様と出会ったのは最近、母様が亡くなってからですから」
「最近出会ったんですか?」
ターラーの言葉がエスタームを非難しているように聞こえたのだろう。サンドリヨンは慌てて付け足した。
「最近って言っても、その分良くして貰ってますし。他にも本当だったらお城の舞踏会に行けない所を助けてくださったり」
「と言うのは?」
「私が舞踏会に行きたい、って言ったとき、今のお継母様が『豆を選別出来たらね』って言ったんです。でも、豆は余りにも多い量だったし灰にまけられていて……そこに叔母様がいらっしゃって手伝ってくださったんです」
「手伝った……」
ターラーの記憶では、サンドリヨンは鳥を操って豆を選別させてはずだ。が、サンドリヨンの話ではエスタームが手伝って選別しただけらしい。これでは、外れ物として認定できない。
「ええ」
サンドリヨンは、満面の笑みで続けた。
「叔母様が下さった小鳥たちが、豆をあっという間に選別してしまったんです」
「小鳥たちが……」
「ええ」
にこにこと微笑んでいるサンドリヨンからは、言葉の裏が読み取れない。ターラーは、危険かもしれないとは思いながらも、少し踏み込んだ質問をすることにした。
「それは、サンドリヨンさんが小鳥たちにお願いしたと言うことですか?」
「そんな訳無いじゃないですか。私は鳥となんかお話できませんよ」
ターラーの質問を、サンドリヨンはさらりと一蹴する。
鳥を操ったという自覚が無いのか、それとも能力を隠しているのか。どちらにせよ、サンドリヨンから話を聞きだすのは骨が折れそうだ。
ターラーはサンドリヨンに聞こえないよう、こっそりとため息をついた。