司馬懿は隠居したかった
私の司馬懿像はこんなです。
何でこうなる?
私はただ静かに、平穏に、家族と暮らせたら良かっただけなのに……
どうしてだ?
どうしてこんな事になってしまったのか!?
「父上!これで我が司馬家を脅かす者は居なくなりましたな!」
長男の子元は晴れ晴れとした顔をしていた。
「ははは、あいつらの顔をこれから見なくてすむかと思うとせいせいするわ!父上、これからは我が司馬家が魏の主ですぞ!」
「何を戯けたことを抜かすか!」
とんでもない事を言う次男の子上の頭を打ち付けてやった。
「な、何をするのですか父上!」
「黙れ馬鹿者がー!」
何と恐れ多い事を言うのだこの馬鹿息子が!
魏国は、この国は、武帝が!文帝が居たからこそ成り立った国なのだぞ。
それを司馬家がと……
私は武帝と文帝に何と言えば言いのだ!
はぁ~
これと言うのも、春花が悪い。
私は仕官等望んでいなかったのに、あれが巷に噂を広めるから……
『まぁ、司馬家の御兄弟は皆さん優秀なんですってね!』
『何でも次男の仲達殿は最も優れているとの話だ』
『それ、誰が言ったんですか?』
『はて、誰だったかな?』
私が必死で噂を消そうと頑張ったのに、武帝にまで噂が耳に届いてしまった。
あれはそう、春花の機嫌が物凄く良かった日の事だった。
『春花、何を嬉しそうにしているのだ?』
『あら、あなた。早く礼服を来てくださないな』
『は?』
春花は私に礼服を着るように催促すると、笑顔でこう宣った。
『あなたも兄君のように、宮仕えする時がきたのよ』
『は?春花よ。何を言っているのだ。私はこの土地の管理を父上から』
『ごめん。こちらに司馬仲達殿は居られるかな?』
私が最後まで言いきる前に、武帝の使者がやって来たのだ。
後はなし崩し的に武帝に仕える事になってしまった。
え、何で断らなかったのかって?
断ったさ! 断ったとも!
だが、使者を追い返した後に春花が荒れに荒れて私を責めまくるし、しかもその後武帝の使者が再度やって来てこう言ったんだ。
『曹司空は貴方が自分に仕えないのなら、『山(てめえの土地)を焼き払う』との事です。どうしますか?』
断れないよ! 断れる訳ないじゃないか!
先祖代々守ってきた土地を焼かれるなんてたまったもんじゃない。
こうして渋々武帝に仕えたんだよな~
それからと言うもの。
やれ『軍事の才を見せろだの』
やれ『統治の才はどうだ』とか。
『お前、子桓の補佐な』と言って文帝に仕えろと命令されたり。
武帝はそんな命令を受けた私を見ていつも笑っていたな~
あ、なんか思い出したら腹立って来たわ!
でも武帝だけならまだ我慢出来たんだよなぁ~
あの人年だったし、長くなかったから亡くなったら故郷に帰って隠居しようって考えてたんだよなぁ~
それなのに……
気付いたら文帝の側近にされて、離れたくても離れられないようにされてしまった!
しかもあの人(文帝)、親族や身内(夏候家)との距離の取り方が下手過ぎて、いや、あれはあの人が悪いんだよな。
分かるんだよ。
親族に下手に権力持たせちゃいけないってのは分かる。
けどその手段が悪すぎるんだよ。
滅茶苦茶私怨が入ってるんだよ!
端から見ていても分かるわ!
あんなの私怨を晴らす事以外に何があるって言うんだよ!
しかも気に入った人物に対しての贔屓が凄い。
降伏して来た人物を厚遇するのは、何時の支配者もやって来た事だから分かる。
でも、贔屓が過ぎるのは駄目なのだ!
黄権殿は分かる。
あの人は良い。とても好感が持てる人物で私もあの人は認めている。
謙虚で礼節を弁えているし、旧主に対しても恩義は有るが決して国に戻ろうとはしなかった。
しかし、孟達は駄目だ。
あれは信用出来る人物ではなかった。
傲慢で野心家の一面を持っていた所が文帝の琴線に触れたのだろう。
文帝は孟達に甘かった。
そして、孟達はそんな文帝に甘えていた。
あんな関係を見せられては、他の臣下が孟達に嫉妬するに決まっている。
私? 私は文帝とも一線を引いていたから何とも思わなかったさ。
一応文帝には忠告したけど、基本的にあの人は私の忠告なんてまともに聞いた試しはなかったな。
失敗した後になって『何で言わなかったんだー!』って私に文句言っていたけどさ。
言っても聞かないんだからしょうがねえよ。
あ、なんか思い出したら腹が立って来たわ。
文帝は統治者としては文句はなかった。
理想的と言って良い人だった。
でも、人としては駄目な人だった。
せめてもう少し長生きしてくれたら魏の天下は磐石に……
いや、駄目だな。
多分、武宣皇后から『帝位を降りろ!』と言われて酷い事になったかもしれん。
あの人は早めに亡くなって良かったんだ。うん、そうだ。
やっぱり問題は明帝(曹叡)と孔明だ。
明帝は若かったが武帝、文帝を越える名君に成れる人だった。
ただ、この人も亡くなるが早すぎた。
蜀との戦いが一段落ついてホッとしていた矢先だった。
まだこれからと言う時にポックリ天に帰っていったからな。
あの時は知らせに来た使者に何度も聞き直したわ。
『お前、私に虚偽の報告をしてよいと思っているのか?』
『いえ、そのような事は……』
『だったら本当の事を言いなさい。帝の容態は良くなったのだな?』
『い、いえ。ですから帝の容態が……』
『嘘偽りを申すかー!』
『ですから、何度も言いますが……』
今思えば不毛なやり取りだったな。
あの時は遠出から帰って直ぐだったからな。
また私をからからっているのだろうと思っていた。
あの人も武帝や文帝と同じで意地の悪いところがあってだな~
あれはそう……
え、公孫淵の乱を平定していたんじゃないかって?
あんなの孔明に比べたら子供の遊びだよ。
乱と呼べるようなもんじゃなかったな。
だから遠征ではなくて遠出だな、遠出。
うん?
何の話だったかな?
ああ、そうだ。思い出したわ!
孔明だ!孔明!
何であいつは何度も何度も攻めて来たのやら?
あいつが攻めてくる度に都(洛陽)は大騒ぎ。
大人しく田舎(蜀)に籠って居れば良いものを、兵を引き連れ『漢の再興』とか言ってやって来るのだ。
だが、悲しいかな。
我が魏と田舎では力の差ははっきりしている。
何で無駄な事に時間を使うのか分からんわ?
私が孔明なら大人しくして防備を固めて内政に力を入れるな。
そして、長江の田舎者(孫権)と力を合わせて……
いや、駄目か。
あんな信用出来ん奴と力を合わせるとか無いな。
やっぱりここは亀のように閉じ籠るが一番だよ。
私ならそうする。
それが一番楽だしな。
まぁ、孔明との戦いなんて二度としたくないと言うのが本音だよ。
二度ほど直接戦ったが一度目は手痛くやられ、二度目はまともに殺らなかった。
あいつと戦うのは時間は掛かるし、周りの奴らは殺気だって言う事聞かないし、しかも『失敗(負けたら)したら責任取れよ』と明帝に脅され良いことなんて一つも無かった。
え、軍の高官に命じられただろだって?
何度も言うが私は働きたくなんか無かったんだよ!
田舎で静かに、のんびり、何者にも縛られずにゆっくりと好きな書物を読んだりしたかったんだ!
それなのに、それなのに……
いや、救いは有った!
明帝と孔明が亡くなった事で私は職を解かれた。
ようやく、ようやく念願が叶ったのだ!
と思っていたのだが……
何でこの年で権力争いなんぞ。
曹真殿の息子曹爽は大将軍に任じられるのに二転三転した事で、権力欲に取り付かれたのだろう。
まさか隠居した私を政敵と見る等おかしいだろうが!
確かに幼い帝(曹芳)の補佐をと明帝に言われたが、私は年も年であるし、息子達も立派に育った。
だから『一線から退かせてくれ』と願い出たのだ。
それなのに皆が私を疑いの目で見る。
しかも息子達からは春花のように責められる始末。
『父上は隠居されたから良いですが、私達はどうなるのです!』
『そうです!このままでは私達は曹爽に殺されかねません!』
何を大袈裟に言うかと笑っていたが……
『曹爽は父上を謀叛の疑い有りと使者を差し向けて来ますぞ』
『曹爽の側近は父上を最も警戒しております。油断してはなりません!』
そんな馬鹿なと思っていたら、小僧(曹爽)は本当に使者を寄越して来た。
突然の事で狼狽えていたら、使者は何か納得したように帰って行きよった。
私はどうすればよかったのか?
しかし、この時既に息子達は油断なく動いていた。
気付けば息子達が整えた舞台に立たされてしまった。
全く息子達は私ではなく春花に似すぎてしまったようだ。
私が知らぬ間に曹爽一族を殺す等、愚かに過ぎようぞ。
これでは我らが小僧に取って代わっただけではないか?
息子達は分かっているのか?
これからの生が決して楽な生では無いことを。
私はもうすぐ死ぬだろう。
平穏な人生を歩みたかった筈なのに、どうしてこのような道を歩んでしまったのか?
だが、まぁ、悪い人生では無かっただろう。
但し、後の人々から悪く言われるんだろうな。
私は悪くないのに……
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