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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第69話 ヒーロー

 今週でセ・リーグの他5球団とは一通り対戦を終える。火曜からペンギンズ、金曜からコアラーズをハマスタに迎えて計6連戦。まずは去年の日本一チーム、外苑ミルルトペンギンズとの戦いだ。


「大活躍だね……もっといい選手で釣っておけばよかったな。今年ならうちでも投手挑戦できたよ」


「ははは………どうも」


 試合前にミルルトの三鶴監督が話しかけてきた。去年の秋にわたしのミルルト入りもありえたトレードがまとまらなかったのを悔やんでいるようだった。わたしの交換相手候補たちは全員ケガか開幕早々に炎上して再調整を命じられたかのどちらかだった。


「今やチームのスター、ヒーローだもの。ここまでの活躍するとはね、もうトレードは無理だなぁ」


「ハハハ、ミルルトにもいるじゃないですか、ヒーロー。昨日のニュース、見ましたよ。刃物を持った強盗を取り押さえたって」



 ブラックスターズのコーチたちが話の輪に入ってきて、三鶴監督を慰めるように言う。日本一のペンギンズも優勝に貢献した外国人投手たちが退団したりオープン戦で何人かケガをしたりと苦しいスタートになっていた。ただ、明るい話題もあって、それが選手による強盗退治のお手柄だった。


「誰も知らないような二軍の育成選手だけどね」


「いえいえ、その人は実際にみんなの命を救ったんですからわたしよりもずっと立派で価値があります。わたしだったらそんな勇気のある行動ができるかどうか………」


 その選手は今年から入団したようで、わたしも選手名鑑ぐらいでしか知らなかった。練習試合にも出ていない、まだまだこれからの選手なんだろう。



「みち、あなたの勇ましい姿を見て生きる気力を得た人間はきっといる。そしてこれからも増えていく。直接ではなくてもあなたも命を救っている」


「わたしが?珍プレーを見て笑いすぎて悩みが飛んでいっちゃった、とかならありそうだけどね」


「謙遜する必要はない。あなたも聞いたはず、あの村野カツ代、もはや死を待つだけの生活を続けていたというのにあなたを見るために球場に足を運んでいる」


 高齢の村野さんが今日は車椅子なしで来場していた。ゴーレムズとの開幕戦の解説でわたしをとても褒めてくれたのは知っている。でも村野さんは昔ミルルトの監督で何回も優勝していて、三鶴監督も教え子の一人だ。わたしよりもそっちが目的だと思う。





「気分を新たに………今週は勝ち越そう!」


 ずっと4番に座っていたフォックスは昨日二軍に降格した。本人が足が痛いと訴えたからで、しばらく帰ってこない。もう一人の助っ人野手、ロメックは真面目に練習していた。とはいえついに決断は下された。



 4 石河

 8 荒川

 3 奈村

 5 太刀川

 2 木谷

 9 中園

 7 関

 6 大和

 1 来田


 

 日曜日に冗談で『わたしがエースで4番』なんてふざけたことを言ったら現実になっちゃった。守備位置も今年初のサード。それにわたしと紀子さん以外は足がとても速いか、守備がかなりうまいか、選球眼に優れているか……そのうちの最低一つは満たしていないとスタメンに選ばれなかった。


「鈍足はウチらだけやな、みっちゃん!ま、走らんでもエエやつを打てば問題あらへんがな!」


「ははは、ウォーキング野球ってやつですか」


 本塁打、四死球、三振………これなら急いで走らなくてもいい。もちろんフォアボールで塁に出たらしっかり走塁はしなきゃいけないけど………。怠慢じゃない、遅いだけなんだ。あまりに遅すぎて不真面目だと疑う声もあるけどわたしは全力だ。




『打ちました!打球は無人のレフト線へ!二回裏の先頭打者太刀川、これはツーベースになりそうだ!ミルルトのレフト赤木が追いついて中継へ………』


「はひ、はひ、はひっ!」


『おっと!これは際どいタイミングになった!ショートからセカンドへ送球!太刀川、ヘルメットを飛ばしながら頭からすべる!』


 セカンドへの送球が高かったようで、わたしの頭上で二塁手の川田がジャンプ、タッチされることはなかった。



『太刀川、ヒヤヒヤさせるツーベースになりました!ショートからの送球がまともなら危なかったかもしれません』


『普通に走っているように見えるんですがね……途中でスピードを緩めてもいない。なのにどうしてこうなったんでしょう?これは酷いです』



「……は〜っ、は〜っ、は〜っ……………」


 なんとか4番デビューの最初の打席で長打が打てた。危うく憤死、ブラックスターズファンからの大ブーイングを浴びるところだったのは忘れよう。二塁打だった、それでいい。




『さあ9球目!ピッチャー桶川、投げました!』


 わたしが息を切らしているのを見たせいか、みやこは粘ってくれた。ようやく回復したころ、ミルルト期待の高卒新人、桶川の速いストレートに逆らわず流し打った。


「………抜ける!うお〜〜〜っ!!」


「みっちゃん!回れ回れ!ホームゴー!」


 コーチの腕がぐるぐる回る。わたしは加速して三塁ベースを蹴ってホームへ向かった。ホームでは中園さんが腕を上下させて、滑り込むように促していた。



「うわ―――――――――っ!!」


 

 打球は見えないけど、きっとこれも普通のランナーだったら問題なく生還できるんだろうな。貴重なみやこの打点1、わたしがランナーだったせいでパーになったなんて事態だけは避けたい。みやこは打撃タイトルが狙える打者だから、あの日の太刀川の走塁死さえなければ……そう言われたくない。


 もう一度ヘッドスライディング。一塁に走るときには絶対にしないけど、タッチプレーになるときはわたしは頭からすべる。少しでも相手がタッチしにくくなるように。



『あ―――!!送球が大きく逸れてキャッチャー宇野が捕れない!カバーに入った桶川も後逸!送球間を狙い二塁に走っていた木谷が一気に三塁まで到達しそうだ――――――っ!』


「………あれ?またラッキーだ!」


 先制しただけじゃない。無死三塁、追加点も狙える。もしわたしの足が人並みだったらホームに送球するのを最初から諦めていたはず。そうなるとわたしを生かすために二塁に走ったみやこは多分アウトになっていた。作戦ではなく偶然の結果だ。


(………?ボールがベンチに………わたしのヒットならいつも通りだけど自分のヒットを記念球にするのは珍しいな)


 わたしのツーベース、そしてみやこのタイムリーヒットのボールが二つ並べられていた。将来わたしの記念館を開くときに展示するためにとボールを集めているとみやこは言った。自分のものを集めたほうがよっぽどいいと思うけど……。



『中園もいい打球だ!センター前にタイムリー!』


 みやこがホームインして戻ってきた。軽くハグをしてから二つ目のボールを回収した理由を聞いてみた。すると、


「私の打点なんてどうでもいい。みちの得点1、それが重要。私のバットでそれが生まれたという意味もあり特別なボールになった」


「……あくまでわたしの記録………」


「試合はまだ始まったばかり。思い出の品をどんどん増やしましょう」




 その笑顔で言われたらわたしのやる気は一気に急上昇だ。この日、ホームランは出なかったけど今年初の猛打賞を記録した。七回に代走を送られて下がるまで、打撃、守備、走塁のぜんぶで今年のベストゲームだった。試合も大勝、文句なしの一日になった。



『ブラックスターズの勝利です!来田の後は江頭、渡久地、砂川、今日から一軍昇格の新外国人ペットンがそれぞれ一回を無失点!完璧な継投でした』


 ペットンはリリーフ専門の投手で、わたしと先発の座を争うことはない。フォックスの代わりに上がってきたから、いまの外国人枠は投手3、野手1になっている。


「エラーもなかったし、チームはよくなっていますよ。打順も勝っているうちはこのままです」


 危なげない快勝に新浦監督も笑顔だった。さすがに今日みたいな試合は出来すぎなのはみんなわかっている。でも毎試合こんな感じならわたしたちもファンも心穏やかだ。早々に先制して追加点も小刻みに、ミスなく投打が噛み合う。まだ四月だけどビールがおいしい夜になる。



「太刀川―――っ!」 「太刀川!太刀川!」


 去年は縁がなかったヒーローインタビューも今年二回目、ハマスタではわたしの登場率が10割だ。


『去年の日本一相手に快勝、今年は優勝を期待してもいいですか?』


「はい。久々のリーグ優勝、日本一……わたしたちも楽しみにしていますから。皆さんも応援お願いします!」


 まだ開幕したばかりなのに3位を狙うとか言ったらこの大歓声が罵声に変わる。どのチームも優勝を夢見ることが許される四月、その夢に身を任せよう。






「あとはハマスタでもホームランが打てたら……」


「いまのみっちゃんなら焦る必要はないよ。早めに壁を破りたい気持ちはわかるけどね」


「狙いすぎているのかもしれませんが……あっ、やっぱり気持ちが乱れるとダメみたいです」


 試合前の打撃練習、余計な考えごとをしながら打ったら場外への大ファールになった。それが思わぬ展開になった。




「ぐげっ!」


「い、いきなりボールが……!早く救急車を!」



 わたしの打球が通行人に当たってしまったらしい。昨日ミルルトの選手が正義のヒーローになった話を聞いたのにわたしは無差別に病院送りにしちゃった………と落ち込むだろうから、このことは試合が終わるまでわたしには告げられない予定だったと聞いた。


 ところが実際には試合開始一時間前、スタッフさんからぜんぶ聞かされた。衝撃の結末と共に。

 


「その男、ナイフと薬物を持ってたんだって。子どもや若い女の人をこれからたくさん刺しに行くとか医者に言い出して即逮捕。もしみっちゃんの打球がそいつの頭に当たって気絶していなかったら……」


 皆でゾッとした。ハマスタのすぐ外で惨劇が起きる寸前だった。試合どころじゃなくなっていた。



「みち、もはやあなたの奇跡の力は神の領域に入った。実際に直接命を救ってみせたあなたの底は見えない」


「…………う〜ん………どうなんだろうねぇ」


 ミルルトの選手のときとは違ってわたしのは偶然だ。当たり前だけど感謝状をもらったり表彰されたりってことはなかった。こんなミラクル、運を使い果たして試合ではしばらくタコが続くかなと嫌な予感があった。




『昨日から4番の太刀川が今日も止まりません!走者一掃のタイムリーツーベースヒット!これはもう本物です!打者としても本格化した横浜の新主砲だ!』



 わたしの予感が全くの見当違い、鈍い人間でほんとうによかった。いい流れはまだまだ続いている。



「あなたの活躍は運ではなく実力なのだから安定しているのは至極当然、使い果たすも何もないでしょう」


「そ、そうかな……?」



 ピッチング、バッティング共に絶好調。逃したと思っていたレギュラーとローテーションの座を早々に手に入れ、目標以上の結果が出ている。余計なことは考えずこのまま突っ走ろう。

 桶川 (外苑ミルルトペンギンズ投手)


 ミルルトが久々にドラフト競合で引き当てた大物投手。右投右打。150キロを超えるストレート、三振が奪えるスライダーが武器で、高卒ルーキーながら即エースになれる素質がある。


 元になった選手……令和初のドラフト、令和初の抽選となったあの選手。即戦力と未来のエース候補が並ぶ豊作ドラフトの中でも注目の一人だった。プロ初勝利こそ達成したが、最近のヤクルトは先発投手の育成に失敗し続けているので、正直なところ星や原と似たような末路を迎えそうな雰囲気もある。もちろん大成してくれたら嬉しいが……。



 サルサビル・ペットン (横浜投手)


 リリーフとしてブラックスターズが獲得した新外国人。右投右打。開幕を二軍で迎えたが、外国人枠が空いたため一軍昇格。もともと期待の薄かったほうが活躍するというのはよくある話で、左のエスバーン、右のペットンで勝ち試合を確実に守っていくことになる。


 元になった選手……将軍の愛称を持つあの投手。それまで自前の外人投手はどうしようもないハズレ続きだったが、同年入団のウィーランド、トレード加入のエスコバーと共に日本シリーズ進出に大貢献した。ラミレス政権の終わりと同時に退団、横浜のブルペンは再び貧弱になっていきそうだ。

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