第53話 始動、そして決別
ラメセス体制のキャンプとはまるで違うハードトレーニング。三日目にしてホテルで休養する選手たちが、せめてサイン会でも開いてファンを納得させろと叩き起こされて練習場に来てみると、聞いていた話とは違って賑やかで盛り上がっている。
「怒ったファンがいまにも暴れそうって話だったわ。騙された?」
「いや、それよりもマウンドにいるのは!」
その中心にわたしがいる、それが皆の一番の驚きだった。わたし自身もびっくりしているとはいえ、みやこがそれを求めていると事前にわかっていたからそれほどでもなかった。
「生きた球を打てるのは嬉しいね。よろしく」
シーズン中盤からレギュラーに定着した佐々野さん。その長打力はまさに大筒さん二世になれるほどだ。打球が速いからヒットになりやすく、一年間フルで出場したら首位打者も本塁打王も狙えると評価する解説者もいるほどだ。
(………体力には自信のあるわたしもさすがに全球全力は無理かもなぁ。だからみやこも最初の数球でいいって言ったんだ)
「まあこれは紅白戦とかじゃなくて打撃練習なんだから……」
打たれてもいい、課題が見つかれば。でも勝負球を簡単に外野深くまで飛ばされるようだと前途多難だ。まずは普通に直球を投げてみよう。
「…………」
フォームやリリースポイントが安定することを意識する。みやことの特訓で急激に改良したわたしのピッチング、まだまだ成長できそうだけどいまのベストで佐々野さんにどれくらい通用するか。全くダメだと全球全力で投げないといけなくなる。
(ペース配分を考えたら打たれちゃうようだと先発は無理だな。リリーフに専念するしかないよ)
みやこ相手の数球とは違って、静かに投げてみた。足を目いっぱい高く上げて大きく振りかぶるのは同じ、体重は乗っている。真ん中に直球、果たして………。
「………あっ!」
佐々野さんの声といっしょにボールが力なく前に転がる。ファーストゴロだ。
「しまった。せっかくのサービスボールなのに打ち損じちゃった!もう一球いまのところに投げて!」
「球速は………140キロ。確かに絶好球だわ」
予定にない、いきなり始めたバッティング練習だ。最初は抑えたとしてもあまり喜んじゃいけない。佐々野さんの目と体が慣れてきてからが本番だ。強い打球が続くようになったらスライダーを混ぜながら打ち取りに行こう。
「………」
「ふ〜………全然打てないわ。やめにする」
最後まで直球だけで抑えられた。バッティングピッチャーとしては失格だけど佐々野さんも勝負を望んでいたからオッケーってことにしよう。
「これがシーズン中じゃなくてよかったじゃない。調子絶不調でスタメン落ちは確実だったわ」
「………う〜ん………」
「次は私が。みっちゃん先輩、お願いします」
キャッチボールやランニングで汗を流していた山木が次の相手だ。キャッチャーとしてはまだまだだけど打撃のレベルは高い。意外性のある一打は速球に力負けしない。
「……アレ…?おかしいな」
山木もヒット性の打球がなかった。外野まで飛ばされても滞空時間が長いから余裕のあるフライになる。
「打てそうなのに詰まらされる……パワー不足です。午後はウェイトトレーニングにしますよ。ありがとうございました」
「パワーってことなら私の出番かな?先輩、私はストレートならこのチームの誰よりも飛ばす自信がありますよ」
三人目は細海、自信満々だ。そろそろ一軍でも活躍してほしい大砲候補、そのためには変化球対策をしないと通用しないままだ。ここはカーブとスライダーを試す機会だ。
「うがっ!また逃げられた!」
お世辞にもキレているとは言えないわたしの変化球を打てないようだと厳しい。でも弱点の克服に躍起になると長所が死ぬこともあるからそこは本人とコーチに任せるしかない。
「ストレートなら打てたのに………」
「ならば実行してほしい。みち!渾身の直球を!」
ストレートがくるとわかっていればどんなに速く重い球でも長打にできるのが細海の持ち味だ。でもその愚痴をみやこは聞き逃さず、許そうとしなかった。わたしの全力投球を簡単に打てるわけがないと明らかにしたかったんだろう。
「うおおぉぉ――――――っ!」
「ど真ん中!いけ…………ウッ!」
細海の自信とみやこのわたしへの信頼はみやこの勝ち。細海も午後は休養する予定を変更するようだ。その後も挑戦者たちを退け続け、ホテル組がウォームアップを終えて飛び入り参加してきても好投は続いた。たまにヒット性の当たりを許しても連打は許さず、確かな手応えを感じた。
「……派手にやったわね」
コーチの一人が呟いた。観客席には記者たちもいて、わたしが投手としてどれくらいやれるかを見てしまった。隠しておこうという球団の方針とはまるで違う展開になった。
「……ははは、ただのバッティングピッチャーのつもりだったんですがお互いに熱くなったといいますか」
「みちの力ではいずれこうなっていたでしょう。光り輝きすぎて隠そうにも隠しきれません」
「………こうなったら予定変更しかないか」
新浦監督が自分から記者たちを呼んで、説明を始めた。
「監督、今我々が目撃したのは……」
「ええ、そのままです。来シーズンから太刀川には投手メインでやってもらう、そのための準備ですよ」
驚きの声が上がるなか、監督は話を続ける。
「投手メイン、つまり野手もやるということ。皆さんが好きな二刀流です」
「二刀流!先日アメリカ球界挑戦を表明した大仁田のような!」
「キャッチャーにファースト、サード。それに外野もできそうですから。大仁田以上になりますよ」
そして午後、今日は休もうと考えていた選手たちも何らかの練習に参加した。わたしの球を打てなかったのが悔しくて、くつろいでいる場合じゃないと思ったそうだ。コーチたちも喜んで指導して、サイン会なんかやらなくてもファンは満足してくれた。
ブラックスターズはみんなファンサービスを大事にするから練習後は快くサインや写真撮影に応じる。チヤホヤされるのが好きなだけと認める人もいるけど。
「監督、よかったんですか?来シーズンまで内密にする、他のチームに知られてしまいましたよ」
「バレたものはしょうがない。みっちゃんに注目を集めて他への警戒を緩くする、その作戦に変える。幸いみっちゃんのおかげで皆にやる気が出てきた」
わたしを切り札にするのは諦めて、他の野手をマークさせないようにすればいい。新たな方針を決めて、監督は投手キャンプに合流するために飛行機で帰っていった。
翌日、各スポーツ新聞が一斉にわたしの投球と新浦監督のコメントを記事にした。でも内容は監督やわたしたちが思っていたものとは違った。
「新浦監督、報道陣と頭脳戦展開……太刀川の二刀流挑戦宣言は手の内を隠すためか………あらら、こんな風に書かれるか」
わたしがそれなりの球を投げるのはオールスターで皆わかっている。マスコミや他球団を騙すためにチーム全体で芝居をした、そう考えた記者がほとんどだったようだ。
二軍監督やコーチに比べて、一軍の監督はやっぱり難しくて思い通りにならない。この三日で新浦監督はそれを実感したという。自分の覚悟はまだまだ甘かったと。
「ラメちゃんは細かい野球をやらなかったんじゃない、やりたくてもできなかったんだ。守り勝つ、盗塁を増やす……言うだけなら簡単だった。実現するとなると………」
新聞記事すら思惑とは大外れ、チームを理想的な形に完成させるのはもっと難しい。監督の挑戦は始まったばかりだ。
『ブラックスターズに救世主登場だ。あの太刀川みち(23)が打撃練習に登板し完璧なピッチングを披露。投手転向なら20勝は確実、新たなる女王誕生の予感がした』
狂スポだけはわたしが本気で投手挑戦をしていると書いた。でもいつものおふざけのせいで台無しだった。
『貧弱な横浜野手陣が次々と挑戦するも全員返り討ち、格の差を見せつけた太刀川。140キロ前後、スライダーとカーブだけで打者を圧倒する姿は、その足を高く上げるフォームも含め球界に名を残すレジェンドたちそのもの。彼女たちの持つ長年破られていない数々の記録は太刀川によって塗り替えられることになるかもしれない、そんな気がする』
褒められているはずなのになんかバカにされてるように感じるんだよなぁ………。
『素晴らしいプレーがあるとすぐに『神』と呼ぶのが最近の風潮だが、この日のマウンドで仁王立ちする太刀川こそ真の女神の風格が漂っていた。もし太刀川が先発投手としてローテーション入りするのであれば、今中や前橋らの投手陣は早々に競争を諦めて開幕投手の座を渡したほうが賢明かもしれない』
どうせ次は真逆の内容になっているだろうから喜ばないでおこう。午前は打撃、午後は打撃投手。キャンプの練習時間中に投げる機会ができたから今日はみやことの居残り練習は休み、二人で散歩でもすることにした。
「オッケー、あとはティーバッティングね」
今シーズンの最終的な成績は119打数40安打10本塁打、打点39。打率は3割3分6厘。これまでの四年間は全部0だったことを考えたら大満足だ。でもほんとうにこれで満足して来年もこれくらいでいいやと思うと成績は落ちてしまう、ある先輩が失敗談を語ってくれた。今年以上の結果を、と死にものぐるいで頑張ってようやく現状維持だったと。
「みっちゃん、相変わらず練習熱心だね。他の皆を引っ張ってくれているのは助かるよ。疲れや痛みはない?」
「はい、ケガ知らず、体力だけは人一倍だけが自慢ですから。まだまだやれますよ」
「そうだった。その頑丈さは立派な武器だから謙遜しなくていいのよ。確かに昨日は200球以上投げても平気そうだったわね。来年が楽しみだわ」
わたしもプロ生活で今年が一番来シーズンが待ち遠しい。こんなに充実している秋は初めてだ。どれくらいの成績になるかはわからないしどれだけ試合に出られるかも来年にならないと何とも言えない。だけどいままでとは全く違う、最高の一年になるという予感があった。
「みっちゃんは先発でしょう。今年の後半は一軍も二軍も先発投手が厳しかったじゃないですか。どうせ投手は補強しないんです、開幕からローテーションに入れます!」
「でもねぇ梨世、あの全力投球なら大仁田すら抑えられる。ストッパーにすればまさに大魔神になれる!いや、あの外見で大魔神はないか、常識的に考えて……」
「笑ってる場合じゃありませんよ明桜さん。抑えなら川崎がいるじゃないですか!岩田も二吉も先発に戻したいくらいなんです、ヒュウズとの契約がダメそうなのは知ってますよね」
横須賀の投手キャンプでは監督と皆藤投手コーチがわたしの起用法を巡って議論していたそうだ。残念なことにヒュウズは退団が決定的、アメリカのチームと契約できそうだからヒュウズのことを思えば喜ぶべきことだけど、わたしはもう週一の専属捕手には戻れない。
新たなチャレンジを成功させなければ先発か抑えで争うんじゃない、一軍か二軍かで監督たちが話し合うことになる。残留かクビかという話になるのも当然の流れだ。
「キャッチャーを完全にはやめない……でもメインでやるのはおしまいだ。サードとライトの守備練習に絞る!」
わたしのことをとにかく褒めてくれるみやこですら、捕手としての能力や適性については何も言わなかった。だったらヒュウズがいなくなるいま、決別だ。緊急事態の第三捕手を他のポジションをこなしながら兼任する。決意を胸に放ったティーバッティングのボールが遥か遠くに消えていった。
皆藤 明桜(横浜一軍投手コーチ)
新浦監督同様に横浜一筋で投げ抜いた名投手。100勝100Sを達成した万能投手でもある。女性だからヒゲは生えていない。
元になった人物……ヒゲの斉藤ことあの人物。漢字表記が名字も名前もコロコロ変わる。名選手だがコーチとしては残念ながら………。解説がボソボソで聞きにくいという声もあったが近年ははっきり喋っていて聞きやすい………と個人的には思う。
大洋→横浜大洋→横浜の全てで一軍出場した唯一の選手。ちなみに三浦大輔は横浜大洋→横浜→DeNAの全てに在籍した(一軍出場もした)唯一の選手。




