第52話 きみを讃えよう
わたしの投手再挑戦、もっと言うならミルルトとのトレードに応じるかどうかの投球テスト。たったの5球で打ち切られ、しかも合格。いろいろ聞きたいことはあったけれど、先に監督たちがその理由を話し始めた。
「あれだけ豪快なフォームから正確なコントロール、まずはこれが凄い。アタイも現役のときはコントロールで勝負してたからな、速さよりも大事なのは制球だよ」
女番長、新浦梨世。投球スタイルは直球で突っ張る………わけじゃなくて投球術で相手をかわす。その日の審判の傾向まで頭に入れて自慢のコントロールで四隅を突く。もちろん必要なときはど真ん中に投げる度胸もあった。
「足腰がしっかりしているね。ブシテレビの解説で何回か試合を見ていて、木谷がいるせいで控えなのはもったいないと思っていたんだけど……ほっほっほ、投手という手があった!」
現役時代はミルルトペンギンズの名捕手、引退後は二回横浜の監督になった名将、大江原陽子。監督として優勝はできなかったけど、優秀な捕手をたくさん育てた。わたしがプロになってすぐに捕手転向となったときは、この人みたいなキャッチャーになりたいと思ったほどだ。
「そして一番の決め手はそのボールの質!」
「球速以上に打者は苦労して打てない。変化球を見るまでもなく合格としたのはそれだね」
いままでみやこしかわからなかったわたしの武器の数々。それを二人はすぐに見つけてくれた。確かにみやこの言う通り、経験豊かな見る目のある人たちが首脳陣になった。武器なだけで通用するかどうかは別問題だけど。
「アタイが他のコーチから外野メインでやれって言われてどうにも気分が乗らなかったのは予感があったからかもな……これなら二刀流、いける!ミルルトめ、沢田や植野なんかとトレードしてたまるか!すぐに断るように連絡しておかないと!」
「うん、それがいい。彼女たちでは継投で使い倒すくらいしか価値はない。で、太刀川さん。このキャンプでは午前は野手の練習をするけど午後は室内でピッチャーとしての練習をやってもらおうかな。忙しいけれどできるね?」
「はいっ!どちらも精一杯頑張ります!」
編成部や投手コーチに電話するために監督たちは出ていった。今日はこのまま解散、ホテルに戻るように言われた。
「やったねみやこ!新しい道が開けたよ!ミルルト?トレード??ちょっとわけのわからない言葉もあったけど大したことじゃないよね。さ、わたしたちも帰ろう」
監督たちがポロリしたトレードについては知らないふりをした。どうせこの話はなくなった。もう誰の話題に上がることもない………と思っていた。急にみやこが抱きついてきた。
「みち……私を心配させないために今日まで孤独な戦いを続けていたあなたを心から讃えたい。ミルルトの奸計を打ち破り勝利を掴んだあなたを讃える」
「!?み、みやこ?」
「あなたが病院で誘惑を受けたのは知っていた。尊敬していた者からの誘い、幼き日からの憧れのチーム……それでもあなたは揺らがなかった」
………え?なんで知ってるの?情報が漏れただけならわかるけどわたしが木更津さんと話したときに聞いたってことまでどうしてわかっているの?
「木更津があなたのためを思い残留の可能性を残してくれたのは幸運だった。許し難いのはこの詐欺にも等しいトレードを仕組んだミルルト球団そのもの、そしてミルルトに移籍したら真っ先にあなたを手に入れる手筈を整えていた吉野和歌子という女!」
「吉野さん……そういえば神宮の最終戦で声をかけてきてくれたなぁ。すぐに行っちゃったからわたしには興味なしって感じだったけど………?」
みやこがいたから早くいなくなったのかな?もしかしてあの試合後に「何か間違いがあったらいけない」と言ってわたしのそばを離れなかったのは木更津さんじゃなくて吉野さんを警戒していた?
「私がいない日、場所を狙い、しかもみちの気持ちを乱すのに最も効果的な人間を使って強奪しようとした………必ず恐ろしいことが起きる」
「………なんで知ってるの?」
わたしが一番気になっていた質問への答えはなかった。
『日本一ナインは夜遊びも日本一!?優勝争い最終盤の裏で夜の街を楽しむ主砲・川田たち』
『ミルルト三鶴監督、シャワー室での秘密の宴!長すぎるシャワーの一部始終』
『ブシテレビアナウンサーの知られざる性癖!ロリコンアナの肉食野獣的行為』
「最近ミルルトのスキャンダル記事が多いわね。日本一になると注目度も違うのかしら」
「吉野アナ……これじゃ地上波の番組は降板だ」
わたしもこれまでよりは少しは名前と顔を知られるようになった。自分の行動には気をつけなくちゃと思わされた。
「まだまだ!もっといいスタートで、もう一回!」
『石 琢未』内野守備走塁コーチ。二日目のわたしは走塁練習から始まった。足が遅くてもスタートするタイミングやベースランニングをうまくすれば少しはマシになる。
「………来年は盗塁倍増がチームの目標だけどあなたは盗塁を意識しなくていいわ。今年2つ決めただけでも凄い」
ホームランだけに頼るのはやめて、足を使った攻撃も取り入れるという作戦はわたしには関係ないようだ。ただしダブルスチールのお供だったりエンドランのサインが出たりはあるから相手のピッチャーの動きをよく見なきゃいけない。
「うっ………あいたたた」
これまでにないハードな練習で、二日目にして早速リタイアが出た。ケガはしていなくても疲労困憊の選手が多く、
「は――っ、は―――っ。ラメセスのよさがいまになってわかってきたわ」
「秋でこれなら来年の春は………うげ〜〜っ…」
半分以上がダウン寸前のため、三日目は予定変更。希望者だけが練習参加、メニューも本人が選べる。他は休養となった。
「まずいですね…早くも計画が狂いました。しっかり鍛え直す必要がありますがその前にチームが壊れかねません」
「去年は投手コーチ、今年は二軍監督……練習量少なめでコンディション維持を目指せと言われ続けてきたけれど……これはかなりヤバいわ。アタイは選手たちの自主的な発奮に期待している」
「まあ………今日だけは甘やかして明日からは鞭でぶっ叩きましょう。まだ年を越してもいないのに最下位確定ですよ」
監督、コーチたちは頭を抱えていた。そして見学に来ていたファンは怒りだす。
「せっかくこんなところまで来たのにほとんどの選手が突然の休日……しかもいる選手たちもだらだらした動きばかり……」
「他所は激しい競争を始めているのに……」
「レズレイプしてやるわ―――――っ!!」
仕方がないからホテルで寝ている選手を無理やり連れてきてサイン会でもやろうと決まったらしい。奄美まで見学に来るのは当然熱狂的なファン、しかも今日は過激派が集まってしまった。
「わたしたちも……外で練習?」
「お願いします!ファンのためにも……」
室内で投球練習をしていたわたしと球を受けていたみやこのもとにスタッフさんが駆けつけ、頭を深く下げた。サイン会までの時間稼ぎでいいから元気なわたしたちに外で練習する姿を見せてほしいと。
「だったらちょうどいい練習があるね、みやこ!」
「ええ。私は当初の予定では打撃練習だった」
わたしがバッティングピッチャー、みやこがバッターだ。黒星寮のグラウンドでも何回もやっている。実際にキャンプや二軍調整中にはピッチャーが打撃投手をしながら感覚を掴んでいく。
投手挑戦はまだあまり公にはしない方針だけど、みやこの練習に付き合う助手みたいにしていればバレないと思う。寮での練習のときは真剣勝負だった、今日はわたしが少し手を抜けば……。
「みち、初球から全力で来て」
「えっ?」
「もしみちが手加減するなら私は一球もバットを振らない。ただのバッティング練習なら打撃投手やスタッフを相手にすればいい。本気の球を皆に見せてあげましょう」
みやこはコソコソするのが嫌みたいだ。みやこはわたしが来年から毎年25勝できると本気で考えている。それほどの投手ならば堂々と表に出て存在を明らかにするべきだと。
「………わかった。でもみやこじゃなくてネット相手に投げるからね。全力で投げてもベストにはならないよ」
「構わない。最初の数球だけ本気で投げてくれたらそれでいい。素晴らしいショーが始まるから」
ショー?何のことだろう。でもみやこの言うことはわたし絡みだとほぼ百発百中だ。なぜか木更津さんとの密談の中身も、その後ミルルトに関わる悪い報道の数々も言い当てたみやこだ。
わたしを信じ続け、力づけてくれたみやこを讃えよう。言葉を並べるのは苦手だからこのピッチングで。
「あ、あれは!見て、木谷がバッティングを!」
「そばで見なくちゃ!ピッチャーは……太刀川?」
ファンが移動を始めた。見るべきものが何一つないグラウンドにようやくみやこという目玉が現れた。わたしはみやこの柵越え連発を見せてファンに喜んでもらおうと考えていた。ところがみやこはわたしを主役にしようと決めている。それがどんな結果を生むのか………。
「うおぉぉお――――――――っ!!」
要望通りの直球。真ん中高めに投げた球をみやこが打ち返す。高く上がっただけ、ショートフライだ。外野で軽い運動だけ繰り返していた選手たちもわたしの叫び声を聞いてぞろぞろと内野に集まりだした。
「あら?みっちゃんがバッティングピッチャー?」
「元投手だもんねぇ。でもそれならスタッフに任せてみっちゃんもバッティング練習すればいいのに」
仲間たちにもまだわたしの……わたしたちの挑戦は知られていなかった。2球目、次は外角低めを狙って投げた。
「うお―――――――――っ!」
ストライクゾーンとはいえ厳しいコース、実戦なら2ストライクでない限り手を出さない球だ。練習だからみやこは打ちにいって、ボテボテのセカンドゴロコースだった。
「木谷が連続で打ち損じ……そんなこともたまにはあるか」
ファンや選手たちはそこまで深く考えていなかった。ところがみやこの凡打が6球目まで続いたとき、みやこが手を抜いているとか不調なんだとは思わなくなった。これがみやこの狙いだった。
「………もしかしてみっちゃんの球って………」
「もの凄く打ちにくい?木谷が苦しむほどに」
オールスターで大仁田を抑えたシーンを思い出したファンもいれば、わたしが入団したときは投手だったことを知っている先輩たちやチームの情報に詳しいファンもいた。ざわつき始め、この場にいたほとんどの人間が集結したとき、みやこは打席を外した。するとキャッチャーの準備を始め、ネットをどかした。
「………?あれ、打撃練習はもういいの?」
「私は終わった。あとはあなたの球を受ける。打者役ならここに何人もいるから」
みやこが言い終えたときにはすでに佐々野さんが素振りをしてから左打席に向かっていた。
「佐々野さん!」
「面白そうだから参加させてもらおうかな。今日は自由に練習していい日だ。みっちゃんの球を打ってみたくなった」
他の人たちも素振りを始めたり守備位置についたりした。全体の半分程度の人数しかいないグラウンドが熱くなり始めていた。
大江原 陽子(横浜一軍バッテリーコーチ)
過去2回横浜で指揮を取り、選手育成、特に捕手の育成に秀でた優しい初老のコーチ。選手時代はミルルト一筋だが、さすがにみっちゃんが生まれたときには引退していて、彼女の活躍は本や動画で見て学んだ。
元になった人物……横浜ベイスターズ1998年の日本一の基礎を築いたあの名将。捕手や打者が次々と才能を開花させた。しかし2008年以降の大暗黒時代の基礎を築いた『やる大矢』でもある。マシンガン継投の祖。
大江原という名字はやる大矢と同時代に流行った『やる大江原』から。彼はまだ現役騎手だ。
石 琢未(横浜一軍内野守備走塁コーチ)
横浜ブラックスターズの名ショートとしてチームの黄金期に活躍。走攻守いずれも指導力が高く、優勝から遠ざかるチームを浮上させる。
元になった人物……ドラフト外から入団、投手で挫折し野手転向という経歴から2400本以上安打を放ったあの名選手、名コーチ。広島、ヤクルト、巨人でコーチ歴があるが残念ながら横浜に帰ってくることはないだろう。親会社が変わっているので僅かなチャンスはあるかも。




