第51話 奄美の決戦
秋のキャンプが始まる。投手は横須賀、野手は鹿児島の奄美大島で半月の間練習漬けだ。わたしはいろんな場所に行けるのもプロ野球選手の楽しみのひとつだと思っているから奄美行きは大歓迎だった。春のキャンプと違ってチーム全員は参加しない。
外国人選手やベテラン、ケガを治さないといけない選手はいない。育成枠で、まだまだ支配下選手登録が遠いような選手も連れていってもらえない。シーズン途中で故障した大筒さんと長崎さんは不参加だった。でも二人は別な理由があって……。
「大筒さんはポスティングでメジャー……複数球団の入札は確実!あとは金と条件……」
「長崎さん……あれはもう決まりだわ。またゴーレムズよ」
大筒さんはポスティング、長崎さんはFAで退団が濃厚だった。ゴーレムズは数年前にやっぱり横浜から獲得した町田が衰えたとみるや、サードの後釜を手に入れようとした。残留はないと考えるのが普通だ。大筒さんはいいとして、長崎さんは来年から呼び捨てだな。
だけどいま、他の人のことはどうでもいい。キャンプ初日の練習終了後に新浦監督と『大江原陽子』バッテリーコーチの前でわたしの投球を見せることになった。皆藤投手コーチは当然横須賀にいるから、今回は見送りとなった。
「みやこがつくってくれたチャンス……」
契約更改の場で、すぐに終わらせたわたしと違ってみやこは長かった。お金の話は早々に終わって、チームへの意見や要望に時間をたくさん割いていた。そのときにこの機会をねじ込んでくれたらしい。
「新チームは若い新監督を支えるために一軍コーチ陣が経験豊富な人物たちで形成された。ラメセスの言いなりだった連中とは違いあなたの力を正確に評価してくれるでしょう」
「大江原コーチは昔横浜の監督を二回やったからね、よく復帰してくれたよ。そのときの投手コーチが皆藤さんだった」
まずは入念にウォームアップをしてからそれぞれの練習に入る。ストレッチをしながらみやこと契約の話をした。
「来年は6000万円………差は広がる一方だなぁ」
「いずれみちのほうが稼ぐことになる………早ければ来年にも。それに私たちの財布は同じ」
そうだった………どちらのお金もいったん1つにまとめて、それからいろんな管理をするって話だった。すでに今年から去年の倍以上もらっているわたしにとって、お金のことで悩まなくていいのは助かった。野球に専念できる。
「税金の支払いや対策、必要経費の計算なども知り合いの税理士や専門家がうまくやってくれる。法律を破るようなことはしないから安心してほしい」
「何から何までありがとう。これはしっかりアピールしないとね。投球だけじゃない、バッティングも」
トレードされないためには投手再挑戦が失敗したとしても別の持ち味で監督たちにわたしの価値を認めてもらう必要がある。
木更津さんの話しぶりだと、すでにトレードの提案は横浜に届いている。もし即決だったらとっくにわたしはミルルトに行っているはず。だから編成部は悩んでいて、最後の決断を現場に任せたんだ、とわたしは予想する。
(わたしの代わりに来る投手よりもわたしがチームの役に立つかどうかを見られている!)
おそらく中継ぎ投手の誰かが交換要員だ。今年のミルルトは勝ちパターンのリリーフが安定していたから他の投手は調子が上がっても敗戦処理や上と下の行ったり来たりから抜け出せなかった。その点横浜は数年間酷使を続けたせいでリリーフは焼け野原、誰でも勝利の方程式のセットアッパーになるチャンスありだ。新浦監督も野手より投手を欲しがるはず。
「……?みち………何か考え事?」
「えっ!?い、いやいや!何もないよ……でも少しは考えながら練習しないとね!テーマを決めておけば効果的に練習できる!今年からハードだろうしね〜………」
「…………確かにラメセス政権では秋のキャンプも非常に緩かったと聞いている。トレーニングの成果は上がるけれど故障にも気をつけないといけない」
ふぅ。うまくごまかせた。球団のトップたちしか知らない秘密のトレード。木更津さんはどうしてわたしに教えたんだろう。わたしが悩み苦しむのを見て喜ぶはずはない。FAと違ってわたしに選択の自由はないのに………。
いや、今回は違った。木更津さんはほんとうにわたしのことを考えてくれている。横浜に残りたいか、ミルルトに移籍したいか、わたしの努力しだいで選べる状況をつくってくれたんだ。
(残りたければ全力でアピールすればいい、そうじゃなかったら適当にやって、横浜の内部情報をミルルトにお土産として持参することに狙いを絞ればいい………)
「よーし、今年のキャンプ初のバッティング練習、アタイが投げてやるぜ!ヨロシク!」
「か、監督自らバッティングピッチャーを!?」
「まだまだコントロールなら負けねーよ。ほら、始めるぜ!」
新浦監督が佐々野さん、それに細海に対して投げる。ストライク率は本職のバッティングピッチャー並だった。わたしは監督の球を打つ機会はなかった。
「う〜ん………いいな、やっぱり」
一昨年まで二軍のコーチで、新たに一軍打撃コーチに就任した『都築尚美』コーチが監督を手招きする。監督は打撃投手をスタッフと交代してから都築コーチのもとへ向かう。
「早速見つけた?来年の4番候補を。大筒も長崎もおそらく退団、セトとの契約だってどうなるか………いまの戦力の中から見つけなきゃだからねぇ。さすがタカさんだな」
「うん、私はこの中ならみっちゃんを推す。サードか外野手に転向させたらホームランは最低20は打つはず。今年の活躍は本物、ラメセス前監督はもっと使うべきだった」
おっ!?佐々野さんかと思ったらわたしか。やっぱり評価されると嬉しいな。にやけてしまう。
「捕手のままじゃもったいないわ。午後の守備練習、みっちゃんのポジション変えられない?」
「コンバートか……サードやファーストも下手じゃない。外野だって肩は魅力あるけど足がね」
都築コーチの提案に監督はあまり乗り気じゃなかった。崩壊気味だった守備を強化して投手を中心とした守り勝つ野球、それが新浦監督の方針だったからだ。現にまだ交渉中とはいえ、守備力のあるショートをFAで獲得しようとしていた。
「木谷がいるから捕手はもういいでしょ。代打なんて宝の持ち腐れじゃないの」
「持ち腐れ………か、なるほどね」
うっ、これはまずい流れだ。だったらフル回転できるリリーフと交換しちゃおうって思っている顔だ。
「まあ一応やってみるかな……内野の守備はだいたいどれくらいできるかわかってる、外野を試してみよう」
外野か……去年二軍の試合で人が足りなくなって守ったな。ライトかレフトならそれなりにはできるはず。
午後は守備練習、監督たちの会話の通り、わたしは捕手から外野手に変更されていた。ノックを受けて一通りの動きを試してみた結果、わたしも周りも同じ考えに至った。
「ハマスタは狭いから問題ないけど広い球場だとやっぱりその足の遅さがなぁ……送球がいいだけにもったいない」
「だったら関東の狭い球場のときは外野、関西の広い球場なら内野か代打……でどうですか?」
「あまり守備位置をコロコロ変えたくないな。セトもそれで調子を落としたし周りも動かさないといけない」
外野守備走塁コーチの『銀城蔦子』さんはわたしの起用に積極的だけどここでも新浦監督は難色を示した。わたしも捕球や返球はうまくできたけれど頭を越えられたときに全部センター頼みになる鈍足が足を引っ張っているのはわかっていた。
「とりあえず今日はそのまま続ける。ただ……次回の守備練習からは捕手に戻すかな」
「……そうですか………」
現役時代、横浜の黄金期が終わってだんだん弱くなってくると拙守に泣かされることも多かった新浦監督は、投手の気持ちを考えて堅守のチームにしたいと語る。多少打力が落ちても守りを強化すれば勝率は上がるという。
(まずいな………打撃と守備……どっちも足りなかった!ピッチングに賭けるしかなくなった!)
監督が奄美にいるのは最初の数日だけで、残りは投手を見る。だからわたしのアピールチャンスは限られている。初日の練習が終わって報道陣や観客、更には他の選手も帰したところでわたしのテストが室内練習場で始まる。肩を作っておかないと。
若い新監督を支えるためにコーチ陣は実績のある優秀な人たちを用意したと聞かされている。そのコーチたちからの評価はよかった。でも肝心の監督がいまひとつ渋い顔なのが問題だ。すでに2アウト、次のピッチングでダメなら3アウトでおしまいだ。
「さあみち、始めましょう。新浦監督、大江原コーチ、よろしくお願いします」
「横浜が黄金期を迎えるために必要………ずいぶん大きく出たよねェ、木谷!アタイを満足させてくれる自信はあるんだろうね」
「もちろん。あなたが名将と呼ばれるか愚将と呼ばれるか、全ては今日この瞬間にかかっています」
とうとうこの時間がきた。どうすればいい……開き直ったほうがいいのかな?ダメでもミルルトに行けるからそれならそれでもう構わない、変に気負わないように………。
いや、わたしはそういう心構えじゃ力が出ない。根性、熱意、気迫、闘志……全面に出さないと真価が発揮できない。
「……どれ、アタイが打席に立ってみるかな。その方がやる気が出るんじゃないか?」
新浦監督がバットをもって打席に立つ。大江原コーチは面白そうに笑っているだけだった。そしてみやこはマスクを被り、ホームベースの後ろで構えた。ど真ん中にストレート!よし、勝負だ!当てたらどうしようなんて考えも消えた。監督から三振を奪うつもりで全力投球だ!
「うおおぉぉぉ――――――!!」
大きく振りかぶり、足を高く上げて、叫びながら投げた。広い室内にみやこのミットの音が響く。
「……………………!!」
「ほっほっほ、147キロ………」
大江原コーチが球速を告げる。やっぱりプロの投手としては平凡だ。でもこれで落ち込んだり諦めたりはしない。とにかく投げ込むだけだ。ダメかどうかを決めるのはわたしじゃない。わたしにできることはただ一つだけ。
「うお――――――――――っ!」
「おお………148キロ」
まずは直球だけ5球投げた。みやこの構えたところに狂いなく投げられたことでコントロールをアピールできた。
「じゃあ次はスライダーを………」
変化球は自信がないけど投げないわけにはいかないだろう。スライダー、カーブ……球種は少ないしキレもそこそこ。早いうちに見せておいて最後はまた直球でいこうと思っていたら、監督が打席から出てヘルメットを外し、バットを置いた。
「いや、投げなくていいよ」
「えっ……ならカーブを、それか直球を………」
「そうじゃない。テストはもういい、終わりって意味だよ」
ダメだった………!たった5球で不合格。スピードが物足りなかったか………天を仰いだ。大江原コーチも終了でいいと言う。現役時代150勝以上した監督、その昔ミルルトの捕手として名投手の球を受けてきたコーチにはわたしの球は………。
「これ以上試す必要はない、合格だよ。こりゃ凄いわ」
「来年の開幕から一軍のマウンドに立てそうだね。先発も抑えもできる、楽しみな投手が見つかったよ」
「…………ご、合格?」
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いまだに語り継がれるのも当然の最低の守備だと思います。




