第45話 一塁守備
わたしの看板直撃弾で延長十二回表、ついに両チーム合わせて初の得点が入った。マウンドの菅はショックでこのまま降板するかと思ったけどなんとか立ち上がって3アウト目を取った。
『………スリーアウト、チェンジです。しかしこの回、ブラックスターズが太刀川の代打本塁打で先制、打たれた菅、いや……ナイン全員が虚ろな目でベンチに戻っていきます………』
ミルルトも1点リードを守ったまま八回を終えたようだ。最後は抑えのベネットに託すはず。怒りっぽい投手だけど緊張で球が乱れることはない。ひっくり返されるとしたらわたしたちのほうだ。
『現時点でミルルトペンギンズはリードしているとのことです。もしペンギンズ勝利でゴーレムズが敗れるとペンギンズの優勝!ゴーレムズが逆転サヨナラ、もしくは引き分けに持ちこめば明日のペンギンズ対ブラックスターズ戦の結果次第となります』
7人目の投手は二吉さんだ。抑えの川崎さんはひと足早くシーズンを終えている。セーブ王のチャンスがあればまだ一軍にいたんだろうけど、いないものは仕方ない。
『そしてブラックスターズは代打の太刀川をそのまま一塁に入れるようです。一塁守備がうまいという選手ではありませんがこれはどんな狙いがあるのでしょうか?』
ラメセス監督の狙いは聞いていた。あえてわたしを一塁に置くことで相手の打撃を狂わせると。エラーやミスに期待してライト側への無理な打撃やセーフティバントをさせることでホームランは打たれなくなる、それが目的らしい。
「川崎であればこんな作戦は不要だった。しかし二吉だとこれくらいの工夫が必要」
うまくいくのかな………と疑ったけど先頭打者の6番岡戸は一発がある打者なのに流し打ちを狙っていた。ライトも守備に不安のあるセトがそのまま残っているから藁にもすがる思いで流し打ちに固執していた。自分のバッティングができなくなっていた。
「ストラ――イク!バッターアウッ!」
これはいけるぞ、相手の焦りを利用した作戦勝ちだと思っていたらそううまくはいかなかった。若い岡戸と違いベテラン鶴井は冷静に構え、普段通りのバッティングをした。センター返しで出塁、足の速い代走と交代していた。
『打った―――っ!!代打ウィーガーもセンター前!一塁ランナーの舛田は迷いなく三塁へ!1アウト一、三塁!わかりません、勝負は最後までわかりません!』
同点どころかサヨナラのランナーが出た。ウィーガーにも当然代走の鈴井が送られ、長打を打たれたら終了という状況に追い込まれた。
『そしてドームの大歓声をお聞きください!代打は安倍!安倍ひまわりがまだベンチにいました!勝負強いベテランがチームを救うことになるのでしょうか!』
左打者の安倍が出てきた。膝を悪くしてスタメンから外れていたけど怖いバッターだ。そういえばわたしのプロ初打点になったサヨナラ死球のときの捕手は安倍だった。まさかあのときの貸しを返してもらうためにいま……それは考えすぎか。でもあの試合が安倍が捕手として出場した最後の試合だった。
ブラックスターズ内野陣が集まる。二吉さんでは厳しいと判断したか、それとも左の安倍、梶田と続くからか、ピッチャー交代となった。
「ここは砂川でいく。中軸に回したくないから申告敬遠もないと監督は言っていた。さっきは運よく併殺だったとはいえ坂友に回ればおそらくサヨナラ負け!それまでに終わらせる」
言うのは簡単、実際にやるとなると………。砂川がマウンドに登場した。昇格した夏場からシーズン最終盤の今日まで一度も降格せずに粘り続け、防御率は3点台前半、1勝1敗9ホールド。ちなみに通算100登板以上している彼女もセーブはまだなかった。
「ふ―――っ………今シーズン初登板のときも厳しいところだったけど今回はその比じゃないわね。とんでもない場面だわ」
「……ここで打たれても誰も責めない。今年最後の登板かもしれないから悔いのないように」
コーチも内野手も解散している。あとはみやこと砂川が軽く話すだけだと思われたけど、二人はなぜかわたしに少し残るように言って引き止めていた。
「一塁に戻らないと守備練習が……」
「構わない。どうせゴロを打たれたらあの内野陣はファンブルするか無理にホームに投げてフィルダースチョイス、どちらかに決まっている。練習するだけ無駄なこと」
相変わらず酷い発言だ。でも砂川も何度も頷き、
「三振が欲しい。ランナーは二人とも足がとても速いからホームアウトもゲッツーも無理だ。外野に飛ばされても確実に追いつかれる。太刀川、あんたならどう攻める?」
「ま、まさかわたしに安倍を打ち取る方法を聞きたくて?それなら二人で話し合えば……」
「いいえ、私たちはわかっている。よくて引き分け、サヨナラ負けもありえると。失点は避けられない」
「私もそう思う。今年は最後までピークに戻らなかった。いまの私じゃ厳しい。だからあんたの奇跡の力に賭けたい」
そんなばかな。わたしがぜんぶ決めちゃっていいの?
「みち、あなたならどうする?閃きを聞かせて」
理論派のみやこ、ついこの間までわたしを見下していた砂川がわたしの直感に期待している。安倍の抑え方か……。
牽制球を続けて集中力を切らせる?いや、あの大ベテランにそれは無理か。牽制連発ならバッテリーは怯えている、投げ辛そうと勘違いさせて外角変化球を予想しているところを直球でガンガン攻めるのがいいか。
違うな……。この一年、初めて一軍にいてわかった。わたしのキャッチャーとしての能力、適性、将来性……いずれもみやこには遠く及ばないし、他球団のキャッチャーたちと比べても勝てない。そんなわたしのリードなんて簡単に読まれる。みやこと砂川もわたしの戦術じゃない、閃きに期待しているんだ。
「それならわたしは………」
砂川の投球練習が終わり安倍が左打席に入るとドームが揺れた。360度、ごく僅かしかいないブラックスターズファンの一団以外はゴーレムズのチャンステーマの大合唱だ。
「…………」
勝利を勝ち取るのはどちらか。初球だった。
(この投手は逃げるカーブやスライダーが武器!)
安倍は最低でも犠牲フライ、その延長で長打やホームランになれば最高、そう考えて打席に立っていたようだ。俊足の舛田を警戒して外野は前進守備。一塁ランナーが還ったら逆転なのに大胆なシフトだった。これじゃあ本来なら外野フライの打球までサヨナラタイムリーにしてしまう。
(ラメセスは私をナメているけどこの若いバッテリーはどうかしら。得意の変化球でクサいところを突いて事故を避けようとするに決まっている。ストレートは内角ボール球か高めの釣り球以外では使わない!)
後で聞いた話だと、みやこも外角に変化球の連投しかリードのしようがないと思っていたらしい。困ったら外角、あまり好きじゃないけど砂川のいまの力を考えたらそれしかないと。
『ランナーを警戒しながら……投げましたっ!』
わたしがそこに迷いなく全力投球しろと言った通りの球を砂川は投げてくれた。
(えっ!?ど、ど真ん中〜〜〜っ!?)
低めのカーブを得意のアッパースイングですくい上げるつもりだった安倍。だから狙いと違った初球は見逃すべきなのに、あまりにも絶好球、これを打たないで何を打つって球が来ちゃったものだから慌ててバットを出した。これが安倍の敗因だ。
「あっ!!」
『打ち上げた〜っ!ミスショットで打球はファーストへのファールフライか!いや、これは客席に入るか?』
力のないファールフライだ。わたしはダッシュで追う。これなら捕れる、と思ったけれど飛んだ場所が悪かった。エキサイトシートと呼ばれる、ファールゾーンの一部を客席にしたところだ。ハマスタにもある、迫力たっぷりに試合が楽しめる座席、でもこうやってファールフライを追う側からすれば邪魔以外の何物でもないエリア。
入っちゃう………いや、ぎりぎり入らない。だったら捕らないと。せっかくの打ち損じ、もしわたしが捕れなかったら助かった安倍はどうせなかったはずの命と開き直ってしまう。そうなったら勝ち目はなくなる。歩かせて梶田相手にゲッツーを狙う以外勝ち筋がない、そんな絶望的な選択を強いられる、
「絶対捕る!うりゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「………えっ?」 「捕れるの?アレ………」
わたしは頭から飛びついた。もっと足が速かったら腕を伸ばすだけでよかったはず。でもこれで2アウト、アウトを一個取るだけなら梶田で終わりにできる。勝利は目の前!
ちょうどそのころ、神宮球場ではすでに試合が終わっていた。ミルルトが逃げ切り、わたしたちの試合を見守っている。ゴーレムズが敗れるとその瞬間、歓喜の胴上げが始まる。
「ブラックスターズ……期待してなかったけどまさかリードするなんて。でもせっかく勝ち越しておいて十二回の投手が二吉と砂川……こりゃ胴上げは明日まで持ち越しね」
「明日も優勝争いをしているかもう終わっているか……睡眠時間にも影響してきそうですからね」
プレッシャーから解放されなければ夜眠れないかもって話だ。しばらく優勝から遠ざかっているせいで優勝経験者がチームにほとんどいなかった。
「あら、今日優勝したほうが今晩は寝られないわよ?ビールかけで祝勝会、予約だけはもうしてあるし」
わたしたちのピンチをハラハラしながら選手もファンも見ている。今日は厳しいかと思われたところで安倍の初球打ちファールフライだ。ほとんどがミルルトファンで埋め尽くされた観客席がいいぞいいぞ、と大拍手だったらしい。
「あれ?でも捕れるかな?一塁は太刀川だし……」
「追いつきそうですよ。ですが………あっ!?」
神宮が悲鳴に包まれるまであと数秒だった。
『太刀川ダイビング――――――っ!!』
飛ばなきゃいけないくらい、結構ぎりぎりになった。それでもちゃんとミットに入った。あとは落とさないように……。
「太刀川!」 「みっちゃん!」 「みち!」
みんなの叫ぶ声が聞こえる。よく追いついたってことなのか、ちゃんと捕球しろよっていうことか………そこまで考えたところでわたしの目の前はフェンスだった。エキサイトシート用の低いフェンス、だけどダイビングしたぶんちょうど顔の位置に………。
強い衝撃と同時に視界が真っ暗になった。意識が一瞬飛んでいったせいで、頭からフェンスに激突したわたしはがくん、と崩れ落ちるようにして倒れたようだ。後で映像を見直すと、首か顔の骨がやられたか、という勢いでぶつかっていた。
夕子 (外苑ミルルトペンギンズ外野手)
本名は高田夕子、強肩巧打の外野手。左投左打。元投手だったが外野手転向後に大活躍。以前みっちゃんが口にしたように、こちらはドラフト1位からの転身であるため、同じ投手からの転向組と名乗るのは気が引けるようだ。
元になった選手……150キロ超え左腕投手として入団、しばらくしてから野手挑戦し才能開花したあの選手。2015年ヤクルトのリーグ優勝決定サヨナラヒットを放った。選球眼は皆無なので、ノーコン助っ人投手との対戦は面白いことになる。
川田 三久(ペンギンズ内野手)
ミルルトの中心選手で、トリプルスリーが代名詞なほどパワーとスピードを兼ね揃える。右投右打。コンディションがいいときは手がつけられず、長打力も選球眼も盗塁成功率も文句なしの最強二塁手。弱点は不調から抜け出すための時間が長いこと。
元になった選手……平成末期から令和のミスタースワローズといえばこの人と言えるあの選手。調子さえよければ大活躍できる。チームが低迷しているため移籍は確実かと思われたが他の主力と共に残留。生涯ヤクルトとなりそうだ。
不安なのは契約内容。作者もお気に入り登録させてもらっている、あの爆笑野球小説様の主人公のように『40億の不良債権』になりそうで怖い。ベテラン優遇、ダメ外人などの予言も現実になっていて、いよいよヤクルトは99敗待ったなしだ。




