第37話 壊れゆくチーム
名古屋コアラーズとの二戦目は初回から打線が大爆発、ベテラン桜坂相手に一挙8得点。相手の攻撃が始まる前にノックアウトした。大差が開き、途中で後輩捕手の山木も代打で出場してヒットを放ち、待望のプロ初安打に一塁ベース上で大喜びしていた。山木が出たからわたしの出番はなかった。
そして3タテを目指しての三戦目、八回に代打として打席へ。6ー1で5点リード、二死走者なし。一発を狙っていい場面で、フルカウントまで粘った末にサードフライだった。そのままチームは勝利、最下位を相手に取りこぼさなかったのは大きい。
「火曜日のセトの2ホーマー、それに砂川の好救援でチームに勢いがついた。大筒の復帰はまだ先だが彼女が戻ってきたとき優勝が狙える順位で迎えようじゃないか!」
今年のセ・リーグは混戦だ。最下位コアラーズが脱落気味、それでも大連勝があればAクラスには届く。ブラックスターズも3位のジャガーズと差は僅か、一気に追い越してゴーレムズとペンギンズに迫りたい。
苦手のジャガーズとの直接対決を制するのが上位進出の最低条件だ。決戦の地、大阪に乗りこんだ。高校野球の全国大会はあと少し先だけど、甲子園じゃなくて大阪ドームが試合会場だった。舞台が変われば流れも変わっていけるかも、なんて考えが甘かった。金曜日からいきなり厳しい試合になった。
『あ〜っと!ボール!前橋のストレートは大きく外れた!押し出し!申告敬遠が大失敗!』
申告敬遠で満塁策、四球で失敗。先発の前橋さんは五回2失点ながらチャンスで打席が回ってきて代打が送られる。わたしも呼ばれかけたけど結局打席に立ったのは細海。彼女に勝負を託した。
『空振り!三振です。ブラックスターズ、悔しい三者残塁!』
『細海は変化球を打てるようにならないと通用しませんよ。二軍なら打てても上は甘くないですから』
好投の先発に代打で失敗。もちろんこの程度で終わる試合じゃなかった。六回裏からは新外国人のお披露目だ。
『ブラックスターズの二番手はマイウェイ!シーズン途中で加入した本格派!ヒュウズ以上の身長から160キロ近い速球を投げこむ、ラメセス監督期待の新戦力です!』
ベンチで隣に座る山木にこの投手について聞いてみた。ヒュウズが期待外れだと言われていた時期にフロントが新たに獲得した選手で、先週の半ばまで二軍にいた山木なら何回かバッテリーを組んでいるはず。噂でしか知らなかった『マイウェイ』、どんな投手なのか………衝撃の答えが返ってきた。
「う〜ん………まず速球は最速で150くらい、160なんか出ませんね。最大の武器がそれなんですからあとはお察しレベルです」
「……何かいいところは………」
「ないですね。金をムダにしたくないから無理やり一軍に上げたんでしょうけど、まぁ見てください。凄いことが起こります」
まだ説明を聞いているうちにドームが揺れた。
『打った〜〜!!小山、初球打ちはレフトスタンド一直線!打球はぐんぐん伸びてこれはもう間違いなし!』
初球、いきなり特大ホームランを献上した。自慢のストレートを簡単に弾き返されて……。
「普通のピッチャーの150よりずっと打ちやすいです。木谷さんが捕手だからってどうにもなりませんよ、あれは」
深いため息といっしょに山木が吐き捨てる。そしてわたしにもわかってしまった。いままでのヒュウズや北海道から来た二人と違って、マイウェイにはほんとうに長所が何一つない。今年の4月にアメリカでクビになったところを拾ったらしいけれどいったい何を見てどういう基準で獲得を決めたのかわからない。
『マイウェイ!これで二者連続フォアボール!』
『ああ!マイウェイ悪送球!バント処理に失敗してオールセーフ!完全な独り相撲に守る野手は白けています!』
ランナーを溜めた後、甘い球を痛打されるどうしょうもない状況になり、終わってみれば5失点。初登板の緊張を大目に見るとしても大事な場面で使える投手じゃなかった。新助っ人の派手すぎる炎上劇場はこの試合をぶち壊した。
これで膿は出尽くした?いやいや、恐ろしいことにまだ続いたんだ。八回裏、6点ビハインドだったところから、
『えっ?この点差で申告敬遠ですか?これで無死満塁!』
次の打者に走者一掃ツーベースを打たれて9点差。無死二塁となったところで、またしても監督が動く。
「………この回2個目の申告敬遠…………」
申告敬遠の第二の被害者、わたしやみやこと同い年の大卒新人、伊勢谷は結局6失点。13ー1というスコアで最終回を迎えたときのベンチの空気は今季最悪だった。
『ストライク!バッターアウッ!ゲームセット!』
先頭打者みやこ、代打わたし、その次の代打山木、捕手三連続という謎の采配は機能するわけもなく全員三振。大惨敗ゲームらしい締めくくりになった。
「みち、これでわかったでしょう?運よくホームランが何本も飛び出すか大量点を入れないと勝てないチームになっている。三連勝後とは思えない醜態、チームはすでに壊れている」
「………」
「あなたの頑張りで首の皮一枚繋がっているにすぎない。だから今シーズンではなく来シーズンからあなたの真の伝説は始まると以前も言った。首脳陣が綺麗に一掃されない限りAクラス入りなど不可能」
ラメセス采配への不満を口にするみやこ。申告敬遠やダメ助っ人に試合を台無しにされたせいで怒っている、というわけでもなく、最初からみやこは反ラメセスだった。だから問題はみやこじゃない。チーム全体に監督やコーチ陣への不信感や疑念が広がっているのがとても危険だ。
「でも監督たちだけのせいじゃないよ。大筒さんの故障もあるけど戦力がやっぱり足りないと思う。今日のマイウェイも酷かったけど野手の助っ人も…」
オープン戦では首位打者、でも五月上旬には打撃不振で二軍に落ちてそれっきりの『セリアコ』。他球団の撒き餌に見事にやられてチームも開幕ダッシュに失敗した。
「………確かに原因は一つではない。それにチーム状態が劣悪であればあるほどあなたが光り輝くのだからあまり騒ぐこともない……」
今日の惨めな敗戦で今年は厳しいという流れになりつつある。でもこんな試合の翌日に勝ってまだまだいけると蘇ってきたのがブラックスターズの意地と意外性と底力だ。それをみんなに、みやこに教えてあげるんだ!出番があればだけど。
『打った〜〜〜!!フェアだ!レフト線ギリギリ入った!三塁ランナー佐々野、二塁ランナー木谷もホームイン!代打太刀川、九回表二死からの2点タイムリーツーベース!力投を続けた西宮の黒柳はがっくりと肩を落とします!』
言葉じゃない。結果で示してみせた。敗北寸前でも諦めない、それが奇跡の一打に繋がった。派手なガッツポーズはしない。まあ………ここでガッツポーズなんかしたら怒られるけど。
『黒柳、完封を逃しましたが完投勝ち!8ー2!ジャガーズが連勝!』
先週の土曜に先発した東山は三回途中で降板。今日はみやこと組んだけどキャッチャー関係なく東山は一軍じゃダメだ。わたしがリードしてもみやこや山木以下になるのは明らかだ。試合後、東山は再調整が決まった。よほどのことがない限り今年は下で鍛え直しになるだろう。
「……みち、素晴らしいバッティングだった」
「………みやこは猛打賞でしょ?そっちのほうが凄いよ。東山以外の投手があの流れで抑えたのもみやこのリードの……」
まずいなぁ。試合内容が酷すぎてだんだんお互いの個人成績や打撃の結果しか話題にならなくなった。チームはもう仕方ないからせめて自分たちの記録だけでも……ってなったらおしまいだ。
いや、みやこは最初から興味はわたしだけだったか。確かにファンにもそんな人はいる。特定の選手の熱狂的な追っかけで、その選手が二軍にいるときはファームの試合に来て、一軍の試合には目もくれない。わたしにはそこまでのファンはいないと思っていたけどまさかこんなそばにいたなんてね。
「しかし野球はチームワークが大事と言われてはいるものの個々がベストを尽くし活躍すれば自然と試合にも勝てる。自分の成績だけを追い求めていても問題ないのでは?」
「それは違う。自分がよければ他はどうでもいい、そんな選手ばかりだと確実にチームは弱くなる。この横浜がいまの親会社になる前は酷かったらしいよ?石河さんとか中園さんが教えてくれた」
わたしが入団する寸前まで続いていたという、横浜暗黒期。自分の結果をチームの勝敗よりも重視する選手は進塁打を打たなくなる。打率が下がるだけで何の得もないからだ。ヒットでいい場面でもホームラン狙いに固執して三振や併殺まみれになる。
守備や走塁も手を抜くようになり、仮病を使って登板を回避したり体力を温存しようという選手までいたとか。それじゃあ人気がなくなって赤字球団になるのは当然だった。
「だからチームのために自分を捨てて我慢しなきゃいけないこともあるよ。そこは受け入れないと」
「……みちはチームの利益のため私とただのチームメイトの間柄に戻るように言われたら応じることができるの?」
みやこのファンはとても多い。評判が悪くなる小さな噂話も命取りで、その損害は億単位になるとか。わたしの命が危険だという理由も、ファンや球団の権力者……関係がバレたときわたしを消したいと願う人間が多すぎるからだ。だけどわたしの心はもう決まっていた。
「できるわけないよ、そんなの。横浜を追い出されたって野球をする場所はいくらでもある。でもみやこは一人しかいない。誰に何を言われてもみやこは譲れないな」
「………そう言ってくれるって信じていた。みち、私もあなたのいるところへどこまでも共に行く。どんな手を使っても絶対に離さない」
ホテルのわたしの部屋での会話だったから誰にも聞かれなくてよかった。でもチームの偉い人に聞かれていた場合、太刀川を二軍に落としたら木谷も理由をつけていっしょに落ちるに違いない、太刀川は一軍固定しないと、と思ってくれたかもしれない。
もしわたしがトレードで移籍することになったらみやこはどうするんだろう。フリーエージェント取得まで待つのか、裏技を駆使して追ってくるのか。いや、わたしがクビになって独立リーグのチームにでも入団したらみやこも引退して独立入りしてしまう。球界の宝の未来はわたし次第ってこと……?
「思っていたより責任重大だなぁ」
「それを言うなら私のほう。二重の意味であなたの女房として支えていくことになる………喜びに浮かれずに気を引き締めたい」
女房?みやこが目指すわたしの投手復帰のときのキャッチャー、あともう一つの意味は……。あれ、みやこのなかではそこまでの関係だった?わたしは親友、もしくはそれよりあと少しだけ先の仲、って口にするのもためらったのに。
「チームの方針や状況を考えると籍を入れるのはまだ先の話になる。だから今シーズンオフに事実婚という形に……」
「………え?」
「すでに準備は進めている。いまは野球に集中して、シーズンが終わってからしっかり説明させてもらう」
交際も婚約も通り越した!?いや……ひょっとするとわたしが深く考えないで放った言葉や振る舞いにすでにみやこをその気にさせた何かがあったのかもしれない。
同い年の砂川が結婚したと聞いて、自分には遠い話だと思っていた。いま、八月になったばかり。シーズンが終わるまで約三ヶ月。あっという間に迫っていた。
マイウェイ(横浜ブラックスターズ投手)
シーズン途中から加入した助っ人投手。全く役にたたなかった。
元になった選手……2016年シーズン途中に現れた自称最速160キロを投げるあの劇場男。酷いの一言に尽きる。
セリアコ(横浜内野手)
サード、ファーストのスタメンを期待した助っ人野手。何の貢献もしなかった。
元になった選手……2017年にオープン戦首位打者を獲得したあの選手。ちなみに最下位はロペスだったことを考えても、オープン戦の成績なんてアテにするほうが馬鹿だった。




