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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第六章 日本一のみっちゃん
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第295話 横浜の心臓

『木谷をフォアボールで歩かせ、太刀川への初球にサインミスで記録はパスボール!一塁が空いたので太刀川を申告敬遠、則武はまだヒットを打たれていませんがピンチを迎えました!』


(何がピンチだよ……私は自分でこの状況を作ったんだ。木谷は基本的には勝負だが今回みたいに粘られたらフォアボールでいい。太刀川なんかまともにやるだけアホだ)


 いろいろ回りくどいことをしているけど、則武の作戦はシンプルだった。しんどくなったら逃げる、でも逃げたことを悟られないようにしながら『ザコ』で抑える、それだけだ。


(太刀川のあとは海藻に奈村……どっちもベテラン、勢いのないザコバッターだ。私のためにアウト量産機となってもらう!)


 則武の狙いは賢く、理にかなっているように思えた。ところが一つ、致命的な落とし穴があった。




『しかしこんな場面でも則武は笑っています!この痺れる勝負を楽しんでいるのでしょうか!?とんでもない心臓の強さです!』


 絶対に打たれない勝負なら誰でも余裕ができて自然と笑みがこぼれる。問題はほんとうに100パーセント勝てるのかどうかだ。


 自分の力を過信しているか、相手を必要以上に見下していると罠にはまる。冷静に、そして謙虚にならないと痛い目に遭う。



『空振り!まずはストライク!』


「へへ……やっぱりザコだ。タイミングは大外れ、しかもボールからあんなに離れた空振り……安パイだな」


「…………」


 騙すのが得意な人間ほど騙されやすい、みやこが少し前に言っていた。自信家であればあるほど、全てが自分の思い通りになっていると疑わない。



(変化球ならどこに何を投げても打たれる気はしないが……ストレートの釣り球?いらないだろ)


 早く勝負を決めたい則武と、万全を期して攻めたい芝草の息が合わない。しばらくサイン交換に時間を使ってからようやく決まった。たぶん折れたのは芝草のほうだ。どうしても決まらないときは投手のわがままを受け入れるしかない。


『則武のフォークは球速や落ち方の種類が無限にあります!ここはフォークの連投か?』


 フォークをその場によってうまく使い分ける則武。海藻さん相手には最初の空振りを見て、大きな変化のものを投げておけば安全だと思っていたようだ。


 


「………はぁ!?」


『落ちましたっ!バックホームに備えて前進していた外野の頭の上、左中間をボールが転がっていく!太刀川も三塁を蹴った!さすがの太刀川でもこれは悠々ホームイン!』


「あ、ありえないっ!なぜ………」


 

 今日も初回に2点先制。みやこと軽快にハイタッチして喜びを分かち合ってからベンチに戻った。


「則武は海藻を見下し過ぎていた。みちのような超一流ではないのだから、どんなに楽な相手でもじっくり攻めればよかったものを」


「いまのは海藻さんがうまかったよ。あの空振りはエサだったね」


 自分なら楽勝だと思われている。そんなときでも海藻さんは怒りや焦りを感じることはなかった。平常心を保って、冷静にそれを逆手に取った。わざとひどい空振りを見せて則武がますます気を緩めるようにして、甘い球を誘い見事に弾き返した。



「いきなり2点も!ありがとうございます、太刀川さん!元気と勇気、受け取りましたっ!」


「あはは……打ったのは海藻さんだよ」


「いえいえ、則武は太刀川さんの威圧感に圧倒されて初球から大暴投、その直後に申告敬遠で逃げました。太刀川さんが相手を精神的に追いこんでタイムリーの舞台を整えてくれました!」


 正子はどうしてもわたしの功績にしたいようだ。正子でこれならみやこは………。


「山本の言う通り。みちを恐れ逃げ惑い、歩かせたことで安堵していた。海藻はその心の隙間を突いただけ……みちの力で得た2点だと断言できる」


 まあこう言うと思った。せめてヒーローインタビューや公の場では実際に活躍した人を褒めてもらいたい。いまさら遅い気もするけど。



『海藻のタイムリーツーベースのあとは奈村もフォアボールを選びましたが、メリーはライトフライでスリーアウト!ブラックスターズは2点を先制して攻撃を終えました』


 得点が入ったことで正子がどう変わるか。これならいつものように投げていれば勝てると思ってくれたら、わたしたちも安心して見ていられる。



「おっとっと………」


『ピッチャーライナー!うまく反応して捕ったというよりはたまたま!山本、まずはこの回先頭の天津を抑えています』


 少しずれていたらセンター前、もし肩や膝に当たっていたら続投は無理だったんじゃないかと思うほどの強烈なライナーだった。正子のグラブにすっぽりと入った。



「やった――――――っ!さすが太刀川さんっ!」


『レフト線、フェアかファールか微妙なところに落ちそうな打球を太刀川がスライディングキャッチ!もしラインの内側ならツーベースになっていたでしょう!よく捕りました!』


 ハマスタだったからチャレンジできた。捕れずに逸らしてもすぐにフェンスだから二塁までしか相手は行けない。広い球場だったら無難にワンバウンドで止めるほうを選んでいた。



「ああっ!メリー!ナイスプレー!」


『またしてもブラックスターズに好守備が出ました!ライトのメリー、大飛球を追ってフェンスに背中をつけ、ジャンプして見事キャッチ!』


 もし届かずにフェンス直撃となったら、ボールのクッション次第では狭いハマスタでも三塁打がありえた。


『二回表も無失点!ヒット性の当たりが続いていますが山本正子は強運に恵まれてノーヒットピッチング!』


 

 裏の攻撃は二死から春うららがヒットで出たものの、本田が三球三振で無得点。最初の打席を見ても、本田だけは則武に全く合っていないような気がする。


「だからって次の打席で代打ということはないでしょう。どんなチャンスだったとしても本田は外せませんよ」


「いや……今日のポンタはセカンドだ。そのまま牧部を入れたらいいだけのこと。勝負だと思ったら代えるよ」


 則武もいつまで投げているかわからないし、交代はそのとき次第だ。海藻さんやメリーあたりもリードしていたら早めの守備固めで下がることになりそうで、新浦監督たちの腕が試されている。




『打球は抜け……ない!奈村が捕っている!ベースカバーの山本にトスしてアウト!』


 相変わらず速い打球が飛んでくる。それでも勝負に勝ったのは正子だ。



『本田が追いついた!俊足の伊藤、一塁は……アウト!ファインプレー!』


 打者の足を考えると焦るところ、よく刺した。悪送球が怖かったけど100点満点のプレーだ。



『難しいフライになった!しかしキャッチャーが追って追って……捕りました!木谷はいつも平然と、当たり前のようにチームを救う守備を披露します!スリーアウトチェンジ!』


 ファールフライを捕る技術でもみやこは十二球団一の捕手だ。風に流されて急に落下点が変わるようなフライも、いまみたいなベンチの手前まで飛んだフライも、確実に捕る。



「皆さんありがとうございます!これでどんどん勢いに乗れそうです!」


「…………」 「そ、そうね………」


 三回が終わり、完璧に抑えているとはいえ周りは半信半疑だ。このラッキーがどこまで続くのか、いつ反転してめった打ちにされるか不安で仕方がない。


「勝ってるのに雰囲気がよくないね……」


「昨日の敗戦のせいで余裕がなくなっている。追加点という目に見える形でなければ彼女たちは安心しない」


 2点だけじゃ足りないなら、もっと取ればいい。流れや勢いが信用しきれないときはみやこの言うようにわかりやすいものが必要だ。



『またしても木谷が粘ります!9球目もファール!すでにフルカウント!』


「この………しつこいな!」


 みやこが則武を苛立たせる。2打席連続でこれをやられたら投手はたまらない。


『ファーストが追いますが……スタンドに入ります!則武もストレートや様々な落差のフォークを駆使していますがなかなか空振りが奪えません!』


 チームを元気にさせるには追加点が必要と言っておきながら、いまのみやこは出塁よりも則武への嫌がらせ、カット打法にこだわっている。四球を選べる明らかなボール球もファール、ヒットが打てそうでもわざとファール。体力よりも心を削ろうとしていた。



「ストライク!バッターアウト!」


「へ……へへへ、どうだ、くそ女が………」


 結局16球目で三振。長い勝負の決着に両チームのファンから歓声と拍手が沸き起こった。


「本気を出せば4割バッターだろうがこんなもんだ………楽な勝負だったな」


 則武も意地になって全力の決め球を連続して何球も続けた。絶対に空振りを奪ってやるという気迫が伝わってきた。




「げぇっ!!」


「………やった!」


『レフトスタンド上段に一直線!超特大ホームラ―――ン!!太刀川らしい豪快なアーチでブラックスターズが待望の追加点です!』


 初球からど真ん中に落ちないフォークがきた。打ってくれと頼まれているかのようなサービスボールを完璧にスタンドへ運べた。



『キャッチャーは外角低めに構えていましたがまさかの大失投!どうしてこんなことになったのでしょうか、高井さん?』


『はい。前のバッターを打ち取って気持ちが切れてしまったんでしょうね。やっと終わった、そう安心したせいで太刀川選手の怖さが頭から抜けてしまい、あんな甘いボールを投げた……同じピッチャーとして気持ちはよくわかります』


 みやこが打たせてくれたホームランだ。これだけ緊張感や警戒心のないボールは珍しく、よく頭を使って投げる則武なら特にありえないはず。みやことの勝負でかなり苦しくなっていたせいだ。




「最高のアシストだったよ。ありがとう。でも出塁するチャンスはいくらでもあったのにどうしてわざわざ三振を?」


「私が出たらノーアウトでも相手は逃げる。みちとの勝負を避けてしまう。そうなると無得点の可能性が高くなる」


「海藻さんや紀子さんじゃ打てないと?」


「初回にやられているのでもう油断はしてこない。全力で抑えにくる。海藻や奈村では分の悪い戦いとなり、私たちは先の塁に進むことすらできずに残塁していた可能性が極めて高い」


 もしみやこがあっさり凡退していても、やっぱりわたしは歩かされていたと思う。則武が疲れていないからボール球中心のリード通りに投げていたはずで、一度もバットを振る機会がなかったかもしれない。


 無死一、二塁、もしくは一死一塁。そのどちらでも得点は難しいとみやこは考えた。自分も塁に出る、大量点を取るといった、いろんな欲をぜんぶ捨てて、わたしのホームランによる1点を奪うことに全力を注いだ。



「海藻たちが打つ確率も僅かにはある。しかし次の得点はみちのバットから生まれることでチームは完全に軌道に乗る。脇役たちではそこまで期待できない」


「………わたし以外じゃだめだったの?」


「みちは横浜ブラックスターズの核。欠かすことのできない主役であり心臓。その影響力はほかの選手たちの十倍以上はあるだけに、みちの活躍で3点目を奪うことが大事だった」



 確かにベンチは全員大はしゃぎ、正子はますます波に乗れそうだ。このホームランのあとは何もなく攻撃が終わった。それでもナインの足取りや控えメンバーの声の調子はセーフティリードで今日は楽勝、そんな感じのものになっていた。

 第17話にグレート・オカンと東狂スポーツを出したときには、まさか例のやり取りが本になるほどの規模になるとは思いませんでした。帝国民も愚民も楽しめる称賛と罵倒の繰り返し、まだまだ続きそうです。


 2022年のプロレス界の中心は間違いなくグレート・O・カーンです。シングルベルトとは一切無縁だったのにリング内外であれほどまで話題を作れるのですから、会社から冷遇されても本人の努力次第でトップに立つことは可能だということです。最高にプロレスラーな男だと言えます。





 ………プロレスの話なんか書いていたら砂田↔京田のトレードですか。砂田がピークに戻ることはありえないので放出は惜しくありませんが、環境が変われば京田は復活すると読んだのでしょうか?来年になってみないと成功だったかどうかはわかりません。

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