第205話 ミス・ゴーレムズ
ゴーレムズの桑山監督は今年二年目。三年契約という話も聞いていたけど、そうではなかったようだ。もしくは破棄か。
「タヌキーズも去年監督を代えてから調子を上げてきたからね。今回は代行なのか新監督なのか……」
「どうやら新しい監督を用意するらしい」
来週の頭から新監督が指揮を執り、それまではコーチが代行するそうだ。いろいろと準備があるからという理由で。
「準備?事前に話はしてあるだろうし明日からってわけにはいかなかったのかな」
果たして誰が……みやこのスマホを覗き込むと、大変な人物の名前が書かれていた。きっと世の中は桑山監督がやめることよりもこの大物が監督になる、そっちに注目する。
「……な、永嶋、茂乃………」
『永嶋 茂乃』。ミス・ゴーレムズと呼ばれる歴史に名を残す選手だ。あの王島さんとゴーレムズの黄金期を築き、記憶と記録の両方で名前を残した。
日本人のほとんどがこの永嶋を知っている。歴代のスポーツ選手で1位かもしれない、それほどの存在だった。
「監督業からも引退だったはず!それが現場復帰、しかもこんな中途半端なところから!信じられないニュースだよ」
「……強い黄金軍をもう一度蘇らせるために立ち上がったとか。成績や人気の回復のため球団がオファーしたのではなく本人がやると言ったらしい」
これほどの大物が名乗り出たら誰も逆らえない。高齢だから準備に時間がかかるのも納得だ。
「なるほど。通算444本塁打、生涯打率3割超え。現役時代にそこそこ実績があるか……」
「………ん?そこそこ!?」
「こんな記録みちが簡単に塗り替える。すでに人々の注目は集めている……永嶋が戻ってきたのはみちを自らの手で潰すためかもしれない……」
あの伝説の存在をそこそこ呼ばわりするのは日本でみやこしかいない。ただ、わたしを潰すつもりかどうかは別として、勝つためには手段を問わない人物なのは否定できなかった。
他の球団からの強奪、投手の酷使、資金に物を言わせた外国人乱獲……勝者こそ正義、何でもありだった。
「毎年のように横浜からFAで奪ってはいたけどそれでも一時期よりは大人しくなったのに、また元通りかもね」
去年、中学生の百合澄子オーナーが育成重視の方針を発表した。わたしがゴーレムズ相手に完全試合を達成した直後のことで、真に強いチームづくりのためには地道な底上げが不可欠だと力説していた。
その百合澄子は夢を追い、今年からゴーレムズの育成選手だ。オーナーの職から完全に退いたから、また別な人が新たに就任している。お金任せの手っ取り早い戦力強化に戻っても驚かない。
「しかし……高い安いの違いはあっても現有戦力で乗り切るのではなく他球団からの補強に頼ったのは今年の私たちも同じこと。このままでは打つ手がないのなら当然の手段!」
「それは違うよ。あいつらとは決定的な違いがある」
みやこが獲得してきた選手はいくつかのパターンに分けられる。春うららや本田のようにまだ若い選手は、試合で使いながら育成していこうという狙いがある。
トレードで横浜に来ることが決まった根津はあのままフェニックスにいても輝きは取り戻せないと相手が判断した。ジャガーズからきた寅さんもそこまで地位を確立していなかった。伸び悩む選手を活躍させるためのトレードだ。
ベテランの藤山さんはこのままコーチになってもらうことを前提で入団となった。だからどのパターンでも選手たちの将来のためになる補強だった。
「ゴーレムズのやり方は違う。最初だけチヤホヤして、いらなくなったらポイだよ。使い捨てばかりなんだ」
「確かに次から次へと他球団の主力を奪えば育成などの長期的なプランは必要ない。相手も勝手に戦力ダウンするのだから毎年それを繰り返せば自然に黄金期到来………理屈は納得できる」
「4番やエースを集めて自分のところだけでオールスターをやろうとするんだよ、ゴーレムズは!」
わたしは大嫌いなゴーレムズの伝統だけど、みやこは感情に流されず冷静に考えていた。もしわたしたちがもっとお金がたくさんある球団にいて、いまと同じようにみやこがかなりの権限を持っているとしたら、補強の方法は変わっていたかもしれない。
「しかし時代は変わった。新人選手の入団も他球団の主力の引き抜きもみちが言うほど極端な行為はできないのでは?」
「………どうかな?みやこは学生時代はプロ野球に興味がなかったんだよね。あのチームに永嶋の力が加わったらどうなるか………すぐにわかるよ」
子どものころからプロ野球が大好きで、野球に関わるニュースはたくさん見ていたし、学校や市の図書館で野球の歴史も調べた。ゴーレムズが人気を独占しているのをいいことに何をしてきたか……それがわかっているからわたしは警戒を強めた。わたしが警戒してもしょうがないこととはいえ、だ。
『日本中を揺るがす大ニュース、その主役である永嶋茂乃が来週に備え試合を観戦しています!ゴーレムズナインは身が引き締まる思いでしょう!』
球団関係者を大勢引き連れて特等席で選手の動きをチェックするミス・ゴーレムズ。ところが、その視線や指の先の動きはどこかおかしかった。プレーしているわたしたちでもわかるくらいだから、映像で見れば明らかだった。
「どうやら永嶋さんが見ているのはゴーレムズの選手よりも私たちみたいです。何回もカメラに映っていますから……ほら、わかりますよね?」
「自分のところの選手はだいたい把握しているから私たちの研究ってことかしら?」
そんなものスタッフにやらせると思っていた。今日が終わればわたしたちとゴーレムズは交流戦の直前まで戦わないからいま念入りに見てもあまり意味がないようにも思う。
「ま、顔見せしてファンサービスでしょ。それ以上はないんじゃない?」
「……そうですね、少なくともこの試合にはなんの関係もない………」
永嶋の狙いが明らかになったのは試合後、家に戻ってからだった。チームの編成に関わることでみやこに電話がかかってきた。疲れている夜遅くに呼ぶくらいなら翌日まで待つことがほとんどなのに、いまは急な用事のようだ。
「………連絡に感謝する。ええ、それでは」
そこまで長くない通話時間。急いで伝えたかったけどそんなに大事だったり難しい問題だったりするわけでもないのかな、そう思いながら内容を聞こうとすると、みやこは呆れ顔だった。
「みち、やはりあなたの言葉が正しかった。あの連中は自分たちが王であり、何でも思い通りになると信じ疑っていない」
「………いい選手をよこせって?」
「エスバーンをくれないかとゴーレムズから連絡がきたらしい。永嶋が気にいったという理由で。交換相手は聞いたこともない二軍と三軍の屑二人……当然その場で断ったがあまりにも無茶苦茶な話なので連絡したとのことだった」
セットアッパーとして今年も大活躍のエス子をただ同然で手に入れようとしていた。狂っているとしか言いようがない。ただし永嶋ゴーレムズからすればこれが正常だ。
「………永嶋が監督になるのがシーズン途中でよかった。最初からだったらエス子は確実に強奪されていたよ」
「いや、彼女は去年のオフ、最優先で契約を結んだ。他球団の入る隙を与えないように」
「それでもやられる。交渉の機会すらないままね」
変な代理人が現れて、年俸6億だの五年契約だのありえない条件を一方的に突きつけてくる。話にならないから交渉はできず、そのままゴーレムズ入団……その流れが一般的だ。
「しかし今回のトレードが本気で成立すると思っているなら永嶋もゴーレムズの編成担当も呆け揃いと言うほかない。そんな連中は敵ではないはず」
「そこが永嶋の力なんだよ。永嶋を大したことないとか呆けだとか言えるのはみやこくらいしかいないんだ。野球を知らない人でもそんな発言はできない」
ブラックスターズの編成部や権力を持っている人たちがみやこの関係者に変わっていてよかった。去年のままだったら危なかったかもしれない。
「日本女子プロ野球界のレジェンド、国民栄誉賞までもらった永嶋の頼みだからと言われたら断れない人もいる。これまでの功績への敬意だの、個人的な恩だの、あとは断ったあとどんな報復があるか怖いからっていうのもあるね」
「………名声やこれまでの栄光を悪用しわがままを押し通す………私が連れてきた若いスタッフたちは永嶋をよく知らないので言葉の裏を読むことも脅しに屈することもなかった、だからすぐにトレードを断れた。なるほど………」
こんなトレードでも成立してしまえばいくらでも理由はつけられる。ブラックスターズはお金に困っているから来年以降もっと給料が上がりそうなエス子を出して、ゴーレムズは厚い選手層のせいでなかなか試合に出られない素質ある若手を二人出す、これだけで納得してしまう人たちもいるはずだ。
「そのへんの週刊誌はともかく、新聞やスポーツ雑誌は永嶋を悪く書けないからね。そこも考えてやりたい放題やってるんだ」
「終わった人間にまだそんな力が……信じ難いことではある。しかしみちが言うならきっと正しい。全選手に加えコーチやスタッフにもゴーレムズの関係者との接触を断つように命令しなければならない」
せっかくチームが好調なのに水を差されたら困る。対策は徹底したほうがいい。
「もはや永嶋など何者でもない。過去の栄光がまだ現代でも通用すると思い込んでいる哀れな呆け老婆、それを教える必要がある」
「……そうだね。しっかりとみんなに!」
わたしたちは決意を固めた。わたしがミス・ゴーレムズほどの成績を残せるかどうかは別として、永嶋が率いるゴーレムズを倒せば新たな時代の到来と言える。公の場で口にすることはないとしても、巨大な敵への勝利を誓った。
「愚かで呆けている老人に現実を教えなければなりません。野球イコール永嶋茂乃の時代はすでに過ぎ去った、それを私たちが……いや、太刀川みちが証明してみせます!」
スタンドは騒然、アナウンサーは真っ青、ベンチの皆もひっくり返るか頭を抱えていた。みやこが早くもやらかしてくれた。
ペンギンズとの試合でわたしは完投勝利、みやこは決勝打。本拠地ハマスタだから二人でヒーローインタビューに呼ばれていた。一通り話が終わったあとで、ゴーレムズについて聞いたアナウンサーの失敗でもあった。
(……無難な答え方だってできたのに………)
わたしが永嶋を軽々と超える、そう信じるみやこが暴走した。こうなると、みやこを守るためにわたしもやるしかなかった。
『た、太刀川選手は………』
「………狂ってんだよ。お金と名前の力だけで勝とうだなんて、狂ってるんだよ!」
『………………は?』
一月のテレビ番組のときのように、みやこの毒舌を忘れさせるためにはわたしがもっと悪くなるしかない。今回も悪役レスラーのマネをして叫んだ。
「ゴーレムズは永遠に不滅だとか大昔に言ったらしいけど、あんな腐りきったチームわたしが終わらせてやるよ。二度と監督なんかやりたくない、完全引退しますって言いたくなるように叩き潰してやるからな!よく、覚えとけぇっ!!」
宣戦布告、全面戦争、生か死か……翌朝のスポーツ新聞は物騒な言葉が一面を飾った。
「………永嶋さん、よろしいのですか?あんなやつを放っておいて………」
「構わないよ。あれくらい元気のある若者のほうがいいじゃないか、潰し甲斐があるからね」
敵もわたしを野球界から消すと決めたようで、どちらかが致命傷を負う結末は避けられなくなった。
永嶋 茂乃 (ゴールデンゴーレムズ監督)
ミス・ゴーレムズと呼ばれる伝説の存在。現場から退いていたはずが、まさかの復帰。黄金軍の輝きを取り戻し、みっちゃんたちを葬るために立ち上がる。
元になった人物……もはや説明不要のあのミスター。この作品ではかなり悪い敵キャラとして書かれますので、ミスターファンの人に先にお詫びしておきます。




