第18話 世紀の低レベル対決
パ・リーグ最強の福岡スーパーコンドルズ。1勝でもできれば十分という雰囲気で、火曜日はさっそく八回までに12点を奪われる虐殺。みやこのリードでもダメなものはダメ。さすがにこの回の打席を終えたら戸場さんに交代となった。
12-2、そこから九回に更に桜田のホームランや長短打で4点を追加された。全く遠慮してくれない。せっかく三連勝で戻ってきたハマスタは大ブーイングに包まれた。
「ラメセス、お前が打て―――――!!」
「もう棄権しろ~~っ!」
14点を追う最後の攻撃、もうどうでもいい場面だからか、わたしも代打で出場した。
「ストラーイク!バッターアウト!」
「……ありゃりゃ……目が回る」
結果は空振り三振。結局福岡との試合でわたしの出番はこれだけだった。チームはなんとかひとつだけ勝って最低限の目標は達成した。そして金曜日からの埼玉キャッツ戦。一戦目は先週大仁田相手に投げ勝った岩田さんが完全に復活して絶好調で、強力打線を封じて楽勝。
そしてわたしが先発出場する二戦目の土曜日。雲一つない快晴で少し暑かった。
試合前の練習時間、打撃練習を終えたわたしに近づいてきたのは埼玉の正捕手だった。
「……ああ、アンタか。最近一部の間で話題になってる横浜の捕手は」
彼女の名前は『木森友子』。身長はわたしよりほんの少し大きいくらいで、下から数えたほうが早い。わたしと同い年、だけどすでにレギュラーの座を確保し通算で30本塁打、100打点以上を記録している。打力を買われて指名打者で出場する日もあるほどチームに不可欠な存在だ。ちなみに金髪でとても気が強いそうだ。
「横浜のキャッチャーといえばみんな木谷の名前を出すよね。昨日もホームラン打ったし。ま、昨日はアタシは休養だったからどーでもいいんだけど、それを抜きにしてもアタシはアンタに注目してんだよ。同じ背が低い捕手同士、苦労や悩みも同じだと思ってさ」
「………苦労は同じでも成績は全然違うけどね」
「そう謙遜すんなって。どうだい、初対決を記念して勝負といかないかい?」
絡まれたと思ったら勝負を持ちかけられた。何だか漫画やゲームみたいな展開だなぁ。
「アタシが勝ったら木谷からいくつか私物をもらってきて明日アタシにくれよ。先輩に木谷のファンがいるんだ。アンタあいつと仲がいいんだろ?何でもいいからさ」
「……ん?」
「万が一アタシが負けたらこの髪真っ黒にしてきてやるよ。そんで今年中はもう染めない。なかなか面白い勝負だろ?じゃ、あまり敵同士話し込むのもよくないから失礼するぜぇ。確かに約束したからな~。破ると大変なことになっちゃうよ~ん」
わたしの返事を聞く前にいなくなっちゃったよ。わたしにメリットが何もない勝負だ。しかも基準が一切ない。誰が判定するのかも曖昧なままだ。逆にこれなら文句をつけて勝負をなかったことにできるかな?負けを認めなきゃ負けにならない……いい作戦だ。
「………いや、勝てばいいだけだよね?文句が言えないくらい圧倒して……」
活躍すれば必然と『勝ち』になる。なら普段と目指すものは同じだ。強い気持ちで木森を倒そう、そう思っていたのがよかった。この会話は周りに聞こえていたみたいで、みやこの私物をどうこうとか髪を染めるとかいうところ以外はみんなの耳に入っていた。
「聞いたよ、木森と対決するんだって?頑張んなくちゃ!」
「みっちゃんが打つだけじゃなくてあいつに打たせないようにしないとね!」
退路はない。もし逃げ道を探していたらプレッシャーで弱気になっていただろう。
「……目立ちたい雑魚があなたを利用しているだけ。ねじ伏せてあげるといい」
みやこはいつも通り相手が誰だろうとわたしを高く評価してくれる。その期待に応えたい。誰の手に渡るかわからないのに私物を渡してたまるか。わたしが守り切る!
「うまくいったじゃない、友子。これで負けたら大恥だぞ?」
「負けるわけないでしょ、ゴミ相手に。同じプロだと思ってませんから、あんなの」
こうして試合は始まった。初回、いきなりヒュウズが先頭打者を歩かせてしまった。そして次の打者の初球、さっそく走ってきた。でもこのタイミングなら刺せる!
「もらった!セカンド―――――っ!!」
ところがここでアウトを確信したわたし、それにヒュウズを唖然とさせる事態が起きた。
『あああ~~~~っ!!セカンドベースに誰も入っていない~~~~っ!!』
「…………は?」
『ランナーは三塁まで進みます!記録は……キャッチャーの太刀川のエラーですか?いや、確かに投げたのは太刀川ですがこのプレーは………』
無人の二塁を通り越してセンターに送球が転々と転がっていく。しかもわたしの悪送球になっちゃったみたいで、プロ初失策だ。さすがにみやこもこういうボールはいらないらしい。その後これが原因で先制されてしまった。ヒュウズも少し苛立っている様子だ。
「………ごめんみっちゃん。考え事をしていた」
左打者でゲッツーシフト、ショートの倉木さんに二塁に入ってほしい場面だった。ベンチに戻るとみやこがとても不機嫌そうだった。無表情だけどペットボトルを握りつぶしていた。
「……いまのはあなたのせいじゃない。リトルリーグ以下の塵芥に全責任がある」
「き、聞こえちゃうから!落ち着いて!」
わたしとヒュウズはみやこの姿を見て逆に冷静になれた。ある意味感謝だ。そしてわたしと木森の勝負はわたしのマイナス1ポイントで木森の有利かと思われたけれど、
『石河走って……タイミングはアウト!でも送球がワンバウンドになって捕れない!キャッチャー木森のエラーが記録されました!』
「ええ!?いまの捕れたでしょ!源さんのエラーじゃないのかよ!」
木森も似たような目に遭っていた。これを利用してわたしたちもすぐに追いついた。次の回はわたしにも木森にも打席が回ってくる。ここからが本当の勝負だ!!
「うげっ!」 「ああっ!!」
第一打席、木森、わたし共に空振り三振。揃ってマイナス1ポイント。
「あがっ」 「……うわっ!」
第二打席、左打者木森はサードゴロ、右打者のわたしはセカンドゴロ、完全な振り遅れ。
「くそっ!最悪だ!くそっ!!」 「しまった!」
第三打席、共に無死一塁で打席に入る。木森は併殺打、わたしはバント失敗小フライ。木森は初球をひっかけて、わたしは次がピッチャーなのにバントの指示を出された挙句失敗……お互いに最低最悪の内容だった。
試合は七回まで進んで1-1の同点、わたしたちの勝負もマイナスで並んでいた。
「そろそろ打たないとヤバい……」
八回表、球数がいまだに100にも達していないという幸運もあってヒュウズが続投、わたしも交代させられていない。そして二死走者なし、これといって盛り上がらない場面で木森を迎え、互いに気まずくなった。そろそろプラスになるようなプレーがないと。
「………」
木森のユニフォーム、特にお腹のあたりがだぶだぶになっていた。このだらしない格好の理由は一つ。デッドボール狙いと見せかけて内角攻めを避けるためだ。
(……ヒュウズもそれはわかっているみたいだ。構わずに内角も使う……よし)
「ストラーイク!アウト!」
「ちょっとちょっと!かすったでしょ、ユニフォームを!ビデオ判定を……」
「馬鹿か。ストライクゾーンだろうが!はい、チェンジね」
ほんとうにデッドボール狙いだったとは……ヒュウズとはまるで相性が悪いみたいだし手段を選ばないのも仕方ないのかな。そういうわたしも相手先発の十和田の球はなんか苦手だ。あのフォームがいけないのか、変化球が合わないのか……。
これがセ・リーグの投手で今年この先も対戦があるのなら何かを掴んでおきたいところだけど、そうじゃない。だったら内容よりも結果が求められる。だったらわたしも奇策でいってみるか。
『ブラックスターズの攻撃はこの回もあっさり2アウト!バッターは7番の太刀川。ランナーなし、一発を狙ってもいい場面だが……?』
『今日の十和田からは連打できませんからね。意外と長打を打つ力もありますよ、彼女は』
わたしはバッターボックスの思いっきり後ろに立った。そしてバットを長く持つ。
(……まさかこいつ!打撃妨害で出塁を狙っているんじゃ!?)
木森の顔がマスク越しでも口をあんぐりさせているのがわかった。両軍ベンチは、
「……レベルが低いうえに……」
「なんてセコい勝負だ」
わたしたちの対決にすっかり失望し興味を失っている様子だった。この熱が冷めた感じ、もしかしたらこれがいい後押しになるかもしれない。
『ピッチャー十和田、投げた!おっと!これは~~~~~っ!?』
わたしはバットを寝かせた。一塁線、誰も警戒していない狙い目があった。
『セーフティバント!埼玉の守備陣、全員ダッシュが遅れる!』
「よし!」
前の打席でのバント失敗、これもセーフティバントを完全に意識の外へ追いやった。一塁線上を絶対に切れないように転がる打球、普通ならセーフなんだけど……。
「これなら間に合う!ファースト!」
「あ……まずい!」
わたしの背後で十和田が送球する気配があった。わたしの足の遅さはプロ野球界ワーストだ。完璧なセーフティでもアウトになっちゃいそうで、とにかく全力で走った。
「あだっ!!?」
そのとき、頭に衝撃が走った。送球がわたしの頭に直撃したのだ。
「……いだだ……え、二塁行ける!?」
ボールは跳ねてファールゾーンへ。わたしの足でも悠々の二塁到達だった。ちょうど誰もカバーがいないところにボールが飛んで行ったのはラッキーだった。今日初めてツキが向いてきたと思ったところで、もう一つ嬉しいことがあった。
「………やった!ヒットだ!」
記録は内野安打とエラー。送球が当たらなくてもセーフだと記録員に判断された。そしてここでベンチから呼ばれてわたしは試合から退いた。
二塁に俊足の荒川さんが代走で入り、ヒュウズの代打で戸場さんが打席に。相手も一度集まって落ち着こうとしていたけれど、その初球が甘く入った。大飛球が前進守備の外野の頭を越えて右中間を破った。その後倉木さんも続いて連続タイムリー。3-1となって九回は三人で相手の攻撃を退けた。
『今日のヒーローは八回1失点、見事な投球のヒュウズ投手と代打で決勝タイムリー、戸場選手です!こう見ると二人でバッテリーを組んでいたと勘違いしそうです』
『ハハハ……みっちゃんが落ち込むんでやめてあげてください。このところ出番が減っていたんで必死でした。レギュラー争いも優勝もまだまだ諦めていませんから』
戸場さんたちのインタビューは続く。わたしもあんなヒット一本打ったくらいで満足しちゃだめだ。いつ次の出番が来てもいいように帰ったらすぐに準備を始めないと。木森との対決のことなんかこのときはもうわたしも周りもすっかり忘れていた。どっちが上かと言い争うのが情けないような結果だったので相手もなかったことにするだろう。
「………………」
その日の夜、木森友子は部屋で一人、ストレッチをしてから眠りにつこうとした。
(……あいつがヒットを打ったから厳密に採点するまでもなくむこうの勝ち……!とてもショボいレベルの勝負だけど負けは負け……ま、しゃーないか。こっちから言わなきゃ何も起きない。勝負自体にそもそも乗り気じゃなさそうだったしね)
ところが、突然チームメイト、それに球団の幹部や別の業界の知り合いからも次々と電話やメールが殺到し、わたしとの勝負に負けたことを尋ねてきたらしい。
『これをきっかけに清潔な髪型になることを球団としては望んでいます』
『いいんじゃない?正直似合ってなかったし。ファンが増えるかもよ』
好き勝手言ってくる人たちのなかに彼女の擁護者はいなかった。全員が全員、負けたなら約束は守らないと、ほぼ同じような内容の言葉を投げかけてくるのだった。
「バ、バカなっ!どうして知らないはずの連中まで!?まさか………!!」
ネットニュースにしっかりと書かれていた。木森から面白半分に勝負を仕掛けたのに試合で全く活躍できず、舐めていた相手は形こそ不格好だが貴重なヒットを打った。
世間の声も、完敗したのだから諦めて髪の色を黒に戻すべきだという意見ばかりだ。
「…………!!どうして、誰が、誰が………!?」
ニュースを見た母親からも電話がかかってきたが、この頃天狗になっていたみたいだから懲らしめられたと思って明日から気持ちを入れ替えて頑張りなさいと説教された。外堀を完全に埋められたせいで気が動転して、最後には知らない電話番号からの着信も取ってしまったという。
「……も、もしもし……?」
「明日の試合前、報道陣の前でみちに負けを認めなさい。そして許しを願い求めなさい。あなたが誠意を示さない限り永遠にあなたを囲む圧力は終わらない。プロ入り直後や高校時代の悪事まで全てを世間に公表していく……覚悟しなさい」
「お、お前が仕掛け人か~~~~っ!?誰なんだ、こんなことを~~~~っ」
「私が誰かはどうでもいい。問題はあなた。みちに謝罪すればそれで終わり。しかしそうしないなら………果たしてどうなるか、試してみるのも面白いかもしれない」
自分を嫌い恨んでいる同僚なのか、たまたま知ったどこかのファンか。とにかく犯人を探すのは不可能だと木森は悟った。情報が広がるスピードが速すぎる。誰も自分の味方がいないほどに操作されている。本気になれば自分なんて簡単に潰せるほどの大物が敵にいる。
「………ああああ~~~っ………」
そして日曜日の試合前、早い時間からわたしが特打ちしていると、いつもよりもたくさんのマスコミが、そして髪を真っ黒に染めて普段より小さくなっている木森友子がいた。
「………私の負けです。失礼な振る舞い……どうか許してください」
ほんとうに約束を守ると思っていなかったわたしはとても驚いてどう声をかけたらいいかわからなかった。その沈黙をわたしの怒りと勘違いした木森は泣きそうになり、なんと土下座寸前まで腰を低くして自分の軽率な言動を後悔していると叫びだした。
「……うふふふ、これでよし」
ますます戸惑うわたしの姿を遠くからみやこが眺めていた。わたしのバントヒットのボールはもちろんみやこの手に渡っている。そして昨日は試合後しばらく寮に帰らずどうしたんだろう、とわたしたちを不安にさせた。でもこの様子なら大丈夫そうだ。
みやこはホームランを含む猛打賞、終始ご機嫌だった。一方の木森は攻守に精彩を欠いて途中で退いた。でもいまの姿のほうがかわいいと後々ファンから人気が出たそうだ。
もしセ・リーグにDHが導入された場合、書き直しは考えていませんが仮にルール改正された後に物語中で翌シーズンに突入したときは、そこから新ルールに合わせます。そこまで話が続くかわかりませんが、80%のデータと20%のフィーリングで後悔しないように書いていきますのでよろしくお願いします。




